Breathless act.2 -1-

「Shit!!なかなか気に入るスーツが見つからねぇ!!」

フォーマルな紳士服の売り場をうろつくこと約1時間。
何着も目ぼしいスーツを試着しては政宗は却下していた。
政宗はイラつくように悪態を吐いた。

どれを着ても格好良く見えるけどな…。

でも、先ほど選んでいた服のセンスからすると政宗の納得がいかないのも頷ける。

「他のデパート行く?政宗の好みに合いそうな所、心当たりあるよ」
「Really?じゃあそこに行こうぜ」

目当ての高級デパートに行く前に、下着から全て一式買い揃えて私達はそのデパートを後にした。

「荷物重くない?手伝おうか?」

政宗は全ての荷物を左手に持ち、また私の肩を抱いている。
紙袋は全部で4つ。
そんなに荷物があるのなら、両手で持つとか、私に手伝わせればいいのに。

「俺をなめんなよ。伊達に六爪流じゃねぇ」

確かに政宗の刀よりはずっと軽いだろう。
私は思わず笑ってしまった。

「いったん車に荷物置いてからまた出かけようか?」
「そうだな」

一度車に戻り、全ての荷物を置いて、また新宿の雑踏を歩く。
私の肩を抱いて歩く政宗は上機嫌だ。
道行く人々が政宗の事を振り返る。
整った顔立ちに、このファッションだ。
何だか悪目立ちしているみたいで少し居心地が悪かった。
政宗を見上げると目が合い微笑みかける。
また指先で肩をゆるゆると撫でられて息が上がりそうになる。

「政宗、わざと?」
「何が?」

政宗がこうして触れるのは故意なんじゃないかと思えてきて尋ねると、政宗は少し首を傾げて優しく問い返した。

やっぱり気のせい…?

政宗はいつも通り優しく微笑んでいるから、私が勝手に敏感になっているみたいで恥ずかしかった。

「手を繋ぐ方がいいな…」
「俺はこの方がいい。お前を近くに感じられる」

そう言って愛しそうに抱き寄せるから。
私は何も言えなかった。

新宿には老舗のデパートが幾つも立ち並ぶ。
政宗はどちらかというと、イタリア系のブランドが好みに思えた。

少し値が張るけど、政宗が納得するなら…。

私はARMANIに連れて行く事にした。

店に入ると政宗の口許が満足そうに緩む。

「coolじゃねぇか。いいな、こういうの」

どうやら政宗はネクタイが苦手なようだった。
エレガントかつカジュアルなクールビズのシャツが気に入ったらしい。
今まで試着したのはどちらかというとタイトなシルエットだったが、少しゆったりとした綺麗なシルエットのスーツを手に取った。

「試着してくる」

政宗の試着を待ちながら、店内を見て回る。
ARMANIのイブニングドレスはエレガントで好きだ。
卒業式の謝恩会のために母がARMANIでドレスを買うと嬉しそうに話していたのを思い出す。

「遙、どうだ?」

振り返ると、シャツの襟を寛げて黒いスーツを来ていた。
寛げられた胸元ではゴシックなロザリオが揺れていた。

ものすごくカッコいい。

スーツってヨーロッパ人にしか似合わないと思っていたのに。
脚が長くて、肩幅がしっかりとしている政宗は外国人モデルのように着こなしていた。
ホストと同じような格好なのに気品が違う。
ますます隣りを歩けない。

「流石政宗だね…。普通はそのシルエットは日本人には似合わないよ」
「そうか?」

少しゆったりとしたスラックスは、ともすれば脚を短く見せてしまう。
つくづく政宗ってスタイルがいいと思う。
政宗は満足そうにニヤリと笑った。

「お前にもdressを買ってやるよ」
「えっ!?いいよ!ARMANIのドレスなんて着て行く所ないもの」
「今日着るだろ?」

そう言うと、次々にドレスを私に当てていく。
白いカシュクールのドレスを手にした時、政宗はじっと考え込むようにそれを眺めた。

「いいな、これ…」

胸元と背中が広くV字に空いている。
膝丈くらいで、エレガントだけど普段にも着られそうだった。

「じゃあこれ全部試着して来い」

そう言ってドレスを3着渡す。

「楽しみにしてるぜ」

弾んだ声で、私の背中を押して試着室に促す。
私はドレスの値段を見て頭が痛くなった。

エンポリオで良かった…。
ジョルジオだったら絶対に試着すら出来ない。

ああ、政宗って本当にいくら持ってるの…?

私は軽く頭を振って、ドレスに着替えた。

試着室でドレスを眺める。
一つは黒いロングドレス。
横に深いスリットが入っているけど、膝より少し上までのスリットなのであまり気にならない。
広く肩がむき出しになるけど、とてもエレガントでパーティーにぴったりだ。
今日の服装はホルターネックなのでブラをしていない事が気になる。

政宗しか見ないなら大丈夫かな…。
でも恥ずかしい…。

私は試着室から顔だけ出して政宗を呼んだ。

「政宗…。ちょっと…」
「ん、どうした?」

すぐ傍にやって来た政宗の耳元に唇を寄せる。

「あのね…ブラを着けてないから胸が……」

言い澱むと政宗はニヤリと笑い試着室に滑り込む。

「随分とsexyじゃねぇか。確かにこれじゃ外に出れねぇな」

そう言って胸の頂きをすっと撫でる。
声を上げそうになった私の口を塞ぎ、政宗は後ろから私をギュッと抱き締めた。

「Shhh……聞こえたらお前が困るだろう?」
「んっ…!」

耳元で囁かれて身体が熱くなる。
もう一度、政宗は焦らすように私の胸を愛撫すると、鏡に視線を移した。
頭が霞みがかったようにふわふわと痺れる。

「肩のラインが綺麗だ。鎖骨も…」

媚薬のような低く甘い声が鼓膜を刺激する。
私の口を塞いだまま、政宗は指先を肩から鎖骨に滑らせていく。

「スリットは思ったより深くねぇな。これならいいか」

ゆっくりと太腿に手を滑らされて、私は政宗の腕の中で震えるしかなかった。

身体が酷く熱い……。

ようやく政宗がすっと身体を離して、私は呼吸を整えた。

「ダメ、こんなところで…」

弱々しく政宗を見上げると、政宗は悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「誰も見てねぇだろ?ついでだから残りもこのまま着替えたらどうだ?」
「お店の人に怒られちゃうよ…。恥ずかしいし…。もう試着するの止めようかな…」
「No way!じゃあ、着替えたらまた俺を呼べ。靴を見てくる。サイズは?」
「23.5だけど…。でもお財布の中身と相談してね?」
「大丈夫だ。心配すんな」

政宗は私の頬にキスを落とすと、試着室を出て行った。

次に白いカシュクールのドレスに着替えて政宗を呼ぶと、政宗は淡い茶色のサンダルを手にしていた。
政宗は私の姿を見て、少し目を瞠った。
そして、ふわりと笑う。

「遙、綺麗だ……。ちょっとこの靴を履いてくれ」
「でも…」

白い生地に胸元が少し透けて恥ずかしかった。

「誰にも見えねぇように俺が後ろに立つから大丈夫だ。絶対に誰にも見せたくねぇ」

そう言って私を抱き締めるから、私は試着室の扉を開き、靴を履いて鏡の前に立った。
そのすぐ後ろに政宗が立つ。

「足元が綺麗に見えるな。これだけ深く胸元も背中も開いてるのに、sexyっていうよりelegantだ。お前に似合ってる」

政宗は嬉しそうに私を抱き締めて首筋に顔を埋めた。

「これ、可愛いね。これなら普段にも着られそう」
「他の男には見せたくねぇけどな」

苦り切ったように政宗が言うので私は笑ってしまった。

「政宗がいるから大丈夫だよ」

鏡の中の政宗に笑いかけると、政宗は口許を綻ばせ、私のこめかみにキスを落とした。

「このサンダルなら、他のドレスにも合いそうだ。じゃあ残りの一着も期待してるぜ」

政宗は私を再び試着室に促す。
扉を閉めると私は最後の一着を手にし、そのドレスの後ろを見て唖然とした。

前から見るとそんなに襟も深く開いていない普通のワンピースだ。
膝より少し上くらいの丈で、淡い菫色のシルクの生地が上品だ。

でも……。

後ろは腰の辺りまで深く開いていて、背中はまるでエプロンのように同じ生地で作られたベルトがクロスしている。
背中を留めるのは同じ生地で作られたボタン一つだけ。
それを外すと背中を遮るものはなくなる。
あまりに無防備な背中にどうしようもなく不安になる。


政宗様、背後が隙だらけです!


思わず小十郎の台詞が脳裏を過ぎった。

戸惑いながら着替えて鏡で姿を確認する。
前から見ると普通のエレガントなワンピース。
背中をちらりと見ると、今までに着た事がないくらいにセクシーで、恥ずかしかった。
でも、シルエットが綺麗で、女の人の身体を魅力的に見せるところは流石アルマーニだと思う。
肩甲骨のラインが綺麗に見えるように作られている。
首から背筋にかけて、背中が優雅に滑らかに見える。
あまりセクシーな体付きではない私ですら何だか綺麗に見えた。

「遙、入っていいか?」

扉が開く気配がして、私は思わず内側から思いっ切り扉を閉め、鍵をかけた。

「ダメっ!入っちゃダメ!」

政宗の声に我に返る。
こんな姿を見られたら何をされるか判らない。
もし、こんな所で背中のボタンを外されたら……。

「おい、開けろ!」
「ダメっ!」

焦れたような政宗の声に必死に拒絶する。

「着替えたんだろ?サイズは確認してある。入らなかったとは言わせねぇ」
「着替えたけど、ダメっ!」

縋るように声を上げると、しばらくして政宗がドアを開けようとするのを止める。

「じゃあ、それは買い上げ決定だな。後でゆっくりと見せてもらうぜ」

少し笑いを滲ませた声に私は背中に鳥肌が立つのを感じた。

姿は見えなくても、兜の前たてのような弧を描いた政宗の口許が脳裏に浮かんだ。



結局、政宗は上機嫌に、試着した服を全てキャッシュで購入した。
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