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「お休み、ですか」

ゴールデンウィークを目前に控えた四月の末。閉店間際になって、久し振りに嶺さんが書店の方に顔を出した。
私も大分仕事に慣れ、黒羽くんの協力もあって膨大な量の資料をデータ化するのも終わっている。嶺書房存続の話題は常連さんにはもちろん伝わっていて今も贔屓にしてもらっているし、その噂を聞き付けた新規のお客さんも少しずつ増えてきている。売り上げは上々。経営も落ち着いてきたところだ。

「そう。少し時期はズレるがゴールデンウィークを楽しんでもらおうと思ってね。サミットもあってあちこち少しバタついているし。明日からサミット当日の五月一日までお休み、二日からまた営業するつもりだよ」

壁にかけてあるカレンダーを見つめ、なるほど、頷く。個人店だから事務職なんかに比べたら休日も少なめではあるが、こうやってまとまったお休みをいただけるのは私としても嬉しいことだ。
サミットまでのピリピリした期間は大人しくしておこうとのことらしい。

「それじゃあ来月の二日からまた伺いますね」
「あぁ、頼むよ。三日以降の祝日は全部営業予定で、そこには黒羽くんも来てくれるそうだから」
「わかりました。お疲れ様です」

明日からのお休みは何をしようかな、と少しワクワクする。久しぶりに図書館に行くのもいいし、蘭ちゃん達を誘ってショッピングもいいかもしれないな。透さんは…お仕事が忙しそうだけど、少しでも一緒の時間が取れたら嬉しい。ふにゃりと緩む顔を自覚して、頬を軽く抓った。

「あぁ、ミナちゃん」
「あっ、はいっ」

出入口に足を向けていた嶺さんが振り返る。ハッとして顔を上げて取り繕うと、嶺さんは小さく笑った。

「…この店を存続出来るなんて思っていなかったんだよ。常連さんだけじゃなく新しいお客さんも増えてるそうじゃないか。君には本当に感謝している。ありがとう」
「と、とんでもないです!私こそここで働かせていただけてすごく嬉しいです…!」

改まった感謝をされて背筋も伸びる。慌てて首を横に振れば、くすくすと笑われてしまった。

「それじゃ、良いゴールデンウィークを」

嶺さんがドアを出ていくのを見送ってから、私は思い切り体を伸ばした。
…感謝されたいから働いてる訳では無い。けど、やはり感謝されるとすごく嬉しい。私、少しでもこのお店のためになっているのかな。考えては笑みが浮かんだ。

「…さ、店仕舞いしよっと」

気分も上々。仕事も捗るというものだ。


***


さて私にとってのゴールデンウィークが始まった。
透さんは今日は朝から探偵のお仕事とかで、私が起きた時にはもう家にいなかった。夕方からラストまではポアロだと言っていたから帰りに寄るのもいいかもしれない。
世間は間近に迫った東京サミットや、無人探査機はくちょうの話題で持ち切り。東京サミットも、無人探査機はくちょうの帰還も、同じく五月一日ということであちこちバタバタしそうである。
のんびりと住宅街を歩いていくと、徐々に子供たちの声や細かなプロペラの音が聞こえてくる。この角を曲がって少し進んだら、阿笠博士のお家だ。
今日は、少年探偵団の子供たちにお呼ばれ。先日飛ばし損なったドローンの修理が終わったとかで、ミナお姉さんも来て欲しいと昨晩連絡があった。そんな嬉しいお誘い断るはずもない。
阿笠の表札が見えてきて、門のところからひょいと中を覗くと庭先ではしゃぐ子供たちと博士の姿が見えた。少し離れたところにコナンくんと哀ちゃんの姿もある。

「こんにちは」
「あっ!ミナ姉ちゃん!」
「ミナお姉さん、こっちこっち!」

子供たちに手招きされてそちらに歩み寄ると、元太くんから双眼鏡を手渡された。光彦くんが指差す方向をそれで覗くと、青空を悠々と飛ぶドローンが見える。先日のようにコントロール不能にはなっておらず、調整もバッチリのようだ。

「すごい!ものすごく高く飛ぶんですね」
「どうじゃ!高度一万メートルを三十分飛行出来るんじゃぞい!」
「えっ高度一万メートル?!」

思わず阿笠博士を振り返ってしまった。博士は得意げに笑いながらコントローラーを操作している。…なんかボタンも沢山あって難しそうなコントローラーだ。私に操作は出来そうにない。

「いやぁ…すごい…どんな仕組みでそんな高くまで飛べるのかわからないけど…」
「衛星の通信を使ってるのよ」
「はぇ〜…」

窓から顔を出した哀ちゃんが教えてくれる。衛星の通信って…私には仕組みさえよく理解出来ない次元だけどすごいことだけはわかる。そしてそんなすごいことをさらりと説明してくれる哀ちゃんがすごいこともわかる。
双眼鏡を元太くんに返して、私は豆粒のように見えるほど高いところを飛ぶドローンを見上げる。…ドローン自体すごいと思うのに、それを作ってしまうなんて阿笠博士天才だな…。
難しそうなコントローラーだけど、博士は操縦したがる子供たちにコントローラーを渡して操作方法を教えてあげている。…方向と?速度と?カメラ?その三つを同時に操作しなければならないらしい。難易度が高すぎる。

「みんな、操縦頑張ってね」
「おう!見てろよ〜!!」
「あっ元太くんずるいですよ!」
「歩美もやる!貸して〜!」

残念ながらコントローラーはひとつしかないのである。好奇心旺盛な子供たちがコントローラーの取り合いを始めるのは、少し考えれば想像出来た。
案の定めちゃくちゃに弄られるコントローラーと連動し、上空のドローンもめちゃくちゃな動きを始めている。滑空したり浮上したりスピードも上がったり下がったり。…大丈夫かなこれ。またどこかに激突して壊れないといいんだけど。

「うーん…コントローラーを方向と速度とカメラの三つに分けてみるかのぉ…」
「その方が、喧嘩にもならなさそうですね」

阿笠博士と苦笑しながら子供たちを見守っていたその時だった。

「博士!!」

切羽詰まったコナンくんの声に博士と一緒に振り向く。コナンくんはいつの間にか家の中に入っていたらしく、慌てた様子で博士を呼びに来た。

「どうしたんじゃ」
「東京サミットがある国際会議場で大規模な爆発だって!もしかしたらテロかもしれない!」

爆発。ひやりと冷たい汗が背中を流れる。
急いで家の中に入っていく博士とコナンくんを見送りながら、私はゆっくりと息を吐いた。
…どうしても、爆発は世界を越えたきっかけだったから変に緊張してしまう。大丈夫、私には関係の無い爆発だ。
東京サミットが行なわれる国際展示場…統合型リゾートエッジ・オブ・オーシャンの一区画に位置している。エッジ・オブ・オーシャン自体は来月開業のはずだけど、どうしてそんな場所で爆発なんて。被害はどのくらいなんだろう。コナンくんの言う通りテロなのか、でも事故かもしれない。
考え始めたら気になってしまって、私も二人の後を追って家の中へと入った。
玄関を上がったところで、丁度戻ってきた博士に声をかける。

「テロですか?」
「まだわからんよ。ただ、警察官が数名死傷しとるようじゃ」
「…死傷…」

大規模な爆発と言っていた。死傷者が出たっておかしくはない。

「今丁度ニュースでやっとるよ。見てきたらどうじゃ」
「そうします」

東京サミットは来週。今爆発事件を起こしても、当日の警備が厳しくなるだけだろうし…やっぱり事故かな。なんとなくモヤモヤする胸を押さえながらリビングへと足を向けると、テレビのニュースの音声と一緒に、コナンくんと哀ちゃんの声が聞こえてくる。

「…爆発直後の、防犯カメラの映像」
「…なんか映ってたのか?」

無意識だった。
何故かはわからない。二人の会話を聞いた瞬間、足がぴたりと止まってしまった。哀ちゃんの声がやけに重々しくて、立ち止まったまま私は眉を寄せる。

「…一瞬だったし、見間違いかもしれないけど…あの人が。……ポアロで働いてる」

どくり。
心臓が嫌な音を立てて、血の気が引いた。

「確か名前は……安室透だったかしら」
「安室さんが?!」

透さんが。…透さん、が?
哀ちゃんは今なんて。…爆発直後の防犯カメラの映像に、透さんが映っていた?
透さんは今日、探偵のお仕事だと言っていた。夕方からラストにかけてはポアロだって。
探偵さんが、どうしてまだ開業もしていない場所にいるのか。透さんがそんな場所にいるはずはないのだ。哀ちゃんはきっと見間違えただけだ。本人もそう言ってたじゃないか。一瞬だったって。
そう思うのに、膝には上手く力が入らず喉も張り付いて気持ちが悪い。
確認しないと。しっかりしないと。
ゆっくりと足を進めて、リビングへと踏み込む。私の足音に気付いたコナンくんと哀ちゃんが弾かれたように振り向いて、それからさっと顔色を変えた。

「……今の話、…ほんと?」
「ミナさん、」

手に汗が滲む。

「透さんが、爆発現場にいたって…哀ちゃん、防犯カメラの映像、」
「まだわからないわ」

凛とした声だった。

「本当に一瞬だったの。とても小さかったし、はっきりと見えたわけじゃないから」

ふわふわと地に足がつかないようだった感覚が、少しずつ戻ってくる。
まだ透さんだと決まったわけじゃない。仮にそんな場所にいたとして、怪我をしたかどうかもわからない。落ち着け、私が慌てたところで何も変わらない。
ゆっくりと長く息を吐けば、視界もはっきりとしてきた。

「ミナさん、安室さんって今日は…」
「…朝から探偵のお仕事って言ってた。夕方からはポアロだって」

今の時刻は、まだお昼前。ぎゅうと手を握り締めて、一度強く唇を噛む。

「メール送ってみるよ。…返事が返ってくるかはわからないから、後でポアロにも行ってみる。ごめんね、取り乱しちゃって」

小さく笑えば、コナンくんと哀ちゃんが心配そうにこちらを見ていた。…大人びているとは言っても、コナンくんも哀ちゃんもほんの子供だ。情けない大人の心配をさせるわけにはいかない。

「…ミナさん、大丈夫?」
「突然の事で動揺しちゃっただけ。…大丈夫、しっかりしなくちゃね」
「顔色が悪いわ。とりあえず座って」
「うん…ごめんね。ありがとう」

哀ちゃんに促されて、彼女の隣に腰を下ろした。
テレビに視線を向けると、変わらず大規模爆発のニュースが流れている。事故か事件かもわからない。何人の人が死傷したかもわからない。現在調査中。繰り返されるアナウンスに目を細める。
もう一度防犯カメラの映像を流してはくれないかと思ったが、残念ながら流れる様子はなかった。

「…、もしもし、蘭姉ちゃん?」

コナンくんの声に振り向くと、彼は電話中だった。蘭ちゃんからの着信のようだ。最初はどうしたのかときょとんとした表情だったが、その表情が徐々に険しくなっていく。

「うん。…うん、わかった。すぐ帰るね」

通話を切ったコナンくんが、スマホをポケットに入れながら傍に立て掛けてあったスケボーを手に取る。

「コナンくん、帰る?」
「うん、なんかちょっとトラブルみたい。一度家に帰るよ」
「気を付けてね」
「ありがと!ミナさんも無理しないでね」

笑顔で手を振りながら出ていくコナンくんを見送る。
蘭ちゃんからの電話で、トラブル。…どうしたんだろう、大丈夫かな。後でポアロに寄った時、毛利探偵事務所にも少し顔を出してみようか。
スマートフォンを取り出して、ぼんやりとディスプレイを見つめる。それからメール画面を開き、送信先に透さんのアドレスを選択する。
…でも本文を打とうとして、何と書いたら良いかわからずに指が止まってしまった。
透さんがあんな場所にいるわけがないのに、心配するようなメッセージを送っても変な顔をされてしまうかもしれない。かといって、爆発があったみたいだから気を付けてくださいって言うのも何か違う。
何と送るのが、正解なんだろう。

「そのまま書けばいいんじゃない」

哀ちゃんの言葉に顔を上げる。

「…そのまま?」
「防犯カメラの映像で似た人物を見た。大丈夫かって」
「…本当にそのままだね」

でも。…それが一番、私の気持ちを正しく伝えられる言葉なのかもしれない。適切かどうかはわからないけど、私が心配しているということが伝わってくれればいい。

来週東京サミットが行なわれる会場で爆発があったとニュースで見ました。防犯カメラの映像で透さんに似た人を見たので心配しています。人違いかと思うんですけど、透さんは大丈夫ですか?

これが、私の素直な気持ち。返信はそもそも期待していない。探偵業が忙しい時は、連絡もおざなりになりがちだ。それをわかってるからこそ、後でポアロに行くのである。
メールを送信して、スマホを鞄にしまった。
テレビに視線を向けると、火が消し止められた国際会議場の様子が中継で流れている。
ぐちゃぐちゃになった国際会議場を見て、私は握った両手に力を込めた。

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