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「発明品って、どんなのだろうな!」
「博士、今日のはすっごく自信作って言ってたよ!」
「楽しみですねぇ〜!」

それから程なくして、元太くん、歩美ちゃん、光彦くんの三人がやってきた。思っていた以上に博士の発明品に胸を踊らせているらしく、博士の家にやってきてから彼らの話題はそれで持ち切りだ。
博士はといえば、子供達の溢れんばかりの期待に応えるために現在発明品の準備中である。夏にぴったりの発明、とのことだったけど一体どんなものが飛び出すんだろう。期待をしているのは子供達だけではない。私だってわくわくそわそわしているのである。
そんな私を見て、コナンくんがやや呆れたように笑った。

「ミナさん、目がキラキラしてる」
「え、えへへ…博士の発明品ってどうしても楽しみと言いますか…」
「博士も報われるわね。子供達だけじゃなくて大人にも楽しみにしてもらえることなんてそんなにないもの」

哀ちゃんはしれっと言うけど、そういう君もお子様なのではないのかね…!いや、コナンくんと哀ちゃんがとても大人びていてただのお子様でないことは私も重々承知でありますけれども。少年探偵団の子供達は皆敏い子ばかりだけど、やっぱりコナンくんと哀ちゃんは別格である。何度も言うようだが私よりも頭がいい事はなんとなく察している。スーパーキッズ達である。

「コナンくん!始まるよぉ!」
『――鈴木次郎吉氏のインタビューをお送りする前に…』

歩美ちゃんの声と重なるように、流しっぱなしだったテレビのニュースからそんなアナウンスが聞こえてふと視線を向ける。ニュースの見出しには「ゴッホの名画、再び日本に!!」とあり、無意識に小さく息を飲んだ。
ゴッホ。フィンセント・ファン・ゴッホのことだ。少し前に米花駅前で快斗くんと絵画の向日葵の話をした後、ゴッホの「ひまわり」がこの世界に現存するのかどうかをネットで調べたところ、私が知るのと同じゴッホについての記事を見つけることが出来た。コナン・ドイルと同じく、私の世界と共通する著名人である。

「はやくはやく!」
「今度は何作ったんだ?!」
『この度史上最高額で落札されたひまわりが、どのような絵画なのか専門家の方に詳しく説明してもらいましょう』

子供達のはしゃぐ声をどこか遠くに聞きながら、私はじっとテレビに見入っていた。
ゴッホのひまわり。先日快斗くんに言われた「絵画の向日葵」という言葉がずっと引っ掛かっていたのだが、こんなタイミング良くひまわりの特集をするのだろうか?しかも史上最高額で落札したのが次郎吉さんなんて、やけに出来すぎている気がしてならない。
テレビに映し出されたひまわりの絵画は、私の世界では滅失したとされるもの。青い背景に、鮮やかな黄色の向日葵が眩しい作品だ。純粋にタッチの繊細さ、色の美しさに魅入られる。

『この作品は、何故最近まで日の目を見ることがなかったんでしょうか』
『それは、この絵が第二次世界大戦で焼失したと言われていたからなんです』
『焼失?では今回の絵は偽物…』
『いえ、そう言われ続けていただけだったんです』

私の世界とは違う。私の世界では滅失したままだったものが…この世界では、現存している。私が世界を離れた後でもしかしたら発見されたという事実もあるのかもしれないけど、少なくとも私はそんな事実を知らないままこの世界に来たのである。なんだか違う未来を見ているような気がして、妙な気分になった。

「熱心に見てるね。何か気になる?」
「コナンくん…」

子供達の輪から離れたコナンくんが、私のすぐ側に来ていた。コナンくんは小さく笑って言うと、テレビの方に視線を向ける。

「…うん…、ちょっとね、気になることがあって」
「へぇ、そっか」

ニュースは続く。昨年、フランスのアルルでゴッホの作品と思われる絵画が屋根裏部屋から見つかっていたらしい。それが、今回の二枚目のひまわりだったとか。なんだかすごい話だ。

「こーれ、始めるぞぉ」

博士の声に、コナンくんと揃って振り向いた。
ニュースは気になるけど、子供達の楽しみに水を差すわけにはいかない。私はコナンくんと顔を見合わせて小さく笑うと、そのまま博士と子供達の方に歩み寄った。
子供達が囲むのは何やら鍋を大きくしたような機械。でも何故だか目や手のようなものがついていて、ロボットのようにも見える。子供を楽しませるための遊び心だろうか。
博士が抱えて持ってきたのは、丸々大きなスイカだった。夏だなぁ。

「一番大きいのを持ってきたぞ」
「わーい!」
「すごいすごい!」
「待ってましたぁ!」

博士は大きなスイカを機械へとセットする。ジャストサイズだったスイカはするりと機械へ納まり、博士はそのまま機械に蓋をして何やらボタンを操作した。
うぃーんという音ともに小さく振動する機械を見る子供達の目は、これから起こることへの期待で輝いている。

「なになに…?」
「鰻重出てくっかな!」
「いや、さすがにそれは無理ですよぉ!」

スイカが鰻重に変身したらそれは本当にすごい発明である。さすがに有り得ないなと思って苦笑した。

『しかし、贋作である可能性は?』
『えぇ、そこは専門家達も慎重です』

つい、意識がテレビのニュースに向いてしまう。見れば、コナンくんもテレビの方に集中しているようだった。
絵画をオークションで扱いにあたって詳しい鑑定をし、その結果ゴッホがアルルで描いた他の作品と同じキャンパスが使われていたことがわかったらしい。というか、キャンパスが同じとかそんなことまで鑑定出来るなんてすごい。

「鰻重よりも良いものって、特盛ってことかぁ?」
「いやなんでそうなるんですかぁ!」
「あっ、出てきたよ!」

再び子供達の声に引き戻され視線を向けると、ぱかりと開いた機械からぬっとスイカが出てくるところだった。子供達が歓声を上げるが、何やらおかしい。おかしいことに気付いた子供達も、眉を寄せて首を傾げている。

「あれ?」
「スイカのままですねぇ」
「なんだよまた失敗か?」

入れた時と変わらずスイカのまま。丸々大きなスイカは、その形を保ったままそこに鎮座していた。
けど、ちらりと見た博士の表情は得意気だ。…これはまだ何かあるな。

「ふっふっふっふ、これからじゃよ」

博士がニヤリと笑って髭をなぞる。瞬間、ぴきぴきという音とともにスイカに勢いよくヒビが入った。てっぺんから下まで綺麗に入ったヒビに子供達と目を見張る。そして、ヒビが綺麗に割れてスイカが開き。

「えっ!すごい!」
「わぁあ!」
「仮面ヤイバー!!」
「すっげー!!かっけー!!」

つい子供達と一緒に声を上げてしまった。
開いたスイカの中心には、仮面ヤイバーの彫像が出来上がっていた。スイカで出来た仮面ヤイバーに子供達は大興奮である。夏らしい発明品とは、スイカを使って彫像を彫る発明品だったらしい。
いや、本当にこれはすごい。これ、どんな果物でも出来るのかな。リンゴでハロとか作れないかな、なんてちょっと楽しくなってくる。…でも、食べるのが勿体なくなってしまうなと苦笑した。

『では、芦屋のひまわりは贋作だったと?』
『えぇ。その可能性も、無くはありません』

ふとテレビの方を見れば、コナンくんもニュースに興味があるのかソファーに座って見入っている。
つい釣られるように私も足を向け、コナンくんの隣に腰を下ろした。

『更には、ゴッホが描いたひまわりは、七枚ではなく八枚だったという説も新たに出てきています』

今回落札されたひまわりと、芦屋のひまわり。このどちらかが、ゴッホ自身が描いた模写作品だと言う説が出ているらしい。
なんだかどんどん難しい話になってきた気がする。作家本人が自分の作品を模写するというのはどうなんだろうと思うけど、実際に現存するひまわりの内三枚は模写作品で、どれもゴッホ自身が描いているという。
…すごい人って考えることも違うというか…自分の作品を模写なんて不思議なことをするなぁ。

「ゴッホもいいけど、博士の作品にも少しは興味を持ってあげたら?」

声をかけられてコナンくんと一緒に視線を向けると、哀ちゃんが呆れた表情で立っていた。思わず空笑いが零れる。

「なかなかの芸術作品よ」
「珍しく好評みてぇだな」

珍しく、かどうかはわからないけど(私にとっては発明品なんて言うだけでそもそもすごいものなのだ)、子供達はスイカの仮面ヤイバーを掲げて声を上げて喜んでいる。
そんな様子を見ていたら、哀ちゃんが私とコナンくんの向かい側に腰を下ろした。それから軽く肩を竦める。

「それにしても、ミナさんがゴッホにそんな興味があるなんて知らなかったわ」
「あ、…興味というか…ちょっと気になって」
「ふぅん?」

どうしても、快斗くんとのことが引っかかるというか。なんでこないだ会った時、向日葵の絵画のことに触れたんだろう。全く脈絡もなかったのに、だ。

『あ、どうやら会見が始まるようですね。では、記者会見の様子をニューヨークから生中継でご覧下さい』

キャスターの声にテレビ画面に視線を向ける。映し出されたのは、園子ちゃんと次郎吉さんだ。
園子ちゃん、こんなテレビに出ても物怖じしないなんてやっぱりすごいな…。生まれ育った世界が根本から違うわ、と溜息が零れた。
次郎吉さんによれば、三億ドルでの落札は予定通りだったとか。…三億ドルって。一ドル百十円でけいさんしたとして、日本円で三百三十億。私みたいな凡人には想像のつけようがない額だ。そんな額をぽんと出せてしまう鈴木財閥って一体。ぽかんとしていたら、園子ちゃんが一歩前へと歩み出る。

『我々鈴木財閥は、世界中に散らばる花瓶に挿された構図のひまわりを全て集め、我がレイクロック美術館で日本に憧れたひまわり展≠開催することを、ここに発表します!』

なんてことだ。とんでもない発表である。
今回落札したひまわりを含め七点のひまわり。以前からひまわりを所蔵する美術館や個人にひまわりの展覧会をしたいことを伝え、協力の確約を取っていたことも驚きだ。
更には七人の侍≠ニ称されたスペシャリストを用意し、完璧な保存と運搬、セキュリティを約束するという。登壇したのは六人の男女。皆修行を積んだ精鋭ばかりのようだけど…七人と言っている割に、そこには六人しかいない。

『残り一名は、日本に着いてからのセキュリティ強化人員じゃ。その者の名は…毛利小五郎じゃ!』
「えっ!」
「えっ?!」

コナンくんと一緒に見を乗り出す。
毛利小五郎って…毛利さんのことだよね。あまりに身近な人物の名前に興奮する。

「毛利さんすごい!えっ、コナンくんはこのこと知ってたの?!」
「し、知らないよ!よりによって七人目が小五郎のおじさんかよ…」
「今ならもれなくキッドキラーが付いてくるからじゃないの?」
「な、なるほど。眠の小五郎とキッドキラーなんて確かにセキュリティは安心かも…!」
「ミナさん、本気で言ってる?」

もちろん本気である。
でも、毛利さんならこんな大役を任されたら蘭ちゃんやコナンくんには真っ先に知らせそうなのに…コナンくんが知らされてないってことは、毛利さんに対して正式発表まではオフレコでとか言われていたのかな。

「あっ!園子お姉さんがテレビに出てるよ!」
「本当ですね!」
「見ようぜ見ようぜ!」

テレビに気付いた子供達と阿笠博士もやってきて、テーブルの上には仮面ヤイバーの彫像と、割った後のスイカが盛られたお皿が並べられる。スイカは鮮やかな色をしていて、瑞々しそうだ。
次郎吉さんへのインタビューは続く。
ひまわり展は、七枚全てが揃わない限りやらないという。…でも、これだけコネクションがあって確約も取れている状況なら、このままいけば現実になるんだろうな、とぼんやりと考えた時だった。
カメラの向こうの、現場が騒然とした。何を言っているかは上手く聞き取れないけど、悲鳴と歓声のような声が上がっている。同時に映像も乱れたり、カメラの向きがめちゃめちゃになったりしている。…違う。カメラが、何かを追い掛けている?

「っまさか」

コナンくんが息を飲んで食いつくようにテレビ画面を見つめている。私も一緒になって映像に見入り…カメラを横切る白い影に目を見開いた。

「怪盗キッド、」

鮮やかで軽やかな身のこなし。薄暗い会見会場をものともせずにマントを翻すその姿に呼吸さえ一瞬忘れた。
どうして、快斗くんがニューヨークに。そして、どうして快斗くんがこんなことを?混乱してわけもわからないまま、私はただ映像を見続けることしか出来ない。
やがて映像は移り変わり、夜のニューヨークへと飛び立つキッドを映し出していた。現場は騒然となりましたが死傷者はおらず、なんてコメンテーターの声が耳を通り過ぎていく。

「あれ、もう終わり?」
「キッドが、ひまわり盗んで行ったのか?」
「おかしいですねぇ…キッドは宝石しか狙わないはずですけど」

そう、なのだ。
快斗くんが怪盗キッドである理由を、私は知っている。ビッグジュエル・パンドラを探し出し、父親を殺した人達の目の前で粉々に砕くこと…それが彼の目的だったはず。ならば絵画であるひまわりは、彼にとってはなんの価値もないものだと思っていた。

ミナさん、絵画は好き?そうだなー、例えば向日葵とか

あの時の快斗くんの言葉が蘇る。
それから、ほんの少しだけ目を伏せた寺井さんの表情も。

「……キッド…」

会見会場を荒らすのは、なんとなくキッドらしからぬ行動のような気がした。けれど、彼もまた透さんと同じように行動の全てに理由があるような人だと思っている。
何か、あったのだろうか。
言いようのない不安が滲むけれど、私に今出来ることは…何も無い。


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