「最近すぐに調子が悪くなりますね・・・」
「ふむぅ。使っとるのが名前君だけじゃからのう・・・。もっと使用データがあればいいんじゃが」
フルールの時に使用するチョーカー型変声機の調子が最近ずっと良くない。おかしくなる度に博士に見てもらってはいるのだが、恐らくバグだろうと思っている。ゲーム製作と同じようにベータ版として多くの人に試しで使ってもらい、そのデータを参考にバグ等を排除しなければいたちごっこだろう。もう潮時だな、と博士に近所の人にでも配ってデータを収集するのはどうかと伝えた。
「公表してもいいのかの?」
「はい。博士の素晴らしい発明を公開しないのも心苦しかったので。とりあえず自分だけで使ってみたくて・・・。わがままを言ってすみませんでした。ただし、とりあえずは近所の人だけにしましょう。悪用されるかもしれませんし様子見で」
それもそうじゃの!とデレデレ笑いながら喜んでいる博士に癒されていると、哀ちゃんが地下室の扉から出てきた。博士の笑い方が気に入らなかったのか、苦い顔をしているがそれでもお美しい。博士は気にしないことにしたのか、そもそも私に用があったのかはわからないが、私の方まで歩いてくる哀ちゃんの為に椅子を引くと、スマートに「あら、ありがとう」と言われた。世の男性たちよ。この人こそがレディである。
哀ちゃんが博士の家で居候を始めてからしばらく、結構な頻度で博士の家に通っている私だが、哀ちゃんとの仲はお世辞にも深まったとは言えない。きっと、私が隠し事をしている事に気が付いているからだろう。苗字名前は敵か味方か。もしかしたら組織の人間かもしれない。彼女の中で論争に決着がつかない限り、哀ちゃんが私に心を開くことはなさそうだ。
そんな疑心暗鬼な哀ちゃんは、机の上に放置されている整備の終わったチョーカー型変声機を右手で弄びながら話し始めた。
「あなた、博士とおかしなものばかり作っているそうね」
「おかしなもの・・・」
「特にこれ。周りには公表しなかったんでしょ?という事はあなたが自分で使う為に作ったってことよね。そうじゃなければ、博士が自慢も兼ねて言いふらしてるはずだもの。こんなものただの絵本作家に必要あるのかしら」
日本人にはない色素の薄い瞳には、強い意志と少しの怯えが感じられる。いつもは見た目にそぐわない大人びた哀ちゃんが、今は見た目に応じた年齢に見えた。組織の人間の匂いはしないけれど、どこか怪しい人間である私を見極めようとしている。それはきっと、自分の為だけじゃなくて博士やコナンくんの為でもあるのだろう。クールで人と一定の距離を持ちたがる冷たい印象に見えがちだが、本当は優しい人なのだ。その優しさに応えたくて、博士に一声かけて席を外してもらった。
パタン、と扉が閉まる音がして、リビングには私と哀ちゃんの二人だけになる。意図的に二人きりになることは初めてな為、哀ちゃんが見るからに身構えて警戒するのがわかった。
さて、
「哀ちゃんの好きな食べ物は?」
「・・・突然なんなの」
「いやー、世間話でもどうかなと」
「ふざけないで」
「ごめんなさい」
場をなんとか和ませようとへらへらしてみると、割とガチで凄まれてしまった。本当にごめんなさい。
「世間話はあとでするとして」
「後でもしないわよ」
「哀ちゃんは、私の事怪しいと思ってるし、好きじゃないよね」
「・・・えぇ、そうね。あなたに対する疑問は多すぎる。工藤君がなぜあんなにあなたを慕っているのか理解できないわ」
私の目をじっと見つめて、隠すことなく心情を話してくれる哀ちゃんに、私もしっかりと彼女の瞳を見つめ返す。彼女から見ると、私は平凡な一般人には見えないということだろう。確かに情報屋としてある程度の知名度がある程度には、長い時間を裏の世界にいる。同じように裏の世界で生きてきた哀ちゃんにとって、私は同じ匂いがするんだろうか。
ふぅ、と小さく息を吐いて少し早くなってきた鼓動を抑えようとするが、あまり意味はなかった。緊張で乾いた喉をうるおす為に唾をひとつ飲み込む。
「私は組織の人間じゃないし、哀ちゃんやコナンくん達を害するつもりも一切ない」
「口だけならなんとでも」
「そうだね、だから何か一つだけ質問に答えるよ。その質問に関しては、はぐらかしたり、嘘ついたり絶対しない」
「そう・・・じゃあ聞くけれど。あなた、フルールって名前で情報屋みたいなことしてるわよね」
「えっ」
私の顔を一切見ずにそう言った哀ちゃんに驚きを隠せず、思わず声が出てしまった。私の動揺に気が付かないフリをして、哀ちゃんは言葉を続ける。
「さっきあなた達が試しに声を変えているのを聞かせてもらったのだけれど、私が何度も何度も繰り返し聞いたフルールの声だった」
繰り返し私の声を聞いたと哀ちゃんは言っているが、私のフルールの声を聞いた事があるのは、フルールと取引した事がある人と阿笠博士のみ。黒の組織に所属していた時のシェリーさんとは取引をしたことはないし、哀ちゃんと話をしたのも苗字名前としてだけだ。一体どこで聞いたと言うのだろうか。
というか、質問される前にほとんど暴かれているんですけど。恐らく、彼女は私がフルールであると確信している。その上で何か質問をしようとしているのだ。だが、私もそう簡単に認める訳にはいかない。
「その、フルールさんっていう情報屋がどうして私だと思ったの?」
「IT関連の知識への造詣の深さがまずは気にかかった。それだけの能力があるのに絵本作家である事が不自然すぎる。あとは、私が組織にいた頃フルールの正体を探れと言われた事」
フルールの居場所は逆探知をしても、追跡をしてもわからない。最後の砦としてシェリーさんにもフルールの正体解明の依頼があったそうだ。その時に渡されたものの中に、フルールとの会話記録もあり、それを繰り返し聞いて人相を掴もうとしたらしい。
「フルールは抑揚が少なく、落ち着いた話し方。声は男性だけど、女性ともとれるような丁寧な言葉遣い。あなたはなるべく相手に特徴的な印象を残さないようにしていた。まるで人と距離を置くように。それがフルールと被ったの。そして変声機の声を聞けば、あなたの正体くらい、推理オタクじゃなくてもわかるわ。でも、安心して。あなたの正体を誰かに伝えるつもりはないから」
完敗だった。さすが哀ちゃん、黒の組織に執拗に追い求められるだけの事はある。私の正体への手がかりが多かったとはいえ、こんなに完璧な解答をする事ができるとは。やはり、頭の出来が根本的に私とは違うんだなぁ。
哀ちゃんが人に言いふらしたり、私の情報を悪用したりするとは思えないので、私も素直に観念する事にした。
「それで、私がフルールであるとして哀ちゃんの質問は?」
「あら、随分簡単に認めるのね」
「そりゃあ、そこまで当てられてすっとぼけるのも無理あるでしょ」
はぁ、とため息をつきつつそう言うと、哀ちゃんは満足そうに笑った。先程からいいように遊ばれているようで、私は唇を尖らせて不満を顔に表す。
「やっと人間らしくなったわね。じゃあ質問させてもらうけれど、あなたのフルールになった目的は一体なに?危険な裏の世界に飛び込んでまで欲しいものってなんなの?」
それは、一番聞いてほしくない事だった。私にとって、前世の記憶がある事以外に暴かれたくない秘密。景光くんにも確定的な事は話していない。きっと気づかれてはいるのだろうが。
ここで嘘をつく事は簡単だ。だが、私は先程嘘をつかないと約束した。私は、彼女に対して真摯でありたかった。
「・・・大切な人がいるの。その人の幸せの為に、私は裏の世界の力が必要だった。いつか、その人が幸せだと感じる瞬間が少しでも増えるように、それだけの為に私は生きてる」
「その人は、あなたの事知ってるの?」
「質問は一つだけって約束だけど?」
「あら、『その質問に関しては』とも言っていたと思うけれど?」
「うーん、やっぱり勝てないなぁ」
お互い顔を見合わせて笑い合う。なぜか、哀ちゃんにだけは、私の想いを話してもいいような気持ちになり、思ったよりするりと言葉が滑り落ちる。
「その人は私が何をしているのかなんて知らないし、知ってほしいとも思わない。結局は自己満足だからね。知ったとしても勝手なことするな!って言われるかも」
「そう・・・」
そこまで話して、しばらく沈黙が訪れた。黙っている哀ちゃんから視線を窓の外に移すと、長く話し込んでしまった為かもう日は落ちており、空には星が輝きだしていた。いつもなら夕飯も食べていくように言われていたのだが、哀ちゃんが居候するようになってからは遠慮して家に帰る事にしていた。
今日は景光くんの作り置きもあることだし帰ろう。そう思って鞄を手に立ち上がる。チョーカー型変声機はまだ哀ちゃんの手に握られていた為、返してもらおうと右手を差し出すと、私とは逆の方に顔を向けて頬杖をついている哀ちゃんが小さな声で話しだした。
「・・・夕飯食べていかないの?」
「え、いや、悪いかなーって・・・」
「別に、私は構わないわよ。今夜は博士が作るって張り切っていたし、食べていけば?・・・あとで世間話もするんでしょ」
先ほどの会話で少しは気を許してくれたのだろうか。少し照れの混じった極上のツンデレに、私はときめきのあまり胸を押さえながら、夕飯をいただく事を伝える為に声を絞り出したのだった。景光くんの作り置きは明日の朝にいただきます。