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「この間は助かったよ。君のおかげで犠牲を減らす事ができた」
「いえ。私は仕事をしただけですから」


夜遅く、低く落ち着いた声が電話の向こうから聞こえてくる。FBIである赤井さんは、数多くいるであろう情報屋の中でなぜか私を贔屓にしてくれている。何か情報が欲しいときはまず私に声をかけてきているようで、一度だけ「すみません、それに関しては情報がありません」とお答えした時の「そうか・・・残念だ」という、大の大人の返事とは思えないしょんぼりとした返答に、不覚にもときめいてしまったのはいい思い出だ。それからはより情報を集めなければ、と景光くんを巻き込んで情報屋業に力を入れている。


「そういえば、赤井さんはいつアメリカに帰るんですか」
「帰ってほしいのか?」
「あなたの帰国云々に興味ありません。ですが、組織は最近日本に拠点を置いているようなので、NOCだと露見したあなたがいていいのかと」
「ホォー・・・心配してくれているのか。だが問題はない」
「はぁ・・・もうそれでいいです」


もう何を言っても無駄な事を悟った私は、話を打ち切る為にしかたなく折れる事にした。
赤井秀一という男は、同性の男であるはずのフルールにいつもこのような対応をしてくる。まさか、類まれなる頭脳の持ち主である赤井さんは私が女だと気が付いているのだろうか。しかし、声は男だし直接会った事もないから、私の容姿も知らないはず。逆探知等の対策も毎日チェックしているし、今のところ特に問題はない。さすがの赤井さんもこれだけ少ない情報で私の正体を見破れる事はないはずだが、一応用心しておくに越したことはない。これからも気を引き締めて対応していこう。
私が心の中でそう決意してから、赤井さんに本題について問いかけた。


「あぁ・・・。探している人物がいてな。君ならば正体を探れるかと思うんだが」
「探している人とは、組織関係ですか?」
「そうだ。今はこちらで目星をつけた人物を調査しているんだが、少々気がかりな事があってな・・・」
「天下の赤井秀一に気がかりとは珍しい。お得意の推理で正体を暴いてみてはどうですか、ミスターホームズ」
「ほとんど確信はしている。だがあと一押しの証拠が欲しい」
「なるほど、その為の私ですか」


探っている人物というのは十中八九哀ちゃんの事だろう。今はFBIの権力を使い、尾行等をして正体を突き止めようとしている所なはずだ。だが、ここで私から哀ちゃんの正体に関しての確信を教える事はできない。それは、この先の流れが大きく変わってしまうからだ。赤井さんには申し訳ないが、私からその件に関して与えられる情報はない。
カモフラージュと一応の確認の為、その組織幹部の名前を聞くと、案の定「シェリーだ」とのことだった。気持ちを落ち着かせる為に小さく息を吐いてから、その件に関しての情報はない事を告げる。


「そもそも死んだと噂で聞きましたけど」
「いや、おそらく生きている。名前を変え姿を変えてな・・・」
「なるほど。では、私の方でも探っておく事にしましょう」
「頼む」


その後他の仕事の話について軽く打ち合わせをしてから通話を終えた。ふぅ、とチョーカーの電源を切りながら一息つくと、静まり返った部屋に音が響いた。景光くんは随分前に就寝している。時計を見ると針は夜中の3時を示しており、夜更かししがちな私もさすがに眠らないと明日に差し支えてしまう。既にお風呂にも入り、寝間着に着替えていた私は、ベッドに入り眠りについたのだった。







「おじゃましまーす・・・」


通り慣れた玄関ではなく、地下室を通る裏口から阿笠博士の家の中に入る。これはコナンくんの指示で、何者かに追われている哀ちゃんを気遣うものだ。
哀ちゃんやコナンくんは黒の組織による追跡だと思っているのだろうが、実際は赤井さん率いるFBIで組織ではない。しかし、それを私が知っているのはおかしいし、私に出来る事といえばこうして風邪をひいた哀ちゃんの為に果物を持ってお見舞いに来る事くらいな為、今こうして地下室からリビングに向かって歩いている。
特にやましい事がある訳ではないができるだけ足音を立てないように階段を上がっていると、上から誰かの足音が聞こえてきた。足を止めて足音の正体を待っていると、それは私もよく知っている蘭ちゃんであった。
私が蘭ちゃんを確認したのとほとんど同時に向こうも私に気が付いたようで、嬉しそうに頬を緩めて挨拶をしてくれる。それに返すように私は右手を上げて返事をした。


「今から帰るところ?」
「うん。名前さんも来てたんだね。哀ちゃんの為に玉子粥作りに来てたんだけど、私は園子と約束があるから」
「そっか。蘭ちゃんのおいしいお粥食べたらきっとすぐに元気になるよ」
「だといいけど・・・。あ!園子待たせちゃうからもう行くね!」


腕時計を確認して焦ったようにそう言ってから、小走りで地下室を駆け抜けた蘭ちゃんを見送って、私も哀ちゃん達がいるであろうリビングへと足を進めた。相変わらず元気いっぱいな子だ。
やっとこさ階段を上がりきり扉を開けると、ベッド脇に立っていた阿笠博士と目が合い、にっこりと優しくほほ笑んで手招きをしてくれる。その仕草に私の頬も自然と緩み、阿笠博士の元へと駆け寄った。


「こんにちは。聞いていた通り、裏口から勝手に入っちゃいました」
「かまわんよ。手間をかけてすまんのぉ」
「いえいえ。コナンくんと哀ちゃんもこんにちは」


二人の少年少女からの返事を聞いてから、手にずっと持っていた果物の詰め合わせを持ち上げて存在をアピールすると、阿笠博士は喜んでくれたが、哀ちゃんは呆れたような顔をしてきた。それが心外で、思わずむっとしてしまう。


「なんでそんな顔するの」
「大したことないもの。そんな入院したかのような手土産は必要ないわ」
「ひどいなぁ。風邪にはビタミンが一番だよ。お粥の後にでも食べよう。博士、果物切るのでキッチン借りますね」
「おぉ構わんよ!わしも手伝おう」


そう言ってくれる阿笠博士のお言葉に甘えて、2人でキッチンへと向かう。あーだこーだと言いながらカゴにたくさん盛られた果物達からりんごと桃を食べることに決め、私が皮を剥いている間に阿笠博士がお皿やフォークを用意してくれるとの事だったのでお任せする。
そういえば、阿笠博士に伝えたい事があるのだった。その事を思い出した私はりんごを剥く手を止めずに阿笠博士に声をかけた。


「この間言っていた宮野博士の件ですが、出版社関係の人に聞いてみたら、宮野博士と幼馴染だったというデザイナーの方がいるそうで・・・」
「それはもしかして出島壮平さんという人かのぅ?」
「あれ?ご存知でした?」


デザイナーという、科学者とはあまり関わりのない職業の人を探し当てた阿笠博士に少し驚いてしまい、長く繋がっていたりんごの皮が途切れてしまった。
最近、景光くんにばかり料理をさせるのも悪いなと思い始めた私は、とりあえず時間があって私のやる気がある時に景光くんから料理を教えて貰っている。味付け等は問題ないはずなので、まずは包丁さばき等を教わっているのだが、これがまた難しい。今もりんごの皮を向いているが景光くんが剥いたものより明らかに身が皮に残ってしまっている。いつの間にか教える立場が逆転しているが、私にとってはいい傾向な為特に気にしていない。閑話休題。
よし、と気合を入れ直して引き続きりんごの皮剥きをする為包丁を持ち直していると、阿笠博士が取り分ける小皿を取り出しながら言葉を続けた。


「わしの方でも知り合いの博士にあたってみたんじゃが、昔宮野博士が自費出版した本の装丁をお願いしたのがそのデザイナーだったようじゃ」
「なるほど、それで・・・」
「哀君の風邪が治ったら会いに行ってみるつもりじゃよ」
「それがいいですね。・・・さ、果物も切れたので戻りましょうか」


哀ちゃんの風邪が治ってからという言葉に賛同しながらまな板の上に並べていた切った後の果物を大皿に載せ、阿笠博士とキッチンを後にした。
部屋に戻ると哀ちゃんははふはふと玉子粥を頬張っており、その表情はどことなく柔らかくて、元気そうでよかったと一安心した。サイドテーブルに大皿を置いて、りんごを一つ齧ると甘い果汁がじゅわりと口いっぱいに広がり、さすがの高級品だと一人心の中で賞賛を送る。
そんな私を眺めていたコナンくんにも同じ気持ちを味わって欲しいと、フォークを手渡して果物を食べるように促し、自分は桃を頬張った。


「うん、美味しい」
「これ・・・だいぶいい桃だろ」
「よくわかったね、奮発しちゃった。ほら、コナンくんも食べて」


じぃっと果物を見つめていたかと思えば、やはりお金持ちであるコナンくんにはお見通しだったようで、ある程度の値段がするものだという事がバレたみたいだ。私は口封じも兼ねて、りんごをコナンくんの口に放り込んだのだった。
不満そうにしながらも食べてくれる所を見て、ふと先日見たテレビ番組のことを思い出した。


「そういえば、この前テレビに映ってたね。玉子粥食べに来ました〜みたいなやつ」
「あぁ、灰原がいない時で助かったよ」
「どうして?追われてるかもしれないとは聞いてるけど、その人がテレビを見てるとは限らないのに」
「バーロー。視聴率1%でだいたい40万人が見てる計算なんだ、昼のワイドショーの視聴率に置き換えて考えてみろよ」


心底不思議に思いそう言うと、コナンくんはそんな事もないということをわかりやすく教えてくれた。本当になんでも知ってる子だなぁ、と感心していると哀ちゃんが玉子粥を食べ終わったようで小さく「ごちそうさま」と手を合わせていた。


「じゃあ私、そのお皿片付けてくるから哀ちゃんは果物食べてて」
「ありがとう。いただくわね」
「どーぞ」


哀ちゃんから器を受け取り、またキッチンに戻る。さすがは蘭ちゃん、作った時に使ったであろう調理器具はしっかり洗われており流しには何も無い状態だった。私は器とレンゲを手早く洗い、蘭ちゃんが洗ってくれていた調理器具と一緒に水気を拭って元の場所に戻した。
部屋へと戻ると、コナンくんと博士、何故かまだ風邪が治りきっていない哀ちゃんまでもが外出の準備をしており驚いてしまう。


「ちょっと、哀ちゃん連れてどこ行くの?」
「あぁ、灰原の父親の幼馴染に会いにな」
「なにも今日じゃなくてもよくない?風邪も治ってないのに・・・」
「しゃーねーだろ。灰原が行くってんだから」
「あら、本当に行きたいのはあなたの方じゃない?」


コナンくんと哀ちゃんがいつものようにいいコンビぶりを披露しているのを横目に、私は小さくため息をついた。
どちらが行きたいかなどはどうでもいい。ただ、体調が悪いのに外に出るのはやめた方がいいと言うことを言いたかったのだが、この二人にそんな言葉を言ったところで聞くわけがないのはわかり切っている。私は自分のつけてきていたマフラーを取り出し、哀ちゃんの首に巻き付けた。


「無茶ばっかりしないで、たまにはゆっくり休んでね」
「・・・止めないのね」
「止めても行くくせに。私はこの後出版社に用事があって行けないけど、お父さんとお母さんの手がかり、あるといいね。気をつけて」
「ありがとう」


大人用のマフラーでもこもこになった哀ちゃんのデレは刺激が強すぎる。私はときめく胸を押さえて、なんとか返事をすることができたのだった。


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