空白の瞬間の中で act.1 -4-

「やっぱり結婚指輪はティファニーだよねっ!」

私達は銀座へと来ていた。
もうすっかり日は暮れて、ネオンが煌いている。

「お前の指輪じゃねぇよ。遙のだ。お前が楽しみにしてどうする」

私がルンルンと手を振りながら歩いていると、後ろから不機嫌そうな政宗の声が上がる。

「何よう。ブランドの事知らないくせに〜。ティファニーはね、女の子の憧れ!いくらゴス好きの遙だって、結婚指輪くらいちゃんとしたブランドのもらう方が嬉しいんだからね!」
「……shit。俺は石を見てから決めるからな!」
「ティファニーは上等なダイヤを使うことでも有名なんだから!」
「sigh……わかったわかった」

政宗は面倒くさそうに溜息を吐くと、私の隣に並んで歩いた。

「指輪…か。俺、遙とは手を繋いでも、サイズまでは流石に知らねぇ……しくじったか」

苦虫を噛み潰したような政宗に私は笑いかけた。

「大丈夫大丈夫!だって、私と遙、よく指輪の交換してるし。指のサイズ、全部一緒。多分、左手の薬指だって同じサイズだよ。それだけは試したことないけど」
「Why?」
「左手の薬指だけは、結婚してないと流石につけないなあ。まあ、最近は付き合ってるカップルはすることもあるみたいだけど。私は抵抗あるな」
「Ah……gotcha」
「そんなに心配なら、後で何かの口実つけて遙の指のサイズ測ればいいじゃん。サイズ調整は後からしてくれるはずだよ?」
「Really?なら大丈夫か。お前に任せる」

話しているうちに私達は目当てのティファニーに着いた。
シルバーリングでもそれなりに値が張るからあまり入った事がなくて緊張する。
少し躊躇い歩みを止めた私を促すように、政宗は私の肩をすっと抱いて歩き出した。

「ちょっ、政宗!」
「Shhh…少し黙ってろ。エスコートしてるだけだ」

確かにエスコートしてるだけかも知れないけど、もし遙が見たらきっと妬くだろうなあと思う。

「遙にもこうしてエスコートしてるの?」

はっきり言って、この長身美形にこんなに密着して歩くのはかなり勇気が要った。
こんなのを遙が日常茶飯時に受け入れているとしたら本当に大したものだと思う。

政宗はくすりと笑った。

「お前、妬いてんのか?」

揶揄するような響きに思わず声を上げる。

「なっ!違っ…!」

政宗は堪え切れないというようにくつくつと笑うと、私の耳元で囁いた。

「遙の肩はあんまり抱かねぇな。いつも恋人繋ぎだ。あいつがその方が好きだから」
「あ…そ…」

目を細めて嬉しそうに笑う政宗に思いっ切り当てられてしまった。

しかし、嬉しそうに『恋人繋ぎ』だなんて言う政宗なんて想像も出来なかった。
遙の事を話す時の政宗は幸せそうで、穏やかな笑みは蕩けるように甘かった。
胸の奥がキュンと疼く。

私はテレビ画面で不敵にニヤリと笑う政宗しか知らなかったから。
そんな笑顔を向けられてドキドキとする。

政宗ってこういう風にも笑えるんだ……。

私はときめきを隠すようにブライダルリングのコーナーを探した。

ブライダルリングなんて結婚でもしない限り見ることなんてないから。
しかも、男の人と一緒だから何だか恥ずかしかった。
友達同士だったら冗談っぽく見て回れるのに。

政宗と二人でショーケースを覗き込むと、いそいそと店員がやってきた。

「ご結婚ですか?おめでとうございます!」

にっこりと店員に微笑みかけられて私は思わず固まった。

え!?
結婚!?
誰と誰が!?

「Thanks」

政宗はニヤリと笑って店員に礼を言っている。

ちょっと待て!!
絶対に誤解されるから!
私のじゃなくて遙のなんだから!!

慌てて口を開こうとした私の耳元で政宗が小さな声で囁く。

「お前が試着するのに否定したら不自然だろうが」

それはごもっともだけど、でも、でも!!
抗議するように政宗を見上げても目で制止された。

「悪ぃな。こいつshyなんだ」

悪戯っぽく政宗が笑うと店員は頬を染めた。

「まあ、可愛らしい婚約者ですね!」
「まあな」

何、そこで和んでるんだ!?

激しくつっこみたいのはやまやまだけど、政宗の言うこともごもっともだ。
普通、婚約者でもない人間と一緒に結婚指輪なんて買うものじゃないのだから。
政宗がこの状況を面白がっている事がひしひしと伝わってきたけれど、私には黙っていることしか出来なかった。

「どれがいいと思う?」

政宗の少し真剣な声に現実に引き戻される。

「やっぱりダイヤがついているのがいいんじゃないかな。Men'sのにもついているといいな」

(遙もきっとそういうのが好きだと思うよ)

政宗の耳元で小声で囁くと、政宗は嬉しそうな笑みを浮かべた。
その様子を店員が微笑ましそうに見ていて何だかいたたまれなくなった。
絶対に誤解している。

「じゃあ、これ、見せてくれ」

政宗が指差したのは、私がいいなと思っていたのと同じものだった。
台座に細かくダイヤがあしらわれていて、とてもエレガントだ。
新郎の指輪も、一つだけ小さなダイヤがついていて、何だか大人で少し王者の風格が漂うデザインだった。
政宗らしいと思う。

「かしこまりました。サイズは?」
「俺は自分のサイズは分からねぇ。美紀、お前は?」
「私も分からない」

店員さんはにっこりと笑って私たちの指のサイズを測ってくれた。
政宗は15号、私は9号だった。

「婚約指輪とサイズが違いますか?」

不意に店員さんに問いかけられて私は戸惑った。
婚約なんてしてないからサイズなんて知りようもない。

「えーと、あの、もったいなくて着けていないし、左手の薬指の指輪なんて普段買わないのでサイズは覚えていないんです」

しどろもどろに答えると、隣で政宗は面白がるように笑っている。

くそう、後で覚えておけよ!!

「かしこまりました。そうですよね。なかなか婚約指輪なんてする機会ありませんものね」

店員さんは納得してくれたようで、話しながら在庫確認をし、私たちのサイズの指輪を出してくれた。

出してもらった指輪を手にとって政宗が眺める。
新婦の指輪をしげしげと眺めていたがやがておもむろに私の左手を取った。

「ちょっ、政宗何やってんの?」
「恥ずかしがるなよ。試着だ」

そのままゆっくりと政宗は私の指に指輪を嵌めた。
私の手を取ったまま、しばらく指輪を眺めている。
政宗の表情を伺うと、指輪を見つめているのにどこか遠くを見ているような表情をしていた。
口許に淡い笑みが浮かんでいる。

ああ、きっと、政宗は遙の事を思っているんだ……。
今、ここに遙がいなくても、脳裏に鮮やかに遙を思い浮かべられるくらいに、政宗の心には遙が焼き付いている。

政宗の想いが見つめられた指先から伝わってくるようで、何だか酷く切なかった。
このまま、遙と政宗が別れなければいいのに……。

政宗は手を離すと、私の頭をくしゃりと撫でた。

「このまま着けてろ。俺も試着する」
「着けてあげようか?」

悪戯っぽく言うと、政宗は苦笑いして首を横に振った。

「結婚式までお預けだ」

政宗はどうやら指輪を遙以外に嵌めさせないつもりらしい。
人の指にこんな指輪を着けさせてよく言うよ、本当に。
私も思わず笑った。

「彼氏さんも照れ屋さんなんですね。お似合いですよ」

店員に言われて思わず噴出すと、政宗は少し私を睨んだ。
新郎の指輪を手にとって、指に嵌める。
長く、少し節が高い指は男らしくて、すごく綺麗な手だ。
プラチナの台座は少しゴシックな感じで、真ん中に小さなダイヤが輝いている。
政宗の手にすごく馴染む綺麗なデザインだった。

「いいな、これ」

私はそこで、せっかく政宗ならもっと伊達男らしくて斬新でティファニーらしい指輪の方がいいんじゃないかと思い直した。

「藤次郎、もっと伊達男っぽくてティファニーらしい方が似合うと思うな。お姉さん、アトラスでダイヤついてるやつ、ありますか?」
「ええ、ございます。少々お待ち下さい」
「アトラス?」
「うん。ティファニーの象徴のデザイン。ニューヨークのティファニー本店の時計のデザインを元にした、ティファニー独自のデザインだよ。まずそんな指輪を結婚指輪にしてる人は見ないから、その方が藤次郎らしいかなって思い直した」
「そうか。他人と被りたくねぇから、その方がいいな。美紀、流石だぜ」

ほどなくして店員さんが、いくつかアトラスの指輪を持ってきた。
メンズとレディースのサイズが用意されていて、どれも全く同じデザインのサイズ違いだ。
政宗は迷いなく0.1カラットちょいのダイヤが3つ着いてるアトラスに視線を固定した。

「プラチナはねぇのか?」
「こちらのデザインは、ゴールド、ピンクゴールド、イエローゴールドのみになります」
「そうか…。美紀、どう思う?」
「なかなかこんな大きなダイヤが3つもついてる結婚指輪はないと思うから、プラチナにこだわる必要ないと思うな。プラチナよりゴールドの方が固いし傷付かない」
「そうなのか?」
「うん」
「じゃあ、後は色だな。ちょっとお前試着してみろ」
「うん」

私は順番に指輪を試着して行った。
政宗、それぞれ1分ずつ眺めると、最後にピンクゴールドの指輪を選んで私に着けさせた。

「サイズはどうだ?」
「少し余裕があるけど、ワンサイズ大きいとゆるゆるだし、妊娠初期でも着けられるかな。産後に体型が戻ればまた着けられる」

そして、私は政宗の耳元で囁いた。

「遙の指は私より若干細いから、尚更このサイズの方が長く着けられるし、親からもらったって言えば、仮に政宗と別れて誰かと結婚しても一生着けられるデザインだよ?」
「マジか!?ならこれで決定だな。後は俺に似合うかだ」

政宗はメンズの同じデザインの指輪を左薬指に嵌るとじっと見つめた。
政宗が左手で私の左手を取ってじっと眺める。
そして、店員に視線を移した。

「案外肌馴染みいいな。これにする」
「かしこまりました。裏に文字を入れられますがいかがなさいますか?」
「文字?」
「お互いの生年月日や、イニシャル、それから言葉を刻むお客様もいらっしゃいます」
「文字か……Jesus、考えてなかったぜ……」

政宗は手を顎に当てて、何か口の中で呟いている。

「贈りたい言葉がありすぎて思いつかねぇ」

真剣に悩んでいる政宗は何だか可愛らしかった。
店員さんも微笑ましそうに見ている。

「素敵な彼氏さんですね。本当に愛されてて」

私もにっこりと笑って頷いた。

そう、その通り。
でも、愛されているのは遙。

ああ、遙。
私は政宗のこの姿をあんたに見せたかったよ。

やがて、政宗はぽつりと呟いた。

「With the bridal vow(結婚の誓いと共に)」

政宗らしいと思った。
色々贈りたい言葉がありすぎて刻みきれないから。
全ての愛の言葉が凝縮されている、結婚の誓いを選んだ。
そんな誓い、守れるはずはないのに。
でも、もし許されるなら守り続けたいというのが政宗の本心なのだろう。

「With the bridal vow、か。いいね。じゃあ、新郎の指輪にもそう刻んでもらおうかな」

遙ならこんな約束したくないと思うだろうけれど。
でも、私は出来ることなら叶えてあげたかった。
それに、無理と諦めてしまわないで、この夏だけでもいいから、精一杯幸せな夢を見て欲しかった。
後で遙に怒られても構わない。
そういう現実的なことじゃなくて、遙には自分の心に素直になって欲しかった。

「With the bridal vow…ですか?」

おそらくvowという言葉を聞き慣れないのか店員が少し首を傾げる。

「ああ。『結婚の誓いの言葉と共に』という意味だ」

店員さんは頷いてにっこりと笑った。

「素敵な言葉ですね。羨ましいです。かしこまりました」

私達は指輪を外し、店員に返した。
政宗にペンを渡し、刻む言葉をメモさせると、店員さんは事務作業に戻った。

「サイズの在庫がございますので、お渡しは3営業日後となります」
「I see」
「では、お会計を」

値段を聞いてびっくりしたけど、政宗は眉一つ動かさず、先程手に入れたお金で支払った。
伝票を受け取った政宗の腕をくいと引く。

「じゃあ、そろそろ行く?」
「Ah〜、もう少し見て行こうぜ。なかなかこんなところ来る機会ねぇし」
「でも……」

(遙が待ってるよ?)

政宗の耳元で囁くと、政宗は少し考えるような表情になったが、すぐに頭を横に振った。

「いや、お前に礼がしたいから。遙がいたらゆっくり一緒に見られないだろ?」


あいつ、きっと妬くし。


政宗が困ったような笑顔で囁く。
その表情は、遙が愛しくて堪らないということを雄弁に語っていた。

「お前には感謝してるから。遙だって真相を知ったら許してくれるぜ。な?」

そんなに優しく「な?」なんて問いかけられて断れる訳がない。


遙、ごめんね……。
今、激しく政宗がカッコいいと思っちゃったよ。
すぐに返してあげるから、もう少し借りるね……。


私は心の中で遙に謝り、こくりと頷いた。


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