#123





「……いやいやいや。緑水さん?」

何言ってんだこの人、と思わず目を丸くしてしまう。
いつもいつも、やれセーラー服やらスクール水着やらデートやらなんやら冗談紛いなことを言う緑水さんだけど。
心中はちょっと冗談にしては重くない?と、どうしたんだという気持ちを込めて、その名前を呼ぶけれど。

いつもの飄々とした緑水さんらしくない、その真っ直ぐな濃緑の瞳が、私の心をざわつかせて。
 
「黒っちが無事かどうか、ばっかりになってる杏ちゃんはさ。自分の身体の事を忘れちゃってるよねぇ。──黒っちがこのまま戻ってこなければ、君、不老不死だよ?」
「あー。そうなんだよ、ね」

ふわり、と風が足元をさらって。
磯の香りと、きゃっきゃとした黄色い声が、遠くの方から聴こえた。どこか私たちは、別の場所にいるみたいに感じてしまう。

「杏ちゃん、そうなったら、耐えれる?ちゃんと、考えたことある?ひとりきり、皆がいなくなった世界で、悠久の時を過ごす。──そんな覚悟、ある?人はいつか死ぬ。君が生きるその先に──誰も、もう、君と過ごした人は居なくなるんだ」

重みのある低い声で、緑水さんは言う。まるで、そんな世界を知っているかのような、どこか虚な瞳で。
さすが、痛いところを突かせたら天下一品と定評のある緑水さんだ。頭が良いと、先のことのイメージまで鮮明なのか。

──この先ずっと、ひとりきり、か。
それがどれほどの孤独であるか。正直、想像もつかない。
……でも、どう考えても辛いだろうな。


「──もうあんまり、時間がなくてねぇ」

ゆっくりと、緑水さんが近づいてくる。目を逸らしたら、ダメなんだろうと。背の高い緑水さんと目を合わせる為に、そのもじゃもじゃ頭を見上げた。

「ボレー彗星が近づいて来てる影響か、杏ちゃん、最近さらにドジ増えてるでしょ。もちろん、気もそぞろだから、というのもあるだろうけれど。それ以上に、それは君の身体の影響でねぇ。傷の治りも、今まで以上に早くなってるはずだよ」

──確かに。よく考えると、今まで以上に治りが早くなってる。
思い当たる節を見つけた私を、緑水さんは見逃してはくれなくて。

「このままだと、不老不死になる前に死のうとしても、なかなか楽には死ねなくなっちゃうんだよねぇ」

──だから、今のうちに。俺と一緒に心中するのもアリだよってこと。

最後、囁くように伝えられた言葉は、どこかどろりとした甘さを含んでいて。
このまま、つらい未来よりは。それも、ひとつかもしれないと思わせるには、充分な誘惑だった。

でも。どうしても納得できない事がある。

「──楽に死ねなくなるのは、わかったんだけどさ。なんで、緑水さんと一緒に心中になるの?……緑水さんが死ぬ必要ないじゃない」
「杏ちゃんとなら、死んでもいっかなって。そこまでこの世に未練もないしねぇ。杏ちゃんも、ひとりで死ぬよりは、怖くないデショ」

軽く言ってる言葉が、本気なのか冗談なのか。普段から冗談ばっかりな緑水さんだけど。

「そりゃどーも。──でも、ごめん」
「やっぱり、死ぬのは怖い?でも、今を逃すと、もう待つのは、ひとり、孤独な道だよ。大丈夫。絶対痛くしないし、一人にさせない。ちゃんと博士にも遺言書いたり、整理する時間は作るし」

甘い毒のような誘い。これはやっぱり、冗談では無く。緑水さんなりの、現実を見据えた、提案なんだろうかと思うと。
なんだか無性にムカムカしてきた。
 
「緑水さん。私、緑水さんのこと、すごく大事なんだよ。ちゃんとそりゃ、口にはしたことなかったけど」

私の言葉に、先ほどから潮風で前髪が捲れ上がった緑水さんの濃緑の瞳がパチパチと瞬く。
え。そんな驚くことだろうか。こんだけ長い間一緒にいたら、わかってることだろうと思ってたんだけど。どうでも良い人の分まで夜食作ったり、好物の唐揚げ別タッパにして持ってたりしないよ。
 
「──え。どしたの杏ちゃん。急にデレて。そっか。一緒に死ぬ気になった?」
「違くて!大切だからこそ!だよ!!緑水さんに死んでほしくない。心中とか、未練があんまないとか。やだよ。緑水さんには、いつもみたいに飄々と私にセクハラかましてくれてなきゃ、やだよ……!なんなの、ソレ。本当、冗談だとしても、たちが悪過ぎる!」
「杏ちゃんに、死ねって言っておいて、自分が何もしないってのは、俺だって嫌だからねぇ。ひとりでイかせたくない男心ってやつ?」
「嫌だからって一緒に死ななくていいの!私、そんなことで緑水さんまで死んじゃうとか、絶対嫌だからね!──そんでもって、私も死なない。確かに、孤独は怖いよ。緑水さんの話聞いて、さらに怖くなった。……でもさ」

急に走るな、よそ見すんな、階段は慎重に!と私に過保護に言う快斗君が脳裏を過ぎる。
あんな過保護なくせに。こんな身体の私でも、色んなところに連れてってくれて。ドジで台無しになることなく、沢山楽しい思い出をくれて。まるで、普通の女の子みたいに、遊んでさ。

──痛いのは慣れちゃいけねーんだぞー。

そんなことも、言ってたな、そういえば。
そう。快斗君なら、きっと。

「多分、快斗君は、もし私が不老不死になっちゃう未来しかなくなったなら。その前に、一緒に死んじゃうんじゃなくて。少しでも、一緒に居られる道を、探すと思うから」
「──そんな『快斗君』は、どこにいるのか、生きてるのかさえ、わかんないけど?」
「はっきり言うよね、本当。でも、もう動揺しないよーだ。もし快斗君がこのまま帰ってこなくて。私が不老不死になったら。私が、快斗君探しに行けば良いし」

そうなんだ。
話したいことも、言いたい文句も、泣き言も。
快斗君が居ないと始まらない。
だから絶対、貴方を探し出すよ。
貴方が、簡単に諦めるわけないって、知ってるから。
幸い、死ななくなったら、多少の無茶も効きそうだし。

「まずはドバイに行くか、うん」

そう、意気込み新たにした私をみて、緑水さんが呆れたように息を吐いた。

「──ほんっと、杏ちゃんは一途だし、頑なだねぇ。こんっな良い男が、魅力的な提案してるっていうのに。ちょっとは揺らぎなさいな」
「……そう簡単に、揺らげないんだなぁ。だって、私の好きな人は、天下の大泥棒なんだもん」
「惚気は独り身には堪えるねぇ。──じゃあ、しょうがないから、黒っちが最悪の事態になってたら。俺の頭脳を駆使して、一緒に不幸ーな、長い長ーい道のり、歩んだげるよ」
「あはは。なんだ、緑水さんったら。結局私をひとりにさせないでくれるんだ」
「俺と一緒に死ぬ……は、断られちゃったから。俺と一緒に不幸になるか、黒っちとハッピーエンドか、の2択になったねぇ」
「へへ。そっか。ありがとね、緑水さん。大好きだよ」
「ほんとデレがすごいんだけどどしたの杏ちゃん。杏ちゃんに大好きって言われたって、絶対黒っちに自慢しよ」

お兄ちゃんだなんて思ったことないなんて、言ったこともあるけど。緑水さんは、もはや家族のように大切な人で。緑水さんも、なんやかんや、私のこと、そう思ってるに違いない。

にぃ、といつもの、チシャ猫みたいに笑う緑水さんに戻っていて。
ほんと、どこまでが冗談でどこまでが本気かは、わかんなかったけど。
今。緑水さんしか、私に、覚悟を決めさせるような事、言えなかっただろう。
だから、わざわざ、私の心抉って動揺させて。こんなとこ来て、あんなこと言ったに違いない。

まあ。よりにもよって、心中なんて、びっくりワードで、だけど。

「──ありがと」
「お礼は杏ちゃんのチューでいいよ」
「唐揚げね」
「……仕方ないねぇ、それで手を打とうか」

ね。快斗君。困っちゃうことに、快斗君が帰ってこないと、緑水さんまで不幸になっちゃうらしい。
一緒に、とか。絶対快斗君怒りそうだよね。

「今なら『お兄ちゃん』呼びもお願いしたらイケそうだねぇ」
「それはないねぇ」


残念、と笑う緑水さんに、今度こそ、ちゃんと笑った。





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