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翌日の朝、光彦くんから「警察病院にお姉さんに会いに行くから一緒に行きませんか?」と連絡があった。コナンくんと哀ちゃんには内緒で、と言われた。
それに軽くOKして待ち合わせの米花駅に向かったのは、多分私が行かないと言っても彼らは行くだろうと思ったからだ。
子供達がお姉さんのことを本当に心から心配しているのはわかっていた。あんな形で別れて、お見舞いに行きたがるのは当然のことだろうとも思っていた。それに、私もお姉さんのことは気になっていたのである。お見舞いに同行させて貰えるならそれに越したことはない。
子供達だけで行かせるのも少し心配だったし、私は引率のつもりでついていったのだが。

「面会謝絶だって」
「まじかよぉ!」
「そんなに具合悪いのかなぁ…」

警察病院に運ばれた時点で予想は出来ていたことだが、あのお姉さんとは面会謝絶で誰も会うことが出来ない、とのことだった。恐らく具合が悪いとかではなく、何か警察側での事情あっての事なんだろう。
会えないのなら仕方がない、しばらくしたらまた面会出来るようになるかもしれないしと思いながら、今日は帰ろうかと子供達に声をかけようとしたのだが、光彦くんが得意げにスマホを取り出すのを見て目を瞬かせた。

「これは、確かめてみる必要がありますね」
「えっ?でもどうやって?」
「これです」

スマホを弄り、その画面をこちらに見せてくる。ディスプレイに映るのは携帯電話帳の一ページ。その名前は…

「…高木刑事?」
「そう!僕達の強い味方です!」

昨日少しだけお会いした、あの高木刑事だった。
というか、連絡先まで知ってる仲だったのか。



高木刑事、それからその上司である目暮警部の計らいで、私達はお姉さんに会うことが出来た。
本来なら会わせるわけにはいかないが、お姉さんも子供達には心を許しているとのことで、記憶回復の手助けになるかもしれないとの判断だったらしい。
お姉さんは今はもう頭痛もないらしく、元気そうに見えた。水族館で会った時の手や足の怪我も丁寧に治療されたみたいだ。

「はい!」
「次は、どこがいいかなぁ…」

そして今、私と歩美ちゃんと光彦くん対元太くんとお姉さんでオセロの対戦をしている。
オセロは苦手だ。私は最初に飛ばし過ぎてガンガン自分の色に引っくり返すも、最後にはそれを全部奪われてしまうタイプである。オセロって最後の方で一気に引っくり返されてしまうのが辛い。そんなわけで私はほとんど隣で見ているだけだ。子供達とお姉さんが楽しそうなので良しとする。

「あっそうだ。これ、姉ちゃんにやるよ!」

元太くんがポケットから白いイルカのキーホルダーを取り出してお姉さんに手渡している。
お姉さんは驚いたようにそれを受け取った。

「ダーツのところの人が後でくれたんだよ!」
「好きな色を塗ってくださいって!」

そういう理由で白だったのか。きっと子供達はコナンくんから話を聞いていたんだろう。
イルカのキーホルダーを手にお姉さんは微笑んでいて、それを見ていると私も胸が温かくなる。

「いいの?本当に貰っちゃって」
「おお!だって姉ちゃんは、命の恩人だからな!」
「これで皆とお揃いだね!」

子供達が持つイルカのキーホルダーと、お姉さんに渡された白いイルカのキーホルダー。四人がお揃いのそれを持っている姿は微笑ましい。

「でも、…ミナさんの分が、」

お姉さんが私の方を見つめて言うので、慌てて手と首を横に振った。

「いいんです!私は皆が持ってるのが見られればいいから。…お姉さんはそのイルカ、何色にしたいですか?」
「赤?ピンク?」
「俺なら黒に塗ってシャチっぽくするけど!」
「ふふ、元太くんらしいね。…でも、お姉さんはなんだか白って感じかも。透明っていうか、何色にもなれそうな感じがするんですよね」

柔らかくて優しい雰囲気を持つお姉さん。まっさらな色のままでも充分に素敵だと思うのだ。何色にもなれて何色にも寄り添える白は、お姉さんにぴったりだと思う。
そう言うと、お姉さんは少し驚いたような表情を浮かべた後に、ふわりと柔らかく微笑んだ。

「…ミナさん、あなたは、とても優しい人ね」
「えっ?そ、…そうでしょうか」
「えぇ。…まるで暖かな陽だまりみたい」

そ、そんなストレートに褒められると照れてしまう。顔が熱くなるのを感じながら軽く頭を振るも、子供達も陽だまりという言葉に頷いている。

「わかります!ミナさんってすごくあたたかいんですよね」
「一緒にいると胸のあたりがぽかぽかするの」
「俺はミナ姉ちゃんと一緒にいると、ちょっとだけ眠くなるぞ!」

元太くんのそれは褒められてるのか貶されてるのか。本人は多分褒め言葉のつもりなんだろう。思わず苦笑が浮かぶも、純粋に褒めてもらえることは嬉しい。
こんな風に人と話をしていると、この世界が私の中にも根付いていくのを感じる。最初はよそよそしかったこの世界も、きっとこれから私の世界として見つめられる日が来るんだろうと思えるのだ。
子供達やお姉さんと笑って、そんな私たちを見ながら警察の方達も笑ってくれて、とても穏やかな時間だった。

「失礼します」

和やかな空気を割くような、鋭い声。
穏やかな時間の終わりを告げる声だった。

「公安の風見です」


***


お姉さんは警察庁に侵入した被疑者らしく、あの後公安警察の人達に身柄を引き渡されるとのことで病室へ戻って行った。
これ大切にするから、またいつか皆で観覧車に乗ろうね。イルカのキーホルダーを揺らしながらそう言って背中を向けるお姉さんはどこか寂しそうで、子供達もそんなお姉さんを見ながら眉尻を下げていた。
…多分、あのお姉さんに会えるのはこれが最後、だったのではないだろうか。警察庁に侵入だなんてよっぽどのことがあったんだろうし、記憶を失っているとはいってもやったことがなかったことになるわけではない。
やだなぁ。私も、またいつか皆で観覧車に乗ろうという言葉をそのまま受け止めていたかった。何も知らない子供と一緒ではいられないことに胸が痛む。

「高木刑事ありがとう!」
「無理を言ってすみませんでした。お忙しいところ本当にありがとうございました」

中に入れてくれてお姉さんと会えるように計らってくれた高木刑事に、子供達と一緒に頭を下げる。
高木刑事は優しく笑って、気をつけて帰るように私達に言うとそのまま仕事に戻って行った。

「それじゃ、私達も帰ろうか…、…元太くん?」

目的は果たしたし、と思いながら振り向くと、視線を下げて俯く元太くんがいた。
お姉さんとのお別れに、まだ気持ちがついてこないのだろうか。そんな彼の前にしゃがみこんで、目と目を合わせる。

「元太くん、元気出してください!」
「またきっと会えるよ!」
「…でもよぉ…」
「次にまたお姉さんに会う時を笑顔で迎えられるように、元気でいないと」

そう言っても、元太くんの表情は晴れない。どうすれば笑ってくれるだろうか、と考えていたら、光彦くんがあっと声を上げた。

「そうだ!じゃあこれから、観覧車に乗りに行きませんか?!」
「えっ、今から?!」
「うん!お姉さんもまた乗りたがってたから、景色を撮って送ってあげようよ!」

子供の思いつきの軽さというかフットワークの軽さというか、なんというか尊敬する。今から観覧車に乗りに行くなんてこと私は思いつきもしなかった。

「でも、今から行ったら夜になっちゃうよ?」
「それに、混んでっから乗れねーかもしんねーぞ?」
「大丈夫ですよ!」

光彦くんがさっきと同じように得意げにスマホを取り出す。それをぽちぽちと操作して、ディスプレイを私達に見せた。

「東都水族館は鈴木財閥の資本が入っていたはず!」
「あっ!」
「そっかぁ!」
「もう一人の強〜い味方です!」

そこに表示されていたのは「園子お姉さん」の文字。鈴木園子ちゃんの連絡先だ。だが話についていけずに私はぱちぱちと目を瞬かせた。

「鈴木…財閥…?」

なんだ、財閥って。園子ちゃんは蘭ちゃんの同級生の可愛い女の子。私にとってはそういう認識である。
鈴木財閥の名前は知っている。新聞を見ていたらかなりの頻度で目にする名前だったし、この世界において相当大きな財閥だとわかっていたからだ。
ぽかんとしている私を見て、子供達も不思議そうに目を瞬かせている。

「ミナさん、知らないんですか?」
「園子お姉さんは鈴木財閥のご令嬢なんだよ」
「………へっ?!」

この世界に来てからの、かなり上位に食い込むほどの驚きだった。


***


「ったく、休みの日だってのになんで水族館に来なきゃなんねーんだよ!それも、ガキ共と一緒と来たもんだ」
「本当にすみません…!わざわざ車まで出していただいちゃって…!」
「えっ、いやいや!ミナさんはお気になさらず!」

その後園子ちゃんに連絡を取った私達は、せっかくだからと蘭ちゃんも一緒に水族館に行くことになった。そこまでは良かったのだが、毛利さんのご厚意で車を出していただくことになったのだ。…ご厚意というか、蘭ちゃんに言われて、といった様子だったが、毛利さんの言う通り休みの日にわざわざ車を出していただいてしまって恐縮している。
助手席に蘭ちゃん、後部座席に子供達と私が乗り込んでいて、歩美ちゃんは私の膝の上だ。

「ほら、着いたぞ!」

車が駐車場に停まり、子供達から先に降りていく。毛利さんにお礼を告げてから私も車を降りて蘭ちゃんを待つ。毛利さんは車で待っているとのことで、私は蘭ちゃんや子供達と一緒に、チケット売り場の方に向かって歩き出した。

「園子ちゃんが鈴木財閥のご令嬢だったなんて知らなかったよ…」
「えっ、話してませんでしたっけ!すみません、驚いたでしょう」
「そりゃあもう。まさかそんなお家柄だったなんて…」

普通の女の子だと思っていたけど、確かに言われてみればどことなく品があって身につけているものもブランド品だったり質の良いものだった気がする。
財閥のご令嬢と知り合う機会なんてそうそうないのではないだろうか。少なくとも私が育ってきた前の世界での知り合いに、そんな大層な家柄の人物はいなかったな。私自身が平々凡々だから、当然と言えば当然なのだけど。
その話題の中心である園子ちゃんとは、チケット売り場で待ち合わせをしている。
子供達は観覧車に乗り、蘭ちゃんと園子ちゃんはその他の施設を回るそうだ。安室さんへのお土産も買えていなかったし、私もお土産屋さんをブラブラしようと考えている。

「園子姉ちゃんいねぇなぁ」
「うん、もう来る頃だと思うけど」

チケット売り場に着いて辺りを見回すも、園子ちゃんの姿はない。急なことだったし、無理を言ってしまったのではないかと不安になる。
小さく息を吐いて何とはなしにチケット売り場のカウンターを見れば、眼鏡をかけた男性が観覧車に乗せて欲しいと頼んでいるところだった。…というか、あの人見覚えが。さっき警察病院に来た、公安の人ではないだろうか。確か名前は、風見さん。
今日のチケット販売は終了しているというスタッフさんの言葉に、警察手帳を見せて対応している。細かい会話までは聞き取れないけど、公安が協力を要請している…とかなんとか。

「らーん!ミナさん!」

なんだろう、何かあったのかなと思っていたら、園子ちゃんの声がして振り向いた。
園子ちゃんが施設のスタッフさんと一緒にこちらに歩み寄ってくる。

「あっ、やっと来たぁ!」
「園子!」
「お待たせ〜!手続きに時間かかっちゃって!」
「いろいろとありがとう、園子ちゃん。大変だったんじゃない?突然だったし」
「ごめんね、私まで便乗させてもらっちゃって」

蘭ちゃんと一緒に問うと、園子ちゃんは軽く笑いながら首を横に振った。

「いいのいいの。時間がかかっただけで手間的には同じだから」

鈴木財閥の力、恐るべしである。本当に財閥のご令嬢だったんだなぁ…。サバサバしていて気取ってなくて人懐こくて、彼女の人柄が好きだからお金持ちだろうと関係ないんだけど。

「じゃ、この子達よろしくね」
「はい。それじゃあ観覧車に案内するから、皆ついてきてね」

元気よく子供たちが返事を返して、先を歩き出すスタッフさんの後へとついていく。その背中を見送りながら、私は時間を確認した。

「ミナさんはあの子達と一緒に行かなくて良かったの?」
「あぁ、うん。ちょっとお土産屋さんを見たかったから。あの子達が観覧車から降りてくる頃に迎えに行くつもりだよ」

閉園時間も近づいてきているはずだが、施設内はまだまだ混雑している。お土産を買ったらすぐに観覧車の近くまで行ってあの子達が戻ってくるのを待とうと思い、私は顔を上げた。
すると、ニヤニヤと笑う園子ちゃんと目が合う。なんだ、その顔は。

「そのお土産って……もしかして、安室さんにぃ?」
「んなっ」

不意打ちにぽっと顔が熱くなる。暗くて良かった。

「ちが、違わない…けど、そういうアレじゃないよ!」
「えぇ?そういうアレって、どういうアレなのぉ?」
「や、やっぱりミナさんと安室さんって…!」
「違うよ!蘭ちゃん!違うから!」

女子高生の興味は怖い。私はとりあえず安室さんとの関係を否定すると、これ以上何かを言われる前にここから離れようと決めた。

「園子ちゃん本当にありがとう!あの子達は私がつれてくから、二人は楽しんできてね!」
「あ、ちょっとミナさん!」

こういう時は逃げるに限る。私は一方的に会話を切ると、そのままお土産屋さんの方へと駆け出した。
…これ、次に会った時にいろいろまた聞かれてしまうやつかな。彼女達が今日のこの会話のことを忘れてくれることを、祈るばかりである。

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