
永逝という名の
「はあ……」どうしようもなく退屈。それが今のわたしだった。
ある日突然現れた美しいひとは、わたしの日常を大きく変えてしまった。いつもは本を読んだり、句を詠んでみたり、紫陽花を眺めてみたりと、それほど退屈だとは感じなかったのだけれど、彼が現れてからは退屈だと感じることが増えた。
まだ一度しか会ってないけれど、そのたった一度でも、今までのわたしの日常がつまらなく感じるのには十分すぎるほどに濃密な時間だった。最初にちらりと目が合ったとき、わたしは少しだけ紫陽花の妖精かと思ってしまった。だって、彼はあまりにも綺麗で、人というにはあまりにも浮き世離れしていたから。
「彼って何者なのかしら……」
縁側にころりと横たわりながら、ぽつりと呟く。
彼、もとい永逝についてわかっていることといえば、普通の人には見えない存在であることと、死んだ人間ではないこと、それだけだった。わたしは昔から死んだ人間が見えるのだけれど、その大半は黒いもや状だったり、話が通じなかったり、話はできても人間のように休息をとる必要はなかったりする。
だけど永逝は、話もちゃんと通じるし、休む宿を探していたし、実際に眠りにつくところだって見た。どう見たって普通の人間にしか見えない。でも、人の目には映らないって言うのだから、謎は深まるばかり。
もしかすると、天使とかなのかも。本当に綺麗だから、天使だって言われても素直に信じてしまえそう。
「……でも“永逝”って“死ぬ”って意味よね」
だとすると、悪魔なのかしら。そう思っても、あまりしっくりはこない。確かにすごく居丈高なきらいはあるけれど、やさしいひとだというのは一度会っただけでひしひしと感じられたから。
間違っても悪魔なんかじゃない。万が一、悪魔だとしたら、わたしは今まで抱いていた悪魔という概念そのものを訂正しなければいけなくなる。
まあ結局のところ、永逝が何者であれ、好感が持てる相手だということには変わりはない。だから、なんだっていい。
「もう、来ないのかしら……」
寂しい。早くきてほしい。でも、永逝がここにきてくれる保証はどこにもあるわけがなかった。だって、朝起きたらもういなかったんだもの。見送りくらいさせてくれたっていいのに。
もしもうきてくれないのだとしたら、わたしは死ぬまでこの退屈になってしまった日常を過ごすのだろうか。それとも、いつかそんなことも忘れて、またいつも通りの日常を過ごすことになるのだろうか。
わからない。でも、今はただ永逝に会いたかった。
「……すず」
わたしを呼ぶその声が聞けて、嬉しくてたまらなかったことは言うまでもないこと。