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結局哀ちゃんが答えを教えてくれる事もなく、広田教授の家に到着した。教授の奥さんである登志子さんが笑顔で出迎えてくれる。いくつか言葉を交わしながら黙って三人の後ろをついていった。
今更だけど、ここでも何か事件が起きる気がする。事件ホイホイのコナンくんだけでなく、哀ちゃんや阿笠博士までいるのだ。事件が起きない訳がない。だが、コナンくんがズバッと解決してくれるだろうし、フロッピーは問題なく手に入ったはず。降谷くん関連の事柄を覚えておくだけで精一杯な私にとって、バカみたいな数の事件に遭遇しているコナンくん関連の事件までは、もう覚えていないのである。
いつの間にか教授の部屋の前についていたようで、登志子さんが扉を何度かノックしているが、返事が一向に返ってこない。


「・・・名前さん、俺を抱えてくれ」
「え?うん」


コナンくんが真剣な声で言ったため、脇の下に手を差し込んで抱え上げる。部屋の様子を見たいのだろうと、そのまま限界まで持ち上げて、壁の上部についているガラス窓にコナンくんを寄せて中を確認してもらう。結果は、案の定と言っていいのか、教授はすでに亡くなっていたのだった。







あの後、警察が到着し現場検証が始まった。横溝刑事という強面の刑事さんが指揮をとっており、阿笠博士や登志子さんに死体発見の状況を聞きながら事件の流れを追っている。コナンくんや博士は死体に慣れているのか、なんともないように現場を動き回っているが、実は私は死体を見るのが初めてである。見ないようにしていたのに、部屋に入った瞬間、教授のぎょろりとした目と、目が合ってしまった。
事件に巻き込まれるのはわかっていたのだろう。なぜ思い出してくれなかったのか。そう言われているような気がして、しばらく目をそらすことができなかった。それでも、なんとか死体から目を逸らす事に成功し、警察の人が到着した今もまだ、部屋の隅で心臓を落ち着けることに専念している。コナンくんの推理の邪魔をする訳にはいかない為、なるべく平常を装っていると、誰かに服の袖を引かれた。


「ねぇ、あなたパソコンに詳しいのよね」
「・・・うん、少しだけど」
「フロッピーデータのバックアップがとられていないか、見てくれない?」
「現物なかったの?」
「えぇ。だからパソコン内に残っていないか見てほしいのだけれど」
「やってみるね」


私が心を落ち着かせている間に、哀ちゃんは私たちの目的であるフロッピーを探していたらしい。現物がないのは確認済のようなので、私はパソコン内にデータが残っていないかを調べることになった。カタカタとキーボードを打っていると、哀ちゃんが囁くように話しかけてきた。


「大丈夫?」
「うーん、特殊な隠し方をしていないのであれば、データは全部消去されてそう」
「違うわよ。あなた、さっき教授の死体を見て血の気が引いてたから」
「そ、そうかな」


驚いた。出会って間もない怪しい女である私を見て、いつもと様子が違うことに気がついてくれたのか。ディスプレイを眺めながらそう言う哀ちゃんは、なんでもないように言っているが、本当に優しい子だ。咄嗟に出た返事はかみかみでひどいものだった為、これ以上心労をかけないようにと言い直そうとした瞬間、横溝刑事が叫んだ。


「な、なんですかあの二人は!」
「し、親戚の子とワシの友人でして・・・とにかくワシもこの女性も事件とは無関係!子供連れで人殺しに来るバカはおらんじゃろ?」
「確かに・・・」


一応証拠品であるパソコンに勝手に触るのは、やはり問題があったらしく警察の人に少し怒られてしまった。本来は止めるべきである大人が何をしているんですか、と言われてしまい、返す言葉もなかった。一方哀ちゃんは子供だった為、特になんのお咎めもなしで博士に抱えられるままにコナンくんの元へと連れていかれるだけであった。
しかし、違う事をしたからか幾分気分が楽になった。そこまで考えてくれてたとしたら、哀ちゃんは本当にすごい子だ。警察の人に怒られたこともあるし、なんて情けない大人なのだろうか。
コナンくんと哀ちゃんがこそこそと話をしているが、おそらくフロッピーがないという話をしているのだろう。たまにこちらを窺うように目線を向けてくるが、特に気にせずに壁にもたれかかって、事件が解決するのを待つことにした。







「いやあ見事な推理!事件が解決したのはあなたのおかげですよ阿笠さん!」
「あ、いやまあ・・・それより、ワシが取りに来たフロッピーをすぐに返して欲しいんじゃが・・・」


コナンくんによる名推理で、見事密室犯罪の謎も解けて、犯人も捕まった。事件も解決し、私たちの最初の目的であるフロッピーをいただいて帰ろうとしたが、証拠物件である為、しばらく警察預かりになるようだ。


「しゃーねーな・・・とりあえずここから引きあげるとするか。ホラ、早くおまえも・・・」
「どうしてお姉ちゃんを・・・助けてくれなかったの?」


それまでコナンくんの推理を黙って聞いていた哀ちゃんの頬には涙が伝っていた。これほどの推理ができる人が、なぜ自分の姉は見殺しにしたのか。そう泣き叫んで、コナンくんに縋りつく哀ちゃんを見て、私は何も言えなかった。
あの時のコナンくんは、彼に出来うる最善の事をしていた。その事はきっと哀ちゃんもわかっている。唯一無二の姉が組織によって殺されてしまい、その原因もわからず、組織から逃げ出す為に幼児化してしまい、何も縋るものがない彼女にとって、今の現実はどれほど辛いだろう。姉は生きている、そう伝えられたらいいのだろうが、もうその件に関しては私の手を離れている為、伝える事はできない。
泣き疲れたのか、眠ってしまった哀ちゃんを阿笠博士が抱きかかえて、私達は車に戻った。哀ちゃんを後部座席に寝かせて、私は残りのスペースに座る。もうだいぶ夜も遅く、眠気が襲ってきたが、コナンくんから話しかけられた事で、眠気が離散した。


「名前さん、」
「・・・ん?」
「さっきはわりぃ」
「あれ、私に怒ってるんじゃなかったの?」
「怒ってる。でもそれとは別の話。名前さんは事件に遭遇する事なんて滅多にないのに、オレ事件に夢中になって・・・。灰原に言われるまで、名前さんが怖がってるの気づかなかった」
「そんなの、私が弱いだけだから。コナンくんが気にする事ないのに」
「・・・そういうとこだよ。怒ってるっていうか、心配してんだ。昔から何度も言ってるけど、もっと自分を大事にしてほしいんだよ。オレが言いたいのはそれだけだから」


結局、私は謝られたのか、怒られたのかよくわからないが、どうやらもうコナンくんは怒っていないようだ。それだけ言って満足したのか、コナンくんも眠ってしまったようで、車内はエンジン音だけが響いている。街はすでにほとんどが眠りについており、明かりはポツリポツリとあるだけだった。


「名前君、休んでいいんじゃよ」
「阿笠博士に運転してもらっているのに、寝る訳には・・・」
「新一も言っておったが、もっと甘えていいんじゃ。なんでも背負うもんじゃない。とりあえず、今は寝なさい」


寝るつもりなんてなかったのに、博士の優しい声が、私に再び睡魔をもたらした。私は窓に体重を預けて、気を失うかのように意識を飛ばしたのだった。
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