おやごころ行方知らず

一万打フリリク企画
いずみ様:スコッチとお色気ハプニング



「ただいまー」


出版社にて月に一度の絵本の打ち合わせを終えた後、満員電車に揺られて帰路に就いた。やっとこさ自宅マンションに着き、家の玄関を開けたその瞬間に、カレーの香ばしい匂いが鼻先をくすぐり、返事をするかのようにお腹がぐぅ、と音を立てた。何もなければ食べなくても平気だが、おいしそうな料理を目の前にして我慢するほど私は人間を捨ててない。
靴を脱いでリビングのドアを開けると、デニムのエプロンを身に着けた景光くんが鍋の中身をかき混ぜていた。そこでもう一度帰宅の挨拶をすると、やっとこちらに気が付いたようで、お玉片手にこちらを笑顔で振り返った。すっかりママである。


「おう、おつかれ。まだ飯できてないんだけど、どうする?」
「んーお風呂入るよ」
「了解。遊ぶなよ」


お風呂で遊ぶと思われているとは心外だが、今日はかなり疲れていてつっこむ元気すらなかった。部屋に荷物を置いて、部屋着を手に浴室へと向かう。途中でキッチンをこっそり覗くと、景光くんは付け合せのサラダかなにかを作っているところだった。カレーだけでもいいのに、サラダを作る辺りに私の食生活改善への意欲が見えた。
手早く服を脱いで、浴室に入りコックを捻る。しばらく待つと、少し熱めの私好みのお湯が出てきて頭から被った。1日酷使した身体の筋肉がゆっくりとほぐれていき、リラックスする。
何をするでもなくボーッとお湯に打たれている時、気がついた。私今遊んでるわ。悔しいが景光くんが懸念したことは正解だったようで、私はいつもより急いで髪を洗うことにしたのだった。


「しまった、下着忘れた」


ぼんやりしていた時間を取り返すくらいには急いで身体を洗い、バスタオルで濡れた身体を拭きながら気がついた。部屋着だけ持ってきてしまったようで、下着は部屋のタンスの中だ。一度部屋着だけを身につけて行くのが正しいのだろうが、幸いな事に浴室から自室まではリビングを通らずに行くことができる。どうせまだ景光くんはカレーに夢中だろうし、廊下でばったりなんて事にはならないだろう。まぁもしばったり会ってしまってもバスタオル巻いてるしいっか。
そう自分を納得させて裸にバスタオルを巻き付け浴室を出た。スリッパを履くのも億劫で、バスタオルを胸元で押さえながら、ぺたぺたと音を立てて廊下を進む。すると、突然目の前にドアが現れた。運動神経も反射神経も平凡な私に避けることができる訳もなく、額をしこたまぶつけてしまい、痛みにしゃがみ込んでしまった。


「え、名前?」
「つぅ〜・・・」
「今すごい音したけど、もしかしてぶつけたのか?悪い、大丈夫か?」
「いたい・・・」
「見せてみろ」


心配そうに声をかけてくる景光くんに応えようと思ってはいるのだが、いかんせん痛い。頭を打ったのもあって、ぐわんぐわんと視界が揺れており、とてもじゃないがしばらくまともに立てそうになかった。ちょっと待って、今喋れないから!両手で額を押さえて、痛みが去るのをひたすら待つ。
だが何も話さない私を見て、心配のあまりおかしくなったのか、景光くんが無理やり私の両手を額から外して、そのまま手を掴んで引っぱりあげてきた。
景光くんが両手を支えてくれているからフラつくことはない。だが、私は今バスタオル1枚しか身につけておらず、更に両手は掴まれており無防備である。そこから導き出される答えは、


「「あ」」


はらり、と無情にも私の裸体を隠していたバスタオルが地に落ちた。


「!?わ、わるい!いてぇ!!!」
「ぎゃあ!」


ぎょっとした顔で私の両手を放し、私への配慮か目をつぶりながら後ろに下がった景光くんは、開いたままだったドアに勢いよく後頭部をぶつけた。心配する間もなく、そのままバウンドするようにこちらに倒れてきた景光くんを避けられるはずもなく、仲良く二人とも後ろに倒れこんでしまう。しかし、いつまでたっても衝撃が来ず不思議に思っていると、背中を暖かい何かが守ってくれていた。一瞬の出来事だったのに元公安所属の景光くんの反射神経は素晴らしく、私の背中に手を回して床とのクッションになってくれたようだった。
お礼を言おうと景光くんを探そうとした瞬間、胸元に暖かい空気が触れた。


「やわらかい・・・?」
「あ、あの」
「はっ!名前!大丈夫か!?」
「景光くんのおかげで。ありがとう。だからとりあえずどいてもらえないかな・・・」
「!?」


そこでやっと全裸の私を押し倒して、更に胸に顔をうずめていることに気が付いたのか、景光くんは顔を真っ赤にして私の上から飛びのいた。目を背けてくれているうちに、傍に落ちていたバスタオルで素早く身体を隠した。貧相な身体をお見せして大変申し訳ない。
とりあえず服を着てこなければ、と景光くんに一声かけてから自室へと向かう。やっとこさ下着を身に着けてから、またバスタオルで出ていくのもはばかれた為、新しい部屋着を身に着ける。浴室の部屋着は後でタンスにもう一度仕舞おう。リビングに入ると景光くんはソファの前で正座をしていた。


「・・・ソファ座んないの?」
「俺のことはいいからまずは座ってくれ」
「は、はい」


やばい。なぜかわからないが怒っている。以前三日間でカロリーメイトひと箱しか食べなくて、怒られた時の顔だ。こういう時は素直に従ったほうがいい。私は素早く景光くんの前のソファに腰かけた。その瞬間景光くんは、見事なDOGEZAを披露してくれた。


「えええ!?なんで土下座!?」
「謝って済む事ではないのはわかってる。だが名前に申し訳ないことをしたのは事実だ。本当に悪かった!」
「いや、私こそ貧相なものをお見せして申し訳ない・・・」
「いやいやなかなか柔らかそうで・・・って違う!!!」
「!?」


景光くんが突然目の前で自分をビンタしだして、ビクッとしてしまう。どうやら私にではなく、自分に怒っていたようだった。私自身は全く気にしていないし、むしろこちらが謝らなければという気持ちなので、ソファから立ち上がって、未だ土下座を続ける景光くんの傍に寄る。


「こちらこそごめんね。変なもの見せちゃって」
「・・・・・・」
「別に減るもんじゃないし、本当に気にしないで。次は、鉢合わないように気を付けるね」
「・・・次は?」
「ん?」
「・・・おい、ちょっとそこ座れ」
「は、はい」


さっきはソファで、今度は床。先ほどより何倍もドスの効いた声でそう言われ、大人しく床に正座した。あれ、なんで怒ってるんだ?謝罪はされたし、した。もうこれで話は終わりでカレーにありつけると思っていたのに、景光くんは立ち上がって私を見下ろしてきた。


「一つ聞くが、なぜ全裸にバスタオルで出てきた」
「え?下着を部屋に忘れたから・・・」
「違う。なぜ、俺がいるのに出てこようと思ったのかを聞いている」
「景光くん料理に夢中だろうし、もし鉢合せても私ごときの裸だし、まぁいいかなって」
「っんなわけないだろアホかお前は!?もうちょっと危機感を持て!!!」
「え、でも景光くんだし・・・」
「・・・俺のことが好きって意味じゃないよな?違うよな?」
「一緒に住んでるのも、私なんかに手を出さないって知ってるからだよ。だからそういう意味です」
「ふぅ・・・よかった・・・。いや待て待て。いくら俺が乱暴しないとわかっていても、女はみだりに肌を見せちゃいけません!もっと自分を大事にしろ!」


それから、もう二度と浴室と自室以外で服を脱いだ状態にならないと約束するまで、こっぴどく怒られたのだった。
back