#125_K





「──っ、」

杏が帰って来たら、なんて言おうか。
そう思いながら勝手に家ん中に侵入していたわけだけど。
ドアが勢いよく開いて。杏がいて。その顔見たらもう。息が止まったみてぇに、固まってしまった。

そうして俺が、何かを言う前に。
がばり、と抱き込まれた。
ぎゅうううう、としがみついて。
その腕が、絶対離すものか、と言っているのかのようで。

「──っ、快斗君っ、快斗君、かい、とくん……!!」

──まったくもって、ここにいるのが俺であると。疑ってもいない涙混じりの声に、ぐ、と喉の奥が熱くなる。
ああ。本当、こいつのこういうところに、敵う気がしねぇんだって。

「──ただいま」
「っ、う、ん!うん……っ」

おかえりなさい、と声にならない声で、杏が嗚咽をあげている。ぎゅうううっ、と俺にしがみついたまま。

──包み込んでやりてぇのに、『今の俺』じゃ、背中に手を回すのがやっとで。そのもどかしさに、心の中で思わず舌打ちしたくなる。
──思った以上に堪えるな、これ。変装のひとつみてぇなもんだと思ってそこまで気にしちゃいなかったけど。
杏に触れると、こんなにも焦燥に駆られるもんなのか。
くっそ。包まれてるのもそりゃ、悪くはねぇけど──泣いてる杏を安心させるように、抱き込むことも出来ねぇなんてよ。

「──杏。な、顔、見せて」
「、っ、うん」

心の中の焦燥はもちろん、おくびにも出さずにそう聞くと。
そこでようやっと、俺の肩から顔を上げた杏は、涙でぐしゃぐしゃの顔になっていた。
ああもう。それが愛おしくて堪らない。

慌てて俺を掴んでいた腕を離して、顔を拭おうとする杏を制して、その頬に、両手を添えた。
 
「ぐしゃぐしゃだな」
「ふぇ……っ、だ、っ……っ」

堰き止めていたものが、止まらないかのように、ぶわ、とまた瞳に涙が溜まる。その、目尻に唇を寄せた。

「──っ!!」
「ずっと、我慢してくれてたんだろ」
「……っ、だ、れか、さん、が、」

──居ないとこで、泣くななんて言うから……っ

途切れ途切れにそう言って。ぼっろぼろに流れる雫。
ああくそ。ほんっと馬鹿だ俺は。
絶対ぇ我慢させまくってた。心配も、めっちゃかけてた。
それがクソほどわかる泣き顔なのに。

本当に。俺の前だけで、泣いてんだって分かって。
ほんっとーに救いようのねぇ心の内側が、それに喜んじまってる。

「ぜってぇ、帰ってくるって言ったろ?」
「──っ、うんっ、うん……っ」
「──待たせて、ごめんな」

ぶんぶんぶんと首が取れるんじゃねぇかって程に首を振る。その頭を、軽く手を伸ばしてぽんぽんと撫ぜて。
そこで、ふと俺の前で膝立ちしてる脚に目がいった。

「っ、おめぇ、怪我してんじゃねぇか!」

今怪我がわかるってこた、ここ戻ってくる前か!?
もっと酷かったに違いねぇし!

「これ、は、しかた、ないの!だって、鳩!」
「鳩?」
「マン、ション、上、飛んで、たっ、気が、した、から!快、斗くん、だと、思っ、てっ」

思わず、思い切りかけだした、と。
そういや、さっき東都大に向かって1匹飛ばしたわ。
──俺のせいか。

「そりゃ、はしる、よっ!」
「……ごもっともです。痛かったろ。ごめんな?」

あー。もうだめだ。
くそ。抱きしめたい。
ぎゅ、とその腰に手を回す。見上げる形なのが、口惜しくて。

「──ほんっと、ごめん」

そのまま、少し、踵を上げる。
ちゅ、と唇に触れるだけの、キスを落として。

「ごめんな」

繰り返しながら、啄むように唇を喰む。そのまま緩く開いた口内へ侵入しようとしたところで、涙でぼろぼろの瞳が、驚いたように瞬いて。

「ま、ちょ、まっ……!」

べり、と身体を離された。
──あんだよ。あんな、離すものかと抱きしめてきたくせに。
驚いたのか、涙も引っ込んでら。

「っ、いやあの、ちょっと、これ以上は、なんかあの、イケナイことしてるみたいだというか……っ」
「なんで」
「いや、視覚的に倒錯的で……」
「ふーん。じゃ、ほら。目閉じて」

ええええ。そういう問題かなぁ!?と慌てる杏の両肩を押さえ込む形で、顔を寄せた、その時だ。

「えーーー!!?うちの子が子供に襲われてるーー!?」
「え。ナニソレ面白いんですけど。博士、俺にもちょっと見せて」


そんな、素っ頓狂な叫び声が、玄関先から響いた。
そういや、杏、扉開けっぱなしだったな。


──ウチの優秀な相棒は、仕事も素早いわけで。
 


 


「──まあ、ご覧のとおり。ちいっとばかし、小さくなってしまいまして」

てへ。と、どこぞのぶりっこ小学生メガネ探偵ばりに小首を傾げてご挨拶をかますと、俺を逃さんとばかりに膝に乗せてる杏から、ぶつぶつと何かが聞こえてくる。
 
「……はぁなんてこった。めちゃめちゃ可愛い……」

小さい快斗君やばいすごい破壊力。
なでたい触りたいよしよししたいぎゅってしたい。

そんなブツブツ声が聞こえる中、浅黄博士と緑っ君、そして哀ちゃんの目線を一斉に受けた。

「──とりあえず、まずは無事で良かった……」
「中々帰って来ないと思ったら、そんな愉快な状況になってるとはねぇ」

へたりと倒れ込みそうな浅黄博士と、いつもの食えないチシャ猫みたいな笑いの緑っ君。

そして、神妙そうに無言を貫く哀ちゃんがいて。これは、やばいかもしれないと、フォローを入れようと声をかける。

「あー、っと、哀ちゃ──」
「──あの時。渡して良かった、と思うべきかしら?それとも、やっぱり渡さなければ良かったのかしら……」


どこか、痛ましげな視線を向けてくる哀ちゃんに、申し訳なさを感じながら。


俺は、あの日の出来事を思い浮かべた。



 - TOP -

site top







[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

【怪盗キッド】 名探偵コナン カプセル缶バッジ&カバー Vol.5
価格:680円(税込、送料別) (2024/5/30時点)