薄いオレンジ色の日差しが眩しい。
遠くに見える海は陽光を反射して、オレンジ色にキラキラと煌めいていた。
その眩しさに目を細め、道路を渡って、浜辺を歩いて行く。
海風がさあっと吹き、髪が乱れる。
政宗はフッと笑い、手櫛で私の髪を整えてくれた。
サーファー達が思い思いに波乗りをしている海の前に腰を降ろす。
私はハンカチを広げ、その上にピアッサーとアルコールと脱脂綿を置いた。
そして、バッグから油性ペンを取り出す。
「今からお手本を見せるから見ててね」
「Okay」
私は政宗の左耳にペンで印をつけると、アルコールで自分の手を消毒した。
そして、政宗の耳たぶを消毒する。
「必ず先に手を消毒してね。そうすると膿まないから」
「Alright. 流石、医者の卵だな」
政宗はニヤリと笑いながら、じっと私の作業を見つめている。
次にピアッサーを政宗の耳たぶに当てると、緊張で手が震えそうになった。
初めて実験でマウスに注射した時と同じくらい緊張する。
こんなの久し振りだった。
今から、私は政宗にこの手で一生消えない傷痕をつける。
この傷痕は楔となり、政宗を縛り付ける。
例え政宗が私を忘れてしまって、この穴が塞がってしまっても、僅かに傷は残り続ける。
本当に政宗にそんな傷痕をつけてもいいの……?
私が逡巡していると、政宗が低い声で言った。
「躊躇うな。お前に傷つけられてぇんだ。お前を永遠に想い続ける証だ……please……」
胡座をかいて、背筋をぴんと伸ばしている政宗の姿は、何かの儀式に臨むかの様に厳かだった。
私は一呼吸すると、一気にピアッサーで政宗の耳たぶを貫いた。
「痛かった…?」
恐る恐る尋ねると、政宗は私を振り向きくすりと笑った。
「これくらい、痛みにすらならねぇよ。拍子抜けしたくらいだ。でも良かった。お前に痛い思いをさせたくねぇから。Okay, your turn」
政宗は私の髪をそっとかき上げた。
そして、露になった耳たぶにペンで印をつける。
アルコールで丁寧に手指を消毒すると、私の耳たぶを同じように消毒した。
ピアッサーを耳にあてがわれて、緊張する。
政宗がフッと笑う気配がした。
「そんなに硬くなるな。痛くしねぇよ。Relax」
優しい声音で言われて、ふうっと息を吐いて少し緊張を解く。
次の瞬間、僅かの痛みと、耳たぶを貫く鈍い感触が走った。
ぎゅっと目を瞑ると、肩に腕を回され、そしてそっと抱き寄せられた。
私の頭を政宗が優しく撫でてくれる。
「痛かったか?悪ぃ。俺の我侭だ。お前を傷つけたくないと思うのに。大切にしたいと思うのに。その一方で、お前は俺のものだという証をどうしてもお前の身体に刻みたかった」
そんな我侭だったらいくらでも聞いてあげたい。
じんじんと熱を孕む耳の痛みも、政宗に刻まれた愛の証だと思うと愛しいものに思える。
「ううん、大丈夫。嬉しいよ。政宗が消えてしまった後、もしかしたら、こうして過ごしている事実すら全て夢のように消えてしまうと思っていたから。このピアスの穴で、政宗がここに存在したことを証明出来るもの。私、政宗を忘れたくない」
政宗は私の頭を撫でていた手を頬に滑らせると、髪に手を差し入れ、私の頭を引き寄せた。
そっと唇が重ねられる。
優しく優しく何度か唇が重ねられ、そして離れていった。
私を見つめる政宗の視線は熱く、甘く。
私は引き寄せられるかのように政宗に抱き付いた。
政宗も私をギュッと抱き締めてくれる。
ゆっくりと髪を梳かれるのが。
政宗の温もりが酷く心地よい。
しばらくうっとりと政宗に身体を預けていると政宗が耳元で囁いた。
「このピアッサー、栓みたいになってるんだな。これを外さないとピアスがつけられねぇ」
「うん、そうだよ。外せるのは一ヶ月後かな」
「What!?」
政宗は驚いたのか、私の身体を反射的に引き剥がした。
「一ヶ月後……」
そう呟き、視線を落とす。
「俺達が離れ離れになる頃だな……」
呟いた政宗の声は掠れていた。
このピアスの穴がしっかりと固まる頃。
私は政宗と離れなければならない。
永遠に……。
一ヶ月なんてあっという間だ。
急に政宗との別れを現実的に感じてどうしようもなく悲しくなる。
私は政宗にギュッと抱き付いた。
政宗もきつくきつく私を抱き締める。
このままこうして抱き合って。
別れの時も抱き締めていてくれたら、私達は離れ離れにならなくて済むの……?
「今……」
「え…?」
「今、あのピアスに付け替えたらダメか?」
政宗を見上げると、寂しそうな、切なそうな顔をしていた。
「あのピアスを着けられる頃、別れが来るなんて…。俺と遙が繋がっている証なのに。別れへのcountdownになるなんてやりきれねぇ。……ダメか?」
政宗の気持ちは、私の気持ちと同じだった。
このピアスの穴が、別れへのカウントダウンになる。
そう思うと酷く切なく哀しかった。
金属アレルギーの事を考えると、医師の卵として、ここは毅然とした態度で政宗を諭さなければならないのは分かっているのに。
私にはどうしてもそれが出来なかった。
「いいよ。本当は良くないんだけど。私も同じ気持ちだから」
もしアレルギーが出たらその時考えればいい。
政宗にアレルギーが出たら嫌だなとは思うけれど。
私はこの先の別れをカウントダウンする事の方が辛かった。
政宗はホッとしたように笑うと、ピアスの入った包みを開けた。
深い真紅の石にオレンジ色の夕陽が滑らかに反射する。
私はそれを受け取ると、アルコールで消毒をした。
政宗も自分の手を消毒すると、私の髪をかき上げる。
「じっとしてろ」
政宗が私のファーストピアスを引き抜く。
まだ固まっていない傷口は穴を開ける時よりも痛んだ。
思わず声を上げそうになって息を飲む。
耳たぶから温かな液体がつつっと流れて行くのを感じた。
それが首筋を伝うと、政宗が私の首筋に顔を埋め、舐めとる。
「あっ……っ……!」
急に襲った甘い刺激に、反射的に身体を引くとぐいと引き寄せられる。
「I told you. Just hold still」
政宗は脱脂綿で傷口を抑えると、ゆっくりとガーネットのピアスを私の耳につけた。
傷口がじんじんと痛む。
私がアルコール綿で耳たぶを押さえると、政宗が私の手を取り、代わりに押さえると、顔を首筋に埋める。
「えっ!?あっ……!」
思わず身体が逃げるのを政宗は許さなかった。
「まだ血が着いてる。動くな」
時折首筋を吸い上げるように、政宗の舌が首筋をなぞって行って、思わず喘ぎ声が漏れてしまう。
「やっ……はぁっ……アルコールで拭くから平気だってば……あ、んっ……」
「必要ねぇ……」
肩を強く抱かれ、身体から力が抜けて、身体を離す事も叶わない。
政宗は相変わらずゆっくりと私の首筋に唇を這わせ。
指先で頬から顎にかけてゆっりとなぞる。
身体は熱く蕩けて、一人で座っている事すら出来なくなり、私は政宗にしがみついた。
最後に強く首筋を吸い上げると政宗はようやく顔を離した。
ぼんやりとした視界の向こうの政宗は満足そうな笑みを浮かべていた。
「綺麗だぜ。よく似合ってる」
You've got a hicky, too.
(キスマークもな)
早口に囁かれたその言葉が聞き取れなくて。
私が首を傾げると、政宗は何でもねぇと言って笑った。
呼吸がようやく整うと、私は膝立ちになった。
「今度は政宗の番ね」
私は手早く消毒を済ませると、脱脂綿で押さえながらゆっりとファーストピアスを抜き、傷口を強く押さえて止血しながら、ガーネットのピアスを政宗に着けた。
政宗には蒼が似合うイメージがあったけど、静かに燃えるように紅いガーネットがとても似合っていた。
「流石、手慣れてるな」
政宗はひゅうっと口笛を吹き、ニヤリと笑った。
「この傷痕は一生残るんだな。傷痕には嫌な思い出しかなかったが。これだけは特別だ。これに触れる度、お前を想っていられる」
ピアスに指を触れさせた政宗の笑顔は柔らかくて。
とても幸せそうだった。
「あの翼のロケットも着けようぜ」
包みからロケットを取り出して、私を後ろに向かせる。
私が髪をかき上げ、首を露出させると、政宗は後ろからそっとロケットを着け、そして最後に軽く項にキスを落とした。
思わず甘い声を上げてしまって、政宗を振り返ると、悪戯っぽく笑っていた。
「お前は本当に可愛いな」
「もう、からかわないでよ!はい、次、政宗の番」
私は政宗を後ろに向かせると膝立ちになり、後ろからロケットを着けてあげた。
そして、甘えるように後ろから抱き締める。
先程ピアスを着けた耳の耳殻に軽く歯を立てると政宗の身体がビクリと震えた。
政宗は振り向き、私の腰に腕を回すと、横抱きに膝の上に抱いた。
「誘ってんのか?」
「違うよ。仕返し」
「そういう仕返しならいくらでも受けて立つぜ。3倍返しの覚悟は出来てるだろうな?」
私が慌てて首を横に振ると、政宗はおかしそうに声を上げて笑った。
そして、じっとロケットを見つめた後、ピアスに視線を移して、満足そうに微笑む。
「このロケットに俺の写真を入れておいたら、他の男なんて寄って来ねぇだろ。お前は俺のものだ。誰にも渡さねぇ」
「フフッ。じゃあ早く写真撮らないとね。政宗にも着けてて欲しいな」
「写真って紙だろ?水に濡れたらダメになっちまう。戦には持って行けねぇな。でも、大切にして、一人で眺めて、いつでもお前を想っていられる。面影が薄れる事もねぇ。遙……。言葉に出来ねぇくらい、お前が大切だ。愛してる」
政宗は私を抱き寄せると唇を重ねた。
私も政宗の首に両腕を回し、それに応える。
瞼を照らす日の光は、いよいよ濃いオレンジ色になってきた。
お腹の底まで響くような潮騒の音と、鳶の鳴く声がする。
目を閉じると、まるでこの広い世界に私達しかいないような気分になってくる。
私達は、飽きる事なく、その日の光が夕闇に消えて行くまで、口付けを交わし、愛を囁き合った。
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