時々は弱くなる夜


「昭弘はシノとユージンと行かないの?」

酔い潰れたオルガを抱えたままの昭弘は背後から聞こえる声に振り向くと、ほんのりと頬を赤くしたセシルがいた。セシルもオルガと一緒になってかなりの酒を飲んでいたようだったが、どんな状況でも醜態を晒さないのは彼女の得意とするところだったと思い出す。

「ああ、興味ねえ」
「そ! じゃあイサリビに戻ったら私ともう一杯やらない?」
「まだ飲むのかよ」
「たまにはいいじゃんか、こんなの滅多にないコトだし」

じゃーんと両手に酒のボトルを抱えたままにやりと笑う顔は、とても自分と同じ"ヒューマン・デブリ”とは思えないくらいの明るい笑顔で、昭弘はセシルのこの表情が昔から苦手だった。胸がざわつくのだ、彼女の笑い顔を見ていると。そんな昭弘の様子もお構いなしに、セシルは一足先にイサリビに戻っていった。セシル・ラナは昭弘と時を同じくしてCGSに売り下げられたヒューマン・デブリのひとりで、阿頼耶識システムも2つ埋め込まれている。モビル・ワーカーの操縦も三日月、昭弘に引けを取らない腕前で、幸か不幸か、社長のマルバにも一目置かれていた。夜毎、社長室に呼ばれ朝方まで戻ってこないことが当たり前で、参番組の同年代の人間は彼女の置かれている状況を哀れむことしか出来なかった。そんなセシルも今はCGSから、マルバから、一軍から解放されたことでどこか吹っ切れたらしい。持ち帰ってきた酒瓶をあっという間に空にして、べったりとテーブルに突っ伏したまま、セシルは昭弘の方に顔を向ける。店を出た時よりもどこか焦点の合わない瞳でじっと見つめてくる視線が、いつもと違い熱を孕んでいることに気がついた昭弘は、途端に居心地が悪くなり、視線から逃げるように頬杖をついたまま顔を逸らした。

「昭弘はさあ……今、しあわせ?」
「……酔ってるのか? 眠いなら部屋に戻って寝ろ」
「酔ってない……ねえ、こたえて」

呂律の回らない唇から紡がれる言葉はひどく扇情的で、酔いの回っていない昭弘もまるであてられたかのように鼓動が早くなる。

「ねえ、昭弘……」
「……わかんねえ。幸せなんてこと、考えたことすらねえよ」
「私はねえ……こうやって、昭弘とお酒飲んで一緒にいられることが幸せだよ……」
「……はあ?」

幸せとは何だ。ヒューマン・デブリである以上、この身体は会社の所有物であり、自身の意思は関係ない。そんなことは昔から嫌と言うほど分かっているはずなのに、セシルはこんな身の上であっても幸せだなんて言葉を簡単に口にする。ますます昭弘は彼女が考えていることが分からなかった。

「私達はヒューマン・デブリで、生きる価値なんてないに等しいじゃない。でも、幸せになったら駄目なんて誰が決めたの?」

いつの間にか身体を起こしていたセシルは、先程までの気怠さは感じられない凜とした声で告げる。

「私はね、昭弘と一緒に幸せになりたいの。だから……」

ねえ?とセシルの手が昭弘の大きな手に重ねられると、ざわりと胸が騒ぎ出す。どこか縋るような視線がどうしても無碍に出来そうもなく、昭弘はセシルの手を握り返すとその華奢な身体を胸元に引き込んだ。



2015/12/16




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