一万打フリリク企画
なお様:高校時代の降谷と景光と絡み
空が綺麗だ。本来ならば立ち入り禁止の屋上で一人、日陰になるところで私は座っていた。
青く澄んだ空の遥か彼方には、夏の象徴である入道雲が浮かんでいる。私は、セミの大合唱を遠くに感じながら、ぼーっと空を見上げていた。先ほどまで読んでいた本のページが風でパラパラと捲れる音がする。最近になって読み始めたジャンルのこの本は、初心者向けのものではあるが、頭の出来があまりよくない私にとってちんぷんかんぷんで、時折こうして一休みしないと頭がパンクしてしまう。目を閉じて涼んでいると、扉が開く音がしたがそちらを見ようとは思わなかった。ここに来る人間といえば、私のスーパー幼馴染二人のどちらかしかありえないからだ。
「おーい、名前?」
「ここにいるよーひろみっちゃん」
「その呼び方やめろ。・・・また本読んでるのか?」
名前を呼ばれた為返事をすると、ひょこりと声の主が壁から顔を出してきた。やはり犯人は私のスーパー幼馴染二号で、さらりとした黒髪が太陽を受けてつやつやに輝いている。幼馴染二号こと、景光くんは整った顔を怪訝に歪ませながら、本の内容を確かめるように私の膝の上に目線をやりながら隣にドカリと座り込んだ。それをさりげなく避けるようにして本を閉じ、景光くんが座った方と逆側に本を置く。
「最近になって勉強熱心になったかと思えば、中身を隠そうとするなんて・・・エロイ本でも読んでるのか?」
「なんだっていいじゃない。で、何か用?」
「用がなかったら来ちゃだめなのか?まぁ、聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
「名前さぁ・・・彼氏欲しいんだよな?」
「・・・はい?」
真剣な顔してなにを聞いてくるかと思ったら、私が彼氏が欲しいか?なんでそうなった。思い当たる節といえば、つい先日降谷くんからの告白を断ったことだろうけど・・・。それにしたって質問の内容がおかしい。少し考えてみたがやはりよくわからなかったので、こちらからも質問してみることにした。
「なんで私が彼氏欲しいって思ったの?」
「この前から鈴木と佐藤が付き合いだしただろ?その二人が放課後手を繋いで帰ってるの見た時、「いいなあ」って言ってたから、彼氏欲しいのかと思ったんだけど」
「いや、そのいいなじゃないから。佐藤さん、ずっと鈴木くんの事好きだって言ってて、やっと付き合えたんだと思ったらいいなあって・・・」
「・・・つまり、"幸せそうでいいな"って意味かよ!!」
「なんで怒るの!?」
はぁぁ、と大きなため息をついて右手を額に当てる景光くんを見て、首を傾げる。なぜ私が怒られなければいけないのか。腑に落ちないが、きっと聞いても教えてくれないだろうし、私ごときが考えたところでわからないだろう。気にしない事にしよう。隣で何やらブツブツと文句を言ってるが無視だ。
全てを思い出したあの日から、私にはある目標ができた。それを達成する為にプログラミング関係の本を読み漁っている。しかし、それを幼馴染達に知られてしまうと、なぜこんな勉強をしているのか根掘り葉掘り聞かれるのはわかりきっている為、隠れてこそこそ勉強している訳だ。せっかくの昼休みも無駄にしたくない為、屋上で本を読んでいたというのに、ここに居座られてしまっては続きができない。
そんな思いが通じたのか、いつの間にか立ち上がっていた景光くんは「授業に遅れるなよ」とだけ行って屋上から出て行った。よし、これで勉強ができる。
「名前?」
と思ったら、次は幼馴染一号の声がした。まさに本を開こうとした時に。黙っていたらどこかに行くかなと思っていたら自力で探したようで、先ほどの景光くんと同じように壁からひょこりと顔を出して、私をその空色の瞳に写していた。景光くんの髪色とは真逆の金髪が夏の日差しに照らされて、これでもかと輝いている。それが眩しくて目を細めると、笑っているように見えたのか、降谷くんも目を細めて楽しそうに笑った。
「景光くんならさっき出てったよ」
「うん、そこで会った。用があったのは名前にだから」
「え、そうなの?なに?」
「・・・いや、もういいんだ」
「?ふーん」
もういい、と言ったはずなのに何故か先程まで景光くんが座っていたところに、降谷くんも座り込んだ。さっきから二人の行動があまりにも同じで、仲良すぎかよ。
「何で笑ってる?」
「え?降谷くんと景光くんは仲いいなーって」
「なんでそうなったんだよ」
「行動が一緒なんだもん。いいね、幼馴染って感じ」
「・・・名前もだろ」
「そうだったね」
それきり会話が途切れた。ただ、沈黙はむしろ心地よくて、私は降谷くんの瞳のような空を眺めていた。この間好きだと言われた時は海のようだと思ったのに、今日は夏の空の色に見えた。日によって色を変える彼の瞳は、私にとってどんな宝石よりも輝いている。
穏やかな風がふいて、私の長い髪が降谷くんの方になびく。慌てて髪を抑えたが、既に頬をくすぐってしまっていたようで、降谷くんが喉を震わせて笑っていた。
「ごめん、当たっちゃった」
「髪、伸びたな」
「そうだね。そろそろ切ろうかな〜」
押さえていた髪をひと房つまんで、目の前に持ってくる。クセの少ない黒髪だ。どこにでもある色。降谷くんの選ばれし者しか似合わない金髪とは大違い。景光くんも同じ黒髪だが、顔面偏差値という残酷なデータに基づくと、とてもじゃないが同じ色とは思えなかった。
私がつまんでいる髪を、降谷くんも私と同様にじっと見ていたと思ったら、唐突に私からその髪を奪った。
「なにす、」
「俺は好きだよ」
「へ?」
「名前の長い髪。触るそばからこぼれていく。お前みたいだ」
お互いの息もかかりそうな程の距離で、降谷くんはそう言った。伏し目がちの瞳の色はわからないが、長いまつ毛が微かに震えているのがわかる。私は何も言えなくて、されるがままに黙って見ていると、降谷くんは私の髪をそのまま口元まで持っていき、ちゅ、とわざと音を立ててキスをした。どくり、と心臓が嫌な音を立てる。こういう所だ。彼のパーソナルスペースはあまりにも狭すぎる。きっと私の反応を見て弄んでいるんだ。
「ちょっと、なにして」
一言物申そうと思った時、髪が引っ張られたことで、私自身も降谷くんの方に傾き、お互いの額がこつん、とぶつかった。いつの間に目を開けていたのか、私と降谷くんの瞳が交差する。近すぎる距離のせいで、その空色の瞳以外何もわからなかった。
「きれい、」
「・・・は?」
「今日の零くんの瞳の色、夏の空みたい」
吸い込まれそうだなぁ、なんて場違いな事を思い笑みがこぼれた。先程までの心臓の音はもう聞こえない。降谷くんの行き過ぎるスキンシップは今に始まった事じゃないのに、なかなか慣れることができないが、今日は比較的すぐに平静を取り戻せた。思わず出た言葉だったので名前呼びにはなってしまったが。
突然、降谷くんは私の両肩を掴んで勢いよく引き離し、顔を背けた。
「こういうとこなんだよなぁ・・・」
「え、なにが?」
「男にここまで距離詰められたらちゃんと怒れよ」
「だって降谷くんだし」
「ハァ・・・俺以外にされたら殴れ」
「殴れるかなぁ」
「な ぐ れ」
「サーイエッサー!」
みしり、と肩がやばい音を立てだした為、大人しく従う。まぁ、ここまで人と近づくことは家族とでも滅多にないので、人を殴る機会など訪れることはないだろう。
ようやく肩から手を離した降谷くんは、私の頭を優しく撫でながら綺麗に笑った。
「俺は名前の長い髪が好きだから、切らないでほしいけど、」
「そう?じゃあ切らないでおく」
「・・・適当だな」
「そんなことないよ。降谷くんが好きって事は私にとっては大事な事だから」
「・・・おれ、フラれたよな?」
「ん?なんか言った?」
「いや、なんでもない」
降谷くんがボソリと、少しだけ寂しそうに何かを言っていたが、丁度風が吹いてうまく聞き取ることが出来なかった。さっきから何でもないとか、もういいとかばったりだなこの人。
そう思って追求しようとした瞬間、昼休みが終わるチャイムが鳴り響いた。
「さ、次は現国だな。教室に戻ろう」
なぜかご機嫌な降谷くんは、そう言って私に手を差し出した。一人で立てるよ、と言っても譲る気がないだろうことは、この十数年で嫌というほどわかっている為、大人しく褐色の手に自分の手を重ねたのだった。