高校生やサラリーマンたちが帰路についている夕暮れの米花町を歩きながら、晩御飯へと想いを馳せる。今日は景光くんがいない。私が仕事を頼んだからなのだが、急な依頼だった為に作り置きもされていない。「俺がいないからってご飯抜くなよ!チョコで栄養とれるとか思うなよ!?わかったな!?」と言いながら出ていった景光くんを思うと、食べない訳にもいかない。でもめんどくさいな〜、まだ原稿あるし外食したって言ったらバレないかな。と考えながら歩いていると、後から誰かに呼び止められた。振り返ると、制服のスカートを翻して魅惑の生足を披露している蘭ちゃんが笑顔で走ってきていた。
「名前さーーん!名前さんだよね!」
「あぁ、蘭ちゃん。ひさびさ?」
「もーほんとだよ!全然メールも返してくれないし!」
「仕事が忙しくて、ごめんね」
「ううん!元気そうで安心した!」
う、眩しい。可愛い笑顔で元気いっぱいの蘭ちゃんは、アラサーには堪える。若さの暴力にされるがままになっていると、蘭ちゃんの後から女性が二人小走りでこちらにやってきた。一人は私も知っている女子高生の園子ちゃん。もう一人は初めて会う、ブロンドヘアーが素敵な外国人の女性だった。実際に会うのは初めてだが私は一方的に知っている為、それが悟られないように背筋が無意識に伸びる。
「もう、蘭ったら突然走り出すんだから!私を空手部主将の体力と同じと思わないでよね!」
少し息の荒い園子ちゃんが拗ねるようにして蘭ちゃんに抗議をしている隣では、外国人の女性が全く息を切らす事なく笑顔で私の方を見ていた。それに対して、私も負けじとニッコリと笑顔で見つめ返す。
「ごめんごめん!名前さんを見つけたからついね。ジョディ先生もごめんなさい」
「Oh!構いませーん!いい運動なりました!ところで、こちらの方はドナタですかー?」
「あ、紹介しますね。昔からよくしてもらっている私のお姉さんの苗字名前さんです!名前さん、こちらは私達の高校で英語を教えてくれているジョディ・サンテミリオン先生です!」
よろしくお願いしますー!と外国人特有のアクセントがきいた挨拶と共に出された右手を握りしめて、私からも挨拶を返した。ニコニコと笑っているジョディ先生は、本職はFBIであり赤井さんと同僚だったはずだ。ここで怪しまれる訳にはいかない為、ボロを出さないようにしなければ。
私とジョディ先生の挨拶を見ていた蘭ちゃんが、いいことを思いついた!と言うように両手をぽん、と合わせた。嫌な予感がする。
「そうだ!よかったら名前さんも今から一緒にご飯食べに行こうよ!」
「えっ、いやそんな。ジョディ先生に悪いし」
「私は構いませーんよ!名前さんとお話してみたいでーす!」
「ほら、先生もいいって!それとも、予定とかある?」
しょんぼりと上目遣いでそう言われてしまえば私の心が罪悪感でちくちくしてしまう。昔からそうだ。あざとくて可愛い近所の女の子。この子はそれを天然でやってのける。私には一生できそうにない素直な言葉と行動に心がときめくと同時に、羨ましいなと思うこともある。でも私は結局できないのだ。まぁ、やったところで誰得なんだよっていう。
罪悪感を主張し始めた胸を軽く押さえながら、今日の予定は特にないことを告げる。すると、蘭ちゃんは見るからに嬉しそうに笑って言った。
「じゃあ決まりね!園子もいいよね?」
「もっちろん!聞きたいこともあるしね〜にひひ」
「や、やっぱ家で食べたいなー!」
「だぁめ!名前さん、すぐご飯抜くんだから!今日は私たちと食べるの!美味しいパスタ食べれそうなところ見つけたから、そこに行こ!」
「たのしみでーす!」
私以外が全員ノリノリの状態で逃げられる訳もなく、空手部主将に手を繋がれたインドア絵本作家は話題のパスタ屋までドナドナされるのであった。
*
流行りに敏感な女子高生二人の見つけたパスタ屋は、話していた通りオシャレでメニューも豊富な、確かに美味しそうなパスタがありそうな店だった。まだ夕食には少し早い時間だからか、店内はそこまで混みあっておらず、すぐにテーブル席へと案内される。各々好きなパスタを選び、店員さんに注文を終えて一呼吸つくと、待ってましたと言わんばかりに園子ちゃんが話し始めた。
「それで!名前さん!今、イケメンと結婚前提で同棲してるんだって!?」
「ブッ!っゲボなにそれ!?」
「もー、だから違うって言ったでしょ!?名前さん、大丈夫?」
「なんとかね・・・」
顔を赤らめて興奮気味に園子ちゃんに突然そう言われて、飲みかけていた水を園子ちゃんに噴き出しそうになったが根性で耐えた。そのせいでむせてしまった私の背中を、隣の席の蘭ちゃんがさすってくれる。結婚前提以外はわりと合ってるのが恐ろしい。
「だって、本人に聞かないとわかんないでしょ!」
「悪いけど、友達と住んでるだけだから。園子ちゃんの期待するような事は何にもないよ」
「蘭の言った通りかーつまんないの!」
ぶーぶーと文句を言っているが、仕方がない。私と景光くんとの間にはやましいことなのどなにもないのだから。これでもう追求されることはないな、とほっと一息ついていると、この店に来るまでの会話で、意外にも私よりも年下である事が判明したジョディ先生が私をじっと見つめている事に気がついた。何か私の挙動に気になることがあるのかと内心身構えていると、ジョディ先生の口からは想像外の言葉が飛び出してきた。
「名前さん、ボーイフレンドいないですかー?」
「・・・いないよ。そもそも結婚する気がないから必要ないかなぁ」
「えぇー!そうだったの!?」
「そうだったんだよ〜」
「名前さんの事狙ってるの何人か知ってるのに!ほら、この前のパーティーの貿易会社の社長の息子とか!」
「あぁー・・・」
園子ちゃんの言うパーティーとは、私が書いている絵本の出版社の社長が招待されていたパーティーであり、私が無理矢理連れていかれたものだ。一度社長の奥様が体調を崩されて代打で私が行ってから、何故か私が奥様の行けない時のピンチヒッターになってしまった。ある程度融通を効かせてもらっているから断りづらいこともあり、泣いて懇願されてしまえばいつも折れてしまう。私はあくまで代打である為周りにも独身という事は知られており、プロの化粧と煌びやかなドレス、パーティーという非日常的な空間故か、平々凡々な私が何人かの男性に言い寄られるという怪現象がしばしば起こる。
パーティーに行けば、大抵鈴木財閥のご令嬢としての園子ちゃんに遭遇するのだが、前回の時はタイミングが悪い事に貿易会社の社長のご子息に一生懸命話しかけられているところだった。助けて欲しいと目で訴えたのに、にやりと笑って去っていった園子ちゃんを私は忘れない。
「いや、あれは社交辞令だよ。」
「えー、あの人すっごく誠実でいい人よ?社交辞令とかで女の人に声かけるタイプじゃないし。名前さんも気に入るかと思ったからあえて助けなかったのにー」
「やっぱり私の事見捨てたんだね・・・」
てへっと可愛く舌を出して謝る園子ちゃんをジト目で見ていると、店員さんがパスタを運んできてくれた為、話が中断された。私の目の前にレモンクリームが絡んだ野菜たっぷりのパスタがコトリ、と置かれて、レモンの爽やかな香りが食欲をそそってくる。いそいそとフォークを手に取り、みんなでいただきます、と手を合わせた。ジョディ先生も一緒に手を合わせている所を見るに、日本にすっかり馴染んでいるようだ。フォークを黄色のスープに沈めて、くるくると麺を巻き付ける。一口大になったところでそれを口に放り込めば、クリーミーなソースがもちもちのパスタにしっかりと絡んで、噛むたびにレモンの酸味が鼻を抜け、なんともいえない気持ちにさせる。んんーうまい。しかし量が少し多めなので食べ切れるか不安だなぁ。そんな心配をしつつしっかりと味わっていると、蘭ちゃんが楽しそうに笑ってこちらを見ていた。1口欲しいのかな?と、フォークにパスタを一口大に巻き付けて蘭ちゃんの方に持っていく。
「あーん」
「え、あ、欲しい訳じゃなくて、」
「食べないの?おいしいよ、ほら」
「・・・名前さんってずるい」
少し頬を赤らめてぱくり、と私のフォークにかぶりついた蘭ちゃんを見守ってから、私も引き続きパスタ攻略に専念した。ポツリポツリと、各々のパスタの感想を述べつつ、一番最後にはなったがなんとか完食し、食後のコーヒーで胃を休ませる。
「名前さんは不思議な方でーすね」
のんびりと食後の余韻を楽しみながら会話をしていると、会話が途切れたタイミングでジョディ先生がそう切り出した。不思議とは平凡である私にはかけ離れた評価であるが、ジョディ先生はこの短時間で何を思って言ったのだろう。何と答えようか考えていると、蘭ちゃんと園子ちゃんもうんうん、と頷いて同意していた。
「わかります!捕まえてないとどっかいっちゃいそうな感じとか・・・野良猫みたいな?」
「猫の習性も持ってそうでーす」
「え・・・動くもの追いかけるとかじゃないよね・・・?」
女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、私の話で盛り上がる三人を見て猫の習性について考えていると、ジョディ先生は人差し指を立ててウインクをした。
「いつか教えてあげまーす!」
うむむ、美女にそう言われては仕方がない。ということで私は考えることを放棄して私の話題を止めてもらう為に別の話題を提供するのだった。