#114



「ぴったりの一足が見つかってなによりです」

「ああ。ご足労でしたね。どうもありがとう」

「いえいえ。可愛らしいお嬢さんの一足を見繕う事ができて私も役得でございました」


では。私はこれで。

そう、ナイスミドルな外商さんは、一礼をして部屋から出ていった。
気配が無くなったのを見越して、おそるおそる向かいに座る白馬くんに尋ねる。


「……白馬くん、あの、これ、いくら……?」

「ああ。大した金額ではないので、本当にお気になさらず。クリーニング代だと思って気軽に受け取って下さい」

「いや、服も靴もって、クリーニング代軽く超えちゃってるよ!何回も言うようだけど、私が急に立ち上がったのが悪かったんだから、ワトソン君のせいじゃないし」

「いえ。こちらも何回もになりますが、大元を辿れば、うちのワトソンが杏さんを驚かせたのが原因です。驚かせたお詫びも含めて、受け取ってください。受け取ってもらえないと、僕が一生引きずります」


一生とか、大袈裟な!
うう。コーヒーブラウンな瞳が、有無を言わせない色してる……。


「……わかった。ありがとう。どれもすごくかわいい」


そう。着替えにと受け取ったワンピースも、今選んだラウンドトゥーのパンプスも。ものすごく可愛いのだ。
洋服に罪はない。


「ふふ。良かったです」

意外と頑固な白馬君が、やっぱり紳士な感じで微笑んで。そうして言葉を続けた。

「安心してくださいね。お詫びの印ですので、どこかの誰かが喚くような、意味を持ったプレゼントではありませんから」

「意……?」

「男性が女性に身につけるものを贈る時は、大抵下心があるとかいうやつです」

そういや、快斗君が何か言ってたような?服をプレゼントするのは、その服を自分が脱がせたいからだとか──って!え!


「そ!え!あう!?意味!ないよ、ね!?」

「……まあ、杏さんが意味を持たせていいのであれば、僕は喜んで意味を持たせますけどね」


にっこりと、乙女が頬を染めそうな柔らかな紳士っくスマイル付きで、とんでもないことをいうので。
思わずソファー越しの距離を、対面から斜めへと瞬時にひき延ばした。


「丁重に、丁重にお断りいたします!!」

「ふふ。冗談ですよ」


長い足を組みながら、ソファに座りそんな冗談を言う男性を、同じ高校生とは認めない。
こんな冗談さらりと言う男の子は、たぶんうちの学校には居ないぞ!快斗君のお友達もなんかナンパ上手そうな男の子いたしな。

江古田高の男子のスペック、おそるべし……。


動揺を隠せないでいると、絶妙なタイミングでドアを叩く音がして。
扉に意識を向けると、ばあやさんが、お盆をもって現れた。


「身支度もひと段落ついたようですので」


そう、ことり、とアイスコーヒーと、ガラスの器に入ったアイスのようなものをテーブルに並べてくれる。

では。と、あっという間に、その場を離れるばあやさん。
待ってと呼び止める隙を与えられずに、扉がぱたりと閉められて。結局白馬君と2人きりだ。


……食べ物まで出されたら、帰るタイミングが。


こんな、さらりとたらしな白馬君と2人きりとか。今更よくよく考えると、快斗君が知ったらえらいことな気がするんだけど……。

そういえば。なんか「もし、一人ん時に白馬にあったら他人の振りしろよ。アイツはどんな猛獣より危険だかんな」とか言ってたよーな。あのときは冗談だと思って笑ってたけど。
……冗談だよね?あれ。にしては目が真剣だったかも。え。冗談よね?


困った顔が出ていたのか、机に向けて手を指し示して。どうぞ、とシャーベットを勧めてくれた。


「先ほどのは本当に冗談ですので。ご心配なら、扉を少し開けておきましょうか?ばあやの作るシャーベットは絶品ですから、良かったら召し上がって下さい」


笑いを堪えるようなその雰囲気に、揶揄われていたのだとよくわかり。一気に肩の力が抜けた。
そりゃそうだ。白馬くんだもの。天然タラシ記念物だもの。冗談にきまってるよね。

明らかに意識しちゃって警戒しましたよ!な態度をとってしまったのが、バレバレだったのは恥ずかしいけれど。
こんな百戦錬磨ファミニスタラシな白馬君のジャブを、さらりと交わす能力なんて。免疫少ない私には、まずもって無理な話で。

そうして、あからさまに安心してしまうと、現金にもテーブルのブツに目がいってしまうもので。

なんと……手作りのシャーベット……うん、食べ物につみはない。

そうだ。よくよく思うと、二人きりとかじゃないし。ワトソン君もいるし!


「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……いただきます」

「はい」


居住まいを正して、何のシャーベットだろう、とワクワクしながらスプーンで掬ってぱくりと頬張ると、口いっぱいに桃の風味が拡がった。

桃だ……!美味しい……果肉入りだ……桃桃してる!うああ、ひんやりじゅーしー!


桃シャーベットの美味しさに浸っていると、ふと対角線上から視線を感じて、そちらを向いた。
ふんわりと、ハニーブラウンな髪色そのままに、甘いマスクで白馬君が微笑んでいて。


「幸せそうに食べますね」
「……食い意地はっててすいませんね」
「いえいえ。美味しそうに食べてもらえた方が、見ていて気持ちが良いです。可愛らしいなぁと思って」

白馬探だぞ!なフェミニスタラシ言葉にこれ以上大袈裟に反応してはいけないと、必死で聞き流して。

「それはどーも、です。……恥ずかしいから、あんま食べてるとこ見ないでね?」

「ははっ。了解です」


絶対面白がられている気がするけど、もう、気にせずパクついてやる。
全くもう。仕方ないでしょ、美味しいものに感動しないほうが、美味しいものに悪いんだから!

気を取り直して、もう一口桃桃したシャーベットを口にさらう、その瞬間に。

ふと、脳裏に過ぎる声。



──幸せそうに食うよなぁ、本当。



快斗君も。いつもそう言って。私の食べるところ見て、けけって笑ってた。
もー!って怒ると、「可愛いっちゅーことだって」とぽん、と頭を撫ぜられて。

蒼い瞳を細めて、愛おしげに笑うのだ。




……それは本当、ふとした瞬間。

きっかけはこんな風な些細な類似点だったり、景色だったり、本当、何もない時だって。



こうして快斗君と過ごしたときが、あっという間にまぶたの裏側に思い起こされて。



──寂しいだなんて。

今、私のために頑張ってくれてる彼に、そんな甘えたな感情を、思ったらダメだと。わかっているんだけど。




──快斗くん、ねえ、無事でいるの?
そう叫んで走り出したくなってしまいたくなるくらい、不安で、いてもたってもいられないような。

快斗君に触れたくて、快斗くんの声が聴きたくて。

胸元が、ぎゅ、っと締め付けられるような感情に。
時折こうして、襲われるのだ。


ふぅ、と息を吐いて。
襲いくる感情をやり過ごそうとしていると、静かな声が響く。



「黒羽君に会えなくて、寂しい?」

──ああ。そうだった。白馬君は、探偵さんだった。
と。その瞳をみて、再確認してしまった。

些細な感情の機微にも、聡くて。
こうして簡単に、人の心の中を覗き込もうとする。

「うん。そりゃあね!でも、快斗君があっちでマジック修行頑張ってるんだもん。応援しないと」

そう、笑ってやり過ごそうと、にこりと笑いかける。
すると、ふぅ、と息を吐かれた。

「……貴女は、とても感情表現が豊かで。思ってることがすぐ顔ににでる、可愛らしい方だ。でも、こういうときに笑う表情には、全く、考えが読めなくなるんですよね──そういうところ、黒羽君のようだ」


ゆっくりと、白馬君がソファから身を起こした。


「彼は、僕の問いかけを、いつものらりくらりと躱す。マジック修行だと、今回の不在の件を突っ込んで聞いても、その一点張りで」


静かに、答え合わせをするかのような白馬君の声が近づいてくる。


「彼は、考えの読めるようで、敢えてミスリードを誘うような道化のような表情をする時があるんです」

「……そ」

「今回のような怪しげな不在について聞いた時や……貴女の身体について、尋ねたとき」


どくり、と心臓の音が大きく動いた気がした。


「──彼がしようとしていることは、貴女のためのことなんじゃ、ないですか?」


……ああ。
この瞳だ。真実を突き止めようとする、コーヒーブラウンの真っ直ぐな瞳。


「……そんな、今にも泣き出しそうな顔をして。彼が何をしているのか。不安で、たまらないんでしょう?」


ことさらゆっくりと、白馬君がこちらに近づいてくる。
ちらりと足元に視線を向けた気がするのは、以前の教訓からかもしれない。


「──貴女は。何を、どこまで、知っているんです」

ひとりで溜め込むのが辛いなら──僕に吐き出してみませんか?


それは。身体ごと包むような、ひどく優しい声で。
両手が私の肩にそっとかかった。


……ねぇ。今、快斗君はさ。私の身体の中のパンドラを取り出すために、ドバイの危ないオークション会場に、ビッグジュエルを盗みにいってるんだよ?

私のために、危ないことしに、たったひとりで行っちゃったの。

探偵の白馬君の能力だったら、快斗君が危険な時、助けてくれるの?

ねぇ。白馬君なら、快斗君のとこまで連れてってくれる?
無茶しないで、って、抱きつきに行かせてくれる?


──大丈夫だって、そう笑う彼の声を、聞かせてくれるの?




縋るように、白馬君を見上げると。


どこか熱を持ったような瞳が、すぐそこにあった。
ハニーブラウンのさらさらの髪の毛が、私のおでこに落ちる。



「そんな、今にも泣き出しそうな顔されると──」



そんな言葉とともに、大きな手が伸びる。
まるで、私の寂しさに、そっと寄り添うように。
その手が優しく頬に触れて。


白馬君の手って、大きいんだな。背が高いからなのかな。

なんて。


コーヒーブラウンの瞳が、ゆっくりと細められていくのを間近に、そんなたわいも無いことを思った。











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