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体の違和感を感じ始めたのは、蘭ちゃんやコナンくんとポアロの前で会ったあの日から、だったと思う。


「現状わかっていることをまとめますよ。まず、この世界とあなたの世界に共通していた人物は今のところあなたの元交際相手の男のみ。街中であなたの世界での知り合いを見かけたりはしていませんね?」
「ないです。他の地域に関してはわかりませんが、米花町で誰か知り合いを見かけたことはないです」

私の返答を聞いて、ふむ、と頷いた安室さんがノートにシャーペンを走らせる。その表情は真剣そのもので、本当に私を元の世界に返すことを考えてくれているんだなと嬉しくなる。それと同時に、ほんの少し胸が痛むのに私は気付かないふりをした。

安室さんに米花駅周辺を案内してもらったあの日以降、安室さんはまた忙しい日々に追われてしまい、私も安室さんと共に朝家を出て図書館で時間を潰す毎日を送っていた。安室さんが疲れているのはなんとなくわかっていたから無理はして欲しくなかったのだが、恐らく私の為に無理矢理時間を合わせて夕方に帰ってきてくださったりと、そもそも私の存在で無理をせざるを得ない状況だったんだろう。
ならばせめてベッドで寝て欲しいと思うのだが…これも上手くいかない。安室さんは私をベッドに寝かせることに関しては頑なで、譲歩というものをしてくれない。
一度だけ私が無理矢理畳を陣取り寝たことがあったのだが、朝目が覚めたら何故かベッドで寝ていて安室さんは畳で寝ていた。私が寝入ってから場所を入れ替えたのだろう。場所をどう入れ替えたかなんてちょっと考えればわかる。一人ベッドの上で赤くなった顔を膝に押し付けた。
問い質してものらりくらりとかわされてしまった為、それ以降安室さんにベッドで寝てもらうことを諦めてしまった。もう申し訳なさに潰されそうだ。

そんなこんなで気付けば、私がこの世界に来てしまってからかれこれ半月程が過ぎ去っていた。
元の世界に戻る手がかりは、未だにゼロである。糸口さえ見つかっていない。
今日は安室さんの用事は午後からのポアロのみとのことなので、午前中の今現状把握を手伝ってもらっている。

「共通した人物が互いの世界を越えるのに何か鍵を握っていると思うのですが…キーパーソンがいたとしても、その人物を我々が知っているとは限りませんからね。あなたの知り合いの誰かであれば手っ取り早いんですが」
「…ですよね」

逆に言えば、全然知らない間にそのキーパーソンと接触し突然世界を越える可能性だってある。そんな人物が存在していれば、の話だが。

「あとは…共通している場所、とか」
「…警視庁とか、東京タワーとかですか?」
「そうですね。一度その辺にも行ってみた方が良いでしょう。僕の次のオフの日に行きましょう」

安室さんの手元のノートには文字がびっしり書き込まれている。
安室さんが私の世界にいた時に気づいたこと、思ったこと、何か手掛かりになればと思い出しながら書いてくれたのだ。確実な決め手にはならなくても、糸口のひとつには成りうるかもしれない。
忙しい中時間を縫ってこんなふうに手伝ってくれるのは、嬉しい反面申し訳なくなってしまう。真剣にノートに視線を落としている安室さんをちらりと見つめて、小さく息を吐いた。

「ごめんなさい…安室さん忙しいのに」
「ミナさん、何度も言ったでしょう?そんなの、あなたが気にすることではないですよ。僕がしたくてしてることですから、気にしなくていいんです」

苦笑する安室さんにますます申し訳ない気持ちになりながら、このまま帰る方法が見つからなかったらどうしようと小さな焦りを覚える。
何としてでも、帰り方を探さないと。安室さんの手を煩わせてばかりいるわけにはいかない。
安室さんはふうと息を吐くと、時計を確認してからノートを閉じた。

「そろそろ時間ですね。今日はポアロで閉め作業がありますから、いつもよりも少し遅くなりそうです。必ずどこか人気が多いところで待っていてくださいね。終わったら連絡しますから」
「わかりました。安室さん、賄いとか出るんじゃないですか?あれだったら私、適当に夕食済ませるので大丈夫ですよ」
「…確かに賄いは出していただけますが…ミナさん、ちゃんと夕飯食べます?」
「食べますよ!実はちょっと気になるお店があって、リサーチしたいんです」

へらりと笑って言うと、安室さんはほんの少しだけ眉を寄せたままだったが「それならいいんですが、」と頷いた。

「最近、ミナさん食欲落ちてますよ。ちゃんと食べてくださいね」
「わかってますって。安室さんお母さんみたい」
「お母さん、ですか」

くすくすと笑いながら言えば、安室さんは苦笑してやれやれと肩を竦めた。

「美味しかったらご報告しますね」
「是非お願いします」

そんな会話をしながら、私達は家を出た。


***


安室さんに駅まで送ってもらってそこで別れると、私はそのまま図書館に向かうバスへと乗り込んだ。
今日は図書館で一日過ごし、閉館時間になったら駅に戻るつもりだ。閉館時間が午後六時半なので、そこから駅に向かえば安室さんの迎えにも丁度良い時間だろう。
バスの窓際の席に腰を下ろし、私は無意識に溜息を吐きながら窓の外に視線を向けた。

食欲も喉の乾きも、感じることがなくなった。
理由はわからない。空腹感が無いため、何かを食べたいと思うことがなくなった。喉が乾かないため、恐らく脱水症状になりかけても自分では気付けないだろう。
それと同時に、味覚が随分と鈍くなった。味を感じないのである。甘いものもしょっぱいものもすっぱいものも苦いものも、ほとんど無味に近い。野菜は紙や木を噛んでいるようで、パンや米は粘土を口にしているような不快感があった。
安室さんは探偵をやっているだけあって人の変化に鋭い。なるべく気付かれないようにとは振る舞っていたつもりだが、食欲が落ちたということは気付かれてしまっていた。

「…これ以上は、変な心配かけたくないしなぁ…」

ストレスから来るものなのだろうとは思うけれど、私自身があまりストレスを実感していないためなんとも言えない。
それに病院にかかるとしたら、保険証のない私は全て自己負担になる。どれ程請求されるかわからないし、そんな多額私に払える余裕はない。かと言って安室さんに払わせるなんて絶対に嫌だった。
違和感があれば言ってくれと言われたものの、こんな状態を話せる気はしない。

「…美味しいご飯が食べたい」

安室さんのご飯すら美味しいと思えなくなってしまったことが悲しい。匂いはとってもいい匂いなのに、口にしても味がしないなんて拷問だ。
鼻から抜けるいい匂いと、舌に乗る無味の料理のなんと辛いことか。
元の世界に戻れば保険証が使える。病院にかかれる。戻る方法がいつ見つかるかはわからないけど、それまでの我慢だと思った。
安室さんに余計な心配をかけないまま、私は元の世界に帰る。そう決めた。

バスが図書館について降車する。
この二週間ですっかり通い慣れたここは、米花町の中でも私の安心出来る場所のひとつだ。
のんびりと図書館に向かうと、ふと小さな影が図書館の入口にたむろっているのが見えた。見覚えのある背格好の彼らに目を瞬かせる。

「コナンくん、と…元太くん、光彦くん、歩美ちゃん?」
「あれ、ミナさん」

私に気付いたコナンくんが振り向き、それから他の子供達も私に視線を向ける。

「あっ、ミナお姉さん!!」
「お久しぶりです!」
「姉ちゃん、もう大丈夫なのかよ!」

代わる代わる声をかけられて笑みが浮かぶ。可愛いなぁ、子供は好きだ。哀ちゃんの姿がないが別行動だろうか。

「みんな、久しぶり。初めて会った時以来だよね」

コナンくんとはたまに連絡を取り合っていたし、皆が会いたがってくれているということも知っていたけど、なかなか時間も合わず会うことが出来ていなかった。
こんなところで会えるとは思っていなかったが、予想外だけに嬉しい。

「あの時は心配かけてしまってごめんなさい。それから、助けてくれてありがとう。ずっと言いたかったんだ、伝えられて良かった」

ようやく直接言いたかった言葉を言えた。コナンくんを除く子供たちは少し照れくさそうに体をもじもじと動かし、嬉しそうに笑ってくれた。

「…でも、ミナさん少し痩せた?」

コナンくんに問われてほんの少し驚く。
安室さんが作ってくれた料理は全て食べていたし、昼は確かに抜いてばかりだったけどそんな急激に痩せるとは思えなかったからだ。
コナンくんの目はどこか真剣で、体の不調を見透かされるような気がしてほんの少しだけ息を飲んだ。

「え?そうかな?えへへ、嬉しいなぁ。ダイエットの成果出てきたのかな」

コナンくんの表情には気付かないふりをしながらへらりと笑う。コナンくんは何か言いたげな様子だったが、それ以上は何も言わなかった。

「そういえば、みんなはここで何してるの?中に入らないの?」
「えっ?いや、その」
「あのね、私たち変な男の人を追ってるの!」

コナンくんが言い淀む横から、歩美ちゃんがはっきりと言い放った言葉にパチリと目を瞬かせる。
変な男の人を、とは?図書館にいるからてっきり学校の宿題でもやりに来たのかと思っていたのだが、どうやら違うらしい。確かにみんなの格好は勉強しに来たにしてはかなり身軽だ。
コナンくんは、あちゃあ、と頭を抱えている。

「…どういうこと?」
「おい歩美…!」
「言ったらダメですよ!せっかくここまで来たのに…!」
「え、えぇ〜?でもぉ…!」

眉を寄せる私を他所に、子供たちは慌てたように身を寄せあって小声で話している。全部聞こえているから無駄なのだが、そんな気持ちをそのまま視線でコナンくんに訴えると、彼は深い溜息を吐いた。

「…ここだと目立つから、ミナさんもお前らもちょっとこっち」

コナンくんに手を引かれ、子供たちと一緒に図書館の建物の裏に連れていかれる。図書館裏に人気はなく、時折車の通る音がするだけだ。
コナンくんは注意深く辺りを見回して誰もいないことを確認すると、小さく息を吐いて私に向き直った。

「…それで?」
「麻薬取引を見たんだ」
「まっ?!」

予想外過ぎる言葉に思わず目を剥いた。
麻薬取引なんてこんな子供の口から出てくるなんて思わなかった。これも犯罪都市ゆえの当たり前のことなのだろうか。

「……そ、それで…?」
「そこで、俺たち少年探偵団の出番ってわけよ!」
「待って、なに?しょうねん?」
「少年探偵団!! 」

なんだ、それは。江戸川乱歩か?
ぽかん、とする私を見て、光彦くんが得意気に胸を張った。

「僕達は少年探偵団。街で起こる謎や事件を解決しているんです」
「ぇ、えぇ…?」
「表彰されたこともあるんだぜ!」
「な、…なるほど…?」
「続きを話してもいいかな」

イマイチ頭がついてこないが、とりあえず概要さえわかれば良いらしくコナンくんはさっさと話を進めてしまう。

「麻薬を売っていた方の男を追いかけたんだけど…この図書館に入って行ったのを確認したんだ。顔はよく見えなかったけど、キャップを被って黒いパーカーを着ている若い男性だったよ。現行犯で通報出来ないかと思ってたんだけど、図書館に入って行ったから妙だと思って入口で話してたところだったんだ」

現行犯て。
この子供たち、逞しすぎやしないだろうか。それと同時に、とても危険なことをしているという自覚はないのだろうか。
私は少し痛む頭を押さえながら息を吐いた。

「…状況はわかった。でも、そんな危ないことをしたらダメ。麻薬取引を見たのなら、その時点で警察に連絡して自分たちは手を引かないと。そもそも、本当にそれは麻薬の取引だったの?」
「間違いありませんよ!白い粉と、液体と、注射器。人が少ない路地で、こそこそしてましたから!お金を受け取っているのも見ました!」
「…夜ならともかく、昼間にそんな取引するかなぁ…」

犯罪都市では昼間の麻薬取引なんかも普通のことなのだろうか。
どっちにしろ、そんな危ないことに首を突っ込んでいる子供たちをこのまま放置する訳にはいかない。
どう話して納得させようかと考えていたが、コナンくんが真っ直ぐにこちらを見たのに視線を合わせる。

「確実に犯人は追い詰めないと。そうこうしている間に、犠牲者が出るかもしれないのを見過ごせない」
「……それは、麻薬の犠牲者、という意味、だよね?」
「麻薬に手を染めた人間が、普通の考えを持っていると思う?人なんて簡単に殺してしまうかもしれない。そんな可能性を、ボクは見過ごすことなんて出来ない」

コナンくんの言葉に息を呑む。
この子は…本当に小学生なのだろうか。子供の考え方や発言じゃない。あまりに達観しすぎている。それは、畏怖を感じてしまう程に。
真っ直ぐな視線が私を射抜いている。邪魔するなと言わんばかりのその眼光から、私は目を離せなかった。

「…君は…何者なの?」

「江戸川コナン。…探偵さ」

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