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正直、お揃いっていいなと思ったのは否めない。子供達とお姉さんと、お揃いのイルカのキーホルダーを少しだけ、ほんの少しだけ羨ましく思ったのは事実だ。かと言って別にお揃いのものを欲しがるほど、自分は子供ではないと思っていた。
「………さすがにちょっと、自分でも引く…」
ありがとうございました、なんてスタッフさんの声を背中に受けながら外に出て、買ったばかりのそれを見つめて溜息を吐いた。
黄色のイルカと、ピンクのイルカのストラップ。なんとなくその黄色が安室さんの髪の色に似てるな、なんて思ってしまったのがいけなかった。いくらお揃いが羨ましかったからと言って、さすがにこれはないだろう。
デザイン的には少し大人しめというか、シックなデザインではあるんだけど。…恋人同士でもない男女がお揃いのストラップを付ける?私と安室さんでこれを付ける?お揃いで?
ない。ないわ。即座に頭を振った。
そもそもレジを通る前にどうしてもっとよく考えなかったのか。有り得ないことくらい考えられたはずだ。自分の軽率さに肩を落とす。
手の中で揺れる二匹のイルカのストラップを見てもう一度溜息を吐いた私は、それを鞄にしまい込んだ。やっぱり安室さんへのお土産はお菓子にして、ポアロの皆で食べてくださいって言おう。それが一番無難だと思いながらお店に引き返そうとして…
「えっ?」
突然、視界が闇に包まれた。
「な、なんだ?!」
「停電か?!」
周りにいた人達も、突然の停電に戸惑っているのかあちこちからざわめきが聞こえてくる。
こんな大きな施設で停電?こないだも大規模停電があったしそれの余波か?そう考えてからはっとして顔を上げる。
停電。ということはまさか観覧車も。
「あの子達…!」
暗がりの中観覧車の影を見上げる。目を凝らして見てみると、停電により観覧車も止まってしまっているようだった。
どうしよう、時間的に多分あの子達はまだ戻ってきていない。観覧車の方に向かって駆け出しながら、スマホを取り出して光彦くんにコールする。けれど、この非常事態に施設内の人達皆が連絡を取り合おうとしているらしく、電波の混雑で全く繋がらない。
当然あの子達も停電には気付いているだろう。心細い思いをしてはいないだろうか。心配と焦りで心臓が激しく音を立てている。
「とりあえず観覧車まで行かないと…」
スマホを鞄にしまって、観覧車へと真っ直ぐに向かう。見れば水族館の方は電気がついており、人波はそちらへ向かっているようだった。
「ミナさん?!」
観覧車への階段を登ろうとした時だった。後ろから名前を呼ばれて足を止める。今の声は。
「あなた、どうしてここに…!!」
「哀ちゃん?!」
駆け寄ってきた小さな影。哀ちゃんだった。
走ってきたのだろう、息が乱れている。
「そ、それはこっちのセリフだよ!哀ちゃんどうしてここにいるの?!一人?どうやってここまで来たの?」
「時間が無いの!観覧車に乗ってるあの子達を連れ出さないと…!」
「えっ?!ま、待って!」
そのまま私の横を抜けて駆けていこうとする哀ちゃんの手首を掴んで慌てて引き止める。
時間が無いとは?連れ出すって何?こんな停電の中観覧車まで走って、哀ちゃんは一体何をするつもり?わからないことだらけで困惑する。
「ミナさん離して!急がないとあの子達が…!」
「後でちゃんと、説明してくれる?」
哀ちゃんの必死さは普通じゃなかった。本当に切迫しているのだと、困惑している私にもはっきりと伝わってきた。
コナンくんと哀ちゃんは、普通の小学一年生とは違っていた。どこが、と言われると具体的に説明するのは難しいけれど…でも、本当の意味での子供らしさというものは持ち合わせていないように見えた。私なんかよりもずっと頭が良さそうだもんな、とも思っていた。
普通なら、観覧車の下まで行って子供達が無事に戻ってくるのを待つだろう。もしくは、スタッフの指示に従って後に合流するのが正しいのだろう。でも、それは多分哀ちゃんだってわかっているはずなのだ。
あの子達が観覧車に乗っていることを、哀ちゃんがどうして知っているのか。また、それを知った上でどうして連れ出そうとしているのか。きっと、相応の理由がある。私だって馬鹿ではない。恐らく…これは、ただの停電じゃない。
「ミナさん…?」
「わからないことだらけなの。でも、哀ちゃんがあの子達を連れ出さないと、って言うならきっとそれが正しいんだと思う」
どうやって連れ出すつもりなのかはわからない。でも哀ちゃんは、何の考えもなく突っ走るような子ではない。付き合いが短くたってそれくらいはわかる。
「あの子達を急いで連れ出さないと…危険なんだよね?」
私が問えば、哀ちゃんは少し驚いたように息を飲んだけど…やがて、唇を引き結んでこくりとひとつ頷いた。
「嫌な予感がするの。上手く説明できないけど…」
「わかった。行こう」
私は哀ちゃんに頷き返すと、彼女の手を握り直してそのまま観覧車の方へと駆け出した。
私に何が出来るかわからない。でも、哀ちゃん一人で行かせるよりはずっといい。そして私には、あの子達を無事に家に返すという義務がある。
「ま、待って!ミナさんは戻って、危険なのよ?!」
「そういう危険なところに、あなたは行こうとしたんでしょう?そして、そういう危険なところに、あの子達は取り残されてる。違う?」
「ミナさん…」
強く手を握り返される。私に手を引かれるままだった哀ちゃんが、自分の足でしっかりと走り始めるのがわかった。
「…後悔しても、知らないわよ」
「このまま何もしない方が、後悔することになりそうだったから」
後悔はしたくないのだ。この世界で、後悔を抱えて生きていくのは嫌なのだ。
哀ちゃんは私の言葉を聞いて、小さく溜息を吐いたようだった。
「…ありがとう、ミナさん」
***
哀ちゃんと一緒に観覧車へと走り、「関係者以外立入禁止」の札を無視して観覧車内部へと入り込む。現場はかなり混乱していてスタッフさん達の手も回っていなかったので、入り込むのは容易かった。
これ、バレたらめちゃくちゃ怒られるやつだよね。怒られるだけで済めばいいが、下手したら捕まるのでは。そんな私の考えを見透かしたかのように、先を行く哀ちゃんが振り向いて言った。
「知り合いの子供が入り込んでしまって、あなたはそれを追いかけただけ。あなたは責任感の強い一人の大人だもの。全部私のせいにすればいいわ」
どこまでわかっているのだろう。少し恐ろしくなる。
「…そんなわけにはいかないよ。…でも、それじゃあ…もし怒られる時は一緒に怒られてね」
へらりと笑って言えば、哀ちゃんはぱちりと目を瞬かせてから少しだけ肩を竦めた。
階段を駆け上がり、ハシゴを登って上の足場へ。観覧車の内部がどうなっているかもわからないし、もはや出口がどこかもわからなくなっていたけれど、哀ちゃんの足取りに迷いはない。あの子達がいるゴンドラがどの辺にあるのかもわかっているようだった。
「…さっきから変な物音がしてる、なんだろう」
「気にしたらダメよ」
観覧車のずっと上の方から、何やら大きな物音がしているようだ。内部で音が反響してはっきりとした場所まではわからないけど、何かが起こっているのは間違いない。
不安が胸に広がる。早くあの子達と合流しないと。
しばらく進むと、道が途切れていた。足場から柵を越えた先にあるハシゴを伝い、更に上に行かなければならないようだ。ここは私が先に行くべきだろうと考えて、柵を乗り越えてハシゴに掴まる。
「哀ちゃん、気を付けて」
「ええ、大丈夫」
哀ちゃんが柵に乗って、こちらに手を伸ばす。それに手を伸ばした時、哀ちゃんが頭上を見上げて息を飲んだ。
何かに気を取られた。その瞬間、哀ちゃんが足を滑らせて大きくバランスを崩す。
近付きかけていた手が離れていく。私のいる位置からじゃ手を伸ばしても届かない…!
哀ちゃんの悲鳴。もう、何も出来ないのは嫌なのに。
「哀ちゃん!!!」
私が叫んだその時だった。
上から降ってきた影が、落ちかけていた哀ちゃんの手を掴む。ぐら、と大きく哀ちゃんの体が揺れた。
哀ちゃんの落下を阻止したその人は、私も知る人物。思いがけないその人に息を呑む。
「……お姉さん…?」
この施設で出会った、記憶喪失のお姉さん。
どうしてここに、と思いながら目を見開く。
お姉さんはちらりと私に視線を向けると、再び哀ちゃんの方に顔を向けた。
「ッ…何?私を彼らの元へ連れ戻すつもり?」
「彼らって?組織のこと?……もしかしてあなた…組織を裏切ったシェリー?」
連れ戻す?組織?裏切り?シェリーって?
話が見えずに言葉を失う。
彼女達は、一体なんの話をしているのだろう。何か、私には全く理解の出来ない規模の話をしていることだけはなんとなくわかった。
お姉さんは小さく息を吐くと、哀ちゃんの手を強く握り直した。
「…さぁ、逃げるわよ。ここにいては危ない。…あなたもよ、ミナさん」
お姉さんの視線がこちらに向く。私が知る柔らかいお姉さんの雰囲気は一切なくて、思わずビクリと体を震わせた。
「逃げるって、どういうつもり?悪い冗談ならやめてくれる?!」
「ジンが来ている。あなたなら、この意味がわかるわよね」
お姉さんの言葉に、哀ちゃんの表情が強張るのがわかった。
…このお姉さんは…発作を起こした時に、お酒の名前を口にしていた。…キール、バーボン。スタウト、アクアビット、リースリング。…そして、シェリーとジン。何故だかわからない。言いようのない恐怖を感じて眉を寄せる。
「…でも、どうして私を…」
「わからない。何故助けたなんてわからない。…でも私は、どんな色にでもなれるキュラソー。前の自分より、今の自分の方が気分がいい。…ただ、それだけよ」
お姉さんはそう呟くと、力強く哀ちゃんの体を引き上げた。そのまま足場へと降り立ち、私の方へも手を伸ばす。
「さぁ、行くよ。ミナさんも早く」
「…お姉さん、記憶が…戻ったんですか?」
「ええ」
記憶が。
良かった、そう思いながらお姉さんの方に手を伸ばしかけてハッとする。慌てて手を引っ込めて頭を振った。
「お姉さん待って!まだ子供達がゴンドラに取り残されてるの!早く助け出さないと…!」
私の言葉にお姉さんは驚いたように目を見開き、次いで表情を険しくして歯噛みした。
…記憶が戻ろうと、あの子達とお姉さんの絆は本物だ。落下しかけた哀ちゃんを助けてくれたお姉さんなら、あの子達のことも助けられるかもしれない。
そう思った、その時だった。
凄まじい音とともに観覧車が揺れる。銃声?連続したその音は徐々にこちらに近付いてきているようだ。
「ミナさん!!」
弾丸の光が視界の端を走った。このままじゃ撃たれる。あまりに非現実的なことが起こっているというのに、私の脳は不思議と冷静だった。
ハシゴを何段か上がると、その刹那私がいた部分を弾丸の雨が過ぎ去っていく。ここから哀ちゃん達のいる足場に降りるのは無理だ。
「私はいいから早く逃げて!」
死ぬかもしれない。哀ちゃんとお姉さんの声を聞きながらハシゴを急いで上り、上の足場へと降り立った。銃声は鳴り止まない。一度遠ざかったけどまた近付いてくる。
私は、前の世界で自分の感覚は麻痺しているのかもしれないと思っていた。安室さんにも警戒心を持てと怒られた。
けれど今は、感覚を麻痺させていないと…確実に、私は死ぬ。恐怖に気付いてはいけない。恐怖は今私の足元にぴたりと張り付いていて、少しでも足を滑らせれば私は恐怖に飲まれるだろう。
今はまだ、麻痺したままで。強く歯を食いしばり、私は銃声から逃げるように駆け出した。
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