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「すみません、多分三日くらい帰れないと思います」

そう言って慌ただしく出ていった安室さんは、家を出るギリギリまで私の食の心配をしてくれていた。
一応これでも一人暮らしをしていた身だし、そこまで心配されるとなんとなくこちらとしても恥ずかしいというか申し訳なくなってしまうんだけど。「ちゃんと食べるんですよ」なんて釘を刺されてしまうと笑うしかない。笑えない。

安室さんを尾行するパン職人のおじさん事件が、無事円満に解決して数日。安室さんが再び忙しくなり始めたなぁとは思っていた。
ポアロのバイトをメインでのんびり過ごしていたかと思えば、急に帰って来れなくなるほど忙しくなるんだからやっぱり探偵業ってすごい。探偵業がどういうものなのか実態がよくわからないから、安室さんが実際どの程度凄いのか想像しか出来ないが。でも安室さんがすごいことには変わりがないだろう。
安室さんは優秀な人だから、探偵業も一件依頼が来たら一気に忙しくなったりするのかな、なんて考える。とは言え、日中はポアロで働いてるみたいだし…探偵業は夜間に行なっているのかな。ちゃんと休んでくれていれば良いのだけど。日中はバイトで夜間に探偵のお仕事なんて、寝る暇あるんだろうか。家に帰ってきたらゆっくり寝かせてあげたい。…掃除と洗濯くらいしか出来ないけど、安室さんが帰ってきた時の為にお布団はちゃんと干しておこう。
そんなことを考えながら、ポアロで少し遅めのランチをしていた私の前には、梓さんお手製のカラスミのパスタ。ポアロでも人気のメニューらしいので頼んでみたが、これが本当に美味しい。こんな美味しいものが作れたら料理も楽しいだろうな…私もやっぱり少しは料理の練習をしないと。
何故ハムサンドにしなかったのかと言うと理由は簡単。今日は安室さんはシフトに入っていないらしく、お休みだったからだ。その為か店内の女性客は私だけ。いつもならもう少しいるんだけど、安室さん目当ての女性客がいないだけで店内はかなり静かである。

「こんにちはー」
「あ、ミナお姉さんだ!こんにちは!」

ポアロのドアベルの音が響いて、子供達の声に視線を向ける。お馴染み少年探偵団の子供達である。今日は哀ちゃんの姿もあった。皆ランドセルを背負っている。

「こんにちは。皆学校の帰り?」
「そうだぜ!腹減ったからケーキ食いに来たんだ!」
「ミナさん、一緒してもいい?」
「もちろん。どうぞどうぞ」

コナンくんが私の隣の席を指差して尋ねてくるので快くOKする。梓さんがテーブルをくっつけると、子供達はそれぞれ席に着いた。
私の隣には歩美ちゃん、向かい側にはコナンくんである。そのコナンくんの隣に哀ちゃんが座り、歩美ちゃんの隣に光彦くん、元太くんと続いた。
彼らはメニューを見て食べるケーキを決めるなり梓さんに注文を済ませている。
…ポアロのケーキを学校帰りに食べられるって、子供達のお小遣い事情はどうなっているんだろうと思ったけど、親御さんからきっとその分もらっているんだろうな。ポアロなら安心できるだろうし。

「あ、ねぇねぇミナお姉さん、明日って暇?」

歩美ちゃんに袖を引かれて視線を向ける。
暇、と来たか。嶺書房さんで働き始めるのは再来週からの予定だし、今の私は言うなれば毎日が日曜日みたいなものである。…まだ働けないから仕方ないのだけど。
明日ものんびり過ごそうと思っていたところだ。掃除も洗濯も今日全て済ませてしまったし。やりたいことと言えば、安室さんの布団を干したいくらいかな。

「特に用事はないけど…どうして?」
「それじゃあ、歩美達と一緒に東都水族館に行こうよ!」
「水族館?それって明日からリニューアルオープンの?」
「そうです!明日、皆で博士に連れていってもらうんですよ!」

そういえば最近ニュースになっている気がする。世界初の大きな二輪式観覧車が目玉だとかなんとか。
水族館か…久しく行っていないなと頬杖をついた。最後に行ったのはいつだっただろう。高校生の頃、友達と一緒に行ったのがもしかしたら最後かもしれない。何年前の話だ。
イルカショーはすごかったけど、団体客が多くて酷い混雑で友達とはぐれてしまって、合流後は早めに引き上げたような気がする。あまり楽しかった記憶はない。

「博士の車、そんなに大人数は乗れないわよ」
「あ、車で行くんだ。それじゃあ無理だなぁ。だって博士が運転してくれて、君達五人が乗るんでしょ?さすがにもう一人大人が乗る訳にはいかないよ」
「えぇ〜っ」

歩美ちゃん、光彦くん、元太くんからのブーイングに苦笑する。惜しんでくれるのは嬉しいけど、そこで私が車に乗ったら違反になってしまう。

「ミナ姉ちゃんも少年探偵団の一員だろ!一緒に行かねぇのはおかしいぜ!」

元太くんの言葉に目を瞬かせる。
あれ、私少年探偵団の一員だったっけ。そう言えば以前、麻薬の売人を追って図書館まで来たこの子達に「今日だけ少年探偵団に入れて」って言ったことがあった。あれ、でも今日だけって言ったよね私。

「私が少年探偵団に入ったのは一日だけの話で…」
「俺はミナ姉ちゃんが少年探偵団を抜けるのを許可した覚えはねぇぞ!」
「そーですよ!」
「ミナお姉さんも少年探偵団の一員だもん!」

うーん言わせてくれない。
苦笑したまま哀ちゃんとコナンくんを見れば、二人とも呆れたように肩を落としていた。全員同い年のはずなのにやっぱりこの二人は大人びてるな。

「…ミナさん、諦めた方が良いよ」
「少年探偵団の平均年齢を一気に上げたわね」
「ねぇ、少年探偵団って少年じゃないと入れないものなんじゃないの…?私もう少年なんて年齢は何年も前に過ぎ去ってるんだけど」
「関係ないんでしょ、この子達にとっては」

私の意見はとりあえず総無視らしい。

「でもミナお姉さんは僕達と一緒に行動できる時間も短いでしょうから…臨時団員ということにしましょう!」
「光彦くん、臨時なんて言葉よく知ってるねぇ……」
「りんじ、ってなんだ?」
「決まった時ではなく、その時その時の状況によって行なうことですよ」

コナンくんと哀ちゃんが大人びてるのはもうわかっているけれど、光彦くんもたまに小学一年生らしからぬ発言をする。それとも今の小学一年生は臨時なんて言葉を知ってるのが普通なのだろうか。

「ね、ミナお姉さんも一緒に行こうよぉ!」
「そうだぜ!団員の一人なんだからな!」

…でもまぁ何にせよ、仲間として受け入れてくれるのはやはり嬉しいものがある。
こんな元気な子供達五人の引率となると阿笠博士も大変だろうし、どうせ時間はあるのだから同行しても良いかもしれない。
念の為後で安室さんには明日の予定を連絡しておこう。

「…それじゃあ、私だけ現地集合にしようか。それならいいでしょう?」
「わぁ、本当?!やったぁ!!」
「よっし、ミナ姉ちゃん確保な!!」

残りの手持ち金を思い出しながら軽く計算して、明日水族館に行くくらいなら問題ないだろうと頷いた。せっかくだし、働き出す直前に思い切り遊ぶのも良いなと思いながら子供達の様子を見て笑みを浮かべる。
コナンくんは少し心配そうにこっちを見つめながら首を傾げた。

「…ミナさん、本当にいいの?」
「大丈夫。…というか、こんな勝手に決めちゃっていいのかな?阿笠博士とか迷惑しない?」
「迷惑なんてしないよ。多分ミナさんが来てくれたら助かるんじゃないかな。ボク達も嬉しいけど…ミナさん、無理だけはしないでね」

多分コナンくんは私の体調のことも心配してくれているんだろう。体力こそ落ちてしまっているが、体調はもうほとんど良好だ。腹部や背中が痛むこともほとんどない。あるとしたら少しだけまだ皮膚が引き攣れる感覚があるくらいだろうか。それも直に無くなるだろう。
この世界に来てから、米花駅周辺と東都タワーくらいにしか行けていない。少しの遠出はやはり気分も上がる。

「ありがとう、無理はしないよ。明日楽しみにしてるね」

水族館に行ったら、安室さんにはどんなお土産を買って帰ろうか。どんなお土産があるだろう。最近お疲れだろうから、少しでも喜んで貰えるものがいいな。
私の思考は、すっかり明日の水族館へと向けられていた。



「…屋内の遊戯施設…へぇ、小さな遊園地みたいなものかぁ…。それと水族館のイルカショーと、二輪式観覧車が目玉…」

その夜のこと。
お風呂に入り、明日は安室さんから貰ったシャツワンピースを着ていこうと思いながら準備をして、後は寝るだけだとベッドに横になって携帯を弄っていた。
東都水族館とは言うものの、水族館はその敷地の1部分で、遊戯施設や観覧車が大部分を占めているようだった。
自分の世界にあった遊園地を彷彿とさせるアトラクションに笑みが浮かぶ。なんとなく懐かしいな。
あの子達も一日じゃ遊びきれないのではないだろうか。明日がリニューアルオープン初日ということで大混雑も予想されそうだけど、あの子達とならきっと楽しい一日になるだろう。
ごろん、と寝返りを打ったその瞬間であった。
何の前触れもなく突然、部屋の電気が消えたのである。

「えっ」

慌ててベッドから起き上がる。
ブレーカーが落ちた?いや、そんなブレーカーが落ちるような電力は使ってないしタイミングが突然すぎた。スマホのライトで足元を照らしながら念の為にと見に行ってみたが、ブレーカーには異常がない。
寝室のベランダから外を見てみると、家の明かりも見えずに暗闇に包まれている。ということは、電気が消えたのはここだけじゃない。

「大規模停電…?」

外からは、突然の停電で動揺した人達の声がちらほらと聞こえてきている。
一体何があったんだろう。何となく言いようのない不安を感じながら私はベッドに腰を下ろした。
停電ということは家電も全部電気が切られた状態。えぇと、冷蔵庫は停電の時は開けないのが鉄則だったっけ。今の私に出来ることは特にない。停電の件は明日の朝にでもニュースが流れるだろう。寝ている間に停電が復旧すると信じるしかない。

「安室さん、大丈夫かな」

彼の場合は車だから停電も関係ないだろうけど、何となく胸に滲む不安が拭えなくて眉を寄せた。
安室さんには明日子供達と水族館に行く旨メール済みだ。返事はない。多分仕事が忙しいんだろう。忙しいところにまたメールして余計な気を遣わせたくはない。何かあればきっと安室さんの方から連絡をくれるだろうと思いながら、私はベッドに横になった。
そう、考えても仕方が無い。
もう寝てしまおうと考えて、私は不安を振り払うように軽く頭を振ってから目を閉じた。

何だろう。無性に安室さんに会いたい。

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