#126_K






「……もうきっと今回のミーティングで、出立前に貴方と会うのは最後になるかも知れないから」
 
そう言って、哀ちゃんは、こちらに黒い物体をしゅ、と放り投げて。
ぱし、と受け取り確認すると──ピル、ケース。

「哀ちゃん、これって──」
「──わかってると思うけど。あくまで、『御守り』よ。そして、服用したとして、100%幼児化するとも限らない。死ぬ可能性だってもちろんあるわ」
「──なんで……」

前に、ちらっとコレについて聞いた時。馬鹿なこと言うんじゃないわよ。と、全くもって相手にしてもらえなかったこの薬。
……哀ちゃんが、誰かの手に渡って欲しくないと強く思っていることも、勿論わかるコレを。今、俺に?
 
「どこかの白い鳥が我が家に迷い込んだ時にね。弱々しく吐いた弱音。それに対する、ANSERかしらね──良い?貴方が盗み出すのが、もちろん、この計画のキモよ。でもね、杏さんにとってはきっと、自分がどうなるかよりなにより、貴方の無事の方が1番大事なの。この計画が頓挫したとしても、よ。──危なくなった時。その薬を思い出しなさい。それを作ったのは、誰?このプロジェクトには、誰が参加してると思ってるの?安心なさい。絶対に、彼女を孤独になんてさせやしないわ。──だから、貴方は。いつもの小憎たらしい気障で余裕綽々な、ハートフルな泥棒でいなさいよ」
「……なんっつー、男前な……俺、哀ちゃんに惚れちゃいそう」

哀ちゃんらしいエールに、思わず胸が熱くなる。いやうん、本当、名探偵の助手には勿体なさすぎる。
俺の言葉に、哀ちゃんは優雅に口角を上げた。
 

「悪いわね、彼女持ちには興味ないの」
 
 



 * * *




かさり、と指に触れたソレは、持ってかないと持ってかないで恐ろしそうな紅子からの御守り──その中に、あの日貰ったアポトキシン4869を潜ませてあって。
はっとして、天井を確認する。
 
──地上へと繋がる空気孔。今の俺じゃあ入れねぇが……子供の姿だとしたら?

──100%幼児化する訳ではない。身体的負担。副作用で死を招く恐れ。
哀ちゃんは、これを「使え」という意味で渡した訳ではもちろん無いこと。
全部、わかってる。その上で、今出来る最善はもうこれしかねぇんだ。

──俺の帰りを、待ってる奴が居んだから。きっと、泣くのも我慢して。

ルシフェルも恐れる紅子様の御守りに入れておいたんだ。ちゃーんと、俺の思惑に嵌ってくれよ?
 
「──っ、はっ。……おもしれぇ。怪盗キッドの、決死のイリュージョンってやつ。お見せしてしんぜようじゃねぇか」

ごくり、と唾を飲み込んで、カプセルを取り出して。口に含んだ。

──ドクン

「──っ、ぁ」

身体が燃えるように熱い。息の仕方がわからねぇ。心臓の痛みに意識が飛びそうになる中。

自分の鼓動が、やけに大きく聞こえた。


 


* * *

 


あの後。無事に小さくなった俺は、ブカブカになったKID衣装を囮として、空気孔への大冒険の結果、なんとか地上へと出た訳で。正直何がどうなったか記憶があやふやで、気付いたらベッドの上にいた。
母さん曰く、肩から血塗れで、砂漠に転がっている小さい俺を回収したらしい。
しばらく高熱でうなされて、子供の姿ということもあって、絶対安静を言い渡され。
そうこうしてる間に、杏の所へと戻るのが、思った以上に時間がかかっちまった。

「──哀ちゃん、哀ちゃんのおかげで俺はこうしてここに戻って来れたわけで。本当にありがとう、哀ちゃん」

だから、哀ちゃんが気に病む必要は本当にないのだ。わかってくれるといいのだが。

「ええ、そうね……私は、無謀なことはするな、という意味を込めたつもりだったのだけど」
「それは本当申し訳ない」

ぐうの音も出ません。

「……まあ、良いわ。あなたがどこかの誰かさんと一緒で、無茶で無謀で勝手なのは、私だって、わかっていたことだものね。……杏さん、」
「え。あ、はい!」
「哀ちゃん、俺から後でちゃんと話すよ」
「貴方の後でちゃんと、はあまり信用してないのだけれど──まあ、今回は戻ってきたばかりで、早く2人になりたいでしょうし、譲るわ」

全くもって反論出来ませんな言葉に、がっくり項垂れそうになりながらも、早く2人になりたいという哀ちゃんの言葉も確かなので。本当良いところで邪魔されたしよ。さっさと済ますものを済ませてしまおうと、浅黄博士に向き直った。

「──長らくご心配をお掛けしました。浅黄博士。こちら、お約束の品です」

つい、キッドの口上みたいにそう告げながら。ぽん、とピンクアイオニーを取り出して博士に渡すと、なぜか杏が悶えていた。

「……え。小さいキッドさんとか、やばくない?やばいやばい絶対やばいやつ」

ブツブツとつぶやいて何やら目が怖い。え。杏ちゃん大丈夫?

「──っ、本当に、ありがとう……」
「ここから先は、俺には出来ないことなので。後はよろしくお願いします」
「……ああ、必ず」
「──じゃ、俺たちはとっととお暇しましょーかねェ。杏ちゃんも、せっかく黒っち戻ってきたんだから、2人で積もる話もあるだろーし」
「そうだね。僕も急いでコレを色々と検証しないといけないし──その、ただ、えーっと」

ぐ、と頷きながらも何かを言い淀む博士に、緑っ君がにぃ、とチシャ猫笑いをひとつ。
 
「心配しなくても身体は子供なんだから、勃つモン勃ちませんって博士」
「ちょ……!そういう意味じゃ……!」
「さ、馬に蹴られない内に戻りますよー」

くそ。その通りだよ。と胡乱な瞳で、ズルズルと博士を引き摺りながら部屋を去ろうとする緑野郎を見てると、急にぴたりと立ち止まって。
前髪越しにこちらを見遣る瞳が、す、と細められる。

「──哀ちゃん、ちょいと黒っちの横立ってくれる?」
「?いいけど」
「黒っちもいつまでも杏ちゃんのすべすべな太もも座ってないで、ほら立って立って」
「おめぇ言い方!変な目で杏のこと見てんじゃねぇぞっ!」
「変な目って、兄目線ですー」
「兄は妹の太ももにすべすべなんて装飾語付けないと思う」
「まあいいからいいから、ほら、早く立って」

にぃ、といつもの人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、そう人を囃し立てるこいつの言葉にイライラと立ち上がる。
大体にして杏もこの男には甘い。セクハラギリギリだと思う言葉を、そう笑って突っ込むだけで。──っくそ、もはや家族だと、杏が思ってるのもなんとなく分かるのでそれもまた無性に苛々すんだよ。
つうかすべすべって。触ったことでもあんのか。あったらぜってぇその掌に何も握れなくしてやる。

そうして並ばされたところで、哀ちゃんと瞳がかちあった。

「──っ、そう、いうことね」

──これは、多分。哀ちゃんも気付いただろう。そして、わざわざ並ばせたということは、緑っ君も気付いてるに違いない。そのまま立ち姿を確認しただけで、とっとと出て行ったみたいだが。

俺の方をどこか途方に暮れた様な顔で眺める哀ちゃんに、にっこりと笑いかける。
ダメなんだ、ごめん哀ちゃん。哀ちゃんがショック受けるのはわかってんだけど、それは、杏が不安になっちまうから。

──俺はもう、覚悟は出来てんだから。


「……そう、そうよね。貴方はそういう人よね……」
「──哀ちゃん?」

やはり、何かを不思議に思ったであろう杏が、少し怪訝に哀ちゃんの名前を呼んで。

「──杏、すべすべって、あいつに太もも触らせたのか?」
「……!?まさか!触らせてないよ!」
「じゃあ、なんであの野郎が杏の太ももがすべすべだってこと知ってんの?」

緑水さんのただのセクハラ言葉だよー!!と慌てる杏。上手く気を逸らせた事にほっと息を吐いて、哀ちゃんに目配せひとつ。そこで彼女も、少し動揺に揺れていた瞳を、一度伏せて。

「──なんだか、充てられてしまいそうだから、私も帰るわ」
「あ、哀ちゃ……」
「俺の居ない間に、あいつとなんか、あった?」

何かって!?と目を見開く杏にお子様うるうる瞳で訴えかけると、ぐぅ、と心臓を押さえていた。
ちょろい。
ひらひらと哀ちゃんが掌を振るのを横目で会釈して。
 

「……ない、よ!」

なぜか空いた少しの間が、妙に気になった。気を逸らす為に始めた会話だが。
……これはちいっとばかし、突っ込んで聞く必要がある気がすんな。
 
「──本当に?」
「……緑水さんの車に乗って、買い物に、連れて行ってもらったりはしました」
「……ふーん」

別に。それくらいで嫉妬するほど小せぇ男じゃねぇんだけど。
いつの間にか杏は正座していて。俺はその前に腕組みして立つ感じになっていた。

「──海まで連行されました。もちろん泳いだりしたわけじゃなく!ちょっと海岸沿いにいただけで!」
「……ふーん」

別に、それくらいで嫉妬するほ──っああくそ、心狭ぇよ!どうせ!勝手にどっかいって、全然戻って来なくて、そりゃ、あのニヤけたヒョロ男もフォローするわな!わかってんよ!
杏だって全然帰ってこねぇ俺のこと不安で精神的に不安定になってたかもしんねぇし!わかってんだよ。頭では。
──ただまあ、面白くねぇとは、どうしても思っちまうんだよ。

「──あと、白馬君の家にも行きました」
「はぁ!?」
「偶然、本当に偶然ね!公園で会って!白馬君の飼ってる鷹のワトソン君と、色々あって、コーヒー溢してしまいまして……それで……ええっと……」
「──ほんっと、あのヤロ……!」
「──怒った?」

ぺひょん。
そんな擬態語が似合いそうな顔をして、正座のままの杏がこちらを上目に覗き込む。

「──別に、怒っちゃねぇけど」

あーくそ。ダメだ。せっかく、やっと、会えたってのに。驚いたかのように瞳を見開く杏に、つい視線を逸らしてしまった。

──そうして少し、沈黙が流れて。
くそ、フォローも出来ねぇとか。これじゃあ本当にガキになったみたいじゃねぇか。

「──だめだ」

そんな声が、下から聞こえたと思ったら、「快斗君、ごめんっ」という謝罪と共に、ぎゅーっと、抱きしめられた。
あーくそ、柔らかい。ナニが、とは言わないが。こんだけで悶々としていた気持ちが和らぐ俺って。
違うコトでモンモンとしそうだけどよ。……まあ、勃たねぇんだけど。

「ごめん。もう本当ごめん。でもダメだ。ごめんちゃんと謝らなきゃなのに、快斗君が帰ってきたってことで、感情が大変な事になってて。あーもう、大好き。ごめんね。弱っちくて。不安で揺らぐ時があって、ごめん……ああもう。でも好きなの。本当、反省しろって時にごめん。だって、ずっと、会いたかったの……ちゃんと、触れて、確かめてたいの」
「……っ」
 
──ああくそ。ほんっと、クソガキだ。勝手にいなくなって勝手に嫉妬して。
ほんで、好きって言われただけであっちゅー間にどーでも良くなるとか。

「……って」
「え?」
「もっと、好きって言って」

ぐはっ
そんな血を吐くような声が聞こえたと思ったら、ぎゅううううっと、強く抱きしめられた。


「──好き。快斗君が、好きです」
「うん。──俺も好き」



そうして暫く抱きしめあっていたら、「はっ、哀ちゃんは??」とそこでやっと気付いた杏に、「もう帰ったぞ」と伝え。
なんてこったと慌てる杏に、ちゅ、と背を伸ばして唇に触れた。
……元の身体だったらこのまま絶対なし崩しにエロいことしてた。絶対してた。
つうかしてぇ。くそ。
なんとか気を持ち直して、杏の少し潤んだ瞳を見つめる。あーもう、可愛い。


「──それよりさ、今度はもうぶーたれねぇから。俺が居なかった間、杏がどう過ごしてたか、教えて?」


目線の都合上ちょっと上目になって尋ねただけなのに、杏はまたぐはって心臓を押さえていた。
大丈夫かな、こいつ。















 - TOP -

site top