#121




「杏、次の選択授業被ってたっけ?」
「……、え?あ、えと。うん。現社だよね、確か」
「──ったく。んじゃ行くか。ほれ、手」
「え、?」
 
移動授業前に大怪我しちゃ、先生も可哀想でしょ。
そう言って、馨ちゃんに手を引かれ。
基本、馨ちゃんが私の手を掴むときは、物凄い力で引き摺らながらが常なのだけど。今日のその手はほぼ、力が入ってなくて。まるで、支えるように手を添えられているのがわかる。

「馨ちゃん美人でイケメンで優しいって最強になっちゃう。好き」
「はいはい知ってる知ってる。ほら、机の角気をつけてよ。ちゃんと前見て。扉も、周りに人が居ないか確認して出るよ」

まるで小さな子供に対する言いように、いつもだったらひどいっと文句も言いたくなるところだけれど。
今の自分が酷い状況なのは、自分でもわかり過ぎるほど分かっているので、ぐうの音も出ない。
 



──あの電話の後。
快斗君の声が聞けた私は、おかげさまで元気いっぱいで。思わず作り過ぎたご飯を、残業が確定したとの悲壮なLINEを送ってきた父親の元へとタッパに詰めて送り届けることにした。

「鬼上司の無茶振りに辟易してたところに杏ちゃんの唐揚げ……」
「タッパに頬擦りするのやめて」
「これ博士にあげなくても良い?俺だけ食べちゃうー」
「いいよ」
「え」
「お父さんの分はこっち」

どん。と同じタッパに唐揚げと、サワーキャベツと卵焼きが入ったものを掲げる。

「仕事、頑張って!邪魔しちゃダメだからもう行くねー!」
「……ここ最近で一番元気だねぇ。なに。黒っちから、ラブレターでも届いた?」
「──ないしょ」

なんとなく。あの電話のことは、誰にも言いたくなくて。ふーんと呟きながらも「ま、とにかく。ありがとねぇ」と頭をくしゃりと撫でる緑水さんに、何も言わずに元気に手を振って返した。
8000キロ離れた大好きな人とのいっときの語らいだ。私の心の中に大事にしまっておきたい。

そうして。
絶好調に学校に行き、馨ちゃんに「ひっさしぶりにウザい」と頭を抑えられて「ひどいっ!」とぶーたれるとこまでワンセットにこなして。
今なら転んだりドジったりしない気がする!と翌日も元気に登校していた、その時だった。

──プチり。
そんな嫌な音を立てて、首元がすっと冷えた。

「え」

今の私は絶好調で。今日はドジもまだしてなくて。今だって。普通に、歩いてただけで。

──杏がドジって転んでもそうそう切れない特殊加工を施したネックレスだかんな。安心して使ってくれ。クロバ印の特別製!世界にたった1つのオリジナルよー?

そんな、すっごく丈夫に作ってくれたネックレスが。
こんな形で、急に、切れる?

アスファルトに落ちたクローバーが、衝撃でか、クローバーの形を崩して。慌てて、拾い上げて、元の形に戻そうとするんだけど。

カチャカチャ、カチっ

「──っ、」

焦りか、うまく戻らない。心臓が痛いくらいに音を立てて。
そう。あの電話。なんとなく、思っていたこと。決戦の日は近いんじゃないか。もう、すぐなんじゃないか、って。今日、そうなんだと、したら?それで、キッドさん──快斗君に、何かあったんだと、したら?
不吉な思いが過ぎるのを、ぶんぶんぶん!と首を大きく振って振り払う。

大丈夫……大丈夫に決まってる。
大丈夫……っ!大丈夫、なんだよっ、ね……?
急に。深く考えないようにしてた不安が、津波のように一気に押し寄せて。


そうして。どうにか学校まで辿り着いて、今に至っている。
昨日と打って変わって別人のように魂が抜けてる私の様子を見ても。馨ちゃんは、どうした、とも何も聞かずに、ただただ過保護にしてくれているだけで。

──私のわかりやすいこんな状態。普段だったら心配から怒って聞き出すか、肩パンしたりするのに。内心めっちゃくちゃ、心配してるだろうに。快斗君があっちに行ってからは、何も聞かずに居てくれて。
いつもごめんね。ありがとう馨ちゃん。

 
「今日、あんたん家でカレーね」 
「……揚げナス付けます」
「うむ。よろしい。──もう、このままサボって昼からカレーにする?」
「──へへ。ありがと。それも良いね。……でも大丈夫。うん。ちゃんと、するよ」

ポケットに仕舞い込んだネックレスを、ぎゅ、と握りしめる。

そうだ。私は、じゃない、私が。
私が、快斗君を信じないで、誰が信じるというんだ。
 
「ちぇ、残念。もう揚げナスの口になってたのに」

そうぽんぽん、と頭を叩かれて、瞼が熱くなるのをぐっと堪えた。

──ねぇ。快斗君。私は、大丈夫だから。
だから……お願いだから、無事でいて。






* * *


 
 
「っ、あーーー。しくった」

右肩に痛みが走る。プロテクターが無いところに見事命中しちまった。あの人数の中逃げ回り、この怪我で済んで、弾が止まらず貫通しただけ、まだ良しと思うしかねぇけど。

一室の角。身を隠すように潜むそこで、痛みに耐えるように、背中を壁で支えて。息と気配を、できる限り殺す。

[居たか!?]
[まだ遠くには行ってないはずだ!]
[しらみつぶしに探せ!!]

……近い、な。足音から6人は居そうだ。
気付かれるのも時間の問題か。
ちらり、と天井をみる。

「──脱出口も、もう全て封鎖済み。地下で袋のねずみっ、てか」

あの子達は、無事に逃げれただろうか。
……ピンクアイオニーは、無事、ルパンさん達の元へと渡ったかな。
──出来ることなら自分の手で、杏に渡したかったんだけど、な。

ぽたり、と落ちたものは、肩の血か、それとも、冷や汗か。

この状態で、あの6人お寝んねさせるのはちと苦しい。いくらなんでも、いつもの早撃ちが出来る気がしねぇわ。途中でこっちが撃たれるパターンだ。
いやいや本当、ジャパンじゃこんなにバカスカ撃たねぇよ?
……いや、時と場合によるな。とくにあの坊主の近くはしょっちゅうバカスカどっかんだよな。命が何個あっても足りねぇっちゅーくらい、危険地帯だよあいつん周りはよ。

──そう。絶体絶命なんて、なんっども繰り広げて来たんだ。諦めるな。考えろ。突破口を。


[おいっ!こっちに血痕が!]

っ、くそっ。時間がねぇ。

かさり。キッドのバルーン人形でとりあえず誤魔化すかと、胸元を探ったところで、指に触れたもの。
はっとして、天井を確認する。

──神様仏様ルシファー様ってか?
迷う暇なんて、ねぇわな。
 

「──っ、はっ。……おもしれぇ。怪盗キッドの、決死のイリュージョンってやつ。お見せしてしんぜようじゃねぇか」



なぁ杏。ちぃっとばかし、無茶すっけど。無事帰ったら、無茶ばっかり、って怒ってくれて良いから。

俺の大好きなあの、きらっきらの笑顔でさ。笑って、おかえりって、言ってな。











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