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「本当にもう大丈夫なのかい?」
「はい、本当にご心配おかけしました」

安室さんに海に連れてってもらった翌日、私はいつも通り嶺書房さんに出勤した。昨日の外出で私の気分は大分落ち着いていたのである。夜ご飯に食べたイタリアンもとても美味しく、安室さんがオススメするだけあるなぁと思った。
安室さんは私に残るトラウマのことを心配していたようだったけど、暗闇に恐怖を感じることと夜の眠りが浅くなることが大きな問題だったので…その、ひとまずそれはクリアしている、と言っても過言ではない。
何故なら、…えぇと、昨日の夜も安室さんに一緒に寝てもらったのである。
最初は一人で寝ようと努力していたのだけど、暗闇が怖く寝付けず、安室さんが豆電球を点けてくれたのだがそれでも尚恐怖は拭い去れなかった。
そんな私を見て、安室さんが私を、だ、抱きしめて寝てくれたのだが…これが驚くことに安眠快眠。眠りに入るまでは緊張と恥ずかしさで眠れる気などしなかったのだが、いざ眠りに入ってしまえばぐっすり朝まで寝てしまったのだ。子供か。
朝起きておはようの挨拶をした後、安室さんは「落ち着くまでは一緒に寝るのが効果的みたいですね」と言ったのだった。その顔が真剣そのものだったので結構です大丈夫ですとは言えなかった。そもそも多分大丈夫ではない。
そんなわけで。
私の問題は安室さんが一緒に寝てくれることで解決。もしかしたら少しだけ情緒不安定になるかもしれないという不安感はあるものの、体としては元気なので今日から復帰したというわけである。
嶺さんは安室さんから大体の説明は受けていたみたいで、出勤するなりものすごく心配されてしまった。有難いことだ。
昨日は嶺さん自身が店頭に立ってくださったらしく頭が上がらない。昨日の分もしっかり働こうと思いながら、嶺さんの隣の人物に視線を移す。

「今日から働かせていただきます黒羽快斗でっす」

へらりと笑う黒羽くんを見て、ぽんと手を叩く。
曜日感覚がなくなりかけていたがそういえば今日は土曜日か、と思いながら頷いた。

「本当はもう少し先の予定だったんだがね。佐山さんの欠勤を聞いた黒羽くんが、動ける人員は多い方がいいだろうって」
「早い方がいいでしょ。そんなわけで急だけど今日からってことになりました。ミナ先輩よろしくぅ、色々教えてね」
「そうだったんだ。嬉しいな、こちらこそよろしくね」

急な話ではあったけど、黒羽くんが入ってくれるのは心強い。これから仕事も益々楽しくなりそうだ。



「えっミナさん拉致されたの?!」
「しーっ、黒羽くん声大きい…!」

黒羽くんに本のカバー掛けを教えながら昨日の欠勤理由について話したのだが、なんというか黒羽くんの反応はわかりやすいものだった。黒羽くんはカバーを掛ける手を止めて私の方に顔を向けながら目を白黒させている。

「…道を教えて欲しいって声をかけられて、先導しようとしたら変な薬品嗅がされたみたいで…気付いたら知らない部屋にいて」
「えっ、そ、それで?」
「最終的に火をつけられたんだけど…私がいた部屋まで火の手が来る前に助け出されたから。それでちょっと昨日はお休みさせてもらったんだ」
「いやいやそんな、休んで当然だろ。むしろ今日大丈夫なのかよ。無理してない?」
「してないよ。心配させちゃってごめんね、本当に大丈夫だから」

苦笑して答えれば、黒羽くんはやや疑わしそうに私を見つめながら眉を寄せた。大丈夫だからそんなに気にしないで欲しい。

「…ミナさん、こないだっからなんつーか…いろいろ巻き込まれすぎじゃない?刺されたり拉致されたり」
「…う、おっしゃる通りで」
「大丈夫かよ…ただでさえ犯罪率高いんだからさ、気をつけなよ」
「ありがとうございます…気をつけます」
「危なっかしいなぁ」

歳下の男の子にこんな心配のされ方をするなんて、私って情けない。反論すべきことも無く私はただただ頷いた。

「……でも、本当に無事で良かったよ。手首の傷は拘束されてた時の?」
「うん、大したことは無いんだけどね」
「大したことあるとか無いとかの問題じゃねぇよ。……犯人、早く捕まるといいな。…そういうの許せないし」

黒羽くんは本当に正義感が強くて優しい男の子だなと思う。私もこの街で生きていくのなら、もっと注意深くならなければいけないかもしれない。
本当に恐るべし米花町、である。事件と隣り合わせの街なんだと思いながら、私は受注書の束にパンチで穴を開けた。それをリングファイルに収めながら、隣で本のカバー掛けの練習をしている黒羽くんに視線を向ける。
…ほんと、整った顔をしてるよなぁ。私の周りには整った顔立ちの子が多いなと思う。安室さんや沖矢さんや、一度しか会っていないが赤井さんもハンサムだったし…コナンくんは絶対将来イケメンさんになる。毛利さんもダンディなおじ様だし、梓さんや蘭ちゃんや園子ちゃんは青子ちゃん美少女だ。
そこまで話して、そういえばと口を開く。

「そういえば一昨日、青子ちゃんが来たよ」
「あー、聞いた聞いた。ミナさんといろいろ話し込んじゃったーって嬉しそうに話してたけど、何の話したんだよ」
「何の話って…」

何を話したっけ、と思い返して、そういえば大体黒羽くんの話だったなと苦笑する。多分お互いになんとなく気になる存在なんだろうし、変なことは言わないでおこう。
私はこっそり、黒羽くんと青子ちゃんを応援したいのである。

「内緒。いろいろだよ、女同士のお話」
「青子もそう言うんだよなぁ……」

ふむぅ、と納得してなさそうな表情を浮かべる黒羽くんに吹き出した。
幼馴染かぁ。蘭ちゃんと園子ちゃん、新一くんも幼馴染と言うし、何だかそういうのっていいなぁと思った。


***


今日の締め作業は黒羽くんにやらせると言うので、後のことは嶺さんと黒羽くんに任せて私は一足先に退勤した。時間を見ればいつもより少し早いし、さてどうしようかなと考える。
安室さんは今日のポアロのシフトは閉店までだと言っていたし、閉店までまだ一時間程度ある。せっかくだし行ってみようと考えて、私はポアロの方に足を向けた。
外から店内を覗き込めば、コナンくんと蘭ちゃん、それから園子ちゃんの姿もある。コナンくんと蘭ちゃんには心配もかけてしまっていたし、その件についても謝っておこうと思いながらポアロのドアを引いた。

「いらっしゃいませ。…あぁ、ミナさん」
「こんばんは」

カウンターの奥から顔を向けた安室さんは、私の顔を見ると小さく笑った。私に気付いたコナンくん達もこちらに視線を向ける。

「ミナさん!」
「こんばんは。コナンくん、蘭ちゃん、園子ちゃん。席、一緒してもいいかな?」
「もちろんです!と、言うか!ミナさん、大丈夫だったんですか?!」

閉店までさほど時間もないからか、店内にはコナンくん達以外にお客さんの姿はない。私は蘭ちゃんの言葉に甘えて、空いていた園子ちゃんの隣の椅子へと腰を下ろす。
それから身を乗り出しているコナンくんと蘭ちゃんを見つめ苦笑を浮かべてから頭を下げた。

「こないだはものすごく心配させちゃってごめんね」
「スマホを落として連絡が取れなくなってたって聞きましたけど…」

ちら、と安室さんを見れば、安室さんは小さく苦笑を浮かべている。その後にコナンくんを見れば、彼は真剣な表情でじっとこちらを見つめていた。…なるほど、安室さんは恐らくコナンくんには本当の理由を話しているんだろう。けれどそれをそのまま蘭ちゃんに話すと変な心配をかけてしまうから、コナンくんが適当な理由をつけて説明した。相変わらず気が利く子だなぁと思いながら、私は蘭ちゃんに視線を戻した。

「そうなの。もう見つかったから大丈夫。…本当にごめんね、これからは気をつけるから」

私のその言葉に蘭ちゃんはほっと息を吐くけれど、コナンくんは私の方をじっと見つめたままだ。…多分聞きたいこともいろいろあるんだろうなぁ。
園子ちゃんと蘭ちゃんが話をしているのを横目に見ながら、私はこっそりと唇に人差し指を押し当ててコナンくんに目配せした。彼ならこれで伝わるだろう。

「ミナさん、ご注文は何にします?」
「カフェラテをお願いします。もうすぐラストオーダーですよね」
「ええ。カフェラテですね、少々お待ちください」

お冷を運んできてくれた安室さんに注文を告げると、改めてコナンくん達と向き合う。
外から見た時は何やら楽しそうに話をしていたようだったが、何の話をしていたんだろう。

「皆何の話をしてたの?」
「聞いてよミナさん!怪盗キッドが予告状を出したのよ!」

勢いよくこちらに顔を向けたのは園子ちゃんだ。園子ちゃんは怪盗キッドの大ファンとのことで、今までにも何度か予告状の場所に出向いているらしい。
そういえばこないだ黒羽くんに怪盗キッドについて聞かれたなぁ、なんて思いながら私は彼女たちの会話に耳を傾ける。

「明日の夜よ!ミナさんも来る?!」
「う、うーん…私は遠慮しておくよ」
「どうして?!キッド様に会えるかもしれないのよ!」
「え、えぇ…?」

園子ちゃんの圧がすごい。本当にものすごいファンなんだろう。私はそこまで熱くなって誰かを追っかけたりはしたことないし、純粋にその熱意はすごいなぁと思う。

「私はいいよ。キッド様の勇姿は園子ちゃんがしっかり目に焼き付けてきて。…明日はコナンくんも行くの?キッドキラーなんて呼ばれてるくらいだし」
「ミナさん知ってたの?」
「うん、新聞で読んだよ」

笑って言うと、コナンくんは少し照れくさそうに苦笑を浮かべた。

「君の活躍は本当に多方面に渡るね」

安室さんがカフェラテの乗ったトレーを持ってこちらに歩み寄ってきて、私の前にカップを置きながら言った。安室さんもコナンくんの異名については知っているみたいだ。

「別に大したことじゃないけどね。でもキッドからの予告状が届いた以上、ボクも行かないと」
「探偵さんはすごいなぁ」
「安室さんも来る?」
「怪盗は専門外なんだ」

コナンくんが安室さんを誘うも、安室さんはしれっと答えてカウンターの方へと戻ってしまった。
…専門とか専門外とか、そういうのあるんだ。探偵もいろいろなんだなと思いながら、私はカフェラテに砂糖を溶かしてスプーンで掻き混ぜる。それを口に運んで、ほっと息を吐いた。やっぱり美味しい。
カフェラテをゆっくり味わいながら、キッドの話で盛り上がる園子ちゃんと蘭ちゃんを見つめる。…そうか、キッドが予告状を出したのか。ぼんやりと考えながら、でも自分とは縁遠い話だなぁなんて思っていた。

ふと携帯が震えてスマホを取り出す。メールが届いていた。安室さんからだ。開いてみると、今日の夜は探偵の方の仕事が入ってしまった為ポアロ閉店後はそちらに直行してしまうとのこと。今日中には帰宅するとも書いてあった。
カウンターの方に視線を向けると、安室さんが少し申し訳なさそうな表情をしていた。大丈夫です、の意味を込めて小さく笑み、メールを返す。
どうせ一人じゃきっと眠れない。のんびり安室さんが帰ってくるのを待っていようと思いながら、私はカフェラテのカップを口に運んだ。

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