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「僕もあなたに聞きたいことがありますし、あなたも僕に聞きたいことがあるでしょう。ですがまずは怪我の手当と休息が先です」

安室さんの車に乗って一時間と少し。すっかり住み慣れたMAISON MOKUBAに戻ってくると、部屋に入るなり安室さんにそう言われた。
確かに、体は既に限界値を超えてしまっているような気がした。手足は重りでも付けられているかのように怠くて、今すぐベッドに横になりたいような疲労感がある。
…まぁ、それはそうか。あんな巨大観覧車の広い内部を、銃弾に追われる中走り回って逃げたのだから。しばらくは筋肉痛に悩まされるかもしれないなと思うと小さな苦笑が浮かんだ。

そんなわけで、私と安室さんはいつものように交代でシャワーを浴びた。身体中にできていた傷にお湯が滲みたけれど、ドロドロのままでいるよりはずっと良い。ただ、血行が良くなったことで更にじくじくと痛むのはどうしようもなかった。
ゆっくり入ってきてくださいねと言われたのでその通りゆっくりさせてもらったのだけど、私と入れ替わりで浴室に入っていった安室さんはすぐに出てきた。カラスの行水過ぎないかと思ったが、私の手当を優先してくれたんだと気付いて申し訳なくなる。

「…もっと安室さんもゆっくり入ってくれば良いのに」
「あなたの怪我の方が大事です」

そんなことを言っているけど、私なんかよりも安室さんの方が傷だらけだし重傷だと思う。右側頭部の部分も切れているみたいで血が少し垂れてきてしまっているし、正直先に安室さんの怪我の手当をしたいくらいである。
安室さんは相変わらず慣れた手つきで私の怪我を改め、手早く手当していく。腕や足の小さな擦り傷はさほど問題なかったが、一度派手にすっ転んで縞鋼板で擦った膝は酷いことになっていた。小学生の頃、運動会で転んだ時のことを思い出す。

「…観覧車の内部に入った経緯は?」

消毒の痛みに顔を顰めていれば、不意に安室さんに問いかけられて顔を上げる。

「…少し長くなるんですけど、お話しても良いですか?」
「構いませんよ。簡潔な話を聞いても、僕も納得いかないでしょうし」

安室さんの声は穏やかで、純粋に経緯を知りたがっているような口振りだった。…ここで怒られてしまっていたら、上手く話せなかったかもしれないけど。
私は、昨日子供達や阿笠博士と一緒に東都水族館に言ったところから話を始めた。そこで不思議な記憶喪失のお姉さんに会ったこと、具合が悪くなってしまったお姉さんが警察病院に連れていかれたこと。子供達とお見舞いに行って会えたは良いが、その後お姉さんが公安に身柄を引き渡されてしまったこと。

「…子供達が言ったんです。観覧車から見える景色の写真を、お姉さんに送ってあげたいって」

そこで鈴木園子ちゃんのコネクションを使い、特別に観覧車に乗せてもらうことになった。けれど…子供達が戻ってくる前に起こった突然の停電。それから、そんな中観覧車に向かっていた哀ちゃん。

「哀ちゃんを引き止めることはどうしても出来なくて…だから、私も一緒に行くことにしたんです。そしたら中であのお姉さんに会って…突然始まった銃撃に、散り散りになりました」

後は逃げている最中に赤井さんに助けられて、安室さんの知る通りです。そう言って言葉を切ると、安室さんは手当を終えた私の膝をそっと撫でてから顔を上げた。

「…なるほど。経緯はわかりました。…非常に不本意ですが、あなたを助けてくれたことに関してだけは赤井に感謝します。…本当に憎たらしい、」

安室さんの声はいつもよりも低くて、思わず小さく身を竦めてしまう。…やはり安室さんと赤井さんはただならぬ関係らしい。多分私なんかが首を突っ込んでもいい関係ではないだろう。そっとしておこうと思いながら顔を上げると、安室さんはまだ少し考え込んでいるようだった。

「…ご心配をお掛けしてしまいすみませんでした」
「…いいえ。本音を言えば停電の時点で避難して欲しかったところですが、今回の場合はもし避難していたとしても危ない目に遭っていたかもしれない。あの施設内において安全な場所などなかったも同然です。お互い無事だったことですし、それで良しとしましょう」

安室さんは小さく苦笑すると、私の頬に手を伸ばした。
何だろうと思わず身構えてしまう。目を瞬かせていると、不意に頬がぴりっと痛んだ。

「顔にまで傷を作ってしまったことと、危険とわかりながら乗り込んできたことに関しては…少し、怒っていますけどね」

お風呂に入った時には気付かなかったが、顔にも傷が出来ていたらしい。顔を洗った時に瘡蓋が剥がれて血が滲んだのかもしれないな。じっとしていると、安室さんが頬の傷を消毒してから絆創膏を貼ってくれる。

「…あなたも僕に、聞きたいことがあるでしょう」

聞きたいことは、ある。けれど、聞いていいことなのかどうかわからない。そんな私の思いに気付いたのか、安室さんは小さく苦笑を浮かべながら首を傾げた。

「答えられないこともあると思います。けれど、このままではあなたも納得出来ないでしょう。…僕に答えられることは、お話しますよ」

まずはあなたの疑問を聞かせてください。
安室さんにそう言われて、一度目を閉じると自分の中での疑問を少しずつ掻き集める。散らかっていた疑問を集めて、本当に聞きたいことなのかどうかを自分の中で確かめる。
少しだけ考えがまとまって、目を開けながら顔を上げると救急箱を片付けようとしている安室さんが目に入った。慌ててその手を掴んで止める。

「ちょ、ちょっとダメですよ、まだ安室さんの手当が終わってません!」
「これくらいなら放っておいても問題ありませんよ」
「ダメです!バイ菌入ったらどうするんですか…!」

半ば無理矢理安室さんから救急箱を奪うと、中から消毒液と絆創膏やガーゼを取り出した。…拙い手当だけども、何もしないよりはマシ、な、はず。
とは言っても恐らく、目に見える部分しか手当はさせてくれないだろうな。両腕に細かい傷と内出血…それから顔に出来た掠り傷と、右側頭部の傷。側頭部の傷だけはせめて手当させてもらわないと困る。

「ミナさん…」
「ダメです。…せめて側頭部だけはちゃんと手当させてください」

安室さんがそれ以上何かを言う前にと思いながら、安室さんのまだ湿った髪をそっと掻き上げる。生え際の辺りに痛々しい裂傷が出来ていた。滲んだ血は髪にも付着してしまっている。…こんな怪我を放置なんて絶対にダメだ。

「…本当にあなたは変なところで頑固というか…」
「安室さんが傷つくのを見るのは嫌です。…観念してくださいね」

私が言うと、安室さんはようやく深い溜息を吐きながら諦めてくれたようだった。垂れている血を拭って、そっと傷の手当を始める。

「…安室さんは赤井さんのことをFBIと呼んでいましたけど…」
「ええ、そうですよ。アメリカ連邦捜査局…聞いたことくらいはあるでしょう」
「…よく映画やテレビドラマで耳にします。でもなんというか、自分とは全く違う世界の話というか…赤井さんがFBIなんてちょっとびっくりです。…納得する部分も多いですけど」

大きなライフルを抱えながら、私を連れて逃げてくれた。射撃なんてしたことないからわからないけど、動くオスプレイを撃ち落とすなんて普通の人では到底無理だ。腕の良いスナイパーなのかな、と考えながら、赤井さんがオスプレイを撃ち落としたあの瞬間を思い出す。
…かっこよかったな。

「FBI…赤井さんすごかったですもんね。なるほど…」
「日本の警察も優秀ですよ」
「へっ」
「…いえ、なんでも。他に聞きたいことは?」

不自然な話の遮り方だな、と思いながら首を傾げる。日本の警察…今の話の流れではそんな話はしていなかったはずなんだけど。まぁいいか、と思いながら次の疑問について考える。

「…あのオスプレイに乗っていたのは…もちろん、悪い人達…なんですよね?観覧車なんて襲って、何が目的だったんでしょう」
「彼らは極めて大規模な犯罪組織です。…すみません、それ以上のことは…話せないんです」

安室さんは言葉に迷っているようだった。その迷いが何から来るのかはわからないけれど、安室さんが話せないというのならきっと理由があるのだ。私が知らなくても支障がない、私が知らない方が良いような理由。

「…犯罪組織の人の考えなんて、私にはわかりませんから。なんかわからないけど東都水族館を襲った怖い人達って思っておきます」

へらりと笑えば、安室さんは少し目を瞬かせながら私を見た。でもそれ以上は何も言わず、小さく息を吐いている。
無言で続きを促されているのだと気付く。あと私が聞きたいことと言えば…これを聞いてもいいのだろうかと思いつつ、きっと答えてもらえないんだろうとも思う。
けれど、私がどういうことに疑問を持っているのか…安室さんは、そこが知りたいのかもしれない。だから。

「…安室さんは、どうしてあそこにいたんですか?」

思い切って、口に出した。

「爆弾の解除をしたの、安室さん…なんですよね?どうして、そんなことが出来るんですか?」

普通の人間には出来っこない。探偵で、喫茶店でアルバイトをしているお兄さんが爆弾処理を出来るなんてどうして考えられるだろう。

「あの観覧車の中で、私は間違いなく足手纏いだったと思います。そんな中で、赤井さん言ったんです。安室さんと合流して、その後は彼に任せればいいって。赤井さんが本当にFBIだと言うのなら…そんな人が認める安室さんは、何者なんですか?」

私はただの一般人だ。安室さんだって、肩書きを見る分には一般人…のはずだ。
けれど、赤井さんやコナンくんにとっては安室さんは一般人ではなかった。彼らは何かを知っている。安室さんがただの探偵ではないことを、恐らくちゃんと知っているのだろう。
爆弾の処理を任せられて、あんな崩壊を始める観覧車の中で散り散りになっていても信じることが出来、そして足手纏いである一般人の私を任せられるような人物。
安室透という男は、一体何者なのか。

「安室さんは、ただの探偵さんじゃない」
「ミナさん」

安室さんの声が私の言葉を遮る。
私が口を閉ざし、安室さんも口を閉ざした。緩やかな沈黙。安室さんはきっと、私に何を言おうか考えているんだと思う。俯いていて表情はあまり見えないけど、その目が細められているのはわかった。
…私は、安室さんにそんな表情をして欲しいわけではないのだ。私がどんな疑問を抱いていたか、知って欲しかっただけ。

「…と、私が疑問に思ったのはそれくらいです」
「…え、」

血の止まった傷に軟膏を塗って、絆創膏を貼る。髪に付着していた血をそっと拭って落としてから、傷を隠すように髪を下ろして指で撫でる。羨ましくなるほどのサラサラの髪だ。

「何だかよくわからないけど、大規模な犯罪組織が東都水族館を襲った。赤井さんはFBIだから、きっとそんな犯罪組織を追っていたんですよね。コナンくんも安室さんもそんな赤井さんとお知り合いだったみたいですし…二人の探偵さんがFBIの方に協力していた。…っていうことで、納得出来たので大丈夫です」

側頭部の傷の手当は終わったが、それ以外のキズはどうしようかな。腕の傷は細すぎて、確かに手当をしない方が逆に良いかもしれない。頬の傷には絆創膏を貼らせてもらおうと思いながら、絆創膏の包みを開ける。

「私はただの一般人なので…なんというか、機密事項みたいなものを知りたいとは思わないんです。そもそも教えて貰えるとも思っていませんし」

安室さんの頬に絆創膏を貼って、よし、と小さく呟いた。救急箱の蓋を閉じてゴミを纏める。

「だから、自分を納得させられるだけの材料があれば、充分なんです。安室さんが話したくないことを…無理には聞きたくないです。私には、安室さんが今教えてくださったことだけで充分です」

安室さんやコナンくんが普通の人でないことはもう何となくわかっている。赤井さんと安室さんの様子を見ていても、安室さんが赤井さんに協力したわけではないことくらいわかる。でも、与えられた情報を上手く組み合わせて判断するならこれでいいのだ。事実がどうあれ、自分が納得出来たのだから。

「これはコナンくんにも言ったんですけど…隠し事なんて、皆きっと抱えてるものだと思うので。安室さんの隠し事を知ってても知らなくても、私には関係ないです。あなたがあなたであることに、変わりはないですから」

ね、と言って笑うと、安室さんは驚いたような表情でじっと私を見つめていた。…どうしよう、今更だけど何か恥ずかしいことを言ってしまったような気になってくる。
やっぱり言うんじゃなかった。よくよく考えると思い上がっているというか、何様だと思われても仕方の無い発言だったのではないだろうか。沈黙が痛い。

「…きゅ、救急箱しまっちゃいますね!」

いたたまれなくなってとりあえず救急箱をしまおうと手を伸ばしたのだが、不意に伸ばされた安室さんの手が私の手首を掴んだことで動きを止める。
どうしたのだろうか、と視線を向けるも、安室さんは俯いていてあまり顔は見えない。

「…安室さん…?」

安室さんは深い溜息を吐いた。それからゆっくりと顔を上げて、私を真っ直ぐに見つめる。
どきりと胸が跳ねる。

「あ、あの」
「ミナさん」

ぐい、と安室さんに腕を引っ張られる。わぁ、なんて間の抜けた声を上げながら、私は安室さんの腕の中へと飛び込んだ。
何が起こったのか理解が追い付かない。安室さんの腕が私の背中に回されて、ぎゅうと強く、抱き締められている。
私は今、安室さんに…抱き締められている。

「え、あっ、あむ、あむろさ、」
「ミナさん」

ほんの少しだけ掠れた安室さんの声に、私は身動ぎするのをやめる。

「…今だけは、安室と呼ばないでください。…少しの間だけでいいから」

お願いします、と呟かれる。
その声が何故だかとても切なく響いて、胸が少し痛んだ。
安室さんがどんな顔をしているのか私には見えない。でも、見ようとも思わない。きっと、見て欲しくないのだと思うから。

「…はい、」
「ミナさん、…ありがとう」

小さく頷くと、感謝の言葉と共に私を抱き締める安室さんの腕に力がこもった。
おずおずと腕を上げて、私も安室さんの背中に腕を回す。それから、広いその背中をそっと撫でた。
どうして、安室さんが私に感謝を言うのだろう。助けてもらったのは私の方なのに。

「…私のことを助けてくれて、ありがとうございました」

だから、感謝を返す。
私が今ここに生きているのは、この人のお陰だから。

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