68

場所を変えて、蘭ちゃんと園子ちゃん、世良ちゃん、コナンくん、そして私と安室さんは音楽貸スタジオへと来ていた。
来る予定はなかったのだが結局引っ張られてしまいここまで来てしまった。園子ちゃんからものすごく推されているもののギターをやるつもりは無い。安室さんに教えて貰ったとしても私に出来るのなんてせいぜい音階を奏でるくらいだろう。一曲演奏するなんてとても無理だと私は思っている。

「えーっ?!ウッソォ!!部屋が全部埋まってる〜?!」

…とはいえ、せっかく貸スタジオまで来たものの、全室使用中なのであった。園子ちゃんが受付で声を上げている。
満室であることに私は少しだけほっとしていた。だって満室ならば仕方がない。やりたくても部屋がないのではやることは出来ない。

「そっかぁ、残念だねぇ」
「ミナさん全然残念そうじゃないね」

コナンくんの鋭いツッコミ。
彼女達の練習を見守るだけなら喜んでお付き合いするが、自分が練習させられるかもしれないとなれば話は別である。

「一時間ほど待っていただければ空きますけど…」

受付のお姉さんも困り顔である。
園子ちゃんは溜息とともに、後ろにいた世良ちゃんと蘭ちゃんを振り向いた。

「どうする?」
「またにするかぁ」
「でもせっかく来たのに…」

園子ちゃんが言い出しっぺとは言っても、蘭ちゃんも世良ちゃんもこのバンドに何気に乗り気なんだなぁと思う。練習を重ねたら、もしかしたら立派なバンドのお披露目になるかもしれない。それはちょっと楽しみだ。
とはいえ部屋が空くまで一時間も待つことになるなら出直しかな、なんてぼんやりと考えていたのだが。

「まぁ、一時間くらいなら待ちますか」
「えっ」
「地下に休憩所もあるようですしね」
「えっ」

おや、何やら雲行きが怪しいのではないだろうか。
私は思わず安室さんを見上げたが、彼はにこりと笑うばかりである。

「楽器を借りておけば、コードや単音で曲の雰囲気は教えられますしね」
「へー?あんたベースも出来るんだ?」

世良ちゃん、なんだか安室さんによく突っかかるな。以前安室さんに会ったことがないか聞いていたけど、その辺のことが引っかかっているのだろうか。
世良ちゃんの言葉に、安室さんは視線を向けるとほんの少しだけ目を細める。

「ええ。君のお兄さんのお友達より上手いかどうかは、保証できかねますけどね」

世良ちゃんは昔お兄さんのお友達にベースを少し教えてもらったと言っていたっけ。ベースもギターも私にとってはあまり変わらないのだが(そもそも違いがあまりわからない)、今の二人の会話からしてきっと大分違うものなんだろうな。よくわからないけどベースとギター両方できる安室さんってすごい。

「ところで、園子はドラム叩けるの?」
「もち!あたしドラムの名人得意だから!」

元いた世界でそんな名前のアーケードゲームがあったような、と思いながら、コナンくんの呆れた表情を見て察した。どうやらゲームのことのようだ。本当に大丈夫かな園子ちゃん。


楽器を借りて地下の休憩所で部屋が空くのを待つ。
その間に、世良ちゃんがベースを弾いてくれた。音階を弾いただけだったけど、指の動きに迷いはないし一音一音しっかりと奏でられていて思わず拍手してしまった。

「世良ちゃんすごい!」
「やるじゃん!」
「いや、ただドレミを弾いただけだって。…まぁ、兄貴の友人に教わったのはこれくらいだけどね」

そうは言うけど、音階を弾けるのと全くわからないのとではスタートも全然違うと思う。好感触だなと思うと同時に、彼女達への期待も高まる。

「ベースを教えてくれたその男の顔、覚えてますか?」

安室さんの言葉に、目を瞬かせる。

「まぁ…なんとなく。…でも、どうしてわかったんだ?その友人が男だって」
「まぁ…なんとなく」

…なんだろう、やっぱりこの二人の空気というか、雰囲気というか、あまり良くないような気がする。牽制し合っているというのか…互いに何やら探りを入れているような。どちらにも隙がない。
…仲が悪い、のかな。いやでも初対面だと言っていたし…私としては仲良くして欲しいと思うのだけど、何か理由でもあるのだろうか。
無意識のうちに眉を寄せて二人を見つめていたら、ふと休憩室に怒鳴り声が響いた。

「もう!こんなんじゃ間に合わないって!!」

どん、と机を叩くような音。そちらに視線を向けると、女性が四人。聞くつもりは無いのだが、かなり大きな声で話をしているためどうしても内容が聞こえてきてしまう。
要約してみると、ライブの本番まであと一週間だというのにメンバーのモチベーションも上がらず、一体感やまとまりもない…といったところだろうか。メンバーの一人だろう女の子が声を荒らげ、憤りをあらわにしている。追悼ライブ、なんて声も聞こえてきたけど…誰か亡くなったんだろうか。
話の内容は気になったけど、所詮はその場に居合わせただけの人達だ。一週間後の彼女達のライブの成功を祈るくらいしか出来ないな、と思った。


***


「では、演奏する曲は沖野ヨーコさんのダンディライオンだとして…誰がボーカルをやるんですか?」

演奏する曲目も決めて話がまとまったところで、安室さんが言った言葉にその場の全員が固まった。
そういえば。ギターやキーボードやドラム、ベースの話では盛り上がっていたものの、確かにボーカルの話は今までに出ていなかった。
誰が歌っても良いような気もするけど、演奏しながら歌うのは難しいのかな。

「…そ、園子だよねぇ?」
「あ、あたしは、二つのこと同時に出来ない人だから…!世良ちゃん歌う?!」
「ボ、ボクは遠慮しておくよ」

何やら三人とも譲り合っている。え、そんなに嫌がるものなのだろうか?

「君の彼氏の新一くんはどうなんだ?」
「えっ?」
「彼ならギターも弾けるんじゃないか?」

世良ちゃんの言葉に、蘭ちゃんはぱちりと目を瞬かせてから少し考え込んだ。蘭ちゃんによると、新一くんはバイオリンが弾けるらしい。工藤邸を思い出して、なんとなくバイオリンが弾けるということに納得した。…家の大きさでイメージを持つのもどうかとは思うけれど。

「ギターはどうかなぁ…。…歌は…」
「歌は?」
「歌は……コナン君並に…ねぇ?」

皆の視線がコナンくんに注がれる。蘭ちゃんは苦笑してるし、園子ちゃんはニヤニヤと笑っている。コナンくんはほんのり頬を染めたままじとりとした表情を浮かべているが、言い返さないあたり…なんとなく察するものがある。

「…そうかぁ、」
「しみじみ言うのやめてくれる?ミナさん」
「ごめん、つい」

ちょっと聴いてみたい気もする。コナンくんの歌。
そんなことを考えていた時だった。
女性の悲鳴が突然響き渡る。その悲鳴は聞き覚えのある声だ。先程、休憩所で一週間後のライブに向けての話をしていた、バンドの女の子達のもの…だったと思う。

「上のスタジオからですね、」

弾かれたように立ち上がった安室さんと世良ちゃんが、真っ先に飛び出して行ったコナンくんを追う。
残された私と蘭ちゃん、園子ちゃんは不安な思いを抱えたまま顔を見合わせた。何かがあったことは間違いないだろう。大事なければよいのだが。

「私達も行った方がいいのかな」
「…とりあえず、ここで待ってましょう。安室さんと世良ちゃんも行ってくれたし…」

コナンくんが飛び出して行ったのは何となくわかる。安室さんも探偵だしこの場では心強い人だから彼が行くのもわかる。けど世良ちゃんは何故上に向かったのだろう。普通の女子高生なら、蘭ちゃんや園子ちゃんのような反応が普通だと思う。でも彼女は怯むことなく階段を駆け上がって行った。

「世良ちゃんって、何者?」
「高校生探偵よ」
「探偵?!」

思わず変な声が出た。
まさかの。探偵。女の子で、高校生で、探偵。工藤新一くんといい、安室さんといい、毛利さんといい、コナンくんといい…この街には本当に探偵が多すぎるのでは。こんなごろごろと街に探偵がいるのが実は普通なのだろうか。街行く人々の中にもしかして結構探偵さんも紛れていたりするのだろうか…さすがにそんなわけはないだろうと首を振る。

「すごいね…探偵…」
「推理力も確かなんですよ。依頼とかもされてるみたいだし」
「高校生で依頼を抱えてるの…?いや、工藤新一くんもそうなんだろうけど…なんというか次元が違いすぎる話でびっくりしているというか」

恐るべし高校生探偵。
犯罪率の高さと探偵の多さは比例するのだろうか、なんて思いながら私はつい上の階の方に視線を向ける。
安室さんも世良ちゃんもコナンくんも降りて来ない。ということは上で何かがあり、三人はそれの分析に忙しいということだろう。

「…大丈夫かな、」

先程聞こえた悲鳴は、ただならぬ様子だったように聞こえた。…まさか、殺人事件…だとか、そんなことはないよね。いくら犯罪率が高い街だとは言っても…。

「ミナさん、蘭さん、園子さん」

安室さんの声に顔を上げる。彼が休憩所の入口から顔を出していた。上での分析は終わったのだろうか。

「安室さん、何があったんですか?」
「殺人事件です」
「さっ」

殺人事件。
そんな馬鹿な。今し方自分で想像して否定したところだと言うのにさらりと安室さんから告げられて体が硬直する。
殺人未遂ではない。今安室さんは、殺人事件とはっきり口にしたのだ。
今、私達がいるこのスタジオの上の階で…人が、死んだと。死んでいると。そういうことだ。

「警察を呼びましたのでしばらくここから動けないと思ってください。事情聴取もありますから」

殺人事件が起こったと言うならごく当然のことだ。これから警察がここにやって来て…事件に関しての調査を始める。参考人として聴取されるんだろう。

「殺人事件って…やっぱりさっきのバンドの方々が?」
「えぇ、まぁ。…一度上に上がりましょう」

蘭ちゃんと園子ちゃんが顔を見合わせる。
人が死んだ。私はその事実を、上手く受け止めきれずにいた。
殺人事件に遭遇するなんて、元いた世界ではそうそうないことだと思っていたからだ。ニュースで読み上げられる話題として、起こった事実として、ぼんやりと流し見する程度。
そんな出来事が、今私の目の前で起こってしまった。実際に現場を見ていないせいもあるが、どこか現実味がなくて考えもまとまらない。

「ミナさん?」

安室さんに声をかけられながら顔を覗き込まれてハッとした。…ぼんやりとしたままではいけない。軽く頭を振る。

「…すみません、行きます」
「大丈夫ですか?…顔色もあまり良くないようだ」
「平気です。上に行くんですよね」

蘭ちゃんや園子ちゃんが平気そうにしているのに、私がこんな情けないままではいけない。
この世界は、今私が生きている世界だ。これから私が生きていく世界だ。この街は、私がこれから過ごしていく街だ。
犯罪率が多い以上、こういったことがもしかしたらまた起こるかもしれない。しっかりしないと、と手を握り締める。
安室さんは私をじっと見ていたが、やがて小さく息を吐いて私の背中をぽんと軽く叩いた。

「…平和な世界で過ごしていたあなたにとって、酷なこととわかっています。…あまり無理はしないでくださいね」

この世界では、普通のことなのかもしれない。人が殺され、事件が起きる。そんなことは日常なのかもしれない。
けれども安室さんだけは、私がそういう世界に慣れていないことを知っている。そのことが何より私を安堵させた。
私にはまだ、それを普通として…日常として受け入れられるだけの、余裕はない。

「…ありがとうございます」

背中に触れる安室さんの手があたたかくて、強ばっていた身体から力が抜ける。
…本当にこの人の存在は、何より私を安心させるんだなと思った。

Back Next

戻る