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コナンくんの顔は真剣で、私が止めたところで納得しないだろうことはわかり切っていた。恐らく帰るふりをして追跡を続けるつもりで、それは他の子供たちも同じだろう。
であるなら、説得するだけ無駄であり、説得している時間も勿体ない。こうしている間にも犯人の男が逃げてしまうかもしれない。
しばし考えて、私が出せた答えはこれだけだった。

「…話はわかった。君たちの覚悟もわかった。…でも君たちをそのまま行かせることは、大人として出来ない。…だから、私も今日だけ少年探偵団に入れてくれないかな?」

言うと、子供たちは驚いて目を見張った。それはそうだろう。突然少年探偵団に入れてくれなんて言われたら驚くのも無理はない。子供でなく大人の私が言ったのだから尚更だ。

「ミナお姉さんが探偵団に入るの?」
「うん。私が君たちの味方になったら、問題ないよね」
「ミナさん、本気?」

コナンくんの探るような瞳を見つめ返して、小さく笑った。

「大人は、子供を守る義務があるんだよ。君たちが危ないことに首を突っ込むなら、本当は私は止めさせなくちゃいけない。…でも、君たちの真剣さもわかる。だから、君たちの邪魔をしない代わりに私も連れて行って」

知ってしまった以上見て見ぬふりは出来ない。子供たちに万が一のことがあったら私は一生後悔するだろう。自分とは違う世界の人間でも、それでも今ここに生きてる人間だ。存在しないものと割り切ることなど出来はしない。
コナンくんたちが真剣なように、私も真剣だ。
真っ直ぐに見つめれば、その気持ちがつたわったらしい。コナンくんが溜息を吐いて顔を上げた。

「…わかった。ミナさん、協力してくれる?」
「うん。本当に危ない時、君たちを止める役目が必要だと思うしね」

私がそう言うと、コナンくんは目を瞬かせてからやれやれといったように苦笑して肩を竦めた。



コナンくんたちと一緒に図書館に入り、まずはその麻薬の売人である男性を探すことにする。とは言っても図書館は広いので、手分けをして探す。
私は歩美ちゃんと一緒に行くことになった。子供たちは「探偵バッジ」というものを持っており、それを使って通信することが可能だというのだから驚きだ。私が思っているよりも余程しっかり探偵をしているらしい。

「それじゃ、私達は児童書コーナーだね。行こうか、歩美ちゃん」
「うん!」

コナンくん、元太くん、光彦くんと別れると、私と歩美ちゃんは児童書コーナーへと足を向ける。
児童書コーナーには数人の子供がいたが、これといって怪しいところなどはなく穏やかな時間が流れている。コナンくん達が追っていた、キャップを被った黒パーカーの男も見当たらない。

「ミナお姉さん、こっちこっち」
「うん?」

歩美ちゃんに手を引かれてひとつの本棚へと歩み寄る。この本棚に何かあるのかと首を傾げるも、特に変なところは見受けられない。

「この本棚がどうかしたの?」
「あのね、前、この本棚に麻薬が隠されてたんだよ」
「え」

しぃ、と人差し指を口元に当てながら歩美ちゃんが言う。どういうことだ、と眉を寄せると、歩美ちゃんは私の手を引いて更に奥の本棚との間へ移動した。

「前、ここで殺人事件があったでしょ?」
「え、っと…それって、ここの館長さんが犯人だったっていう…?」

その事件なら沖矢さんから話を聞き、その後に私も実際新聞でも確認した。確か館長が麻薬を密輸していたとか、何とか。それを知ってしまった職員の一人を殺したという事件だったはずだ。

「そう。その麻薬がね、この本棚に隠されてたの。本の形をした入れ物の中に、たっくさん入ってたんだよ」
「…なんでそんなことを知ってるの?」
「だって、あの事件解決したの、歩美たちだもん」

にっこりと笑ってとんでもないことを言う。
どういうことだ、と頭を抱えたくなるのを押さえながら、必死に頭を回転させる。

「ここの職員さんが行方不明になってて…コナンくんが最初に言ったの。多分、被害者の死体はこの建物の中にあるって。それで、みんなで隠れて捜査したら麻薬を見つけたんだよ」
「コナンくんが…」

江戸川コナン、探偵さ。
そう言った彼の表情は、小学生のそれとは異なっていた。
はっきりと何がどうとは言えないが、安室さんの言っていた「恐ろしい男」という意味がここに来てようやくわかった気がする。
小さく息を吐いてから、改めて目の前の本棚を見つめた。何の変哲もない本棚。ここにかつて、麻薬が隠されていた。

「…それで、歩美ちゃんはこの本棚にまた麻薬が隠されているんじゃないかって思った?」
「うん。でも念の為だよ。同じ方法で悪いことをする人って珍しくないもん。だから確かめるだけ」

私はこの子供たちを甘く見ていたのかもしれない。
この子たちは、この子たちできちんと考えて行動している。まだ子供だから的確な判断をすることも出来ないと思っていたが、恐らく彼らが真っ直ぐに突き進む先にはコナンくんがいるんだろう。

「わかった。一緒に確認しよう」
「うん」

しぃ、と二人で人差し指を立てて目を合わせ、小さく笑う。
歩美ちゃんと一緒に本棚の本をいくつか取り出し、以前麻薬が隠されていた辺りを調べてみたが…特に何も出ては来なかった。本の形をした入れ物とやらも見つからず、ほっと胸を撫で下ろす。

「…無さそうだね」
「うん、良かったぁ」

歩美ちゃんと一緒に本棚から離れ、再度フロアに怪しい人物がいないか確認する。怪しい人物も、怪しいものも見当たらない。

『元太、光彦、歩美ちゃん、聞こえる?』

不意に歩美ちゃんの胸元に付いていたバッジからコナンくんの声がして目を瞬かせる。
これが探偵バッジ…。小型通信機か、と思いながら感心してしまう。こんなもの一体どうやって手に入れたのだろう。オリジナルのデザインみたいだし、買ったもの…とは思えない。
バッジからはそれぞれ元太くんと光彦くんが応答する声が聞こえ、次いで歩美ちゃんも返事を返した。

『一度入口で落ち合おう。既に逃げられた可能性が高い』
「えぇっ?逃げられちゃった…?!わかった、今から戻るね!」

歩美ちゃんと顔を合わせて頷き合うと、一緒に児童書コーナーを後にした。



一階の入口に戻ってくると、既に待っていたコナンくん達が振り返った。三人の顔を見る限り、三人とも大きな収穫はなかったようだ。全員揃ったことを確認して、みんなで図書館の外へと出た。それから先程話をした建物の裏へと向かう。
コナンくんはまだ少し考えているようだったが、顔を上げると口を開いた。

「多分だけど…犯人は、俺達の尾行に気付いてたんだと思う」
「えっ?気付かれていたんですか?!」
「多分な。この図書館に入るまでは随分とわかりやすかったのに、ここに入った途端に見失った。…誰かに見られた時の為に、尾行を撒く手口をきちんと考えてるってことだ」

尾行を撒く手口を考えているということは。

「それってつまり、手慣れてる…ってことだよね」
「うん。一度や二度じゃない。…常習犯の仕業だよ」

コナンくんの言葉に目を細める。
事件を身近にして、本当にこの街は犯罪で溢れた街なんだと感じる。日常に犯罪が横行しているのを…きっと、コナンくんは許せないんだろう。

「…でも、それじゃあ。…きっと、チャンスはまた、あるね」
「うん。次は絶対に逃がさない」
「君は、確実に捕まえる気でいるんだね」
「もちろん。…だって、見過ごせないでしょ。犯罪が行われていることを、知っているのに」

こんな小学生の男の子が覚悟を持って生きているのに、私は今まで何をしていたんだろうとぼんやりと思った。
いや、そもそも覚悟ってなんだろう。
悪いこと、不利なこと、困難なことを受け止める心構え。それだけじゃない気がする。

「…すごいね、コナンくん。…感動しちゃう」
「えっ?」

私が言うと、コナンくんはぽかんとしながら首を傾げた。

「ううん。…こっちの話」

しっかり地に足つけて生きていく。真っ直ぐに前を向いて進んでいく。そういう強さも、覚悟なのではないだろうか。


***


子供たちは「ハカセ」の家に行く途中だったそうで、なんとなく子供たちだけを行かせるのが不安になった私は途中まで送っていくことにした。
今まで来たことの無いエリアを子供たちとのんびりと歩く。この辺りは米花町二丁目と言うらしい。少し大きな家が多いようだが、高級住宅街だろうかとそわそわする。

「そのハカセ、ってどんな方なの?」
「阿笠博士!いろんな発明品を作ってくれるんだよ」

発明品とな。目を瞬かせると、元太くんが胸元の探偵バッジを外して私に見せてくれた。

「この探偵バッジも、博士が作ってくれたんだぜ!」
「えっすごい」

やはり非売品だったか。こんな小さな通信機を作れるなんて相当な技術者だろう。そんな人物と仲が良いなんて、この子供たち底が知れない。なんだろう、なんだか私が知り合う人やその周りってすごい人しかいないんじゃないかと思う。あと探偵の多さに驚かされる。

「あっ、あれが博士の家ですよ!」
「…えぇ、思ってた以上に大きい…!」
「博士がおやつ用意して待ってくれてるの。ミナお姉さんも一緒におやつ食べようよ」

遠目から見えていたが、阿笠博士の家とやらはかなり大きい。そのお隣もお屋敷だし、大きな家ばかりで圧倒されてしまう。
家の門に歩み寄りながら、歩美ちゃんに手を引かれて視線を向けた。
おやつのお誘い。こんな愛くるしい顔で言われてしまうと頷きたくもなるが、今は食事をなるべく避けたい。急に私みたいな見ず知らずの女が行っても迷惑になるだけだろう。

「お誘いは嬉しいんだけど、今日は遠慮しておくよ。用事もあるし」
「えぇ〜?」
「ごめんね。みんな楽しんできてね」

門の前でひらひらと手を振ると、子供たちは渋々といった様子を見せながらも頷いてくれた。すると、ふと顔を上げた光彦くんがポケットからスマホを取り出す。

「それじゃあミナさん、僕達と連絡先を交換しましょうよ!」
「あ、いい考え!そしたらいつでもミナお姉さんを誘えるもんね!」
「そうしようぜ!なっ!」

元気だなぁ。
思わず笑みが零れて頷く。

「うん、いいよ。コナンくんが知ってるから、そこから教えて貰って私にメールして欲しいな」
「えぇ〜っ、コナン君ミナお姉さんの連絡先知ってるの?!ずるい!」
「いや仕方ねぇだろ、お前らよりも先にミナさんとは会ってたんだから…」

やいのやいのとやり取りを交わす子供たちを微笑ましく思う。
時計を見ると三時半を少し回ったところだった。おやつの時間には少し遅くなってしまったが許容範囲だろう。あまり長居して彼らを引き止めてしまうのも悪い。ここは私が先に去るべきかな、と考えて踵を返した。

「それじゃあ、またね」
「あっ、ミナお姉さんまたね!」
「じゃあな〜!」
「次は一緒におやつ食べましょうね〜!」

子供たちの声を背中に受けながら、私は来た道を戻り始めた。


ここが米花町二丁目。
鞄に入れていた地図を取り出して、二丁目の位置を確認する。この辺りに来ることもそうそうないだろうが、位置確認は大事だと思いながらボールペンで印をつける。

「ミナさん!」

ふと声をかけられて振り向くと、コナンくんが駆け寄ってくるところだった。
阿笠博士のお家からはまだそれほど離れていなかったものの、わざわざ追いかけてきたのだろうか。

「コナンくん、どうしたの?」
「ミナさん、体調、大丈夫?」

突然問われて思考が止まる。どういうことだろう。

「えぇと…体調?」
「なんともないなら良いんだけど…なんだか少し元気がないように見えたから。痩せたような気もするし」

本当に鋭くて怖い子だ。思わず苦笑してから、その場でしゃがんでコナンくんと視線を合わせる。

「心配してくれたの?ありがとう。大丈夫、元気だよ」
「…何かあるなら、安室さんにちゃんと相談しなよ」
「なんでそこで安室さんが出てくるのかな」
「だってミナさん、安室さんの“大事な人”なんでしょ?安室さんが言ってたよ」

ぱちり、と目を瞬かせる。
安室さんの大事な人?誰が。私が?なんでそういう話になっているのかわからずに混乱する。

「大事な、人…?」

どういう意味で?それはあれか、私の世界で安室さんを匿ったとかそういうことに由来しているのだろうか。
ぽかんとした私を見て、コナンくんはへらりと笑った。

「じゃあまたね、ミナさん!」

手を振って走っていくコナンくんを見送り、彼が角を曲がって見えなくなっても、私はしばらくその場から動けなかった。

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