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ババ抜きは、私のボロ負けだった。なんということでしょう。透さんとコナンくんの一騎打ちとかそういう話じゃない。そもそもババ抜きにおいて透さんとコナンくんの一騎打ちを見るには、元太くん、光彦くん、歩美ちゃん、そして私が、二人よりも先に上がらなければならないということである。無理でした。と言うより、ジョーカーが何故か吸い寄せられるように私のところに必ず戻ってくる。私はジョーカーにものすごく好かれていたらしい。

「ミナ姉ちゃん弱ぇなぁ〜!」
「ほとんどずっとミナさんがジョーカーを持っていたんじゃないですか?」
「ミナお姉さん、ババ抜き苦手?」
「…おかしい、なぁ……」

ちなみにコナンくんと透さんがほぼ同時に上がり、光彦くん歩美ちゃんがその後に続き、結果元太くんと私の一騎打ちであった。ちなみにジョーカーは私の手元から動かなかった。何故。
カードゲームは学生の頃にそれなりに皆で遊んだし、ここまで圧倒的に負けるということもなかったはずなんだけど。私ってこんなにカードゲーム弱かったっけ、と肩を落とす。
そんな私の肩を、透さんはぽんと叩いて小さく笑う。それから私の耳元にそっと唇を寄せて、告げられた言葉にぼっと顔が熱くなった。

「あっミナさんが赤くなりました!」
「安室さん何て言ったの?!教えて〜!」
「内緒。さ、そろそろティータイムじゃないかな。皆でダイニングデッキへ行こう」

カードをまとめてケースにしまいながら透さんが立ち上がり、子供たちも元気よく返事をしてダイニングデッキへと向かっていく。…コナンくんだけは少し呆れたような顔でこちらを見ていたけど。

「透さん…」
「ほら、ミナさんも行きますよ」
「……はい…」

そういうところも可愛いですよ、なんて。
何でそんなことを突然言うんだろう。恥ずかしくてたまらなくて、でも悔しいけど嬉しくて。…私は、この人には多分一生敵わないんだろうな。
顔を両手で挟みながら立ち上がったら、小さく笑った透さんに頭を撫でられた。



ダイニングデッキに行くと、二時半になったところで軽食が運ばれてきた。飲み物はフリードリンク。先程大分フラフラになっていた毛利さんも、冷えたビールを飲んで完全復活のようだ。「おネエちゃん、おかわり!」なんて声が聞こえてくる。元気になってよかった。
運ばれてきたケーキをフォークで切り、生クリームの中に入っているものに目を瞬かせる。…ラズベリー、のようにも見えるけど、それよりも色は黒い。でもブルーベリーではないみたい。

「これ、なんでしょう」
「ブラックベリーですね。西洋藪苺、とも言います」
「セイヨウヤブイチゴ…?」
「酸味が強いのでジャムにするのが一般的ですが、こうして生クリームと合わせるのも良いですね」

ブラックベリーとはなんとなく聞いたこともあるけど、セイヨウヤブイチゴなんて初めて聞いた。さすが透さんは物知りだ。
一口大に切り分けたケーキを口に運ぶと、透さんの言う通り生クリームの甘さの中に酸味があって丁度良いさっぱり具合だった。生地もふわふわで美味しい。ちらりと透さんを見ると、吟味するようにじっくりと味わっているようだ。…ポアロでの新作メニューでも考えているのかな、なんて思って小さく笑う。
…確かにこのケーキは美味しいし、鈴木財閥の飛行船に乗るくらいの腕の人が作っているからきっと高級なんだろうけど…でも私はポアロのケーキの方が好きだな。…ポアロのケーキと言うよりは、安室さんの作るケーキ、だけど。

「ごちそうさまでしたー!」

子供たちの大きな声が聞こえて視線をそちらに向ける。元太くんと光彦くん、歩美ちゃんだ。部屋でトランプをするから、なんてわざわざ阿笠博士に告げて走っていくけど…少なからず少年探偵団の臨時団員として彼らと行動を共にしている身としては、怪しさしか感じない。…何か危ないことに首を突っ込まないと良いのだけど。
あの年頃の子供は好奇心の塊だし、少年探偵団として常にスリルや面白いことを求めているんだろうから微笑ましく見守ってあげたい気はするけど、危険なことだけはダメだ。少し心配だな。

「…、透さん?」

ふと視線を戻せば、透さんが何やら目を細めて真剣な顔で次郎吉さんの方を見つめている。どうしたのかと私も視線を向けると、何やら少し深刻そうな様子の次郎吉さんと…それから中森警部。
二人は刑事さん数名を連れ、ダイニングデッキから出ていってしまった。それをすぐ追うようにコナンくんが飛び出していく。…え、どうしたんだろう。

「ミナさんはゆっくりケーキを食べていてください」
「え、」
「すぐ戻りますから」

透さんはぱっと立ち上がると、小さく私に笑いかけてからダイニングデッキを出ていく。…透さんまで行ってしまうなんて、間違いなく何かがあった…んだとは思うんだけど、「ゆっくりケーキを食べていてください」と「すぐ戻りますから」の言葉は、私には動くなという意味合いで間違いないと思う。余計何かあったことの裏付けにもなるけど、さて。
私は小さく息を吐くと、目の前のお皿に視線を戻した。
まだ食べかけの美味しいケーキ。透さんがいなくなってしまっただけで、一気に味気なく感じてしまうのはワガママだろうか。
フォークでつついて残りのケーキを口へと運ぶ。透さんはすぐに戻ると言っていたのだ。私はその言葉通り、待つだけである。


***


透さんは言葉通り、コナンくんと一緒にすぐに戻ってきた。ただ二人の顔は真剣で、ダイニングデッキの入口のところで何やら小声で話をしているようだ。
彼ら二人が戻ってきたその後に、次郎吉さんや中森警部達も戻ってきた。中森警部がダイニングデッキを見回して、それから一歩前へと進み出る。

「あー、すまないが皆に大事な話がある」

透さんとコナンくんは中森警部のその言葉に顔を上げると、それぞれ小さく目配せしてからこちらに戻ってきた。その表情は張り詰めたままだ。

「先程、赤いシャムネコと思わしき人物から鈴木次郎吉氏に電話があった。…この飛行船の喫煙室に殺人バクテリアをばらまいたという内容で…今確認してきたところ、Bデッキにある喫煙室から殺人バクテリアが入っていたと思われるアンプルが発見された。よって、Bデッキの喫煙室、及びすぐ隣のバーは封鎖する」

ざわめきが広がる。皆顔を見合わせて怪訝そうな顔をし、それから改めて中森警部を見つめた。

「間違いないんですか…?」
「イタズラなんじゃ…」
「いや、残念ながら…今本庁に確認したところだ」

Bデッキにある喫煙室。…さっき、透さんと一緒に少し入ったあの喫煙室のことだ。思わず言葉を失う。
殺人バクテリアがばらまかれたって、一体いつから。この飛行船に乗った時にはもうばらまかれていた?それとも、乗ってから?乗ってからだったとしたら、その赤いシャムネコの誰かがこの飛行船に一緒に乗っているということになる。
それは、とても恐ろしいことだ。

「とにかく、さっきも言った通りBデッキの喫煙室は封鎖、」
「ぎゃああああああああ!!」

中森警部の声を遮るような悲鳴に、全員が弾かれたように振り向いた。
私たちの輪から離れた、奥の壁際。そこに、私達に背中を向けるように立っているのは藤岡さんだ。けれど何やら様子がおかしい。背中が急に冷えていくのを感じる。とても、とても嫌な予感がする。
藤岡さんはがたがたと体を震わせながら呻き、ゆっくりとこちらを振り向いて…その姿に、私は小さく息を飲んだ。

「た、…助けてくれ…、」
「…藤岡、さん」

彼の、顔。それから首に腕…手のひらまで赤くなっている。ただ赤くなっているわけじゃない。…あれは、発疹だ。
それは最悪の事態に陥ったことを意味している。

「発疹…!」
「まさか、感染したのか?!」
「そういえばあの方、さっき喫煙室に…!」

そう、藤岡さんはスカイデッキに行った後、煙草を吸うためにBデッキの喫煙室へと向かった。間違いない。だってさっき御手洗の前で会った時、彼からは煙草の匂いがした。
藤岡さんは絶望した表情で、どうにもならない腕を少しだけ浮かせながら一歩一歩こちらへと歩み寄ってくる。覚束無い足取りでゆっくり、けれども確実に。

「助けてくれ…お願いだ、なんだか具合が悪いんだ…!」
「落ち着け!落ち着きなさい!」

中森警部の制止も耳に入らないのか、藤岡さんはこちらに腕を伸ばしてくる。皆が少しずつ後退り、藤岡さんから距離を取ろうとする。
…藤岡さんは、確かに私の苦手な人だ。彼の言動は基本的に好きではないし、関わり合いになりたくない人物だと思ったのも、思っているのも事実だ。けれど殺人バクテリアに感染してしまった人を見殺しにするような気分にもなれなかった。だって私がもし藤岡さんの立場なら…同じように、助けて欲しいと周りに縋り付いてしまうだろうから。
何とかしなくちゃ。まずは彼の動きを止めないと。でもどうやって。私に出来るとしたら、落ち着くように宥めることくらいだけど…考えていたら、私の前に透さんが立った。
素早く動いた透さんの右の拳が藤岡さんの鳩尾へと強く沈んだ。藤岡さんはそのまま意識を失って前のめりに倒れ込み、透さんはそれを支えながら床にそっと横たえる。
流れるような動きだった。緊張していた空気がほんの少し緩むのを感じる。私も無意識のうちに詰めていた息をゆっくりと吐いて肩から力を抜いた。

「す、すまん…」
「いえ。それよりも彼をどこか隔離出来る場所へ」
「安室さん、すぐに手を消毒した方がいい」

阿笠博士が透さんに声をかけ、透さんは小さく頷く。飛行船のウェイトレスさんが、配膳室に消毒用のアルコールがあるからと透さんを誘導する。
透さんの動きには迷いがなかった。あの場で瞬時に判断し、藤岡さんを気絶させることにしたんだろう。出来るからこそ動いたんだろうけど、やっぱりすごいな。

「この船から感染者を出してしまうとは…」
「他に喫煙室に入った者は?」
「ちょっと!大丈夫?!」

中森警部が皆に問いかけた時だった。
配膳室の入口に立っていたもう一人のウェイトレスさんが倒れている。その右手と左腕には、藤岡さんと同じ発疹が現れている。どうやら意識もないようで、彼女はぐったりとしていた。

「くそ、彼女もか!どこか二人を隔離できる場所は?」
「それなら診察室の奥に病室がある。今回医者は乗せとらんが、そこなら外から鍵がかけられる」
「よし、そこにしよう。念の為、このダイニングも閉鎖した方がいいだろう」
「うむ。それじゃあ全員、ラウンジの方に移ってくれ!」

中森警部と次郎吉さんの指示で、皆が不安そうな表情を浮かべたままラウンジデッキの方へと足を向け始める。藤岡さんと倒れたウェイトレスさんは、刑事さんたちが診察室の方へと運んで行った。
ふと見れば、テーブルに突っ伏して眠っている毛利さんを蘭ちゃんが起こそうとしている。あれだけの騒ぎだったのに、毛利さんは眠ったままだったらしい。

「お父さん、起きて」
「蘭ちゃん、毛利さんどうしたの?」
「ミナさん…それが、ビールを飲みすぎたのか全然目を覚まさなくって」

飲みすぎた、って言ってもそんな泥酔するほどの量ではなかったような気がするんだけど…体を揺すっても全く起きないなんてどうしたんだろう。どの道このダイニングデッキに置いていくわけにはいかない。

「毛利先生なら僕が運びましょう。蘭さんやミナさんも早くラウンジデッキに」
「はい、」

透さんが毛利さんを背負うのを横目に見ながら、そう言えばこのことをこの場にいなかった子供たちにも教えないとと目を細める。

「阿笠博士、子供たちは…」
「あぁ、部屋でトランプをすると言っておったが…あの子らのことじゃ。恐らく部屋にはおらんじゃろう。今コナンくんが伝えに行ったよ、大丈夫じゃ」
「…良かった、」

阿笠博士やコナンくんも、あの子達が何か企んでることには気付いていたようだ。…間違ってバーや喫煙室の方に近付いていなければいいのだけど。そう思いながら、私もラウンジデッキの方へと足を向けた。

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