86

子供たちを連れてポアロに向かう。私はコナンくんからケーキは食べられないと思うよ、と聞いているからいいけど、子供たちはすっかりケーキを食べる気満々だ。
…一応、ケーキはないと思うって話した方が良いだろうか。

「ねぇ、みんな」
「ん、なんだよ、早く行こうぜ!」
「ミナさんもケーキ、楽しみですよね!」
「安室さんの作るケーキだもんね!」

なんでそういう流れになるのだろうか。今私声をかけただけだよね。はは、と空笑いを浮かべてから改めて子供たちに向き直る。

「さっきコナンくんから聞いたんだけど、ケーキもしかしたら食べられないかも。トラブルがあったみたいで」
「トラブル?なんでしょう、それ」
「そんなこと言って、コナンだけでケーキ独り占めしようってんじゃねぇだろうな!」
「えぇ〜っ、コナンくんだけずるいー!」

あぁ、うん。やっぱりそうなるんだよね、と予想通りの展開に肩を落とした。
まぁ、気持ちはわからないでもない。ケーキ食べたいのは私も同じだし、どんなトラブルがあったのかわからない以上とりあえずダメ元で行ってみたくなるし。これはやっぱり実際に何があったのか話を聞いて、子供たちには諦めてもらうしかないなぁと苦笑した。
それにしても、本当にトラブルってなんだろう。…トラブルというからには、ただ単にケーキが売り切れてしまったとかそういう話ではないだろうし…そもそもまだ昼前だし。いくらポアロのケーキが人気でも売り切れるのは早すぎる。
何にせよ、行ってみないことには始まらないなと小さく息を吐いた。


***


「えぇーっ?!」
「ケーキないのかよ!」
「だったら最初からそう言ってくださいよぉ!」

ポアロに到着し扉を潜ると、目の前には「ポアロ特製ケーキ、本日売り切れ本当にすみません」の札がかけてある。
…売り切れ、と書いてあるけど、電気業者の人が来ているみたいだし…設備の不具合、かな。
店内には透さん、梓さん、コナンくんだけで、お客さんはいない。

「何があったんですか?」
「ストッカーに入れておいたケーキが、崩れてしまっていまして」
「崩れ…?」

透さんに聞いてみると、苦笑を浮かべながらも答えてくれる。
崩れてしまっている、なんてそんなこと今までにはなかったことだ。やっぱり設備の故障かな。ふむ、と私が唸ると、梓さんが溜息を吐いて軽く肩を竦めた。

「味はいつも通り美味しいんだけど、見た目的にお店で出すことは出来ないんです。クリームがドロドロに溶けちゃって」
「クリームがドロドロに…」

味がいくら美味しくても、確かに見た目が悪いケーキはお店では出すことが出来ない。勿体ないな、せっかくの透さんの特製ケーキなのに。ポアロの人気商品でもあるだろうし、少し心配だ。

「はぁ…楽しみにしてたのに」
「ごめんね」
「今業者の人に直してもらっているから、明日は大丈夫だと思うよ」

落胆する歩美ちゃんを、梓さんと透さんが慰めている。
でも、明日食べられるならそれでもいいかな。今日は安室さんのハムサンドを頂いてみんなで食べて帰ろうか、なんて考えた時だった。

「あのぉ、調べてみたんですが…」

業者の人の声に、みんなで顔を上げる。メガネをかけたそこそこの年齢であろうその業者のおじさんは、小さく息を吐いて首を傾げた。

「異常ありませんね」
「えっ?」
「じゃあ、なんでケーキが型崩れするんですか?」
「さぁ……」

…まぁ、機械に異常がないなら型崩れの原因もわかるわけはないよなぁ。
でも、じゃあ。機械がなんともないなら、それ以外に理由があるという事だ。それはどんな理由なんだろうと考えて首を捻る。

「あっ!もしかしたら!」

声を上げたのは歩美ちゃんだ。
歩美ちゃんは何やら真剣な表情で唇を引き結ぶと、私の手を握ってポアロから飛び出した。慌てたようにコナンくんや元太くん、光彦くんたちも追いかけてきている。
振り払うのは簡単だけど、こんな真剣な様子だしとりあえず歩美ちゃんについて行ってみようか。

「あ、歩美ちゃん?どうしたの?」
「ちょっと!どうしたんだよ、歩美ちゃん!」

私の声にもコナンくんの声にも返事はない。
歩美ちゃんはずんずんと足を進め…やがて、ひとつのケーキ屋さんへと踏み込んだ。そのまま真っ直ぐショーケースの前に向かうと、びし、とケーキを指差す。

「ほら!見てこのケーキ!」

歩美ちゃんの指の先には、生地の色が濃く、生クリームといちごがたっぷりと使われたショートケーキ。とは言っても、ケーキの上部に使われているのはジャム、だろうか。よく見るショートケーキとは違って、粒のいちごは使われていない。

「…似てるよね、崩れる前のケーキに!」

私は実物を見たことがないけど、歩美ちゃんやコナンくんは知っているみたいだ。ケーキを見つめて小さく唸っている。

「じゃあこのケーキ、安室の兄ちゃんの真似か!」
「わぁーっ!!」

慌てて元太くんの口を押さえる。こ、こんなところでトラブルの火種を撒き散らかす訳にはいかない。このお店にも、透さんにも迷惑が…!

「元太、声がでけぇよ…!」
「…でも、確かに怪しいですね」

光彦くんと歩美ちゃんはじっとケーキを睨んでいる。
…ただの偶然だとは思うけど、盗作の可能性を見過ごせないんだろうな。透さん、子供たちからも慕われてるなぁなんて思って苦笑した。
それから子供たちは、揃って私を見上げた。
…わかった。何となく話の流れは読めたぞ。

「ミナお姉さん」
「検証の為に、買ってみませんか」
「…みんな今いくら持ってるの」

念の為聞いてみたら、歩美ちゃんは八十円、光彦くんは四十円、元太くんは二十円。…もちろん子供たちに払わせるつもりはなかったけど、そもそもポアロのケーキの支払いさえ出来ない額しか持ってないことに肩を落とす。…ケーキが普通に食べられたらどうするつもりだったんだろう。…いや、いいんだけど。大人として子供たちのケーキ代くらい私が払うのは当然だけど、私がいなかったらどうするつもりだったのかな。…まさか透さんがご馳走してあげるのかな。
ふぅ、と息を吐いてから改めてショーケースを見つめる。…検証なら一口食べられればいいか。ここにいる子供たち四人と、透さん梓さんと私。七人で食べるなら、二つくらいかな。
ケーキの値段はひとつ三百六十円。私はレジの人にケーキ二つを注文し、七百二十円を支払った。


***


そんなわけで。
(多分違うと思うけど)盗作かもしれないケーキ二つを手に、私達はポアロへと戻ってきた。梓さんに事情を話し、ケーキを七つに切り分けてもらってみんなで席に着く。
透さんはケーキを見つめて、うーんと唸った。

「…卵を多く使ったケーキの生地って、大体こんな色だけどね」
「クリームも、同じような量を同じように塗れば、見た目は似るよね」

戻ってきてから梓さんに宣伝用の写真を見せてもらったのだが、確かにケーキの生地の色といい生クリームとジャムの塗り方といい、見た目はよく似ていた。
けど真似をしたかと聞かれたらそれは偶然なんじゃないかと思うし、そもそも誰もがよく知るショートケーキなんて見た目では大した違いもない。

「じゃあ、盗作じゃないんですか?」
「だと思うけど…」

光彦くんの言葉に答えながら、透さんはフォークを手にして切り分けたケーキを刺し口元へと運ぶ。軽く匂いを嗅いでから、いただきますと律儀に言ってぱくりと食べた。
それを見て、私達もケーキを食べる。もぐもぐと咀嚼して、透さんの作るスイーツとは全く味が違うことに気付いた。
私は透さんの作る新作ケーキを食べたことは無いけど、パンケーキなら作ってもらったことがある。ふわふわで程よい甘さで、いくつでも食べられてしまいそうだと思ったのを覚えている。

「ご馳走様でした」

フォークを置いたが、みんなの表情は浮かないままだ。
…まぁ、それもそうか。

「味は全く別物ね」
「うん、ポアロのケーキの方がずっと美味しい」

不味い…というわけではなくて普通に美味しいのだけど、ポアロのものと比べるとやっぱりどうしても味の差を感じざるを得ない。
生地はどこか少しパサついているようだったし、クリームも甘ったるさが目立ってしまって私は一口でも満足してしまうと思った。

「これで謎は解けたな」
「解けたか?」

元太くんの言葉にすかさずコナンくんが突っ込む。
…ごめん、私も何が解けたのかわからなくて首を傾げた。

「あのケーキ屋さんのおっちゃんが、夜中に忍び込んで安室の兄ちゃんのケーキを崩してんだよ!」
「あ!ここのケーキの方が美味しいから、売れないように?!」
「え、いや、そ、そうかな…?」

百パーセント違うと思う。見ればコナンくんもそんな顔をしている。

「そうと決まれば話は早いです!」
「何が決まったんだよ?」
「今夜、ここに張り込みましょう!」
「誰が?!」
「それはもちろんオレたち…」

少年探偵団!!
…なんて、元太くん達は探偵バッジを掲げて胸を張って立っている。ああ…、と思いながら彼らを見ていたら、光彦くんがそんな私に気付いて声を上げる。

「ミナさん!駄目ですよ、ミナさんも少年探偵団の一員なんですから!」
「えっ」
「ミナお姉さんにもバッジあげたでしょ!持って!」
「えっ?」
「さっき鞄にしまってたよな!」
「え、あ、ちょっと!」

元太くんが私の鞄を漁り、貰ったばかりの探偵バッジを私の手に押し付ける。
刺さる刺さる子供たちの視線。私は諦めて、項垂れながらバッジを皆の方に向け、もう片方の手で顔を覆った。
…透さんやコナンくん、梓さんの視線が刺さるのを感じる。私のライフはもうゼロなので勘弁してください。

「ダメよ!子供だけでそんな」
「子供だけじゃないぜ!ミナ姉ちゃんが一緒!」
「大丈夫です!出来ます!」
「あぁ〜巻き込まれていく…」

私の声も届かず。夜中張り込むってここに?上は毛利探偵事務所だし何かあってもすぐに駆け込むことは出来そうだけど…でも、どう考えても危険すぎる。万一のことがないとは言い切れないのだ。

「…でも、ね、やっぱり危ないからやめとこう?」
「ミナ姉ちゃん裏切るのかよ!」
「いやっ、裏切りとかそういうことではなく…!」
「このまま安室兄ちゃんのケーキ食えなくなってもいいのかよ!」
「そんなの嫌!絶対犯人捕まえる!ミナお姉さん!」

子供たちの真剣さに閉口する。
…心から何とかしたいって、思ってるんだなぁ。子供故の真っ直ぐさは眩しいくらいだし、その気持ちに応えてあげたい思いもあるんだけど。
どうしたものか、と思いながら透さんを見ると、彼は私を見た後にコナンくんへと視線を移した。つられて私もコナンくんに視線を向ける。…コナンくんは何と言うのだろう。そう思っていたら、彼は深い溜息を吐いた。

「わかったわかった…梓さん、今夜ここにカメラ仕掛けていい?」
「えっ、ここにカメラを?」
「コナンくん、そこまでしなくてもいいよ」
「そうよね、これはお店の問題だし」

梓さんと透さんは首を横に降っている。現金を盗まれたりと言った被害も今のところはないみたいだし、カメラを仕掛けるほどではないと思うんだろうな。けれど、子供たちの真剣な思いもまた理解出来る。
だから一言だけ口添えを、と思いながら顔を上げた。

「でも、私もポアロのケーキが食べられなくなってしまうのは嫌です」
「大丈夫。近いうちに、必ずみんなに美味しいケーキを食べてもらいますから」

え、と思って目を瞬かせる。
でもケーキは崩れてしまうのでは、と思っていたら、コナンくんが尋ねた。

「何か解決策あるの?」
「うん。ちょっと思い付いちゃった」

思い付いちゃった、って。
…透さん、一体どんな解決策を思い付いたと言うのだろうか。

Back Next

戻る