
疑惑
ディルク様から事のあらましを聞いた帰り、僕はなぜかのどの奥に何かがひっかかっているような、そんな違和感を覚えていた。“飢餓のリリー”。その名に聞き覚えがあるような気がしていたのだ。
「あ、ユッカ先生、どこ行ってたんですか?」
医療部の棟につくなり、運が悪くもばったりと出会してしまったメルくんが、なんでもないふうに問いかけてくる。いつもの風景なのだが、さすがに今回は少しだけ口ごもってしまう。
僕はあの場にいた他のメンバーと違い、部長ではないのだが、部長であるメルくんは僕が姿を消すたびにどこへ行っていたのかを聞いてくる。きみは僕の保護者か何かか。そう心底思うが、僕を気にかけてくれていることに変わりはない。だから無闇に傷つけるようなことは言えない。
何しろ、メルくんはこう見えて傷つきやすい純情乙女なのだ。本人にそう言えば噛みつく勢いで否定されるのは目に見えているが。
「……少し、散歩をな」
「そうですか。それもいいですけど程々にしてくださいね、仕事溜まってますよ」
「ああ」
医務室に入ってふと、メルくんも容疑者のひとりだということを思い出す。
まさかメルくんに限ってそれはないと思うし、医療部は常に忙しいために人界へなんて赴く時間はない。だが、そう安心してもいられないのだろうなと思う。死神は、神と呼ばれる分類の中では特に結束が固く、仲間のためならばと身をなげうつ馬鹿も多い。そんな馬鹿を裏切る者がいるとすれば、それを上回る大馬鹿者か、それ以下のクズだろう。
「……メルくん、最近何か変わったことはなかったか?」
「変わったこと、ですか?」
「ああ。例えば……好きな花とか、気になる人界の食べものとか……」
我ながら、情報の引き出させ方が下手だと思う。いくらメルくんが犯人である可能性が低いとはいえ、それはゼロではない。それでなくとも極秘任務だ。別にメルくんの口が軽いと思っているわけじゃないが、迂闊に情報が漏れたりした日には、エマくんあたりにねちねちと小言を言われてしまう。
僕は99%の上司の信頼より、1%の僕の胃の危機を案じたい。
「い、いきなりどうしたんですか? 先生がそんなこと聞くなんて……」
「いや、ふときみのことが知りたくなってね。ああ、別にきみのことじゃなくても構わない、何かそういった類の話でも──」
「花は、花は赤いチューリップが好きです。えっと、あと、食べものはあまり興味がないんですけど、先生がくださるなら……なんでも」
「…………ああ、そうか」
何か食い違いがあったらしい。ディルク様、やはり僕に情報集めをしろというのは無理がある。
自分から動きすぎても、普段から職務怠慢気味の僕では目立ちすぎるだろう。これでは、デリクデリカさんたちとあまり変わらないじゃないか。そして、あのディルク様が、僕がうまく情報集めすることができるとも思っていないだろう。
「知らせるだけ知らせておいて放置か……、いったいどういうつもりなんだ?」
「え?」
「……ああ、いや、なんでもない」
察するに、端から情報などあてにはしていなくて、ただ単に不審な人物がいないか目を光らせておけということなのだろうが。生憎、そういう面でここは最適だ。断罪の塔に面している上に、閉鎖的な他の部とは違い、他の部の死神たちも多く足を運ぶ場所なのだから。
それにしてもまわりくどい。そうならそうと言えばいいものを。
「花と言えば、鬼百合の着けてる赤い花って綺麗ですよね。なんて名前なんだろう」
「鬼百合……?」
「先生? どうかしました?」
鬼百合、飢餓のリリー。まさかとは思うが、条件にも当てはまってしまう。それに、さっきまでのどの奥にひっかかっていたものが、すっと解けてなくなるような気さえした。だが、名前が似ているというだけで疑う理由にはならない。
だが、万が一ということもある。一応耳には入れておくべきだろう。しかし日に何度も断罪の塔に出向くのは避けるべきだな。
机に置かれた、今日付けの書類に手をつける。おとなしく仕事をしている僕が珍しいのか、メルくんの視線を感じるが、それは無視しておく。仕事を片づけるのは面倒くさいが、書類をエマくんに渡すついでに言伝を頼めばいいだろう。正直、鬼百合くんの上司であるエマくんにこんなことを伝えるのは避けたいが、もうひとりの側近には僕が近づきたくない。
確かに彼は鬼百合くんの上司だが、彼なら私情を持ち込まずに任務を全うできるだろう。僕と違って、エマくんは胃が痛くなるほど生真面目で、仲間に対する容赦がないのだから。