優しい言葉の裏側
葬式後の当直を終えたセシルがイサリビの食堂を越え、寝室に戻ろうとした矢先だった。
微かに聞こえる機械音。どこからか耳に付く、一定の運動音。真夜中だというのにまさか年少組の子供達が夜更かしをしているのでは、とセシルは音のする部屋を探し始める。しかし、犯人はあっけなく見つかる。
「――昭弘?」
犯人は、トレーニングルームにいた昭弘だった。いつものようにトレーニングをしていたらしく、考えるだけで恐ろしい重量の重りをいとも簡単に持ち上げていた。そろりと昭弘に近づくと、怪訝そうな表情でセシルを見やる。
昭弘・アルトランドとセシル・ラナの関係性は、同僚、ヒューマン・デブリと鉄華団内で語るならいくつでもあるが、唯一ふたりだけの関係を挙げるならば、恋人と言えるものだった。しかしそれは鉄華団の誰もが知らないことだった。これだけ狭い組織の中であっても誰もが気付かないのは、恋人であるはずの昭弘の態度や言動がお互いの気持ちが分かった後でも変わらなかったからだった。今では、セシルですら恋人という関係が表面上のものでしかないと感じていた。昭弘から恋人らしく何かを請われたことは一度もなかった。逆に不満を彼に伝えるでもなく、ただ隣にいるだけで気が付けばかなりの時が過ぎていた。
この不思議な関係は、CGS時代からずっと続いていた。セシルは今まで昭弘から弟の話どころか身の上話も聞いた事はなく、昌弘・アルトランドのことについても全てが終わった後に知ったことだった。
「眠れないの?」
ひとつの区切りが付いたとは言え、昭弘が眠れない理由は言葉にしなくても分かる。
弟のこと、これからのこと。それを考えてしまうから、きっとトレーニングをして気を紛らわせていただろう昭弘。
「まあな……。お前は?」
「私はブリッジの当直が終わったところ。ダンテが交代で入ったよ」
「そうか」
聞くやいなや昭弘は上着を羽織りながら、帰り支度をし始めた。
「部屋まで送る。早く寝ろ」
「大丈夫だって、すぐそこだよ?」
セシルの寝室は食堂を出て角を曲がったすぐのところだ。そもそも狭い艦の中で送るというのも変な話で、昭弘がそんなことを言い出すなんて珍しい。それが顔に出てしまったのか、昭弘は不思議そうな表情でじっとセシルを見つめる。
「なんだ?」
「ううん、珍しいなって思って。普段、そんなことしてくれないでしょ」
「……俺は……」
昭弘の動きが止まり、セシルが不思議に思っていると。急に強い力で引き寄せられ、セシルの身体はあっけなく昭弘の胸に納まる。
「ど、どうしたの」
「俺は、お前のことを大事に想ってる。それだけは、覚えておいてくれ」
「……昭弘?」
もしかしたら昭弘は、弟の昌弘の件で今まで口にしたことのなかった言葉を伝えようとしているのではないか。誰もがいつ死んでもおかしくないこの日常で、誰よりも近くにいるのに誰よりも遠い関係だった昭弘とセシル。その関係が、終わりを迎えようとしている。
「私だって、今も昔も昭弘のことが好き。それは絶対に変わらないから」
セシルが昭弘の身体に手を回しその逞しい身体に抱きつくと、おずおずと抱きしめ返す昭弘。こうやって昭弘の身体に触れるのは初めてかもしれないとセシルは思っていた。少しだけ汗ばんだ肌に昭弘の匂いを感じ、どこか胸の高鳴りが抑えられない。まるで昼間にハンマーヘッドで名瀬とアミダのキスを目にした時のような気持ちになっていた。
本能が同じ行為を求めているかのように。
「ねえ、昭弘。今夜は一緒にいてくれない?」
つい口から出た言葉に自分でも驚いたセシルだったが、それも昭弘の表情を見て微笑む。
どこか思い詰めたような表情をしている昭弘に安堵した。
自分が求められることがこれだけ幸せなことなんだと、セシルは静かに瞳を閉じて触れてくるだろう唇を待っていた。
2016/9/6
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