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その後コナンくんが看護師さんを呼んでくれて、簡単なバイタルチェックと私の傷の状態を説明された。コナンくんに教えて貰った通り、犯人の包丁は背中から腹部まで貫通。あと少し刺される位置がズレていたら病院に搬送されるまで持たなかっただろうとも言われた。縫合は既に終わっており、全治には二ヶ月から三ヶ月ほどかかるそうだ。退院するにも、少なくとも一ヶ月程度は入院になるらしい。
とにかく絶対安静。詳しい検査はまた後日行われるとのこと。
痛みがない為どの程度の怪我なのかわからなかったが、具体的に聞くと確かに死んでもおかしくなかった大怪我である。確かにコナンくんに呑気だと怒られるのもわかる。私は看護師さんの言葉を聞きながら、そっと反省したのだった。
のだが。
「もう本当に心配したんですから!!」
コナンくんに一通り怒られて話は収束したかと思いきや、今度はその後部屋にやってきた蘭ちゃんにそれはもう怒られている。
いや怒られていると言っても個人的には不可抗力だったと思っているのだが、蘭ちゃんからしてみるとそう簡単な話でもないらしい。
「わかってます。ミナさんが子供たちを助けてくれたのは聞いてますしそれに関しては本当に感謝していますけど、でもそういう問題じゃないんです!背後から刺されたとかほんと心臓に悪いのでやめてください、すっごくすっごく心配したんですからね!!」
「は、い。ごめんなさい…いや、でも」
「でも、じゃない!!私だけじゃないですよ、父も心配してますし、少年探偵団の子達だって!」
「昴さんもね」
「そうですよ!!」
「ぅあ、はい!!」
さりげなくコナンくんまで蘭ちゃん側に着いて援護射撃をしている。どうすれば良かったのでしょう、と言いたいのを抑えながら、全ては私を心配してくれているからだと苦笑を浮かべた。
蘭ちゃんも言っているように、全てわかっているのだ。多分不可抗力だったことも、無茶はしたけどそれがあの場では恐らくどうにもならなかったことも。怒ってくれるのは、その心配の深さから来ることなのだろう。
毛利さんや沖矢さんも心配してくれていると聞いて、申し訳ないという気持ち以上に嬉しいと思う。私は確かにこの世界の人達と繋がっているんだなと実感した。
嬉しくてどこかくすぐったくて小さく笑う。蘭ちゃんは私が笑ったのに気付くと、むっと頬を膨らませた。
「ミナさん、ちゃんとわかってます?」
「わかってる、わかってるよ。心配かけて本当にごめんね。ありがとう」
「もう……」
蘭ちゃんはまだ少し納得いかないような顔をしていたけれど、すぐに困ったように笑ってくれた。
***
「安室さんも夜には来るって言ってたから」
ちゃんと説教を受けるんだよ。そんな視線と不穏な言葉を残してコナンくんと蘭ちゃんは帰って行った。
おかしいな、私が目を覚ました時に居合わせたのはコナンくんだけで、いつの間に安室さんに連絡を取ったのだろうか。確かコナンくんはずっと私の病室にいたはずなんだけど。
窓の外はもう大分薄暗くなってきていて、暗くなっていくのを見ているといつ頃来るのかとそわそわしてしまう。
入院も一ヶ月程度は必要と言われてしまったし、安室さんにいろいろと話をしなければならないタイミングでとんでもないことになってしまったと今更ながらに後悔する。いや後悔はしていないのだが、やってしまった感が半端なく強い。
安室さんに合わせる顔がない。あれ程会いたいと思っていたのに、今は会うのが怖いというかどんな顔をして会えば良いかわからないというか。落ち着かない気持ちを抱えながらベッドに横になって天井を見つめ、チラチラと時間を確認する。
会いたい。けど会いたくない。反する二つの気持ちに挟まれて、小さな呻き声が出た。
こんこん、
「っは、はいっ!!」
悶々と考えていた矢先に病室のドアがノックされて、反射的に大きな声が出た。腹部が重いような違和感を感じたが、もしかしてこれ痛覚があったら痛いやつだろうか。
横引きの病室のドアが開かれ、ゆっくりと安室さんが入ってくる。その表情は固く口も引き結ばれていたが、私の顔を見るとほんの少しだけ緩んだように見えた。
「……そんな大声で返事しなくても聞こえますよ。全体安静なんですから体に負荷をかけないでください」
「…す、すみません…」
私が起き上がろうとすると安室さんは小さく溜息を吐きながらそれを制し、ベッドに歩み寄ってきて先程までコナンくんが座っていたパイプ椅子に腰を下ろした。ぎしりとパイプ椅子が鳴く。
「………」
「……………」
沈黙。とても重い空気。
何か話そうかと思ったものの、あまりに重い空気に口を開くことを躊躇してしまう。こんな空気の中で私から一体何を話せば良いというのか。
安室さんは難しい表情を浮かべたまま、床に視線を落としている。今日はグレーのスーツを着ている。探偵のお仕事の帰りだろうか。
「ミナさん」
「っは、い…」
びくりと身を竦ませると、安室さんは視線を上げて私のことをじっと見た。
真剣な瞳だ。揺らぎすらない。真っ直ぐに私を見据えている。
「僕は怒っています」
「……はい…」
「すごく」
「…あの、本当に…ご迷惑をおかけしてすみません…」
「そうじゃありません。…全くあなたという人は、こういう時でもどこかずれていますね」
深い溜息を吐きながら安室さんが言う。
何か変なことを言ってしまっただろうかと思いながらぱちりと目を瞬かせれば、安室さんは軽く頭を掻く。
「…先程コナン君から連絡がありました」
「…コナンくんから?」
「ええ。安室さんが言いたいことはボクが一通り伝えたからあまりミナさんをいじめないで、とね」
お陰で言いたいことも上手く伝えられやしない、と安室さんは眉を寄せて呟いた。
コナンくん。私には一、二時間の説教は覚悟しておけと言ったくせに、安室さんには根回しをしてくれていたらしい。思わず小さく笑えば、安室さんは更に眉を寄せて私をじろりと睨んだ。
「何を笑ってるんです」
「い、いえっ、何でも」
私が慌てて笑みを引っ込めて答えると、安室さんはやれやれと小さく肩を竦めた。
「…コナン君は、なんと?」
「…えっと、私に…もっと自分を大切にして、って。…私が死んだらみんな悲しむから、って言ってました」
「そう。…それから?」
「…ちゃんと、生きて、って」
ちゃんと、生きる。ふらふらしていないで、この世界でちゃんと地に足つけて生きる。
こんな事件の後で変な話かもしれないが、今回の件で私も何だか覚悟ができたような気がしている。生きていたいと思う。この世界で、生きてみたいと思う。
「…ミナさんはそれに、なんて答えたんです?」
「ちゃんと生きる、って言いました」
自分のことを、自分の人生を諦めたくない。
私が小さく笑って言うと、それを見た安室さんもほんの少しだけ笑ってくれた。
「…なら、いいでしょう。コナン君や蘭さんにも散々怒られたと聞いていますし…本当に僕の言いたかったことは、コナン君が伝えてくれていたみたいですから」
「ふふ、でもコナンくんに、安室さんからの一、二時間の説教は覚悟してって言われたんですよ」
「一時間や二時間じゃ足りなかったかもしれませんね。彼に感謝してください」
安室さんは言いながら、そっと手を伸ばしてきた。そうして、私の片手を握ると両手で包む。優しく手の甲や指先までを撫でられる。
暖かいのか冷たいのかは相変わらずわからない。けれど安室さんの手の感触に、酷く安心した。
「…指先、冷えてますね」
「そうなんですか?」
「ええ、冷たいですよ。…この部屋は外の気温よりも少し寒いですから。体を冷やさないように、ちゃんと布団にくるまって寝てくださいね」
「…ふふ、安室さん、お母さんみたい」
私にお母さんはいないから、想像でしかないけれど。でも、おばあちゃんがお母さんの代わりだったからなんとなくはわかる。
私がくすくすと笑うと、安室さんは苦笑して私の頬を軽く抓った。
「そこはせめてお父さんじゃないんですか?」
「…うーん…安室さんみたいなお父さんも素敵だと思うけど…でもやっぱり、お母さんだと思います」
優しくて温かい人。
話をして触れているこの間にも、私の気持ちはどんどん大きくなる。
好きだなぁ。
安室さんのことが、心から好きだと思う。
「…痛覚がなくなったというのは?」
「本当です。気付いたのは、刺された時でした」
「…なるほど。いつから痛覚が無くなっていたかまでははっきりしないようですね」
安室さんは私の手を撫でながら、少しだけ目を細めた。
「僕が触れている感触はありますか?」
「はい、今は。…でも、いつ無くなるかわからないとは思ってます」
「今、あなたが無くした感覚というのはいくつあるんですか?」
「…空腹感や喉の渇きを感じなくなったのが最初で…その後、味覚が無くなって、温度を感じなくなりました。それから、痛覚です」
いろんなものを失ってきたけど、整理してみるとなんの感覚が無くなったのかいまいち分かりづらい。
安室さんは私の手を離すと、口元に指を当てて考え始めた。
「食欲不振……違いますね。感覚を失う最初の予兆が、空腹感や喉の渇きといったところからだったんだ。…その後味覚がなくなり触覚に異常が現れて、触覚が失われる前に痛覚が無くなった」
私は自分の腕を持ち上げ、ぼんやりと掌を見つめた。
安室さんが言うには冷えているという指先。私にそれを自覚する術はない。温度を感じられないというのは触覚の異常だ。きっと今の私は味覚と痛覚を失い、触覚を失う一歩手前。次に失うとすればきっと触覚だ。
安室さんに手を握られても、それを感じられなくなってしまうのだろうか。私の体は、いつまでちゃんと動かせるのだろう。
自分の手を見つめていたら、横から伸びてきた褐色の手が私の手をぎゅうと握った。視線を向けると、安室さんが真っ直ぐに私を見つめている。
「あれから僕も少し感覚障害について調べてみたんです。僕の考えを、聞いて貰えますか」
私が小さく頷くと、安室さんは私の手を握りしめたまま少しだけ目を伏せた。
「…通常、感覚障害というのは脳や脊髄、視神経などの中枢神経の異常から現れます。そういった場合は、様々なところに異常が現れるのが普通なんです。もちろん症状の出方は人それぞれになりますが」
例えば目が霞んだり、痺れが走ったり感覚が鈍ったり。運動障害や視力の低下、極度の疲労感や体の震え。痛みを感じなくなることもあれば、逆にチクチクとした痛みをずっと感じてしまったり。更には記憶障害まで、その症状は多岐にわたる。
「けれどもそれは、大抵の場合症状は出たり治ったりを繰り返します」
「症状が出たり、治ったり…?」
思い返してみるも、そんな覚えはない。
ただ感覚は失われていくばかりで、それが回復したことはなかった。
「あなたはどうでした?」
「治ったりは、してません。感覚が無くなったら…もう、ずっとそのままでした」
「…あなたの様子を見る限り、そうでしょうね。あなたは感覚を失う一方だった。あらゆるところにに症状が出ているといった様子もない。感覚をひとつずつ失っていく…それはどう考えても、やはりおかしいんです」
安室さんの言っていることはわかる。私の体の異常は、普通の感覚障害とは異なっている。
どう言ったら良いかと考えて、ふとわかりやすい表現を閃く。
「あの、現実味が失われていく感じなんです」
「…現実味が失われていく?」
「はい。夢の中って、感覚がないでしょう?お腹が空くことも、喉が渇くこともない。何かを食べて味を感じることも、何かに触る感触も…痛みも。…そんな感じなんです」
現実味がひとつひとつ失われていく。
それはまるで、いつかこの世界が私の夢に変わってしまうかのような。
世界が少しずつ遠ざかっていくかのような、そんな心地だった。
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