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「ねーねー!こんなのどう?!」
「ちょっと園子、それ安室さんには少し派手過ぎない?」
「でも安室さんって華やかな人だし、なんでも着こなしちゃいそうじゃない?」
「それはまぁ…確かに…」
「蘭くんはどちらかと言えば少し落ち着いた色味を推すんだね」
「安室さんならなんでも着こなしちゃいそうっていうのは同意だけど、落ち着いた色味を華やかに見せるタイプかなって思って」
「なるほど、二人とも良い着眼点だと思うよ」
「そういう世良ちゃんは?」
「ボクは色味よりもデザイン派かな。安室さんは大人の男性だし、デザインまで気を使わないと駄目な気がする」

女子高生三人の圧がすごい。目の前で繰り広げられる会話に私がついていけてない。おかしいな、三人とも私に付き合ってくれている側のはずなのに、主導権は彼女達が握っているかのようだ。
平日のショッピングモールは、こないだ休日に来た時よりも混雑は緩和されていた。とはいえ大きなショッピングモールは人々の生活を支えているものであり、緩和されたと言っても人自体は多く家族連れの姿が少ないと言った程度のものだ。その分年配の人の姿が多く見られる気がする。
昨日世良ちゃんに言われた通り、午後四時にショッピングモール前で世良ちゃんと蘭ちゃん、園子ちゃんと合流した私は、安室さんへのプレゼントを買うべく平日でも賑やかなショッピングモールへと踏み込んだのである。
無くしてしまったネクタイを買ったお店に行ってみたものの、やはり私が購入したものはネクタイもタイピンも既に売り切れで再販の予定はないとのことだった。
一通り紳士服売場を見て回り、その中で良さそうだったお店を四人でピックアップした。大体の意見は揃っていたので、ピックアップ出来たお店は三件。今はまだその一件目を見ているところなのだが、なかなかに彼女達の熱が強い。

「ね、ミナさんはどう思うのよ!」
「えっ、私?」

突然話を振られてぱちりと目を瞬かせれば、園子ちゃんは呆れたように目を細める。いや、そんな顔をされましても。

「ミナさんが安室さんに送るんだから、ミナさんが良いと思うものじゃないと意味が無いじゃない!」
「それはそうなんだけど」

園子ちゃんが手にしているのは紫色のネクタイで、蘭ちゃんはブラウンのネクタイ。世良ちゃんはボルドーに金色のストライプ柄の入ったネクタイを手にしている。…とっても真剣に選んでくれているけど、なんとなく透さんがこの三本のネクタイをしているところは想像出来なかった。
なんでも着こなしちゃいそう、というのはもちろん私も思うのだけど、なんというか…私が思う透さんのイメージとはちょっと違うかな、なんて。

「園子ちゃんの紫はちょっと目に痛いかなぁ…パーティーなんかだったらいいかもしれないけど、普段使いはちょっと…」
「えーっそうかなぁ。私なんかはこういう色普段でも着るけど」

鈴木財閥のお嬢様の感覚はやっぱりちょっと違うのかもしれない。園子ちゃん自身、はっきりとした色味が似合う女の子だから、きっとショッキングピンクみたいな色の服も着こなせちゃうんだろうな。生まれ持ったカリスマってやつだろうか。

「蘭ちゃんのブラウンは落ち着いていて私も好きだけど…透さんってグレーのスーツを着ることが多くて…ドレスコードがあるような場所で少し華やかなスーツを着る時は逆に落ち着いた色味でいいのかもしれないけど」
「なるほど、グレーだとちょっとこのブラウンじゃ合わないですね…。園子と同じで普段使いには向かなそうですね」

蘭ちゃんはブラウンのネクタイを改めて見て、ふむ、と考え込んでいる。…そもそもドレスコードのあるような場所に彼が行くのかどうかはわからないけど…でもシャンパングラスとか傾けているのは絶対様になるだろうなぁ。…透さんというよりは、バーボンさんのイメージかもしれない。

「世良ちゃんのボルドーのネクタイ、すっごく素敵なんだけど…その、…透さん、赤が嫌いなんだよね…」
「えっそうなのか?!…まぁ確かに、安室さんって赤のイメージないけど…。…うーん、ボクも確かにシュウ兄のイメージで探しちゃってたかも」

シュウ兄、と聞いて目を瞬かせる。…そうだ、世良ちゃんは赤井秀一さんの妹さんだった。…お兄さんは殉職したって言っていたけど、生きていると知ったらきっと喜ぶだろうな。訳あって生存のことは隠しているようだったから、私が勝手に話すことは出来ないけど。世良ちゃんの持つネクタイは、確かに赤井さんによく似合いそうだった。
三人は手に持っていたネクタイを戻すと、再びうーんと唸り始める。

「…このお店のネクタイはどれも素敵だけど、ちょっとイメージに合わないかも」
「ネクタイ自体が良くても、安室さんに気に入ってもらえないと意味無いもんな」
「えっと、気に入ってもらえるかどうかは私もあんまり自信無い…」

透さんは優しい人だ。きっと自分の趣味じゃないものでも笑顔で受け取ってくれると思うけど…でもやっぱり喜んで欲しい。誰かにこんな真剣にプレゼントを贈るなんて経験今までにないから変に緊張してしまう。
そもそも私が透さんについて知っていることなんて本当に微々たるものだ。赤い色が嫌いで、多分白が好き。好物はセロリ。車を運転するのは…好き、なんだと思う。音楽も好きでギターが得意。でも私は、彼の誕生日も…本当の名前も知らない。本当の名前なんてものがあるのかはわからないけど、安室透という名前はきっと偽名だろうと思うし…彼がそれを話せない深い理由があるのも察している。
聞かないと決めたのは、知らないでいると決めたのは私だ。それを辛いだとか寂しいだとかは思わないし、私がそう思わないように透さんが私をたくさん甘やかしてくれていることもわかっている。私はそれを心地よく思うし、とても幸せで贅沢だと思う。
…その恩返しがしたいと思うんだけど…何が気に入ってもらえるか正直わからないし、歯痒く思ってしまうのである。
…だから…いや、だからこそ。

「気に入ってもらえるものをプレゼントしたい…!」
「当然でしょ。今更何言ってるのよ」

決意を新たにすれば無意識に声に出てしまっていたらしい。やや呆れた表情の園子ちゃんに突っ込まれてはっとした。恥ずかしい。


その後二件目を回ったがこれだというものを見つけられず、ピックアップした最後のお店へとやって来てしまった。ここで見つからなければプレゼント探しは振り出しへと戻ることになる。
時計を見れば五時を過ぎているし、あまり彼女達を連れ回すのも気が引ける。蘭ちゃんはきっと夕飯の支度とかあるだろうし。いいものが見つかればいいな、と半ば祈るような気持ちで三件目のお店へと踏み込んだ。
そして私は、先程軽く見て回った時には気付かなかった一本のネクタイに目を惹かれたのである。吸い寄せられるようにそのネクタイへと歩み寄り、手に取った。
滑らかで触り心地の良い生地の表面は艶やかで品がある。深いグレイドネイビーはこないだ買ったサックスブルーのネクタイよりも渋い色だが、先端に入れられたワンポイントの唐草模様の刺繍がとてもオシャレだ。銀色の唐草模様は、スーツの前ボタンを閉めてしまうと見えなくなるけど、でも見えないところにあるオシャレというのも大人っぽくて気に入った。

「ミナさん、それとっても素敵な色じゃないですか!」

私の手元を背後から覗き込んだ蘭ちゃんが声を上げる。店内を見ていた園子ちゃんと世良ちゃんもこちらに歩み寄ってきて、ネクタイを見ては大きく頷いた。

「いいじゃん!オトナって感じ!」
「安室さんに絶対似合うよ、これ。いいじゃないか」

三人の後押しもあり、私もこれ以外は考えられなくなっていた。値段を見て思わず目を剥いたけど。
こないだのネクタイの軽く倍以上…具体的には三倍くらい。ぐ、と思わず喉の奥から変な声が出た。

「っ……ネクタイってこんな値段するものもあるんですね…」
「大した額じゃないわよ」
「財閥のお嬢様の感覚でものを言われてもなぁ…」

いやでも。タイピンと合わせて買って、月の家賃を超えるくらいの値段…と思うと決して高くはない。何ヶ月透さんの家にお邪魔になって甘えていると思っているのだ。
値段だけ見て考えれば確かに安い買い物ではないけど、むしろ今までの透さんから受けた恩を考えればこの程度大した額じゃない。そう、園子ちゃんの言う通り大した額ではないのだ。
何より、妥協をしたくない。そう思えば私の答えはひとつだった。

「これにする」
「ミナさん太っ腹だなぁ…!」
「今まで透さんから受けた恩を思えば高くなんてないもの。全然、足りないくらい」
「…ミナさん、本当に安室さんのこと好きなのねぇ…」

まじまじとこちらを見ながらしみじみと言わないで欲しい。
でも三人が納得してくれるものなら、私も自信を持つことが出来る。喜んで貰えたらいいな、なんて思いながら今度はタイピンを選ぶことにした。数あるタイピンを見ていたら、ふと蘭ちゃんがあ、と声を上げた。

「四つ葉のクローバー」
「え?どれ?」
「ほら、これです。シルバーの」

蘭ちゃんが示したのは、銀のタイピンだった。先端部分に、同じ銀色の四つ葉のクローバーがあしらわれている。

「クローバーの葉ってそれぞれに意味があるんだ」
「それぞれに意味?」
「そう。三枚の葉が希望、信仰、愛情の意味を持ち、四枚目が幸福」

世良ちゃんの言葉を聞いて、再び手にしたタイピンに視線を落とす。
きっと、危険な仕事とかもしているであろう彼に、どうか幸福が訪れますようにと。このタイピンに、身に付けて貰えるものに、そんな願いを込めてもいいだろうか。

「…いいんじゃない?安室さん、絶対喜ぶわよ」
「私もそう思います。ミナさんが真剣に選んだものですし… 気に入ってくれると思いますよ」

園子ちゃんと蘭ちゃんに言われて頷いた。
グレイドネイビーのネクタイに、四つ葉のクローバーのタイピン。…透さん、喜んでくれるかな。気に入ってくれるかな。ドキドキとして緊張もあるが、それと同時に期待もあった。
プレゼントしたら、どんな顔をするだろう。笑ってくれるだろうか。受け取ってくれるだろうか。…身に付けて貰えるといいな。
ネクタイとタイピンを手にレジへと向かい、支払いを済ませる。プレゼント用かと聞かれたので、ラッピングもしてもらうことにした。

「三人とも、本当に今日はありがとう。来てもらえて心強かった。今度何かお礼させてね」
「私達は何もしてないわよ」
「そうですよ。選んだのはミナさんですもん」

ラッピングを待つ間に三人にお礼を言えば、彼女達は笑顔でそう言ってくれた。それから、不意に世良ちゃんがにやりと笑う。
…なんだろう、その顔は。

「ミナさんにいいこと教えてあげる」
「いいこと?」
「四つ葉のクローバーの、アメリカの花言葉」

花言葉が様々な国にあることは知っていたけど、意味はさほど変わらないものだと思っていた。四つ葉のクローバーは共通して幸福という意味だと思っていたけど…首を傾げると、世良ちゃんは更に笑みを深めた。

「Be mine.」
「びー、まいん…?!」
「私のものになって、私を想ってください」

きゃあ、と蘭ちゃんと園子ちゃんの声が上がった。それと同時に私の顔には熱が上がった。
顔が熱い。世良ちゃん、購入後のこのタイミングでなんてことを言うんだ…!恥ずかしさに目眩がする。

「ま、ほら。安室さんがこのことを知ってるとは限らないし?」

ニヤニヤと笑う世良ちゃんの顔には「まぁ知ってるだろうけど」とはっきりと書いてある。いやでも、知ってても、そういう意味で渡してるなんてそこまで考えるかどうかなんてわからないし!
自分に必死に言い訳をしながら、お店の人が持ってきてくれた紙袋を慌てて受け取った。
丁寧にラッピングされたそれを見て、私は透さんに渡す時のことを考える。…冷静でいられる気がしなくて、顔は熱くて…やっぱり、くらりと目眩がした。


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