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私達の乗る大型輸送車は、東京湾の埋立地にあるエッジ・オブ・オーシャンへと渡り、やがてカジノタワーの前へと到着した。辺りには私達と同じく避難してきた人や、警察官の姿で溢れている。きっとまだまだこれから人も増えるんだろうな。輸送車を降りて、小さく息を吐く。「新一くんから連絡きた?」
「ううん、まだ。…留守電は入れたんだけど…」
「もー!何やってんのよアイツは!」
「コナンくんも電源切れてるみたいで…」
「あのガキンチョのことだから、大丈夫よきっと」
輸送車を降りてきた園子ちゃんと蘭ちゃんを振り向いて、視線を落とす。…工藤くんからの連絡はなし。コナンくんとも連絡がつかない。
…心配だな。警視庁から半径一キロ圏内で避難勧告が出されたみたいだから、その中にいたとしても避難してくれているとは思うんだけど。コナンくんは小学生とは言っても洞察力も判断力も大人顔負けだし、心配はいらないとも思うけど…心配なものは心配だ。
「…それにしても、すごい高さねぇ…」
妃先生がカジノタワーを見上げながら呟いた。
遠目に見ても高いなぁと思ったけど、こうして入口から見上げるとその高さを実感する。これから、ここに上るんだ。ここで、はくちょうのカプセル落下が済むまで待機になるんだろう。
「…さ、早く行くぞ。こっちだ」
毛利さんの声に視線を戻し、蘭ちゃん達と一緒にその背中に続く。…私、一人での避難にならなくて良かったな。蘭ちゃん達と一緒にいられるというのは心強い。スマホも壊れてしまっているし、今は誰かの傍にいられるというのが本当に救いだった。
***
その、小さなノイズ音に気付いたのはたまたまだった。
カジノタワーに入って展望フロアまで上がり指示があるまで待機になったのだが、どうしても人混みの中に立っているのが辛く、蘭ちゃんに一言告げて窓の傍で待機することにした。窓の近くでぼんやりと外を眺めていた時に…小さなその音を、私の耳は拾ったのである。
なんだろうと鞄を見つめ、ふと中に入れっぱなしだった探偵バッジの存在を思い出す。取り出してみれば、そのスピーカーから小さな音が漏れ聞こえていた。無線の電波を拾っていたらしい。
『皆、発進じゃあ!』
『わーい!!』
今のは、博士と子供達の声。…それから何かを操作しているような音。パソコンのキーボードとか、ラジコンの操作音のように聞こえる。
…こんな夜の時間に、一体何をしているんだろう?ドローンの操縦?何にせよ、博士達は避難をするような状況下ではないらしいとわかってほっとする。まだ博士の家にいるのかな。もう夜七時を過ぎてるし、そろそろそれぞれのお家に帰る頃だと思っていたのだけど…会話からわかる彼らのテンションからすると、何かを始めたばかりのところみたいだし。子供たちのことは博士が責任を持つのだろうし、楽しそうだから良いけれど。
変に声をかけて水を差しても悪いなと思い、私はスピーカーの音を少し大きくして彼らの声に耳を傾けた。博士や子供たちの声は、私の望む日常のもの。聞いていると安心する気がした。
ドローンの操縦、上手くなったかな。次に会う時に見せてくれるだろうか。
『あれ?機体がふらつきますねぇ…』
『博士の荷物が重いんじゃなぁい?』
『もうその辺に置いていこうぜ!』
『い、いかん!その荷物はワシの大事な大事な宝物なんじゃあ!』
思わずくすりと笑いが零れた。あのドローンで、おばさんの家に荷物を運んだとも話していたもんな。今回はどんな荷物をどこに運ぶつもりなんだろう。探偵バッジを握って、私は再度窓の外へと視線を向けた。
『誤差の範囲は、半径十メートルくらいまで絞り込んだわ。ドローンからの映像をあなたに送るから、タイミング調整はそっちでよろしく』
『あぁ、頼む』
ひゅ、と小さく息を呑む。
今の声は、哀ちゃんと…コナンくんのものだった。
誤差の範囲?タイミング調整?歩美ちゃんや光彦くん、元太くんの声でほのぼのとした気分になっていたのが、急に現実に引き戻される。
彼らは今何をしようとしているのか。子供たちがおばさんの家に荷物を運ぶなんて、そんな可愛らしいことをしようとしているわけじゃないのことは、哀ちゃんとコナンくんの声の調子からすぐにわかる。
『でも、本当にいいの?私たちがはくちょうのカプセルを近くで撮影しちゃって…』
『大丈夫。警察から許可は出てる』
歩美ちゃんの声に、コナンくんが答える。
はくちょうのカプセルって、…今警視庁に落下中のカプセルのことか。そんなものをドローンで撮影するというのか。荷物を抱えて?違う、そんなことをしようとしているんじゃない。
私は顔を上げて、辺りを見回す。窓の外は海。ということは、方向的には…
「あっちが警視庁、」
警視庁の方向の窓に駆け寄って、目を凝らす。そんなに遠くは離れていないはずだ。渋滞している中でもさほど時間をかけずにここまで来ることが出来たのだから。
息を飲んでそちらの方向を見つめていると、その上空がぱっと赤く光った。
「はくちょう、」
燃え尽きていくのが遠目にも見える。あれが探査機本体で…落下してくるのは、燃え残ったカプセル。四メートルを超えるものだと聞いた。
赤い筋が、遠目に見る分にはゆっくりと…実際には凄まじいスピードで落下してくる。
『カプセルに近づきまぁす!……このままじゃ、ぶつかっちゃいますよ?』
『だ、大丈夫じゃ!あのドローンは、近付く物体を察知すると勝手に避けるシステムを搭載しておる!』
『皆、近付かないとカプセル飛んでるところ、見られないわよ?』
これは。バッジから聞こえてくる会話に眉を寄せる。
まさか、ドローンを…カプセルに、ぶつけようとしている?一体なんのために。そんな凄まじいスピードで落下してくるカプセルに、小さなドローンがぶつかったところでビクともしないはず。それにどうして荷物なんか持って、と考えかけてはっとする。
「もしかして、」
『光彦、いっけぇー!!』
『わっかりましたぁ!』
バッジを持つ手が震える。
警察の許可が出ているということ。ドローンで、凄まじいスピードで落下するカプセルを撮影するなんて恐らく出来ないだろうということ。ドローンは何かの荷物を持っており、コナンくんや哀ちゃんの会話から推測するとドローンをカプセルにぶつけようとしているということ。
もしかして、カプセルを爆発させようとしているのでは。
『来ます!』
『いっけぇぇぇ!!』
光彦くんと、元太くんの声の直後だった。
視界の先、遥か上空…雲のずっとずっと上の方で、何かが爆発した。
音は聞こえなかった。けど、雲や空が赤く照らされて…やがて、暗い夜の空に戻った。
ゆっくりと息を吐いて、まだ子供たちの声が聞こえてくるバッジの音量を下げると、私はそれを鞄に付けた。
…間違いない。コナンくんや哀ちゃん…博士、探偵団の子供たち。彼らは、落下してくるはくちょうのカプセルに、爆弾か爆薬を積んだドローンをぶつけ、爆破したのだ。
なんのために。
今の爆発で、カプセルはどうなったんだろうか?大気圏を越えるくらいだから、爆発程度でどうにかなるようなものではないと思うが…もしかして、落下位置を修正したとか?
コナンくんなら、やりかねないな。…東都水族館の、あの巨大な観覧車を止めた彼なら。
…何にせよ、コナンくんが動いてこうなったのならもう心配はいらないだろう。きっと直に避難指示も解けて帰れるはずだ。…なんて、小学生の彼に絶大な信頼を置きすぎだろうかと苦笑する。
窓ガラスから離れ、毛利さん達の姿を探す。すぐに蘭ちゃんの姿を見つけて駆け寄ったら、丁度電話していたところみたいで私に気付くとスマホをポケットにしまった。
「工藤くんに?」
「あ、はい…出なかったので、カジノタワーに避難してることを留守電に入れておきました」
「そっか。…連絡来るといいね」
電話じゃなくても、せめてメールだけでも。
ぼんやりとそんなことを思っていたら、場を凍らせるアナウンスが流れた。
『只今入った情報です。上空で起こった謎の爆発により、カプセルがこの埋立地に落下するとの連絡がありました!至急このカジノタワーを出て輸送車に乗ってください!まだ時間はあります、警官の指示に従い落ち着いて行動してください!』
この展望台から下に降りる方法はエレベーターを使うしかない。一台につきかなりの人数を乗せられるとは言っても、この階に避難している人数も相当な数だ。順調にエレベーターが行き来したとして、下まで降りるのにどれくらいの時間がかかることか。
展望台がパニックに包まれるのに、時間はかからなかった。皆我先にとエレベーターに駆け寄り、当然ながら押し合い圧し合いの大混乱だ。
そんな光景を、私は…不思議と、ぼんやりと見つめていた。冷静ではない。多分私も混乱して、パニックになって。…ただ、何かをする気力がないような。怖くて怖くてたまらないはずなのに、テレビ画面を隔てているかのような、そんな不思議な感覚の中にいた。
────────
「くそっ…ダメだ、蘭に連絡がつかねぇ!」
何度コールしても電波の混雑なのか全く繋がらない。警視庁のヘリポートから地上に戻るべく階段を駆け下りながら、オレは盛大に舌打ちした。こんな非常事態に非常用電源もつかず、エレベーターも動きやしない。地上に戻るためにはただ階段を駆け降りるしかない。
コナン用の携帯に送られてきていたメールにもざっと目を通した。カジノタワーに避難しているという蘭と一緒にいるのは、小五郎のおっちゃんと妃先生、園子、それからミナさんの四人。大方小五郎のおっちゃんを迎えに行って、そのままこの件に巻き込まれてしまったんだろう。なんてタイミングだ。
カジノタワーに避難してるって?冗談じゃない!そのカジノタワーのある埋立地にカプセルが落下するって言うのにどうしてよりにもよって。
「どうする?時間が無いぞ!」
オレの目の前を先に行っていた安室さんが立ち止まり振り返る。迷っている暇はない、今はこの人に頼るしか手はない。子供になってしまっているオレに出来ることなんて、こんな時にはほとんどないのだから。
「安室さん、今度はボクの協力者になってもらうよ!」
散々こちらを振り回してくれたのだ。今全力になってくれないと困る。詳しい説明やミナさんの話は後だ。カプセルをなんとかする方法を考えながら、とにかく今はエッジ・オブ・オーシャンに向かわないと。
ミナさんのスマホが壊れたことも、ミナさんが今カジノタワーにいることも話していない。今はその話をするよりも、目の前の問題をなんとかする方が先決だ。
オレの言葉に、安室さんは少し驚いたように目を見張り、それからすぐに小さく笑みを浮かべた。
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