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元太くん、光彦くん、歩美ちゃん、それから謎のお姉さんと共に、私は園内をのんびりと回っていた。ゲームコーナーに行ったり、お土産屋さんを見たり。
コナンくんにメールをしてお姉さんの写真を送ってもらったので、子供達とお姉さんがあちこち見ている間にスタッフの人に軽く聞き込みをしてみたのだが…残念ながら今のところお姉さんを知る人には巡り会えていない。
お姉さんはすごく美人だし、髪や目の色も特殊だから一度見たらなかなか忘れられないと思うんだけど。本当にお姉さんはここの水族館に来たことがあるのかどうかもわからなくなってきた。

「うーん…」

少し離れたところから、ダーツゲームで盛り上がる子供達とお姉さんを見つめる。本日の最高得点です、なんてスタッフさんの声が聞こえてくるみたいだけど…なんだろうと思いながら彼らに歩み寄る。

「何?どうしたの?」
「あ、ミナさん見てくださいよ!」
「お姉さんすごいんだよ!ほら!」
「全部真ん中に当てちまったんだぜ!」

ダーツの的を見ると、なるほど矢は全て中心に刺さっている。…ダブルブル?全部ダブルブル?!理解してから目を剥いた。
ダーツは軽く遊ぶくらいでしかやったことないけど、ダブルブルを三回も狙って出すなんて簡単なことではない。お姉さんの意外な特技に感嘆の声が零れた。

「えっ、何これすごい!」
「お姉さんのおかげで、僕達キーホルダーを貰えたんです!」
「へぇー!良かったねぇ!お揃いだ」

子供達の手にはそれぞれカラフルなイルカのキーホルダーが揺れている。元太くんは青、光彦くんは緑、歩美ちゃんはピンクのイルカだ。イルカにはそれぞれ表情もあって可愛い。

「おいオメーら」
「あ、コナンくん!哀ちゃん!」

振り向くと、コナンくんと哀ちゃんがこちらに歩み寄ってくる。その顔は呆れていて、コナンくん達が何を言わんとしてるのか理解して苦笑が浮かんだ。

「すっかり遊んでっけど、お姉さんの記憶を戻すんじゃなかったのかよ」
「だってぇ〜」
「このゲームをやってから、始めようかと!」
「そしたら姉ちゃんがこれ取ってくれたんだぜ!」

子供達がイルカのキーホルダーを掲げるのを見てコナンくんと哀ちゃんは苦笑を浮かべている。…まぁ、君達が言いたいこともわかる。コナンくんと哀ちゃんの様子を見ると、恐らくここに来るまでにお姉さんの情報を調べていたんだろうし。

「本当に軽くだけど、ここに来るまでに行った場所ではスタッフさんに写真を見てもらって聞き込みはしたよ。収穫はなかったけどね」
「ミナさんさすが。となると、あと行ってない場所は…」

コナンくんが地図を広げようとした時だった。
おおい、なんて声が降ってくる。しかも知ってる声だ。

「おおい!ここじゃ、ここ!」

阿笠博士の声だ。私達は揃って上を見上げた。すると、今私たちがいる広場から上がった上の歩道に阿笠博士が立っていた。柵の傍から声を上げて、こちらに向かって大きく手を振っている。

「観覧車が空いてきたぞぉ!乗るなら今がチャンスじゃぁ!」

博士のその言葉に、子供達の歓声が上がる。すっかり意識はそちらに向いたようで、皆でお姉さんの手を引いて観覧車の方へと向かって行ってしまった。楽しくなると周りが見えなくなるのも子供らしいなぁ、微笑ましく思いながら彼らの背中を見送った。阿笠博士もいることだし私まで行く必要は無いだろう。
コナンくんと哀ちゃんはダーツコーナーのスタッフさんにお姉さんの聞き込みをしている。収穫はなかったようだが…スタッフさんから何かを受け取っているのが見えた。なんだろう。

「どうしたの?」
「これ、お姉さんに渡してくれってさ。お姉さんの分だけなかったから、これで良ければってスタッフのお兄さんがくれたよ」
「そうなんだ。真っ白なのも可愛いね」

それは子供達がもらっていたイルカのキーホルダーと同じものだった。ただ着色がされておらず、真っ白なままだ。…なんだかあのお姉さんの髪の色とも相俟って、すごく似合うな、なんて思った。
コナンくんと哀ちゃんと一緒に歩き出す。多分二人は聞き込みを続けるんだろうから、私もそっちに同行しよう。

「それで、次はどこに行くの?」
「残りの建設中エリアの聞き込みを終えたら、博士達と合流しようと思うんだ。今のダーツもそうだけど…痕跡を探すより、彼女と行動を共にした方が得策だと思う」

スーパー小学生である。
痕跡だとか、得策だとか、小学一年生の口からぽんぽんと飛び出すような単語ではない。それを聞いてしれっと頷いている哀ちゃんも同じだ。
この二人は、大人びたと言うだけでは言葉足らずな部分が多いと思う。…大人びたというよりは、なんというか…もっと年齢が上の人と話をしているような気になるというか。何度も言うが私なんかよりコナンくんの方が頭良いだろうし。不思議と小学生を相手にしている気分にはならないのである。

「…二人は本当に大人だなぁ」

私のその言葉に、コナンくんと哀ちゃんがなんとも言えない微妙な顔で笑っていた。


***


その後、建設中エリアもコナンくん哀ちゃんと一緒に聞き込みに回ったものの、収穫はなかった。
ここまで聞き込みで回って一切有力な情報が得られないとなると…やっぱり、あのお姉さんはこの施設には初めて来たのかもしれない。博士達と合流するのが良いだろう。

「そろそろ博士に連絡入れてくれねぇか?…灰原?」

コナンくんの声に振り向く。哀ちゃんはどこかぼんやりとしていて、何か考え事をしているように見える。…何かあったのだろうか。

「どうしたの?哀ちゃん。ぼーっとしてるみたいだけど…何かあった?体調悪い?」
「…そうかしら。大丈夫よ、何でもないわ」

立ち止まって少し屈み込むと、哀ちゃんははっと顔を上げた。やっぱり、かなりぼんやりしているようだ。
本人は何事も無かったように歩き出すけど、少し心配だな。本当に何も無いなら良いのだが。

「おーい!コナン!灰原!ミナ姉ちゃん!」
「こっちだよ〜!」
「上です、上ーっ!」

先程降ってきたのは博士の声だったが、今度は子供達の声だ。コナンくんや哀ちゃんと一緒に上に顔を向けるとわ観覧車の乗り口へ向かうエスカレーターに乗っている子供達と阿笠博士、それからお姉さんの姿が見えた。
元気に声を上げながらこちらに手を振っているが…元太くんが大きく身を乗り出す。ちょっと待って、このままじゃ。

「元太くん危ない!!」

動き続けるエスカレーターと、その先に待ち構える壁。身を引くように呼びかけるつもりだったが一拍遅かった。
私やコナンくん達が見つめるその先で、身を乗り出していた元太くんはバランスを崩して壁にぶつかり、そのままエスカレーターの外へと放り出される。ひやり、と冷たい氷を腹部に押し込まれたような心地だった。

「元太くん!!」

それを追うようにお姉さんもエスカレーターの外へ。狭い足場では元太くんを引き上げることも出来ないのだろう。遠目だが、お姉さんが何か手はないかと辺りを見回しているのがわかる。
元太くんは間一髪壁の淵に手をかけてぶら下がってはいるが、所詮は子供の力だ。自分の体重を支えることも長くは出来ない。私達にはどうすることも出来ないまま、その手が空を切るのが見えた。

「ッ……!」

叫び声を上げることも出来ない。
遠目に見える元太くんの体が重力に引き寄せられていくのを、ただ私は凍り付いたまま見ていることしか出来ない。
どうしよう。このままじゃ。どうすることも出来ない。諦めろ。でも、だって。このままでは。
人は簡単に死なないと言うが、果たしてどうだろう?窒息死、圧死、溺死、失血死、落下死。人はいとも簡単に死ぬのである。
強い耳鳴りに頭痛がして呼吸が上手く出来なくなる。
このままでは元太くんは地面に叩きつけられて、あの高さだったら間違いなくそのまま。真っ赤な色が視界を染めるのが見える。何とかすべきと、手を伸ばすべきと思うのに、体は少しも動いてはくれない。
だって私には、どうすることも出来ない。



「大丈夫か元太!!!」

はっとして顔を上げると、コナンくんと哀ちゃんが駆け出しているところだった。何が起こったのか頭がついてこない。息も詰まったまま浅い呼吸を繰り返すことしか出来ない。
ゆっくりと視線を動かせば…お姉さんに抱きかかえられた元太くんの姿が見えた。元太くんを抱えたお姉さんは地面に足をつけている。

「…え?」

一体、どういう状況なのか。意識がハッキリしていなかったのか、今何があったのか全く見えていなかった。脳みそがまるで動いてくれない。
ただ分かるのは、お姉さんが元太くんを助け…見る限り、二人とも無事だということだけだ。

「……生きてる、」

ぽつりと呟いたらかくんと膝から力が抜けて地面に座り込んでしまった。腰が抜けた。立つ気力すらない。
元気そうに手を上げる元太くんを見て、本当に無事なのだと理解する。…でも一体どうして。何がどうなって。
だって、どう考えても絶望的な状況だった。あの高さから真っ逆さま。人間はあんな高さから落ちたら、普通は死ぬのだ。
でも、お姉さんが元太くんを抱きかかえていて…二人とも無事で。

「ミナさん!大丈夫?」

コナンくんが駆け寄ってくる。ゆるりと彼に視線を向けたら、コナンくんは眉を寄せて私の顔を覗き込んだ。その顔にははっきりとした心配が滲んでいる。

「ミナさん、顔真っ白だよ?!…大丈夫?立てる?」
「……ごめん、腰が…抜けて、」
「安心して、元太もお姉さんも無事だよ。掠り傷くらいはあるかもしれないから、今念の為に医務室に向かった。…ミナさんも行った方が良さそうだね」

コナンくんは私の手を取ると、そっと握ってくれた。その小さな手の温かさに、浅くなっていた呼吸も徐々に落ち着いてくる。…遠くなっていた音もちゃんと聞こえるようになって、耳鳴りが少しずつ治まっていく。私はそこで、自分が思っていたよりもずっと動転してしまっていたことに気付く。気が動転して、貧血を起こし腰を抜かしたんだろう。
コナンくんの手をそっと握り返し、ゆっくりと深く息を吐き出す。狭まっていた視界がクリアになったような気がする。私は無意識のうちに強張らせていた肩から力を抜いた。

「…うん、立てそう。ごめんね、ありがとう」
「いいよ。ミナさんのその反応は、多分すごく普通のことだから」
「え?」

コナンくんの手を借りながら立ち上がって、私はゆっくり目を瞬かせた。コナンくんは私を見上げて少しだけ笑っている。どういう意味だろう。

「元太のこと、心配してくれてありがと。元太もお姉さんも大丈夫だから、医務室で二人の顔見てやってよ。ボクがミナさんを医務室まで連れてくからさ」

そう言いながら、コナンくんは私の手を引いて歩き出した。
…小学生の子が平気そうにしているのに、私と来たら動転して腰を抜かしてしまって、なんだかとても恥ずかしいことのように思えた。私は無事だったお姉さんと元太くんに駆け寄ることすら出来なかったのだ。
情けないな。大人としてもっとしっかりしなければいけないのに。
コナンくんに手を引かれて医務室へと向かいながら、私はぼんやりとそんなことを考えていた。

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