手遅れになる前に


オルガ・イツカという男は一見飄々としたようで、その実強い執着心を持っていることに気付かされたのは、1軍の"日々のお世話"を終えた私が部屋から出てくるところを目撃され、彼と目が合った時の、にやりとした笑みを見た時だった。形のいい薄い唇が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。音に乗らなくても、何を言っているかは一目瞭然だった。 痕、ついてんぞ? 右の瞳だけを瞑りながら、牙、もとい特徴的な犬歯が姿をのぞかせている。今、心底楽しいと思っているに違いない。思い当たる箇所を手のひらで覆い隠してみるものの、私の指はそのままオルガの手にかすめ取られ、痕の残っているであろう肌に吐息が触れる。

「昨日はここの隣の部屋、だったよな? 今日はさらに隣か」

お盛んだな、という言葉とともにぬるりとした熱い舌が首筋を這い上がる感覚に、先程までくすぶっていた熱が呼び戻されそうになる。ほんの少し前までは他の男が触れていたところに、オルガが触れる。私の身体はもはや私の物ではなく、会社の所有物だ。求められるままに差し出す、そう躾けられてきた身体はここの男にとっては都合のいいものらしく、夜毎に代わる代わる相手をさせられるのが日課になっていた。いつからか、情事が終わって私が個室に戻る頃合いにオルガが決まって廊下にいる、そんなことが続くようになった。そして決まって、オルガは私を抱く。まるで消毒をするかのように、やさしく、丁寧に。


「ねえ……オルガは私のこと、好きなの?」
「……さあ、な」

長く深いキスで呼吸を奪われ、朦朧とする意識の中、ふいに浮かんだ疑問を何の気もなしに口にする。曖昧な答えを口にするオルガの声音はいつもと変わらなかった。答えの出ないこの関係がどこか空しく感じられ、私の心が軋んだ音が聞こえたような気がした。




2015/11/9




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