手を伸ばすこともためらって


ぱしゃり、と小さな水音が微かに聞こえて、目を覚ますとそこは見覚えのある医療室だった。

まだ焦点の合わない瞳でぼんやりと辺りを見回すと、メディカルマシンのパネルに表示された自分の名前が目に入り、自分の置かれた状況をゆっくりと理解した。そうだ、私はさっきまでブルワーズの船を制圧していた。そして、作戦途中で銃声と共に腹部への激しい痛みが襲い、そのまま意識を失ったんだった。油断をしたわけではなかった、それなのに一瞬の判断ミスで怪我を負い、作戦を途中で放棄してしまったことには違いなくて、情けなくなった。

扉が開く小さな機械音が聞こえ、視線を扉に寄こすと驚いた顔をしたライドが目に入った。
すぐさま明るい表情でメディカルマシンに駆け寄ってきてくれるライド。

「セシルねえちゃん! 気が付いたんだな! 具合、大丈夫か?」
「ライド……心配してくれたの?」
「何言ってんだよ! 当たり前だろ!」
「そうだね……ごめんね、心配かけて」
「ねえちゃん、大丈夫か……? なんか、ちょっと変だぞ? 他にも痛いところあるのか?」

ライドや他の小さな子供にまでは心配をかけまいと今までやってきたのに。こんな怪我ひとつで寝込んでる暇なんてないのに、痛む傷と動かない身体が現実を突きつけてきて、ますます惨めになるだけだった。

「ライド、私もう少し寝るね……みんなにはまだ、起きたって言わないでいいから……」
「え? う、うん……分かったから無理すんなよ、ねえちゃん!」

どこか不安げな表情のままライドは医務室を出て行った。ライドに対して大人げない対応をしてしまったことは分かっているのに、抑えられなかった。静かに瞳を閉じると、ぐるぐると後ろめたい思考が頭の中を占拠する。私がここにいられる理由は、モビルワーカーを操るか、現場で身体を張って戦うことくらいしかできない。そんな私が怪我をして、鉄華団のお荷物になってしまったことがただ耐えられない。

「悔しい……」

じわりと目に涙が浮かぶのが分かった。脳裏に浮かぶのはシノのこと。シノは無事だっただろうか。私はシノの足を引っ張ってしまった。悔しい、結局こうやって足を引っ張るのはいつも私。どれだけ努力をしても、結局のところ女の私には出来ることなんて限られていて。それでもシノはいつも嫌な顔ひとつせず、さも当然のことのようにさりげなく私のフォローをしてくれていた。そんな優しさに甘えてしまった結果がこれなのかもしれない。もう、彼の隣に、背中あわせでいられる資格はないのかもしれない。
そもそもこんな私が、鉄華団の役に立つ人間になれている? 鉄華団にいる権利はある?
無限螺旋のように絡まる思考は何ひとつ答えを出してくれそうにない。




「――は? セシルがいなくなった?」

ライドが大慌てで艦橋に入ってくるなり、セシルがメディカルマシンから消えたと泣きそうな声で言うもんだから、ぎょっとして俺は椅子から滑り落ちそうになる。

「さっき、目が覚めてちょっとだけ話したんだけどなんか、なんか様子が変だったんだ! いつものねえちゃんじゃないみたいで……どうしよう、俺がちゃんと見てなかったせいで……」
「ライドのせいじゃない。セシル、まだ動けるような状態じゃないだろ? 動ける範囲も限られてるはずだしみんなで探そう」
「ミカの言うとおりだ。手の空いてるやつで片っ端から部屋を探すんだ。それから――シノ!」

予想通り、セシルの行き先に心当たりはないか、だなんてオルガが聞くから、一瞬で分かっちまった。
セシルがどこにいるか。



「まぁだ動ける状況じゃねーだろ、何やってんだ。セシル」

案の定、セシルは専用のモビルワーカーの操縦席で小さく丸まっていた。こいつは何かあるといつもこの操縦席に引き籠もるクセがあって、いつもの強気な姿からは想像できないくらい普通の女に見える。
ほら、と手を差し出しても応じる気配がない。顔をあげてこっちを見ようともしない。埒があかず、無理矢理セシルの身体を引き上げて抱きかかえると、痛みに歪む彼女の表情が目に入る。こんな格好で抱きかかえるなんて普段のセシルなら嫌がって食ってかかるはずなのに、それすらしないとなると余程思い詰めてるらしい。

「悪い、痛むか?」
「シノ……さっきの作戦、迷惑かけてごめん……」
「迷惑?」

だって、私が怪我をしなければもっとスムーズにブルワーズを制圧できたのに、なんて。そんな泣きそうな声で言うなよ。お前の怪我だって、元はと言えば俺のせいだ。

「女の身体に傷残すようなことして、俺は自分が情けねーよ」
「これは、自分のせいだから……」

私のミスだから。シノのせいじゃないから。
そう何度も何度も言い続けるセシルの瞳には涙が貯まっていて、今にもこぼれ落ちそうだったから。
彼女の目尻にキスをすると、大きく見開いた瞳からついに滴がこぼれ落ちた。

「シノ……!? な、にすんの!」
「いい加減、俺を頼れよ。お前が強い女だって知ってるけどよ、俺はお前に怪我して欲しくねーんだよ」
「だ、だからって……急に、キス、なんてしないでよ!」
「何でだよ」
「はあ!? 何でって、馬鹿じゃないの!」

顔を真っ赤にしながら、涙をこぼしながらも強い口調でつっかかってくる。ようやく、いつものセシルだ。
やっと俺の中でも気持ちの整理がついた。今度こそセシルを守りたい、そう思う理由がはっきりした。

「冗談だっての。俺はお前が好きだから、キスした。これじゃダメか?」
「え……」

もう一度、セシルの頬にキスをした。今度はあからさまなリップノイズを残してやると、じわじわとセシルの顔が赤く染まる。

「馬鹿シノ……私なんて、いつものシノの足引っ張ってばかりだったじゃない……」
「そんなことねーだろ。お前が俺のこと助けてくれたことだって何度もあっただろ」
「私の何がいいのよ……」
「うまく言えねーけどよ。俺の隣は、俺の背中は……お前じゃなきゃダメなんだ」

素直に頭に浮かんだ言葉をそのまま伝えた。セシルは俺の隣で、俺の後ろでいつも笑ってる。俺の隣で喧嘩して、助け合って。それが当たり前のことだから、ずっとそうであって欲しい。

「なあ、これからも俺の隣にいてくれるだろ?」
「……シノの隣は私以外、有り得ないでしょ? 私の背中だって、シノ以外有り得ないんだから」

好きだと言われる言葉よりも、どこか心に響く言葉だった。それがセシルからの愛の言葉に聞こえたから。
無性に嬉しくなって、セシルの唇にキスをする。柔らかい唇は、少しだけ血の味がした。




2016/12/25




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