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翌日、安室さんの時間が一日空いたとのことだったので、米花町を案内してもらうことにした。
安室さんお手製の朝食を食べてから少しのんびりとして、その後食器の片付けと洗濯は私がした。今日は一日良い天気だと予報が出ていたので、ベランダに洗濯物を干す。まだ昼前だが少し暑くなりそうな気候だ。
ちなみに昨日の夜は、安室さんになんとかベッドで寝ていただきたくて奮闘したのだが…奮闘の甲斐もなく、結局私がベッドをお借りしてしまった。
床よりはマシだとは言っても、畳の上寝て疲れがきちんと取れるとは思わない。せめて布団を、と思うのだけど、一人暮らしの安室さんの部屋に今しか使わないであろう布団を置いてもらうのもそれはそれで申し訳ない。
安室さんにベッドで寝てもらうには、かなり粘る必要がありそうである。二連敗中だが、今日こそは絶対に勝利しなければ。

「ミナさん、捻挫の具合はいかがですか?」

ベランダから部屋の中に戻ると、支度を終えた様子の安室さんに問われて自分の足首に視線を落とした。
湿布を貼り包帯を巻いてもらっている足首はさほど痛みもなく、歩くだけなら全く問題ない。

「もうほとんど治ってると思います。変に動かさなければ痛くないですし、歩くのも問題ないです」
「それは良かった。今日は米花駅まで車で行って、そこからは歩いて行こうと思うのですが、大丈夫ですか?」
「大丈夫です!歩いた方が地理もわかりやすいので助かります」

今日はどこに連れて行ってもらえるのだろう。知っているようで知らないこの街を散策するのはわくわくする。何より、安室さんと一緒にいられるのが嬉しい。
洗濯物用のカゴを洗濯機の横に戻すと、こちらの世界に持ってきてしまった鞄に財布と安室さんから借りたスマホを忘れずに入れる。

「準備出来ました!」
「それじゃ、行きましょうか」

安室さんと連れ立って家を出る。
駐車場に行って安室さんの車に乗り込むと、車は直ぐに走り出した。住宅街の路地を何度か曲がり、どこを走っているのかわからなくなった頃に米花駅の駅舎が見えてくる。
そう言えば、安室さんの家から米花駅までの道順もわからない。昨日も安室さんが米花駅まで車で送ってくれたから、私は一人で米花駅まで行けないということになる。地図で調べようにも、そもそも安室さんの家がどの辺なのかもわからない。
スマホを取り出し、現在地を確認しようとマップアプリを起動したのだが。

「…あれ、」
「どうかしました?」

私がスマホを見つめながら呟いたのに気付いた安室さんが、ちらりと視線を向けてくる。

「安室さんの家から米花駅までくらい一人で行けたらいいなと思って、現在地を確認しようと思ったんですけど…GPSが検出できないと出てしまって」

そうなのだ。
GPSが検出できない為、現在地を特定できないと表示されている。スマホの設定を見てもGPSはオンになっているし、調子が悪いのだろうか。
首を傾げると、安室さんが申し訳なさそうに眉尻を下げる。

「あぁ、すみません。そのスマホ、GPSの機能がどうも壊れてしまっているらしくて…やっぱり不便ですよね。修理しましょうか?」
「あ、そうなんですね!全然大丈夫です、通話もインターネットも出来るし、充分です。でも、米花駅までの道順わからないままですし…行き方だけでも教えて貰えるとありがたいんですが…」

さすがにそんな毎日毎日安室さんの手を煩わせるわけにはいかない。一人でもある程度の場所には出かけられるようにならないとと思うのだが、そんな私を他所に安室さんは小さく笑う。

「大丈夫ですよ。どうせ出る時は一緒でしょう?米花駅まではお送りしますから」
「えぇ…?でもそれはさすがに申し訳ないというか」

車が赤信号で止まる。すると安室さんは私の方に向き、苦笑を浮かべて軽く肩を竦めた。

「それくらいはさせてください。…それに言ったでしょう?米花町は治安が悪いんです。あまり人気のない所を一人で歩かない方がいい。行きたい場所があれば僕が連れていきますから、なるべく単独行動は駅周辺に留めて欲しいんです」

そうか。犯罪率が高く治安が悪い街とは理解していたが、そこまで考えられていなかった。よく知らない土地で、一人で出歩くのは危険だということか。
安室さんの手を煩わせてしまうのは心苦しいが、一人で出歩いた時に何かあったらそれ以上の迷惑をかけてしまうかもしれない。それは私の本意ではない。

「…わかりました。図書館くらいまでは行ってもいいですか?」
「ええ。バスでの移動を条件に、という形にはなりますが…。すみません、窮屈な思いをさせてしまって。しかし何かがあってからでは遅い。慎重になりすぎるくらいが、あなたには丁度良いと思います」

私の世界での様子を知っているからこその言葉なんだろうな。帰る方法を探すのももちろん大切だが、私はこの街での生活の仕方もよく考えなくてはいけないのかもしれない。

「…昨日、図書館に行ってここ一年くらいの新聞の記事を読んでいたんです」
「あぁ、こちらの世界のことを知るには一番的確な方法でしょうね。何か発見はありましたか?」
「はい。毛利小五郎という探偵や、高校生探偵の工藤新一…それから怪盗キッド。安室さんが言っていたことは、この世界において全てがとても有名で、誰もが知っている話題だったんだなって」

誰もが知っている話題だから、安室さんは私の世界でそれらの事柄を私が知っているかどうかを確認したんだ。
確かにこれだけ有名な話題なら、知らないなんてことはまず有り得ないだろう。同じ東京という土地でのことだったなら尚更。

「犯罪率の高さにも驚きました。あの図書館でも殺人事件があったって聞いてびっくりしましたもん」
「あぁ、少し前の事件ですね。しかし、聞いたとは誰から?」
「沖矢さんから…」

するり、と何も考えないまま言葉が流れ出ていた。言ってから自分の失言に気付く。
安室さんは、沖矢昴に気を付けろと言っていたのだ。

「……沖矢さん?」

ワントーン低い安室さんの声にヒィと小さく悲鳴を上げる。

「…会ったんですか。彼に」
「……ぇ、えっと…その、スーパーで買い物をしてた時、に…。その、コナンくんのお知り合いって言ってたし、安室さんのことも知ってるって仰ってたので…!」

やはり軽率過ぎただろうか。でも結局何も無かったし、少し話してみて思ったがどうしても悪い人には思えない。そこまで警戒が必要な相手とは思えなかったのである。
びくびくとしながらそう言うと、難しい顔をしていた安室さんが深い溜息を吐いた。

「…繰り返すようですが、僕はあなたの人間関係とか交友関係に口を出せる立場ではありません」
「…はい…」
「ご自身の警戒心が薄いという自覚はそろそろ芽生えてきましたか?」
「………えっと、少し……」
「……まぁ、いいでしょう。ですが僕の意見は変わりません。あの男には気を付けた方が良い。それは忘れないでくださいね」
「…はい…すみません…」

なんだか申し訳なくなって俯く。やはり軽率について行くんじゃなかった。一緒にお茶をしたとか、車で図書館まで送ってもらったことは話さない方が良さそうだ。
肩を落としていれば、安室さんが苦笑する気配にそろりと視線を上げる。

「…別に落ち込ませようと思って言ったんじゃないですよ。…あなたの心配くらいはさせてくださいね」
「…はい。ありがとうございます」

私を心配してくれているんだなと思い、頷く。
私が頷いたのを横目で確認した安室さんは、すぐに優しく笑ってくれた。


***


米花駅近くの駐車場に車を停めて、安室さんに連れられて歩き出す。
のんびりと道を進んでいくと、一度だけ見たことのある場所に出た。毛利探偵事務所と書かれた窓と、その下にある喫茶ポアロだ。

「ここが僕のお世話になっている喫茶ポアロです。それから、上が毛利先生の探偵事務所」
「あの、眠りの小五郎さん…ですよね」
「ええ。コナン君もここに住んでいます。毛利先生は、僕の先生でもあるんですよ」
「…えぇと、先生って言うと…」
「僕が毛利先生に弟子入りしてるんです」
「弟子ッ…?!」

安室さんが、弟子。弟子の安室さんがこれだけすごい人なのに、その安室さんが先生と仰いでいるのが毛利小五郎さんだったとは。
新聞によく載るようなすごい方と言うのはわかっていたけれど、そんな身近な繋がりだったなんて思いもしなかった。

「…安室さん自身がすごい方なのに、その安室さんが先生と仰ぐ方だなんて…」
「気さくでとても良い方ですよ。機会があったらご紹介しますね」
「そっ、そんな有名な方にお会いするのは緊張します…!!」

私はただの一般人なのだからそんなすごい人とお会いしたら溶けてしまうのではないだろうか。コナンくんは子供だからまだ溶けたりしないのだろうか。だんだんと混乱してきた自分の思考に気付き、ぶるぶると頭を振った。

「あれ?安室さん?」

ふと顔を上げると、毛利探偵事務所のビルからコナンくんと可愛い女の子が降りてきた。高校生くらいだろうか。

「こんにちは!お久し振りですね」
「こんにちは、蘭さん、コナン君。お出かけかい?」
「スーパーで安売りしてるから、蘭姉ちゃんと買いに行くんだ。安室さん達は…」

えっと、と言った様子でコナン君が私と安室さんを見比べる。それと同時に、蘭さんと呼ばれた女の子も安室さんの顔と私の顔を見比べてからハッとした。

「っもしかしてお邪魔しちゃいました?!」
「違います!!」

何かを勘違いされたのはすぐに理解したので即座に否定する。
安室さんは苦笑して、私の方に視線を向ける。

「彼女は佐山ミナさん。僕のクライアントです」

安室さんの言った「クライアント」という言葉に目を瞬かせる。すると、安室さんは目を合わせて小さく笑った。
なるほど、私の素性を説明するにはそういうことにしておいた方が良いということか。

「初めまして、佐山ミナです」
「あっ、初めまして!私、毛利蘭と言います」

ぺこり、と互いに頭を下げて挨拶を交わす。礼儀正しくて可愛い女の子だな。

「ミナさんは米花町に来るのが初めてとのことなので、少し案内をしているところなんですよ」
「ミナさん、こないだ会った時よりも顔色が良くなったね。もう大丈夫?」

くい、と手を引かれて視線を下げる。コナンくんが私の手を引き、首を傾げていた。

「コナン君、ミナさんと知り合いなの?」
「うん!前会った時はすごく具合が悪そうだったから」

具合が悪かったというか、精神的に来ていたというか。
出会い頭も衝撃だっただろうに、コナンくんは私と安室さんの話に合わせてくれている。本当に賢い子供だ。
私はしゃがんでコナンくんと目を合わせると、笑みを浮かべて頷いた。

「うん。もうすっかり大丈夫。心配してくれてありがとう」
「元気になったならいいんだ」

にこりと笑うコナンくんに胸が温かくなる。
それから立ち上がって、改めて蘭さんと向き合うと軽く頭を下げた。

「具合が悪かった時、コナンくんに助けてもらったんです。ありがとうございました…えっと、蘭さん」
「とんでもないです!元気になられてよかった。それから、私のことは気軽に呼んでください」
「えぇと…蘭ちゃん?」
「はい!」

こんな気さくに誰かのことを呼んだのはいつぶりだっただろう。なんだか嬉しくなって、へらりと笑った。



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