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捜査に加わることになった透さんは、その日の夜遅くに帰ってきた。
夕飯を済ませてお風呂に入り、寝室の畳の上でハロと一緒にウトウトとしていたところだった私は、透さんの「ただいま」の声になんだか寝惚けた返事を返してしまったようで透さんに笑われてしまった。
結構な時間になっていたから抗えない眠気に襲われていたけど、キッドのこともそれ以上に気になる。そんな私の気持ちを汲み取ってくれたのか、透さんはシャワーだけ浴びると私を抱えて布団に入り、寝るまでの間という条件付きではあったが話をしてくれたのだった。

「あの後すぐ、五枚目のひまわりが奪われたんです」

とんとん、と透さんが私の背中を優しく叩いてくれる。…余計に眠くなってしまいそうだと思うものの、彼の手のひらが心地よくてやめて欲しいとは言い出せない。
私は軽く目をこすってから、透さんの言葉に頷いた。

「…ネットニュースで見ました。キッドは二枚目と五枚目のひまわりにしか興味が無い、って声明を出してたって。東都プラザホテルで、取引したんですよね?」

百億円でひまわりを返すという予告状が届いたという話はネットに出ていたから知っていた。でも、何故返すつもりのものを盗んだのか。その時の条件が、何故百億円だったのか。美術館かはひまわりが盗まれてから、キッドが指定した東都プラザホテルでの取引までは二時間しかなかった。…その二時間は、一体何の為の二時間だったのか。
百億円が簡単に、それこそ二時間で用意できるような額でないことは快斗くんにも当然わかっているはずだ。だとしたら、わかっていながら敢えてその時間で指定したということになる。一体何故。
快斗くんが百億円を必要としているというのは、どうにも想像がつかない。それに、実際キッドは用意された百億円を持って行きはしなかった。彼の思惑が見えなくてモヤモヤする。

「えぇ。コナンくんの機転でひまわりは無事戻ってきましたが…」
「…次郎吉さんが、キッドとの対決に勝った、というのは何だか違う気がして」
「ふふ、奇遇ですね。僕もですよ」

よしよし、と今度は頭を撫でられてじんわりと胸が温かくなる。透さんの胸元にそっと頭を寄せると、彼は私の体を優しく抱きしめてくれる。…安心するな、と思いながら目を細めた。

「あまりにシナリオが出来すぎている。鈴木相談役は二度もキッドからひまわりを守ったと賞賛を浴びていますが…どうしても違和感が残りますね」
「…日本に憧れた向日葵展は、開催されるんでしょうか」
「今回ひまわりを取り戻したことで、開催が現実的になったのは確かです。近々、詳しい発表があるとのことですしね」
「…ちかぢか」

七枚のひまわりを展示する、日本に憧れた向日葵展。世界各地から集めるなら、今日明日でどうにかなることではないだろうな。ただでさえ所有者の人達はキッドが起こした騒ぎで貸出を渋っていたくらいだし。
次郎吉さんも、園子ちゃんも、大忙しなんだろうなぁ。

「…開催されるとしたら、…どこで、やるんでしょう…」
「鈴木財閥所有の鍾乳洞を美術館として改良しているようです。詳細はまだ教えて貰えませんでしたが」
「しょうにゅうどう……」

鍾乳洞を所有してるってどういうことだ。しかもそれを美術館として改良って、どこの世界の話だ。簡単に言うけど、簡単すぎてどれだけすごいことなのかいまいち想像が追いつかない。
…想像が追いつかないのは、眠気で私の頭が上手く回らなくなっているせいもあるのかもしれない。

「…透さんは…このあとも、捜査にきょうりょくするんですよね…」
「ええ。ひまわり展が開催されるとして、さすがに開催期間一ヶ月丸々は無理でしょうが…せめてキッドの件が片付くまでは、力添え出来ればと思ってますよ」

そっか。キッドの一件が片付くまで、透さんもコナンくんや毛利さんと一緒に次郎吉さんに協力するんだ。
強力な探偵が三人もいたら、なんだかあっという間に解決してしまいそうだけど。…でもその解決というのは、キッドにとっては悪い結果になってしまうのだろうか。
快斗くんからの連絡は相変わらず無い。今頃彼は、どこで、何を考えているんだろう。これから一体、何をするつもりなんだろう。
いろいろ考えることはあるのに、眠気に負けた思考は上手く働かない。くぁ、と小さく欠伸を零せば、透さんがくすりと笑う気配がした。

「さぁ、おしゃべりはここまでです」
「……でも、」
「でも、じゃありませんよ。もう眠気の限界でしょう?」
「…はい、」

こく、と頷きながら透さんの胸元に頬を寄せる。透さんが優しく髪を撫でてくれるのを感じながら、既に私の意識は半分が溶けかかっていた。いつしか閉じていた瞼は、もう開けられそうにない。

「…お休みなさい、ミナさん」
「……おやすみ、なさい……」

額に落とされる優しいキスを感じながら、私はそのまま幸せな眠りに溶けていった。


***


『あの怪盗キッドから、二度に渡り世界的名画ひまわり≠守ったことが話題となっています』

怪盗キッドが百億円と引き換えに名画ひまわりを返却した日から数日。園子ちゃんからビッグニュースがあるからテレビを見てくれと連絡があり、私は透さんと一緒に透さんのスマホでワンセグを見ることにした。
このニュースは日本各地の大型ビジョンでも同時生配信されているとのこと。日本どころか、世界中が現実味を帯びた日本に憧れた向日葵展≠ノ注目している。

『世界各地からゴッホのひまわりが続々と日本に集結しています』
「…本当に開催に向けて動いているんですね…」
「ええ。五枚目のひまわりを所有している美術館の館長が、ひまわりをキッドから取り戻したことに伴って鈴木相談役の後押しをしたんです。貸出に渋っていた世界各地の所有者を説得したとか」

凡人には理解の及ばない別世界の話だ。そもそも本当にゴッホのひまわりが全部揃うなんて。よくよく考えなくたってとんでもない話である。

『本日はスペシャルゲストとして、日本に憧れた向日葵展≠フ仕掛け人、鈴木財閥相談役鈴木次郎吉氏と、姪の鈴木園子さんに来ていただいています』
「あっ、園子ちゃん」

次郎吉さんと園子ちゃんが、テレビに映し出されて思わず笑みが浮かぶ。お友達がテレビに出てるなんて、やっぱり見てる方としてはワクワクしてしまうというか。次郎吉さんも園子ちゃんもテレビ慣れしているんだろうな、全然物怖じした様子がない。

『展示会場は、レイクロック美術館です』
『聞き慣れない名前ですね』
『今回の展覧会の為に特別に作った美術館じゃからのう』
「ひぇ、」

今回の展覧会の為に特別に?!
二枚目のひまわりを落札するのに三億ドルを出し、キッドから五枚目のひまわりを取り戻すのに百億円を出し、更には展覧会の為に特別に美術館を作ったなんて、一体いくらのお金が動いたのか気が遠くなる。鈴木財閥の総資産ってどれくらいなんだろうとちょっと興味が湧いたけど、多分聞いたところで私の想像を遥かに超える額なんだろうなと小さく息を吐いた。
でも確かこないだ透さんが、鈴木財閥所有の鍾乳洞を美術館として改良しているって言っていた気がする。究極の眠気の中で聞いた内容だったけどちゃんと覚えている。

『名画を展示する為の最適な環境と、完璧な防犯対策の両立を図るには、設計を初めから見直す必要があったんです』

レイクロック美術館は地上八階に及ぶ建造物で、各階に展示室がある。各階一枚ずつひまわりを展示していて、最上階から入場したお客さんはゆっくりと下の展示室へ向かいながらひまわりを見ることができるらしい。そしてお客さんが全員最下層に到達したところで、各階のひまわりを専用エレベーターで最下層の展示室に移動。屋上に上がるエレベーターを待つ間、七枚のひまわりを同時に楽しめると、そういうシステムのようだ。
ニュースの中で映像付きで園子ちゃんが解説しているけど、このシステムめっちゃくちゃお金かけてること間違いなしである。

「…いや…なんてぶっ飛んだお金の使い方…」
「セキュリティもすごいですよ。異常を感知すれば即座に防火防水ケースに入る仕組みになっているんです。火災や浸水のトラブルの対策も万全、更にはひまわりが盗まれた場合も全出入口が即座に塞がれるとか」
「…ひぇ……」

透さんは、捜査に加わったことである程度の情報は耳にしていたんだろう。さほど驚いた様子もなく、ニュースを見ながら軽く肩を竦めている。

「非常時には自家発電も行えるので、エレベーターが止まる心配もなし。その発電で客の避難はもちろん、絵画の緊急保管庫も同時に動かせるそうです」
「……だんだん頭が痛くなってきました」
「莫大な額のお金が動いていることは確かですよ」
「……住んでいる世界が違いすぎる」

園子ちゃん、本当にお嬢様なんだなぁ。
透さんへのプレゼントのネクタイを買いに付き合ってもらった日のことを思い出す。家賃を超えるような額のネクタイを「大した額じゃない」と一蹴した園子ちゃんだったけど、いや、そりゃ、万どころか億のお金が動く世界で生きてる園子ちゃんからしたら大した額じゃないだろう。生きてる世界…いや、生きている額が二桁も三桁も違う。

『ひまわりを守る難攻不落の要塞ですね!』

難攻不落の要塞、か。
…これを、快斗くんは…キッドは、攻略するつもりなんだろうか。
キッドは二枚目と五枚目のひまわりにしか興味が無いと言っていた。逆に考えれば、キッドがそこまで言った二枚目と五枚目のひまわりをここで諦めるとは思えないのである。
今のところ彼からの予告は途絶えているけど…これで終わりなはずがない。快斗くんからの連絡が未だに無いのもその証拠だと思う、というのは少し自惚れが過ぎるだろうか。

『この展覧会は、一日百名、一ヶ月間限定公開とお聞きしましたが、チケットの抽選はいつから始まるんでしょうか?』
『今からじゃ!』
『えっ?!ほんとですか?!』
『我社のホームページにアクセスすれば、今すぐ可能じゃ』
『全世界同時スタートだから、天文学的倍率になるわよ!』

「ぜんせかいどうじすたーと」
「一日百名ということは三千百人限定公開、ということになりますね。こんな倍率で二度も当たるなんて奇跡は有り得ないでしょうし」
「ぜんせかいどうじすたーとって……てんもんがくてきばいりつって…」

いや当たるわけない。砂場で蟻のコンタクトレンズを見つけるのと同じようなものだ。いや、これはもちろん例えの話だけど。

『皆さーん!この機会をお見逃し無く!ね♪』

にこりと笑う園子ちゃんが映り、番組はそこで終わりだった。
透さんはニュースが終わるとワンセグを切って小さく息を吐く。ハロがのそのそとこっちに歩み寄ってきて、透さんの隣でごろりとお腹を見せた。透さんは苦笑してハロのお腹を撫でてあげている。

「…てんもんがくてきばいりつ…」
「とりあえず、抽選だけしてみます?天文学的倍率とは言え、全世界から三千百名は確実に当たる訳ですから可能性はゼロではありませんよ」
「………そんなラッキーが私にあるとは思えないのですが…」
「抽選しなければ、可能性はゼロです」

透さんの言う通りなのはわかる。抽選に参加しなければ僅かな可能性さえ生まれない。
私はむぅ、とスマホを睨み、とりあえず鈴木財閥のホームページへとアクセスした。抽選が全世界同時スタートと言っていたからサーバー落ちでもしてるかと思いきやサクサク動くので驚きである。サーバー強化まで対策済みということか。
ポチポチと申し込みフォームに進んで情報を入力していてふと気付く。写真のアップロードという欄に目を瞬かせた。

「えっ、これ最初に顔写真を登録しなきゃいけないんですか?」
「あぁ、セキュリティ上必要みたいですね」
「えぇ…?顔写真…」

顔写真と聞いて身構えてしまう。証明写真とか、こう、なんというか、誤魔化しのきかない写真というか…苦手である。というか恥ずかしい。
そもそもどうすれば良いというのか。自撮りなんて私にはハードルが高すぎる。恥ずかしい。

「…うーん…」
「僕が撮影しましょうか」
「えっ」

悩んでいたら、にこりと笑った透さんにスマホを取り上げられる。咄嗟に取り返そうと手を伸ばしたけど、透さんは笑ったまま私の手を押さえてしまった。返す気は無いらしい。

「えっ、えっ?」
「こっちを向いてください。しっかり正面から
ら」
「えっ、いやあの、えっと、」
「ミナさん、ほら笑って」
「えっ、ええ…?!」

スマホのカメラアプリを起動したらしい透さんが、カメラのレンズをこちらに向けてくる。恥ずかしさに慌てるけど、でも慌てたまま変な顔で写真に残されるのは真っ平御免だった。
はいチーズ、なんて透さんの声に慌てて体の向きを変え、どうしたら良いかわからずに無理やりへらりと笑う。カシャ、という音がして、透さんは満足そうに頷くとそのままスマホを操作した。

「あ、あ、あの、私ブサイクに写ってませんか」
「どうして?とっても可愛らしいですよ」
「…私、真剣に聞いてるんですけど」
「僕も真剣ですよ」

くすくすと笑う透さんはポチポチとスマホをタップして、それから小さく頷くとスマホの画面を私に向けた。
そこには、登録完了、という文字と一緒にIDと暗証番号が表示されている。

「…えっ?」
「当選、おめでとうございます」
「……えっ?!」

スマホを受け取り改めてディスプレイを見つめる。何度見ても、登録完了と表示されている。そしてその登録完了の文字の上に、「当選おめでとう」という文字が点滅している。
え、当選って?天文学的倍率ってさっき園子ちゃん言ってなかった?!

「ど、ど、どうして」
「種明かしをすると、まぁ少しコネと言いますか。ミナさんの携帯番号で申し込んだら優先的に当選するようにはしてもらってました」
「……へっ?!」
「園子さんに感謝ですね。僕はその日は裏で毛利先生と一緒にセキュリティ強化に回ることになってるので、残念ながらミナさんと一緒に展示会に行くことは出来ないんですが」

表示されている日付は、八月一日。つまり、初日のチケットが当たったということである。
…いや、園子ちゃん…そんな簡単に私なんかを優遇してしまって良いのか。行きたくて行きたくてたまらなくて抽選落ちした人に、後ろから刺されてしまうんじゃないかと不安になる。
ぽかんとしている私の顔を覗き込んで、透さんは小さく首を傾げた。

「…嬉しくないですか?」

嬉しくない、はずがない。
キッドのことはもちろんあるけど、純粋にひまわり展には興味があるし行ってみたいと思っていた。なんだかズルをしてしまったような気がして少しだけ複雑だけど、でも透さんと園子ちゃんのご厚意である。
しっかりスマホの画面をスクショして、私は顔を上げた。

「…とっても嬉しいです。ありがとうございます」

へらりと笑って言えば、透さんは笑顔を浮かべて頷いてくれた。


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