[ねぇ、貴方?今日は私に何を買ってくれるの?私……首元がなんだか寂しくなぁい?]
[ネックレスでもピアスでも指輪でも、欲しいものがあったらなんでも言えばいいさ。お前の為に全て手に入れようじゃないか]
[きゃあ、嬉しいっ。だから貴方って好きよ!]
両手を叩いて黄色い声をあげながら、腰まである髪を出来るだけ魅力的に映るように靡かせて。
少し小太り、わざとらしいカツラを被った、如何にもエロ親父の腕へと纏わりつく女──そう、俺だよ、俺。俺俺詐欺ではなく、怪盗キッドでございますよ。
まぁ勿論、内心ではうへぇと舌を出しているんだけどな。
嬉しそうに腰に手を回すおっさんは、俺が男だってわかってるはずなのにこの野郎、手つきが嫌らしいっつの。
くっそ。ぜってぇわざとだ。楽しんでやがる。
ルパンのおっさんめ。
最近成り上がりの金持ちっちゅーダミー親父を前々から作り上げ、入手出来た招待チケット。
俺が金持ちの好好爺になって入ろうと思ってたのに。愛人連れにして、2人で入っちまう方が楽でいいし警戒されねぇってルパンのおっちゃんが言い出して。
さらには、むしろ成金金持ちが愛人のひとりやふたり連れてねぇのは怪まれるとか言い出して。
俺女装は出来ねぇもーんって、富豪のおっさん役をルパンさんに堂々ともぎ取られ。お色気美女に変装した俺が愛人役ってワケだ。
くそ。女装は別に嫌いじゃねぇけどよ、なんか理不尽。
[もちろん彼女も一緒でいいだろう?この子はワシがいないと寂しくて死んじゃう子ウサギちゃんでね。なぁに、金は弾むさ]とかいいながら頬ずりされた時にゃ、鳥肌を必死で我慢して魅惑的に微笑んでやった。
[ねーぇ、お兄さん?私も素敵なモノ、たぁくさん見たいの。ね、お願い?]
上目遣いとともに、ガードマンにしなをつくり、チップをその胸元に差し込んで。魅力たっぷりの笑顔を振りまくると、野郎はデレっと表情を崩して俺たちを扉へと通した。
へっ、ちょろいぜ。
今朝方。とうとう我慢できずに杏に電話をかけちまった俺は、我ながら単純なもんでエネルギー満タンいつでもカモン状態である。
そう。女装だって、エロ親父の相手だってお手のもんさ。
──心配を、いっぱいさせてしまっているのだろう。声にならない泣き声が、すぐに抱きしめてやれねぇこの身が。歯痒くて。ぎゅっと痛えくらいに、拳を握りしめた。
少しでも、俺が側にいるみてぇに感じてほしいって、ネックレスに理由つけてキザな話をしちまったが。
キザと言われようが、それで笑ってくれるなら。杏の寂しさが、少しでも埋まるなら。
なにより。心はいつも、杏の元に。
そう思ってるのは、本当のことだ。
不安で、帰ってきてと言いたいんだろうって、声の震えからも分かった。
それでも、精一杯の応援をくれた。
──一世一代のショー、か。
言ってくれるよな。
ばっちり決めてやるさ。
あんな風に言われて、気合い入らなきゃ男じゃねえだろ。
──俺のハート、大事に、預かっといてな。ちゃんと、“そこ“に戻るから
そう、戻る。
あいつの、パンドラを取り出す、術をもって。
必ずだ。
──それにしても。我ながら中々の美女に扮したものだと思う。不二子さんのご本山には及ばないなりにも、富豪の愛人っちゅー役柄に合わせてボディメイクもばっちり。リアルな触感まで追求した一品で、これで白馬の野郎をからかって弱みでも握ってやろうかと思うくらい良い出来だ。
時折、こちらにエロい視線を配るジジイどもに、もげろと内心思いつつ、笑って愛想をふりまきながら。
こちらへどうぞ、と案内されたホテル内のVIP専用エレベーターの中は、クリスタルが嵌め込まれている、ガラス張りの空間で。ウィーンという機械音とともに、若干の浮遊感。高速で降りているのだろう。
どれだけ地下深い空間なのかと辟易する。盗むやつのことも考えた建て方にしてくれってもんだ。
そうして降りた先、広大な地下オークション会場がそこにあった。
あー、ったく。地下なのに天井たっかく作りやがって。シャンデリアがキラキラしてらぁ。
ちらちらと視線を配ると、あちらこちらに監視カメラが、直接こちら側には見えないよう、隠されて配置されている。ここにくるような奴らはカメラとか嫌がる奴らが多いからだろう。
プライベートゾーンはともかく、出口には365度、死角はなしというわけね。
ほんっと、まーったく物騒極まりないねぇ。
当たり前のように、タキシードを着た男性がウェルカムドリンクでシャンパンを手渡してくる。
それを愛想よく美女スマイルで受け取って、くるりと辺りを見渡した。
表からの入場経路はひとつ。当たり前だが地下会場なので窓は無し。
オークションのメインホールは、球型の映画館のような段上になっており、客の座るところはそれぞれ敷居で仕切られている。
その中でもさらにVIPゾーンのようなものが最上の部分にあり、ガラス張りの閲覧ゾーンが並んでいた。
うへぇ。金持ちの道楽感満載だな。
メインホール以外にも、娯楽としてカジノがすぐ隣にあり。
エレベーター付近の廊下──といっても、そこそこ大きなホールのようだが──には、菓子や前菜などがタワー状に並べてあり。好きにとって、サイドにある立食テーブルにて飲食出来る様になっていた。
さすが、悪どい金持ちのための会場だけあって、自分の目当ての物がない時でも、この地下ホールで十分楽しめるように心配りはばっちりのようだ。
勿論、その給餌や、カジノのディーラーの人たちに混じって、至るところに黒服の警棒を持ったおっさん達がいらっしゃって。
もちろん懐には銃が入ってますよねわかります。引き金は軽いですよねわかります。
今のうちに俺の美女スマイルで骨抜きにでもしとこうかしら。
[子ウサギちゃーん?もうそろそろ中入るぞーい]
にっこりと微笑もうとしたところで、小太りエロ親父に扮し──って、エロ親父は扮してねぇな、まんまだな。な、ルパンさんからお声が掛かった。
語尾にハートマークでも付いてそうな声色で俺を呼ぶ声に、黄色い声で返事をして、中へと向かう。
案内された座席は、ペアシートのようなソファが一つ。パーテーションはしっかりとして、敷居は高く。ぱっと見では、周囲は窺えない。
もちろん、こちらも周りからは見えない。まあだがしかし。ちらりと上に目をやると、シャンデリアのようなキラキラした照明に小さく光るレンズがしっかり付いている。
ここもちゃーんと監視してますよってか。
へいへい。
「なぁに、今日は下見だ。せっかくなら楽しもうぜぇ?」
わざわざ日本語に直してそんなことを言うおっさんは、両手を広げながらどかりとソファに胡坐をかいた。手のひらがわきわきと俺を呼んでいる。
ほらほら、監視カメラもあるんだから、ちゃーんと俺のお隣座りなさいよー?膝でも良いよーと、目が笑って言ってるかのようで。
この野郎ほんっと……。
にっこりと口角をあげ、内心ひきつりつつ隣へ腰掛けて、密着しながら口の動きとは別のことを話し合う。カメラは、音は拾えないだろうが、口元を読まれる可能性があるからな。
「中々どうして、イイセキュリティしちゃってるじゃないの」
「オモテから派手にやったら速攻で御陀仏かもな。四方八方にSPさん、監視カメラの横に遠隔操作のレーザー付き。ほら、万全を期しております!って今から始まるオークションに対する安全をご丁寧にも画像シミュレーションしてくれてんじゃん、会場んとこで」
「あのステージに許可なく侵入したら──あららぁ、黒コゲってか」
「商品保管場所も指紋認証だけじゃなく、虹彩認証もか……あれ盗るのめんどいんだよなぁ」
「んで、取りに行かずとも、あそこで操作してあの真ん中にびゅいーん、って上がってくるってこった。さぁてどっから手付けましょ」
華々しいセキュリティをわざわざこうしてご披露して下さるっちゅーのは、よほど自信があんだろう。奪う側からすりゃあ、わざわざどーも、ご丁寧に。と言いたくなるが。
まあ、自信があるのもわかるおっそろしいセキュリティ──かといって、奴らん中に入り込んじまえば、問題ない。
「──やっぱ、あれ?」
「しかないってか?」
「本当もう、おみそれ致します」
「いやほんっと、イイ女だわぁ」
うっしっしと笑うおっさんは、エロ親父顔でステージ先の美女を眺めていた。
こちらの言葉に気付いたのかいないのか。パチリとウインク一つしてくる余裕の美女──不二子さんが、オークションの司会の男性の横で微笑んでいた。
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