それは分かりきっていた事なのに、手すら握ることが出来なくて焦れる。
遙の家のそばはそれほど車が多くはなかったが、少し走らせるとどんどん車の数が多くなっていき、仕舞いには、車の群れに囲まれ動かなくなってしまった。
「はぁ…。渋滞に巻き込まれちゃった。やっぱり新宿の周りは混むね…」
信号で停車すると、遙はそっと俺の手を握った。
「これだけ混んでたらどうせすぐには車は動かないし、少しくらい手を握っても大丈夫かな」
そう言って微笑みかける。
遙の頭をそっと引き寄せてkissをしようとすると、遙は俺の胸をそっと押し返した。
「ダメ。政宗、止まらなくなるでしょう?それに、隣の車から見えちゃう」
「Shit!別に人に見られてもいいじゃねぇか」
「運転中はダメ」
あれほど、人前でも平気で俺のkissを受け入れていたくせに、遙は運転中は頑なになる。
俺は思わず溜息を吐いた。
「暑いね…。渋滞していると、本当に日差しが強く感じられて…」
遙は、エアコンをいじっていたが、やがて諦めた。
少し窓を開けて、二人で手持ち無沙汰に煙草を吸う。
KOOLのメンソールが肺に入っていって、少しは空気が涼しげに感じられたが、それでもやはり暑かった。
「涼しげな音楽をかけようかな」
遙がパネルをいじると、Heavyな音楽から一転、明るく爽やかな女の歌声が流れ出す。
いつか俺の世界で聴いた事のある、violinの音色が涼しげだった。
遙は機嫌良さそうに、透明感のある声でしばらく歌を口ずさんでいた。
遙の声は好きだ。
少し線が細い、透き通るような声が耳に心地よい。
曲が変わって、また遙は歌い続ける。
遙の口ずさんだ歌詞に俺は思わず固まった。
Go on, go on, leave me breathless
Come on...
(続けて…私の吐息を奪って。さあ)
誘ってんのか!?
遙を見遣るが、遙は俺の視線に気付かず、前を向いたまま歌い続ける。
The daylight's fading slowly
but time with you is standing still
(陽光は少しずつ薄れていっているけど、あなたとの時間は止まったまま)
I'm waiting for you only
The slightest touch and I'll feel weak
(私はあなただけを待っているの。あなたに僅かに触れられるだけで弱々しくなってしまうの)
I cannot lie
From you I cannot hide
(偽れない。あなたからは隠せない)
I'm losing the will to try
(何かをしようとする意思がなくなっていくの)
Can't hide it
Can't fight it
So...
(隠せない。抗えない。だから…)
Go on, go on, come on leave me breathless
(続けて。さあ、私の吐息を奪って)
Tempt me, tease me until I can't deny this loving feeling
(私を誘惑して。焦らして。この愛しい感覚を拒めなくなるまで)
Make me long for your kiss
(あなたのキスを焦がれさせて)
Go on, go on
Yeah, come on...
(続けて。ねぇ)
高音部で、遙の声が艶っぽく裏返る。
吐息交じりのその声が情事を思い起こさせて、身体が疼く。
しかも、この歌詞。
絶対に俺を誘っている。
じっと遙を見つめ、腕にそっと指を滑らせると、遙はすっとそれを避けた。
「運転中はダメって言ったでしょう?」
少し口を尖らせて咎めるような口調になる。
Shit!!
無意識かよ!!
ただでさえ遙に触れられないのに、誘うような歌を吐息混じりに歌われて、俺は理性と格闘しなくてはならなかった。
そんな俺の葛藤に遙は気付くことなく、上機嫌に甘い声で歌い続ける。
艶っぽく遙の声が裏返る度に、身体が熱くなっていってやるせない気持ちになった。
……予定変更だ。
絶対にただのprincess dateじゃすまさねぇ。
覚悟しとけよ……!!
俺はこれからの行動を計算し始めた。
そんな俺の心を知らず、遙は相変わらず甘い声で暢気に歌っていた。
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