コナンくんのお見舞いを終えて私が向かった先は、阿笠博士の家だった。手土産は先程コナンくんに渡すものしか用意していなかった為、途中でケーキをいくつか買ってから向かう。呼び鈴を鳴らして名乗れば、博士は急な訪問だったにも関わらず歓迎してくれた。
博士に手土産を渡しながらリビングに入ると、哀ちゃんがファッション雑誌を読んでくつろいでおり、私を一瞥してから雑誌へと目線を戻したが、小さい声で「いらっしゃい」と言ってくれた。これがツンデレ。胸の奥でじんわりと哀ちゃんの可愛さをかみしめてから、できるだけ静かに隣に失礼する。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ソファに座り、先程の事を思い出す。蘭ちゃんはほとんど確信している。コナンくんが新一くんであると。きっと私から「コナンくんと新一くんは瓜二つだ」という言葉をもらう事で後押しをしてほしかったのだろう。しかし、私の口から欲しい言葉をもらえなかったにも関わらず、彼女は結局自分の勘に従う事にしたようだが。
何度か蘭ちゃんにコナンくんの正体がバレてしまうかもという話はあった気がする。しかし、遠い前世の記憶などもうほとんど覚えていない。降谷くん関連の事以外まで覚えておく程私の頭の出来はよくないのだ。だから、今回の事がイレギュラーなのかどうか判断できない。基本的に本筋に絡まずに、降谷くんのやりやすいように陰からこっそりと手伝いたい私としては、今回の件もできることならば関与しない方向でいきたい。しかし、コナンくんの正体が蘭ちゃんにバレてしまうのは非常に都合が悪い。その事について意見を聞いてみようと哀ちゃんの元を訪れたのだった。
「・・・で?」
「ん?」
「何か話があって来たんでしょ」
急に押し掛けたのに読書の邪魔をするのも悪いと思い、哀ちゃんが読み終わるまではと隣で自分の考えをまとめていると、話を切り出さない私に痺れを切らしたのか哀ちゃんが読書を切り上げてくれた。
申し訳なくもありがたく思い、先程の病院での話を簡潔に伝えた。
「・・・というわけなんだけど、どう思う?」
「あなたもそう思ったのね」
私の話を聞いた後、哀ちゃん自身も何か思うところがあったのか私の意見に同意してくれた。
今回、コナンくんが撃たれて手術になった時、輸血する為の血が足りなかった。その時、コナンくんの血液型を知らないはずの蘭ちゃんが「血液型は同じはずだ」と血の提供を申し出たらしい。その時の様子と、手術後の懸命の看病の様子を見て哀ちゃんは、彼女が正体に気が付いていると考えていたようだ。
哀ちゃんとしても蘭ちゃんにコナンくんが新一くんであると知られる訳にはいかないらしく、なんとかしようとは思っていたらしい。よかった。私が何もしなくてもなんとかなりそうだ。とりあえず、私の持っている情報と哀ちゃんの持っている情報を交換して今後の策について話し合ったのだった。
*
じっとりとした熱気が身体にまとわりついて、肌がべとべとしてくる。夜も遅いというのにまだまだ気温は高いままだ。しかし、私の体感温度としてはむしろ肌寒いくらいだった。なぜなら、今私がいるのは夜の病院で、しかも病室のドアにもたれかかり誰もいない真っ暗な廊下に一人きりだから。
大丈夫。幽霊なんている訳がない。そんな非科学的なものを信じるなんてどうかしてる。いや、待てよ。そういえば私は前世の記憶がある非科学的な存在代表だった。ということは・・・いやいや考えるのはやめておこう。
ドキドキと落ち着かない心臓を、チョコレートの事や絵本の事、仕事の事などを考えて落ち着かせていると、背後から「入っていいわよ」と声が聞こえた為、脊髄反射で扉を開いて入室した。
月明かりに照らされた二人の姿を確認して、ほんの少しホッとしていると、コナンくんがぎょっと目を見開いて私を指さしてきた。
「って名前さん!?なんでここに・・・」
「こんばんは。哀ちゃん一人じゃ夜だし危ないでしょ。だから着いて来てたの。ここまでは博士に車で送ってもらったから大丈夫」
「・・・そーかよ。・・・つーか、今入って来るの早すぎなかったか?もしかして、」
「そ、そんな事より!どうなったの?」
ぐいっとコナンくんから哀ちゃんに顔を向けて不自然に話題をそらした私に、電気をつけていない為薄暗くて表情はよく見えないが、きっとコナンくんは呆れたような顔をしているのだろう。だって仕方がないじゃないか。普通の暗い部屋とかならば怖くはないが、真っ暗な誰もいない夜の病院なんて怖いに決まっている。これは普通の人ならばしょうがない事だ。
心の中でそう言い訳をしながら、んん゙っと咳払いをして哀ちゃんを見やる。やれやれ、といった風に両手を天井に向けるアメリカンな仕草をしてから、哀ちゃんは詳細を話してくれた。
「三つ目の案でいくことになったわ。博士とあなたにも協力してもらわないといけないし、猶予もあと二日しかない。もう帰りましょう」
「え、私も手伝うの?」
「当たり前でしょ」
「先に出てるわ」と言って本当に扉の方に向かっていく哀ちゃんを慌てて追いかける。あの真っ暗な廊下を一人で歩くのは少しばかり勇気がいりそうだから、先に行ってもらっては困る。
そんな私に気が付いているのか、扉の前で待ってくれていた哀ちゃんに目だけでお礼を告げてからコナンくんを振り返った。
「じゃあまたね、お大事に」
「・・・いつもありがとな」
「いつも?」
「いや、なんでもねー。幽霊に気をつけろよ」
にやりと悪戯に笑いながらそう言うコナンくんを少し睨みつけてから、今度こそ本当に扉を開けて病室を後にした。傍に哀ちゃんがいるとはいえ、真夜中の真っ暗な誰もいない病院の廊下という怖すぎるシチュエーションが緩和されることはなく、大変申し訳ないとは思いながら哀ちゃんの肩に手を乗せさせてもらい、戦々恐々としながら歩みを進める。
途中ナースステーションで帰る旨を告げてから病院を出て、駐車場で待ってくれていた博士のビートルの後部座先に二人で乗り込む。「おかえり」と優しい声で出迎えてくれた博士の顔を見て、やっと一息つくことができた。
「夜遅くにありがとうございました」
「構わんよ。で、どうなったんじゃ?」
「マスク型の変声機が必要になりそうよ。お願いできる?」
「もちろんじゃ。名前君にも手伝ってもらうがのぉ」
「私にできることならばお手伝いします」
そしてゆっくりとビートルは発進し、会話は途切れた。博士の家に着いたら、そこからはきっとあまり眠る時間はないだろう。景光くんにもここに来る前に二日ほど戻らない事は伝えてある。ついでに調べてほしい事もお願いしてある為、手持無沙汰になることはないだろう。
とりあえず、家に着くまでは仮眠をとっておこうと体重を車の扉に預けた。時折すれ違う対向車のライト、エンジン音が響く車内、心地よい揺れ。そのどれをとっても眠気を誘うもので、私はその欲求に抗うことなく瞳を閉じたのだった。
*
今日は、先日病院にて蘭ちゃんに誘われた帝丹高校の文化祭だ。友人が極端に少ない私にとって唯一といってもいい友人の景光くんを誘って来ようかと思ったが、彼はあまり外出はできない。仕方なく一人で演劇の時間を狙って来たのだが、アラサーの女が一人で高校の文化祭に来るのは中々しんどいものがあるのではないだろうか。しかし、そう気が付いた時にはもう既に体育館の壁にもたれかかって演劇の始まりを待っている時だった為、気が付かなかった事にした。
演劇が順調に進み、ハート姫と黒衣の騎士が抱き合う、演劇の一番の盛り上がりであろう所で、案の定というか殺人事件が勃発した。警察も到着し事情聴取や実況見分などでざわざわとしている中、黒衣の騎士が工藤新一である事が発覚し、あれよあれよという間に西の高校生探偵こと服部平次と見事な推理ショーを繰り広げ、無事事件を解決に導いたのだった。
工藤新一として蘭ちゃんに会う代わりに、哀ちゃんと「目立たない」と約束したにも関わらず、事件を前にすると周りが見えなくなってしまう所は本当に直した方がいいと思う。
「名前さーん!」
徹夜続きで酸欠状態の脳に酸素を送る為、あくびをしながら高校の校舎の一階の廊下を歩いていると、薄いピンクと白のドレスに身を包み、いつも以上に綺麗な蘭ちゃんがスカートの裾を持ち上げてこちらに走って来た為、立ち止まって蘭ちゃんが傍に来るのを待つ。走って来たからか、興奮しているからかは判断はつかないが、蘭ちゃんは頬を赤らめて嬉しそうに話し始めた。
「新一がいるの!名前さんも見た!?」
「うん、見たよ。舞台も後ろで立ち見してた。蘭ちゃん可愛かったねぇ」
「見てくれてたの?ありがとう!・・・じゃなくて!名前さん、新一が来るって知ってた?」
「来ないって蘭ちゃんが言ってたんじゃなかった?黒衣の騎士が新一くんでびっくりしたよ」
本当は知っていたが、それとなく話題をずらしてごまかす。
推理ショーの後に突然倒れてしまった新一くんは保健室へと運ばれていったようだが、ここに蘭ちゃんがいるという事はもう目が覚めているのだろう。私が来ているのは哀ちゃん扮するコナンくん辺りにでも聞いたのかな。
推理ショーの時の新一はかっこいいけどかっこつけすぎだの、黒衣の騎士の服は似合ってたけどセリフくらい覚えてこいだの、悪態をつきたいのかデレたいのかよくわからない話を、蘭ちゃんから頬を薄桃色に染めながらひたすらに語られ、私の口角も自然と上がった。
「蘭ちゃんは本当に新一くんの事好きだね」
「えぇ!?や、やめてよ!あいつとは、別に、そんなんじゃ・・・」
「はいはい」
「ほんとに違うんだってば!あいつったらいつも電話ばっかで顔も見せないから、ちょっと心配になるのは幼馴染として当たり前っていうか、」
わたわたと両手を忙しなく動かして言い訳する蘭ちゃんは、どこからどう見ても恋する乙女で、ごまかせてると思っているのだろうか。というか本当に蘭ちゃんは新一くんの事が好きな訳だし、勘違いされても構わないと思うのだけど。むしろ「新一は私のなんだから誰も取ろうなんて思わないでよね」くらいは言っても問題ないと思う。
まだ焦って言い訳をしている蘭ちゃんが少しかわいそうになってきた為、話題を変えた。
「そういえば、コナンくんは?たしか退院したんだよね」
「あ、そうなの!まだ風邪は治ってないみたいなんだけど、約束だからって見に来てくれたの」
「へー優しい子だね」
「うん、ほんと・・・」
照れくさそうに、どことなく申し訳なさそうに蘭ちゃんは言った。
「この間はごめんね。変な事言っちゃって・・・。コナンくんが新一な訳ないよね、私・・・なんか考えすぎちゃったみたいで・・・」
「気にしないで。よくわからないけど、何かすっきりしたみたいでよかった。じゃあ蘭ちゃんの可愛いドレス姿も見たことだし、もう帰るよ」
「もー、名前さんたら・・・。来てくれて本当にありがとう、またね!」
蘭ちゃんに別れを告げて、校舎を出る。一気に気温が上がりうんざりするが、歩みは止めずに歩き続けた。校門を出た辺りの所でカバンから振動が伝わってきて、その振動元であるスマホを操作してから耳に当てる。耳元からは、コナンくんの声で女性言葉というなんともちぐはぐな挨拶が聞こえてきて、笑いそうになりながらも挨拶を返す。
「彼女、どうだったかしら」
「あぁ、何も疑ってないみたい。新一くんの身体、まだ戻ってないんだよね?」
「えぇ。解毒薬の効果がどこまでもつかわからないから、とりあえずは様子見だけれど。しばらくはこの格好で彼女の所にいると思うから」
「わかった。また新一くんが戻ったら教えて」
スマホの終話ボタンをタップして、カバンにしまう。今回は主に哀ちゃんと阿笠博士の活躍によって、コナンくんの正体が蘭ちゃんに暴かれてしまう事はなかったが、今後何度もこんな事があるのかと思うと恐ろしい。コナンくんの正体がバレてしまえば、それだけコナンくんの身の危険に繋がり、ひいては降谷くんの幸せから遠のくからだ。
じりじりと肌を焼くような太陽から逃げるようにして、何日かぶりの我が家へと向かうのだった。