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「んぐっ!?・・・ッ新一くんが拳銃で撃たれた!?」


あの哀ちゃんとほんの少し距離が縮まった、と私が勝手に思っている日から数日。朝早く景光くんと朝ごはんを食べていると、哀ちゃんから電話でとんでもない事を言われ、口に含んでいた卵焼きがのどに詰まり死にそうになった。最近気が利きすぎる景光くんに手渡されたお茶のおかげでなんとか事なきを得たが、朝一で衝撃的な内容の電話をしないでいただきたい。思わず新一くんと呼んでしまったではないか。いや、そりゃ心配だからすぐに教えてほしいけれど。あ、はい。文句言ってごめんなさい。

年下の女の子に論破されて平謝りすると、ため息をつきながら詳細を教えてくれた。なんでも、博士や子供たちとキャンプに行っていたらしいが、そこで強盗犯に銃撃されて重傷。手術は昨夜無事に終わったそう。
なぜキャンプに行くだけでそんな事になってしまったのか疑問だが、あのコナンくんだ。事件ホイホイで有名な彼ならばありえるだろう。
一通り会話してから電話を切り、朝ご飯を再開させた。


「警察関係の友人かなんかか?」
「何が?」
「今の電話。撃たれたって言ってたろ」
「あぁ・・・。にしてもなんで警察関係?」
「だって、この日本で撃たれるなんて警察くらいだ」


ズズ、と茄子入りの味噌汁をすすりながらそう言う景光くんに、私は必殺の言葉を吐きだした。


「ここ・・・米花町だけど」
「あ、それもそうだな」







衝撃の電話を受けた朝ご飯からさらに数日。あんまり手術後すぐに行くのも悪いと思い、電話での安否確認だけ済ませていた。もうそろそろお見舞い行こうかな、と景光くんに伝えると、案の定手土産の手作りクッキーを持たせてくれた。おいしいのは分かりきっているから、後でコナンくんに分けてもらおう。
クッキーの味に思いを馳せながら、コナンくんが入院しているという米花総合病院へと向かう。しかし、今日も暑い。日差しが痛いほど強くて、目が少しチカチカとしてくる。ふぅ、と身体の中の熱気を放出するように息を一つ吐いてから、冷房が効いていて涼しいであろう病院へと足を進めた。
インドアにこの日差しは毒だ。もうそろそろ日陰に入らないと死んでしまう、という所でやっと病院が見えてきた。


「お、名前じゃねーか」
「お久しぶりです、毛利さん」


病院入口の横にある植木のそばで、真昼間からタバコを吸っているおじさんがいるなぁと思えば、それは今をときめく毛利小五郎その人であった。心の中でこっそりと謝罪をしておこう。
毛利さんはまさに今タバコの火をつけていた様で、ライターをスーツの内ポケットへとしまい込みながら私に声をかけてきた。毛利さんとは蘭ちゃんのお父さんということでそれなりに親交はあるが、ここ最近はめっきり会っていなかった為随分久々な気がする。
お互いに体調を気遣う挨拶を交わしていると、毛利さんが残りまだ半分ほどあったタバコを携帯灰皿へと押し込んでしまった。もったいない事をする人だっただろうかと不思議に思って首を少し傾げると、毛利さんは顎を病院の方にしゃくって歩き出した。


「ほら、行くぞ」
「え?」
「コナンに会いに来たんだろ?部屋まで案内してやるよ」
「・・・すみません」


私の返事が聞こえているのかいないのか背中で返事をして、棒立ちの私を気にもとめずに毛利さんはずんずんと病院の中へと進んでいく。慌てて追いかけると、少し歩みを遅くして私のスピードに合わせてくれた。蘭ちゃんのお父さんだなぁと、なんだか微笑ましくて少し笑ってしまう。そんな私を見て、なんだよ、と少し面白くなさそうな顔をしている毛利さんに今度は私が黙って笑顔で返事をして、真っ白な廊下を二人で進んだのだった。


「ったく。眼鏡のボウズときたら撃たれたってのにぴんぴんしてやがる」
「いい事じゃないですか」
「あいつの為に蘭が血を提供したんだ。元気にならなきゃ殴ってるよ」


相変わらずの親バカのせいで支離滅裂な話になっているが、なんだかんだコナンくんを心配しているのが伝わってきて、うんうんと相槌を打ちながら廊下を歩く。蘭ちゃんは今は学校だが、放課後は毎日のようにコナンくんのお見舞いに通っており、甲斐甲斐しくお世話をしているのが気に入らないそうな。まさかな、と私はある一つの可能性を思い浮かべて、いやいや蘭ちゃんすごく優しいしな、とすぐにその考えを思考の彼方へと追いやった。
しばらく世間話をしながら歩いていたが、毛利さんが一つの病室の扉の前で立ち止まった為、私も自然と歩みを止める。


「ここがボウズの部屋だ。俺は下でタバコ吸ってるから、気が済んだら帰れよ」
「はい、ありがとうございます。お手数をおかけしてすみません」


本当に私の案内だけの為にここまで来てくれたのだろう。病室に入る気がなさそうな毛利さんに、私はペコリと頭を下げてお礼と謝罪を伝える。すると、毛利さんはいつもの仏頂面に拍車をかけて険しい顔になった。どうしよう、何かしただろうか?気に障ることを言ってしまったとか?
うーん、と顔に出さないように毛利さんの顔を見つめながら考えていると、毛利さんの右手が私の頭にぽすん、と乗った。あまりに唐突なそれに、思わずその右手の持ち主をより一層凝視すると、私の視線を受けて少し口端を上げて笑った。


「ガキが気使ってんじゃねぇよ」
「・・・私、もう29なんですけど」
「俺からしたら蘭と似たようなもんだ」


それだけ言って、先程まで私の頭に乗せていた手をひらりと振って毛利さんは来た道を戻っていった。蘭ちゃんと一緒って、それはさすがに言い過ぎでは。29歳のくせに頼りないってことだろうか。それならショックすぎる。大人っぽくなろう。せめて成人には見られるように。
心でそう決意してから、コナンくんの部屋の扉をノックする。中から少年特有の中性的な声で「はーい、どうぞ!」と元気いっぱいに聞こえてきて、私は扉を開けた。


「こんにちは。コナンくん、生きてる?」
「なんだ名前さんか。なんとかな」
「なんだって失礼な。まぁ元気そうでよかったよかった。あ、これ手土産ね。私も食べたいからコーヒー入れていい?」
「自分の食べたいもん持ってきただけかよ・・・」


電話で無事な事はわかっていたが、やはり実際に顔を見ると安心した。もちろん、主人公であるコナンくんが死んでしまう事はないだろうが私というイレギュラーがいる為、もしもという事もありえる。コナンくんに背中を向ける形で備え付けのインスタントコーヒーを用意しながら、コナンくんには見えないようにほっと一息ついた。
景光くんのクッキーに舌鼓を打ちながら撃たれた時の話などをしていると、部屋の扉がノックされて白衣を着た男性が入ってきた。


「コナン君、検診の時間だよ」
「あ、はーい!」
「じゃあ私帰るね」
「もうすぐ蘭が来るだろうから会っていってやれよ」
「いやいや、帰るよ」
「・・・会っていくよね、名前ねーちゃん!」
「はい!待ってます!」


可愛い笑顔で凄まれては残るしかあるまい。傷に響かないようにする為かベッド脇に置いてある車椅子で移動するようなので、私はコナンくんに両手を差し出す。それを受けて、コナンくんはその瞳に怪訝を浮かべて私をじろりと見据えた。


「はい」
「・・・なんだよ、その手は」
「え?抱っこして乗せてあげようかと」
「自分で乗れっから」
「えー」


めんどくさそうに私の手を押しのけて華麗にベッドから飛び降り、車椅子に座ったコナンくんに少しがっかりしていると、主治医の先生が微笑ましそうに「仲がいいんですね」とコナンくんの乗った車椅子の持ち手を掴みながら言った。それに苦笑いで返して、よろしくお願いしますと伝えると、了承の意を返してくれた 。その後、主治医の先生がゆっくりと車椅子を発進させて部屋を出ていこうとしていた為、病室のドアを開けようと先回りをしてコナンくんに目線を合わせるように少し屈んだ。


「じゃあ私、待合室で蘭ちゃん待ってから帰るよ。検診頑張ってね」
「おー」


ひらりと手を振って行ってしまった二人を見送って、待合室へと足を向ける。その手の振り方が少し先程の毛利さんに似ていて、一緒に住むと似てくるのだろうか、と思いながら待合室へと移動した。
待合室でぼーっとし始めてしばらく、制服姿の蘭ちゃんと園子ちゃんが待合室のドアをくぐったのが見えた。私に気が付かなければそのまま帰ろうと目線だけ向けていると、どうやら私に気がついたようでいつもより控えめに手を振りながらこちらにやってきた。なにかあったのかな、と思ったがその後すぐに病院だからだと気が付いて、私も控えめに手を振り返す。


「学校帰り?おかえり」
「ただいま!コナンくんのお見舞いに来てくれたんだよね、ありがとう」
「名前さんから誰かに会いに行くの珍しいから妬けちゃうわ〜」
「園子ちゃんたらなに言ってんの。あ、コナンくんは今検診中だから」
「そっか!ありがとう!」


騒がしくならない程度にきゃっきゃとはしゃいでいる二人に時折相槌を打ちながら話していると、入口の方からパタパタと小走りで少年少女がこちらに向かって走ってきた。私の目の前まで来たところで挨拶をしようとはしてくれているが、はぁはぁと息を切らせてしばらく話せそうにない所を見ると、病院の外から走ってきていたようだ。彼らを落ち着かせる為にも、私は人差し指を自分の唇に添えて静かにするよう促す。


「コナンくんが心配なのもわかるけど、病院だからもう少しだけ静かにしようね。走ると危ないよ」
「「「はぁーい・・・」」」
「あら、哀ちゃんは来なかったの?」
「うん!もうすぐ退院だろうしやめとくって言って帰っちゃったの」
「そっか」


少しだけ残念そうに口を尖らせてそう言った歩美ちゃんの頭を撫でて、立ち上がった。
私達が座っているソファの残りのスペースではいくら子供とはいえ三人は座れそうにない。コナンくんの無事な顔は見れたし、蘭ちゃん達にも無事会えた。そろそろ帰ろうと、暑かった〜と服をパタパタさせて涼んでいる三人を私の代わりにソファに座らせる。子供達は不思議そうにしながらも大人しくソファに腰掛けた。


「コナンくんにはさっき会ったし、私はそろそろ帰るから座ってな。じゃあまたね」
「・・・あ、ねぇ名前さん!」
「なに?」
「コナンくんの事・・・どう思う?」


カバンを持って、子供達に手を振り蘭ちゃんと園子ちゃんにも挨拶を告げてさあ帰ろう!と少し歩き始めたところで蘭ちゃんに呼び止められる。立ち止まって振り返ると、私の方まで近づいてきていた蘭ちゃんの瞳に様々な感情が混ざっているのがわかった。そして、コナンくんをどう思う?という質問。これは、先程の私の考えが当たらずも遠からずということだろうか。
とりあえず下手な事は言うまいと、何もわからないふりをして首を傾げた。


「どうって・・・撃たれた割には元気そうだなぁって思った」
「そういう事じゃなくて!コナンくんって・・・小さい頃の新一に似てない?」


園子ちゃん達を気にしてか、囁くように蘭ちゃんはそう言った。 やはり、蘭ちゃんはコナンくん=新一くんだと勘づいているようだ。幼い頃の新一くんを覚えているであろう私にそれを聞いて、確かめようとしているのだろう。どうごまかそうかと、ちらりと蘭ちゃんの顔を見ると不安そうな、迷子のような顔をしており胸が苦しくなった。ずっと大事な人の顔を見ることもなく、ただただ無事を祈って待ち続けるのはどんなに根気がいるだろう。あまりにも健気で心優しい蘭ちゃんに、今ここで全てを話してしまいたくなった。
ふぅ、と心の中の葛藤を吐き出して、蘭ちゃんの不安げに揺れる瞳を見つめた。


「そうかな、コナンくんの方が可愛げあるけど。・・・まさかとは思うけど新一くんが縮んだとでも思ってるの?」
「・・・うーん」
「でも電話とかかかってくるんでしょ?新一くんの声で。というか本当にそう思ってるの?」
「名前さんはコナンくんと新一は似てると思わないのね・・・」
「まぁ、推理好きなとこは似てるかな」


結局私にそんな事をする度胸などある訳もなく、当たり障りない事を話す事しかできなかった。端的に言えば「人が縮むと思ってるなんて、あんた正気か?」という私の言葉を聞いて、さすがに少し蘭ちゃんは黙って考え込んでしまった。落ち着くまで待った方がいいのだろうか。
しかし、しばらく考えてもやはり考えは変わらなかったのか、むしろ気が済んでしまったのか、何かを決意したような表情で私を見上げた。


「ごめんね、変な事聞いちゃって・・・。そういえば、三日後に高校で文化祭やるんだけど、よかったら演劇やるから名前さんも見に来て!」
「へー文化祭。新一くんは出るの?」
「学校にも来てないのに無理だよ。・・・でも私はコナンくんが来てくれたらそれでいいかなーって・・・あ、引き止めちゃってた!じゃあ三日後待ってるから!」


最後にはいつもの素敵な笑顔に戻った蘭ちゃんは、別れの挨拶もそこそこに少し早歩きで園子ちゃん達の方に戻って行った。それを見送った私は、自分の行き先を自宅から変更する事にしたのだった。
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