今夜は帰らないで
深夜の事務所内にはカタカタとキーボードを打つ音だけが響いていた。
オレは明日の法廷の資料作りが間に合わず、居残り作業をしていた訳だ。
流石に襲ってくる眠気には抗えず、手を止めて盛大な伸びをしていると。
「……オドロキくん?」
「蓮見さん!? 何で、帰ったんじゃなかったのか?」
終電ギリギリの時間に慌てて帰って行ったはずの彼女が、何故かオレの目の前にいる。
「終電、駄目だったから戻って来ちゃった」
「戻って来ちゃった……って」
「オドロキくん、まだ資料終わってないんでしょ? 私も手伝うから!」
彼女の言葉は本当に嬉しかった。
でも、こんな時間に、こんな場所で。
好きな女性と一緒にいて、理性を保てる男がいるんだろうか。
オレだって、この関係はもうそろそろ限界なんだ。
「……資料はもうほとんど終わってるんだ」
「そうなの?一緒にタクシーで帰る?」
「……他にもやる事があるから帰らないけど君はタクシーで帰った方がいいよ」
オレはどこか他人事のように。
出来るだけやんわりと、大人しく帰ってもらえるように言葉を選んだんだ。
そもそも彼女は発言の真意を分かっているか。
こんな深夜に、一緒に帰るだなんて。
とてもじゃないが普通でいられる自信がない。
男は皆、狼なんだから。
でも、本当は。
側にいて欲しい。
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