昨日のウェイターが俺達を出迎えた。
「昨日、泊まったんですよ。それで、お昼を食べに」
「そうですか。ランチメニューがありますから、どうぞ」
にこやかに俺達を昨日と同じテーブルに案内して、立ち去り際、やつは俺に意味深な笑みを向けてウィンクをした。
どうやら、やつは俺達がそういう仲になったことを悟ったらしい。
メニューと水が持ってこられて、遙は煙草に火を点けた。
今までのMarlboroではなく、KOOL。
俺も煙草に火を点け、ゆっくりと燻らせる。
二人で、Keep Only One Loveという名の煙草を吸うことが、愛の証のような気がして胸の奥が満たされていく。
「サザエのパスタセットにしようかな。政宗は?」
「じゃあ、俺は手長海老のパスタセットで。お前の少し分けてくれよ。俺、サザエも好きだから」
「うん、いいよ」
ウェイターを呼んで、注文をすると、遙はじっと俺を見つめた。
「どうした?」
「ん?何か、こうして政宗と結ばれたのが不思議で、時々実感が沸かなくなるの」
「実感が沸かないなら、いくらでも、愛してるって囁いてやるぜ。それとも抱いた方がいいか?」
遙は頬を染めてぶんぶんと首を横に振る。
「そうじゃなくて。うーん、何て言えばいいのかなあ。何で私なのかな、って思って。いつから?」
「そうだな……」
俺はもう一本煙草に火を点けて、ふぅっと煙を吐き出しながら考えた。
「多分……初めて会った時から、気になっていた。涙を流すお前が辛そうで、その憂いを取り除いてやれれば、と思った。その時は、ただ、お前の笑顔が見たかっただけなんだ」
遙は煙草の火を消し、水を一口飲んで、俺の言葉を待っている。
「それから……お前にそんな顔をさせている前の男にイラついて。お前が俺に前の男を重ねて見ていることがどうしようもなく寂しくなって。お前が笑顔を浮かべても、それは俺を見ていないんじゃないかって。気付いたら、お前から目が離せなくなっていた。でも、その時、俺は、それが恋だって知らなかった。自覚したのは、お前に『恋をしたことがないか?』って聞かれた時だな。それまで恋をしたことがなかったから、お前に教えてもらうまで、それが恋だって気付かなかったんだ」
「そっか……」
遙は口元に苦笑いを浮かべた。
「私、それで誤解しちゃったんだね。政宗の世界に、政宗の好きな人がいるんだってそう思ったの。でも、不思議。きっと政宗の周りには素敵な女の人、たくさんいたでしょう?」
「まあ、綺麗な女はいたな。でも、綺麗な女は、ただそれだけだ。一刻ほど眺めてたら慣れる。お前は……俺が支えてやらないといけねぇと思った。だんだん心を開いていくお前が可愛くて、綺麗で。こんなに守ってやりたいって思った女は、お前だけだ」
「政宗……」
お前は?と口を開きかけたところで、料理が運ばれてきた。
二人で、料理を交換しながら和やかに食事をしていく。
相変わらず、新鮮な海の幸が美味だ。
「お前はいつから…?」
「いつからだろう…。分からないの。そばに政宗がいて、その温もりに安心していて。元彼の面影を追い求めていたのか、政宗の温もりが欲しかったのか分からない。でも、はっきりと自覚したのは、政宗が私を避けるようになってから。その時気付いたの。私が欲しかったのは、ただの温もりじゃない。政宗の温もりなんだって。政宗に恋をしたんだって。でも、その時、政宗には別に好きな人がいると思っていたから、辛かった」
「そうか…。俺達、随分、回り道をしたな」
「そうだね」
そう。
このレストランで、あのウェイターが江ノ島について教えてくれなかったら、俺達はずっと平行線で、交わることなど永遠になかったかも知れない。
あいつに礼の一言でも言わねぇとな。
俺達は話題を変えて、ゆっくりと食事を終えると、俺はウェイターを探して席を立った。
やつは俺に気付くと、近付いてきた。
「何かご注文でしょうか?」
「いや、そうじゃねぇ。あんたに一言礼を言いたくてな。あんたがいなかったら、俺達は結ばれなかったかも知れねぇ。Cupidだ。礼を言わせてくれ」
「え?あの、ははは。照れますよ、そんな」
「江ノ島と龍恋の鐘のこと、thanks。あいつに俺の想い、伝わったぜ」
「それで、昨日は泊まりですか?」
ニヤリとウェイターが笑う。
俺も負けじとニヤリと笑った。
「まあな」
ヒューとやつは軽く口笛を吹いた。
そして、軽く手を上げるので、俺はその手をぱしんと叩いた。
少し、成実に似ていなくもないノリだ。
「乾杯しないといけませんね。アルコールのご注文は?」
「いや、遠慮しておく。酒なんかなくても、俺はあいつに酔わされてるから十分だ」
ウェイターは肩をすくめるようなジェスチャーをした。
「政宗さんには敵いませんね。お幸せに。また是非来てくださいね」
「Thanks!」
席に戻ると、遙は怪訝そうに俺を見上げた。
「政宗、どうかしたの?」
「いや、別に何でもねぇ。礼を言ってただけだ。弁財天のことを教えてもらったからな」
「そうなんだ。やっぱり地元の人は違うね」
「ああ。そろそろ出るか?海で遊びたいんだろ?」
「うん、じゃあ、行こう」
遙は会計を済ませて店の外へ出ると、目の前の海を眺めて深呼吸をした。
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