キスされたら、おかしくなる


アーブラウでの一件を踏まえ、急速に成長する鉄華団はその成長に見合った忙しさに追われるようになり、顔を売るために付き合いやらも増えた。私も団長のオルガに付き添う形で、会合に同行することが多くなった。普段ならばメリビットが同行するけれど、私が同行するのは決まって相手が一筋縄ではない相手か、そもそもクリーンな企業ではない場合、だ。高そうなブルーカラーの上等なロングドレスを着て、唇には真っ赤なルージュを引く。太腿には銃を忍ばせて、首には煌びやかな宝石を纏う。見た目だけは豪勢に取り繕って、テレビでよく見るどこかの社長夫人のような出で立ちで交渉に臨むけれど、中身はただのちっぽけな宇宙ネズミなんだって、大きく開いた背中にある阿頼耶識が、私が普通の人間ではないことを見せつけてくれる。

阿頼耶識を見た普通の人の反応を、鉄華団で阿頼耶識が当たり前の環境に慣れていた私はすっかり忘れていたのだ。これが、忌み嫌われている存在だってことを。


「よくそんな背中を見せられるな、薄汚い宇宙ネズミが」

交渉の旗色が悪くなった相手企業の幹部が、大声で私の背中の阿頼耶識を罵り始め、それに同調するかのように他企業の人間も阿頼耶識を付け、それを見せつけている私を名指して貶し始めたのだ。罵詈雑言と言えれば可愛いものだったけれど、明らかに問題をすり替えた中傷はどんどんエスカレートしていった。

「気持ち悪い、機械を身体に入れるなんて……」
「おぞましい……人間のすることではない」
「火星のサルめが……どうせその身体を使って汚いことをしてきたんだろう!」
「見れば随分派手な格好で……どれだけの客をたらし込んできたのか……」

言われのない中傷に体温が跳ね上がり、手を出しそうになる。阿頼耶識どころか、まるで女であることまでもが否定されてるようで、ざわざわと何か得体の知れないモノが背中を駆け上がっていく。

「落ち着け、セシル!」
「なんでよ! ここまで言われて引き下がれるか!」

一緒に同行していたシノが諫めてくれなければ、きっと私は相手を撃ち殺していた。それくらい、沸き上がった激情をどうすることも出来なかったから。


それ以来、仕事でどうしても背中を晒さなければいけない時、私は背中の阿頼耶識をひどく疎ましく思うようになった。阿頼耶識のおかげで、今まで生き残ってこられたのに。そう思う反面、人間としての尊厳を失っているようで、どうしても後ろ向きな考えが浮かんでしまうようになった。もし私も、ラフタやアジーみたいに阿頼耶識を付けていない女だったら。そんな、考えても仕方ないようなことを思ってしまうくらいには、落ち込んでいたのかもしれない。

「ねえ、オルガ。またこのドレスじゃなきゃ、だめ?」

大きく背中の開いた沢山のロングドレス。全てテイワズのマクマードさんから私宛の贈り物だ。どうもマクマードさんは、私のことを娘か孫のように思っている節があって、気が付くと時々こうやってドレスやら宝石が届く。私の給料ではとても工面できない豪華な贈り物は、接待の仕事においてはとても助かるのだけれど、この間の一件があってからは素直に喜べなくなってしまった。

「この間の件、か? 気にするなって言っても難しいよな」
「うーん……まあ、あそこまで言われるとね。どうしてもね」

オルガはそれ以上何も言ってこなかった。好きにしていい、ってことだったのかもしれないけれど、私が貧相な格好をしていてオルガの面子を潰す訳にはいかないから、贈り物の中からまだ着たことのない真新しいドレスを引っ張り出した。


「お! 今日のドレスも似合ってんなあ」

着替えを終え、オルガの待つ部屋に向かおうとすると、背後から聞こえる陽気なシノの声。
オルガと違って護衛のシノはいつもの鉄華団の制服のままだ。

「本気で言ってる? シノ」
「本気に決まってんだろー。鉄華団の紅一点がこんな綺麗な格好してるんだからよ」
「この背中を見て綺麗だなんて言えるのは、鉄華団の男だけ――ッ」

ぞわりと背中を駆け上がる、身に覚えのない感覚。背中に伝わる、体温。シノの指が私の背中に、阿頼耶識に触れている。

「……ちょっと! 勝手に触らないで、よ!」
「綺麗な背中じゃねーか」

ふたつの阿頼耶識のヒゲの周りをなぞるように、シノの指が触れる。シノが触れた所がじんわりと熱い気がするのは、多分、気のせい。

「この阿頼耶識が、お前を、鉄華団を守ってくれるんだ。そうだろ?」
「急に、なに」
「阿頼耶識があろうがなかろうが、お前はお前だし。鉄華団のセシル・ラナだろ」
「なにそれ、口説き文句?」

まるでシノに口説かれているみたい。そう思わずにはいられてなくて、つい、口を出て言ってしまう。

「おう、口説いてる」
「は? え、冗談でしょ?」
「冗談だと思うか?」

予想外の言葉に戸惑っていると、背後から回ってきたシノの手が、私をその逞しい身体の中に閉じ込める。初めて間近に感じるシノの熱がひどく、熱い。くらくらと目眩のようなものを感じてしまい、どうしたらいいか分からないままそのままにしていると、ぬるり、と背中を這う感覚。

「――ッ!」

阿頼耶識の周りを指で触れられた時とは違う、生々しい感触。それが、シノの舌だって気が付くのにしばらくかかった。何をしているの、いったい。

「馬鹿、な、に」
「ワリぃ、我慢できなくなっちまって」

だってお前の背中がすげー色っぽいからよ。
背後から耳に囁かれたその言葉は、私の意識を奪うのに十分だった。そのままシノは調子に乗って何度も何度も私の背中にキスをする。微かに聞こえるリップノイズだけで、おかしくなりそう。

「続きは仕事が終わってから、な」

続きなんてない、そう言いたかったのに。私の言葉はシノの唇に吸い込まれ、彼の耳に届くことはなかった。




2017/1/6




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