#116_K








「どーぉした坊っちゃん、こーんな早朝に砂漠の真ん中で空見上げてよぉ。アンニュイに浸っちゃったか?」

ニシシと楽しそうなでかい口を広げて、ちょっかいをかけてきたのは、特徴的なもみあげしたおっさんだ。
砂漠に座り込んでた俺は、そのままの体制で後ろを向いてジト目で返す。

[ルパンさん、日本語になってっけど]

「いーいじゃねえかぃ。こんな早朝の時間に砂漠のど真ん中で会話したって、だぁれにも聞こえやしねぇよ」


ごろんと俺の隣に横になったおっさんは、あいも変わらず人のプライベートゾーンを無視して入り込んできやがるわけだが。

──でもまあ、それもそうか。

そう思えるくらい、あたりは一面広大な砂漠で。
これがあのハイカラな都市からちょいと行った先に広がってんだから、ドバイの一極集中っぷりの凄さがわかる。
暑すぎて、今みてぇな早朝くらいしか、こんなふうに砂漠に座ることもできやしねぇけど。


「で。いよいよ明日決行っちゅーことで、あの鬼セキュリティには坊っちゃんもちぃっとアンニュイになっちまったか?」


坊ちゃん呼びやめろって何回言っても直りゃしねぇおっさんは、自分はルパンさん呼びを強要すっからタチがわりぃ。
どうにも、俺の親父を知ってんだろうな。ジュニア扱いすんだよなぁ。
いつか親父を超えたら、ぜってぇ快斗様呼びさせてやっけど。

んでもまあ、このおっさんは、小馬鹿にしてるようで、こんな言い方でも俺を心配してくれてんだろう。


「今回ばかりは、な」


──明日。
明日次第で、杏が普通の女の子に戻れるかどうかが決まんだ。

ピンクアイオニーの出品が、3日間開催されるオークションの、最終日。
今日から開催されるオークションだが、最終日の品物は、前日に運び込まれるとのこと。

二日目のオークションの大トリが、どこぞのイスラム王が最後に被っていたという王冠で。
それを、ルパンさん達は狙っている。ルパンさん達は、客に扮して、出品されたその瞬間から盗み出す寸法で。
その騒ぎに乗じて、俺は俺で、動き出させてもらうわけだ。

どこまでのセキュリティかは、今日、潜り込んで再確認すっけど。
ものすげぇ数の警備と、赤外線センサーと。進入者対策。


日本にいた頃とは比べもんになんねぇそれ。
警察が参入しねぇ分、やべぇ奴らが警備してっだろうし。




──なにより、明日。俺が出来なきゃ、杏が。

……そりゃあ、ちぃっとくらい、物思いにふけっちまうさ。



「かーわいい彼女の為だもんなぁー?」

「……わりぃかよ」

「いんや?俺もふーじこちゃーーんの可愛いおねだりには逆らえねぇもんよ」

ししっと笑って、寝転がりながらしなりをつくるおっさんは、正直言って気持ちわりぃけど。


「ヤローがタマ張る理由なんて、大体そんなもんだしょ?」


そういってこちらに視線をやるルパンさんの、言葉の軽さとは裏腹な、常にない真剣な表情に。俺なんかより多くの修羅場を潜ってる男の重みを感じた。


わあってんよ。

やれるか、じゃねぇよな。
俺が、やるんだ。


と、決意を見せるようにこくりとうなずいた俺に、にっ、とルパンさんは笑みを作った。
まるで、それで良いと言わんばかりの笑みに、こんなんだからジュニア扱いされんだよな、と思わず苦笑をこぼして。

このおっさんは本当、なんも考えてねぇようで、こういう時、こういうことしてくっかんなぁ。


「ま、男の子だもん。別のタマもすーぐ張っちゃうんだけどねィ」

「エロオヤジ……」


ほんとこのおっさんは……。こういうとこが、ふざけてるようにしか見えねえんだっつの。







ルパンのおっさんは、言うだけいって、ごゆっくりーとその場を去っていった。
ご丁寧に缶コーヒー付きで。


こくり、とそれを飲んでいると、砂漠ばかりの広大なこの場所の先。
車の用に砂地が整備されてるでけぇ道路脇に、ぽつんと佇む四角いBoxが小さく見えた。




──ここいらは、明日の計画地の場所とは程遠い。しかも公衆電話だったら、足はつかねぇだろう。


他所の野郎にほいほいついてくんじゃねぇぞ、って釘刺し忘れたし。
暑くなってきたし、薄着で水場でドジすんなよって言っとかねぇと、どこぞのクソ野郎にサービスしかねねぇし。

なにより杏が、連絡もよこさねぇでいる俺のこと……心配してっだろうし。

あいつのことだから。
人前では、きっと空元気してる。

無理して笑ってる顔想像すっと、ひとっ飛びして抱きしめにいきたくなっちまうけど。
それも出来ない距離と、現状の中。

せめて、俺は元気だから、と、一声だけでも。







……ちがうな、そうじゃなくて。

──いろんな言い訳を心ん中で並べてっけど。



ただ、そうだ。
俺が、あいつの声が聞きてぇだけなんだ。




ぐいっと缶コーヒーを飲み干して。

もしもの時にとかって言い訳つけて、結構前から買っていたテレホンカードをジーパンのポケットから出して、まっすぐにそこへと向かって。



国際電話の識別番号が00で。
日本が81だったよな。




今、こっちが朝の5時だから──向こうは、10時ぐらいか。
ガッコは休みのはずだけど……出るかな、あいつ。



多分、出る。
いや、お願い出て。
頼む。


そんな風に願をかけながら、カードを挿入した。



ぴ、ぽ、ぱ、ぽ


そんな機械音を奏でながら、ゆっくりと、ボタンを押して。











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