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主婦や老人達が行き来する往来を、ポアロではないとある喫茶店の椅子に腰かけてボーっと眺める。今日はいつもとは気分を変えようと、適当に選んだ個人経営の喫茶店に入って仕事に勤しんでいる。特にお腹は空いていなかったが、家にいる景光ママに怒られたくない為、比較的量が少なそうな玉子サンドとアイスコーヒーをオーダーした。時代の流れに沿ってこの店でもWi−Fiを活用しているようで、遠慮なく回線を繋ぎパソコンでポチポチと溜まっていた情報を整理し、依頼主に送信していく。集中して作業していると、予想よりも少し大きめのサンドイッチが二つ乗せられたお皿とアイスコーヒーが乗ったお盆を、ダンディなおじいさんが持ってきてくれ、控えめに声をかけてくれた。ノートパソコンの蓋を一度閉じてスリープモードにしてからテーブルの端に寄せてお皿を置けるスペースを作ると、慣れた手つきでおじいさんがサンドイッチとアイスコーヒーを置いてくれる。そわそわとおじいさんの手元を見て待っていると、その視線に気がついたのかにっこりとほほ笑んで、


「どうぞごゆっくりしていってください」


とだけ言って、去っていった。なんと素敵なおじいさんなのだろうか。喫茶ポアロに将来現れるであろう女子高生に大人気のイケメンとは種類が違うが、あれはいけない。大人の色気と年を重ねた故の落ち着いた雰囲気が絶妙にマッチしており、かなりの年齢差があるにも関わらず少しときめいてしまった。自分を落ち着かせるようにサンドイッチを手に取って、ぱくりと噛り付く。少し粗めにマッシュされた玉子は白身の食感が程よく残っており、胡椒が強めのマヨネーズソースによく合っている。薄めのパンは少し焼かれているようで、齧った時のサクッという音が食欲をよりかきたててくれた。控えめに言って、とてもおいしい。見た感じ少し多いかもしれないと思ったが、この調子なら全部食べられそうだ。私はたまにアイスコーヒーで口内をリセットしながら、ぺろりとサンドイッチを平らげたのだった。
そして、冒頭に戻るわけである。お腹が満たされ、溜まっていたフルールの仕事も一区切りついた。まだやるべき事があるが、今は少しのんびりとしたい気分だ。ボーっと引き続き行き交う人々を眺めていると、太陽にきらりと反射して輝く金色の髪が目についた。一瞬、降谷くんの事を思い出したが、その人は女性であり、更にはもろ外国人で思っていた人とは違っていた。金髪から黒のミニスカート、さらにそこからすらりと除く白い足に目がいった所で、その人物がこちらを振り返り目が合う。そこでお互いに顔見知りである事に気が付いて、私がひらりと右手を振ってみると向こうもぶんぶんと大手を振ってアピールしてくれた。その様が可愛くて頬を緩めていると、金色の髪を持ち眼鏡をかけたその女性は喫茶店へと入って来た。きょろきょろと少し店内を見渡した後で私と目が合ったかと思うと、嬉しそうにこちらまで歩いてきてくれる。


「名前さん、lunch timeでーすか?」
「そんなところです。ジョディ先生は、お休みですか?」
「いえー退職しまーした!」


その金髪の外国人は、先日蘭ちゃんたちに紹介を受けた帝丹高校の英語教師ジョディ先生その人であった。さらりと爆弾発言をしたかと思えば、相席をいいかと聞かれて向かいの席を勧める。にっこりと美女に微笑みながらお礼を言われて嬉しいはずが、その笑顔に何か底知れぬものを感じてしまいその気持ちを隠すようにアイスコーヒーに口をつけた。
そういえばこの人の本業はFBIであり、高校教師は何かを探る為にしているだけだった気がする。退職したということは、その目的が達せられたか、もしくはこれから達する為に時間が必要だからだ。コナンくんは相変わらず阿笠博士の家で哀ちゃんを看護という名目で守っているから、恐らく後者だろう。このタイミングで、故意かどうかはわからないが私に接触してきたという事は何かある、と思って気を引き締めて接した方がいいだろう。絵本作家でシステム関係詳しくて、コナンくんと仲良しというのは怪しすぎるだろうし。とは言っても私は嘘をつくのが下手で、頭も良くないから頑張ったところで無駄な気もするが。
ジョディ先生が注文をしている間にそんな事を考えていると、いつの間にか注文を終えたジョディ先生が私をじーっと見つめており、私は首を傾げた。


「あの・・・何かついてます?」
「いえー!実は人を待ってまして、来るまでここにいてもいいでーすか?」
「構いませんよ。私でよければ話し相手になります」
「Thanks!」


よし、先手を打たれる前に私の方から話題を提供する事で主導権を握ろう。向こうも私の事を探りたいだろうが、私も探られるだけは嫌だ。なんとかして私主導で会話を進めて、FBIが何をしようとしているのか探ってみなければ。どうやらジョディさんは独自に動いているだけのようで、中々情報を掴めていない。一応一般人であるコナンくんに見つかる程の数で尾行などをしているにも関わらずだ。組織で行っている作戦ならば、ある程度情報共有の為に連絡を取り合う為に比較的情報収集は簡単だ。だが、個人でされてしまうと一気に難易度が跳ね上がる。哀ちゃんを狙っているであろう事はわかっているが、それは『灰原哀』としてなのか『シェリー』としてなのか、それとも。確かめなければならない。コナンくんや哀ちゃんの命に危険が及ばないのか。いつか彼に出会い、組織を壊滅に追いやるまでは守らなければならない。私がいる事で、この世界にどんな副作用が起きてしまうのかわからない以上は用心するに越したことはない。
私は心の中で意気込んで口を開いた。


「先生を辞めてしまったんですね。もうジョディ先生とお呼びしないほうがいいですか?」
「そのままで大丈夫でーす!ただ、名前さんは私よりも年上、よかったらもっともっとフランクにジョディと呼んでくーださい!」
「そう?じゃあ、ジョディさんと呼ぶことにするね。私も好きに呼んでもらっていいよ」
「名前!よろしくでーす!」


両手を合わせて嬉しそうに私の名前を呼ぶジョディさんは、私が端に寄せていたパソコンとその上に置いていた絵本の原稿を見て、瞳を輝かせた。フルールの仕事が一段落したら内容を確認しておこうと、景光くんが色をつけたものを持ってきていたものだ。


「それ、名前の描いた絵本でーすか?」
「そうだよ。まだ草案だから軽くしか絵はつけてないけど・・・よかったら見てみる?」
「見たいでーす!」


水彩絵の具で大まかな色だけ塗りたくっただけの紙がクリップにまとめられている次回作を、ジョディさんに渡す。ジョディさんはそれをそっと両手で受け取って表紙から1枚ずつじっくりと眺めており、少しは時間が稼げそうだ。
私はスリープモードにしていたパソコンの蓋を開けて、少しだけ残っていた作業を終えてから電源を落とし、鞄の中に閉まった。USBやらを刺されてデータを抜かれては適わない。一応何も刺さっていない事を確認しておいたが、刺された形跡もなかったから恐らく大丈夫だろう。
そんな事をしていると全て読み終わったのか、ジョディさんはいつのまにか運ばれていたホットコーヒーを飲みながらこちらを見つめていた。


「どうだった?」
「すごくすごく綺麗!アメリカの話にとても似てる!」
「さすが。アメリカの童話をモチーフにさせてもらってるから」
「発売したら買いたいので、教えてくださーい!」
「それなら完成したら1冊送るよ。住所聞いてもいいかな」


大人なのに絵本を買ってくれるとまで言ってくれたのだ。1冊くらい送らせてほしい。純粋に褒めてもらえて嬉しくなった私は、住所をメモする為に鞄から手帳を取り出して、ペンと共にジョディさんに手渡した。サラサラと淀みなく動くペン先は、その辺の日本人よりよっぽど綺麗な字で、私は思わず感嘆の言葉を吐き出す。


「綺麗な字を書くね」
「Thanks!でもなかなか難しいでーす」
「My Japanese is worse than yours.(私の日本語より上手だけど)」
「・・・Did you speak English?(・・・あなた、英語話せたの?)」
「A little.(少しね)」


フルールの仕事の一環で、一通り英語は話せる。ジョディさんが日本語の読み書きも聞き取りもネイティブと差し支えない程の能力があるのに話す時だけ変なイントネーションな事が気になって、あえて英語で話しかける。さぁ、ここからが勝負だ。


「とは言っても、やっぱり日本語の方が得意だよ。ジョディさんも普通に話せばいいのに」
「・・・どうしてわかったの?私が日本語を下手なフリをしてるって」
「内緒」
「そう・・・じゃあもう1つ質問。あなたは何者?」
「ただのしがない絵本作家だけど?」


にこりと、できるだけいつもと変わらない笑顔になるよう心がけて感情を隠す。いつもは通話だけで駆け引きをする為そこまで苦労はしていないが、今回は表情も仕草もすべて見られてしまう。元来嘘をつけない私にどこまで隠し通せるのか。
ジョディ先生も緊張しているのか、ホットコーヒーを一飲みしていて、それに倣うように私もあと少しだけ残っていたアイスコーヒーをごくりと飲み干した。


「ただの絵本作家は毛利さんやクールキッドから聞いているようなシステムに関する行き過ぎた知識は持っていないわ」
「趣味の延長みたいなものですよ。私から言わせてもらえれば、あなたの方がよほど怪しいですが」
「どういう意味かしら?」
「普通の人はきちんと話せる言語をわざと下手に見せようとしません。それが教師という職業ならば尚更。私には、相手を油断させるようにそうしていたようにしか思えませんよ。例えば・・・本業を隠すためとか」


私が首を傾げて確信をつくと、ジョディさんはぴくりと一瞬だけ眉間に皺を寄せた。


「本業があるのに副業として海外で教師をできるという事は、かなり特殊な職業なはず」
「・・・何が言いたいの」
「なにも」
「はぁ!?」


両手をテーブルに叩きつけてそう叫んだジョディ先生の声が思った以上に喫茶店内に響き渡って、私は人差し指を自分の唇に添えて、静かにのジェスチャーをとった。それを見たジョディ先生自身も大きな声を出しすぎた事に気が付いたのか、両手で自分の口を塞いで眉を垂らした。
私は何もジョディ先生の全てを知っている事を伝えてマウントをとりたい訳ではない。私は、私が知りたい事だけ知れればいいのだ。ここらで本題に入ろう、できるだけ軽薄に聞こえるように意識して口を開こうとしたら、私より先にジョディさんが何かに気がついたように私の後方へ視線をやった。誰か来たのかと後ろを振り返って確認する前に、私の耳に色気のある声が飛び込んできて一瞬で先程まで考えていた策を全て放棄した。


「楽しそうな話をしているようだな。俺も混ぜてもらおうか」
「シュウ!もう、遅いわよ!」


そう言って向かいの席に腰掛けた男は赤井秀一その人で。ジョディさんは彼を待っていたようで、少し席をつめて赤井さんが座りやすいようにしている。絶望で呆然としてしまっている私にちらりと視線をやってニヒルに笑った彼を見て、私のこの一般的な脳みそでは、赤井さんに勝てそうにないことを悟ったのだった。

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