「ねぇ、政宗。気にしなくていいってば」
ティファニーはシルバーリングでも3万円くらいする。
中には大学生でそういうのを着けている子もいるけれど、たかだかお礼でそんな高価なものを受け取るわけにはいかなくて。
必死で断るけれど、政宗は気にした様子もない。
「お前はどんなのが好きなんだ?」
「可愛いのが好きかな」
「I see」
政宗は指輪を見ている。
「ねぇ、指輪を彼氏以外の男の人からもらうわけにはいかないよ」
「そういうものなのか?」
「うん」
私が頷くと、政宗は指輪のショーケースから離れ、一つ一つ品物を見て行く。
「Cuteなdesignが多いな。遙はゴツいのが好きだよな。あいつ自身、あまりアクセサリーはつけてないけど」
「そうだね。遙、華奢だからあまりゴツいの似合わないし。だけどエレガントなのもあまり好きじゃないみたい。遙のお母さんはティファニーとかカルティエとか着けて欲しいみたいなんだけど。遙のささやかな反抗かな。遙が欲しがっているのはLord Camelotだよ。ゴツいのにエレガントだから女の子でも着けられるし。でも高いから手が出ないって言ってた。私はこういう方が好きだな」
私はシンプルなバングルを指差した。
ティファニーの刻印がされているシルバーのバングルは着る服を選ばない。
デイジーがあしらわれているのが可愛らしかった。
「お前と遙、性格と好みが正反対だな」
「何か腹立つ言い方だけど、まあいっか。よく言われるし」
私が肩を竦めると政宗はくつくつと笑って店員を呼んだ。
「このブレスレットを包んでくれ」
「政宗!」
「いいから黙ってろ」
政宗は何食わぬ顔でバングルを買い上げると、ティファニーの紙袋を私に差し出した。
水色のティファニーの紙袋は女の子の憧れだ。
彼氏にも贈られた事がないので何だか後ろめたいと同時にドキドキする。
「ありがとう。何だかかえって気を遣わせちゃったかな」
「お前がそんなにしおらしいと調子狂うな。いいから受け取っとけ。お前にはまだ協力してもらうし」
「何だ、そういう事か。じゃあ遠慮なく貰っちゃおうかな」
私が悪戯っぽく笑うと政宗もくつくつと笑って私の頭をくしゃりと撫でた。
多分無意識の動作なんだろうけれど、何だかときめいてしまった。
遙、ゴメン……。
さっきから政宗にときめきっ放しだよ。
必ず幸せにしてあげるからもう少し待っててね…。
時計のショーケースの前を通り掛かると政宗は足を止めた。
視線の先を探ると、ペアウォッチを見つめている。
「政宗、時計欲しいの?」
「あ?ああ。あったら便利だろ?今まで時間なんてあんまり気にした事なかったが、もし持って帰れたら、執務をサボる時、帰る頃合が分かる」
時計を欲しがる理由に私は思わず笑ってしまった。
伊達政宗と言えば智将として名を馳せていたけれど、流石BASARAの政宗。
小十郎も苦労するわけだよ。
「はぁ……。何だか小十郎が可哀相だねえ。あんまり苦労かけると小十郎の生え際後退しちゃうよ?まだ若いのにやたら渋いし」
「何だよ、俺のせいかよ?」
政宗が心外そうに声を上げる。
「他に誰がいるのよ。政宗様大事の小十郎が苦労してるとしたら原因は政宗でしょ?」
私がぴしゃりと言うと政宗は口を尖らせた。
「お前、小十郎みたいだぞ?お前ら気が合いそうだな。遙なら見逃してくれそうなのに」
「遙は仕事にはシビアだよ?私なんかより全然。政宗には甘いかも知れないけど。もし、政宗と同じ世界に遙がいたら、きっとサボらせてくれないよ?多分遙の事だから、政宗の執務を手伝うんだろうけど。でも、休憩時間は甘やかしてくれるよ」
政宗は想像しているのか遠い目になった。
ふわりと甘い笑みを浮かべて視線が柔らかくなる。
「Damn。やっぱり遙を連れ帰りてぇ」
「ダメだよ。遙は渡さないよ」
「Ha!!遙の身も心も俺のもんだ!あんたに勝ち目はねぇ!」
軽口を叩いて応酬しているけれど、政宗の目には色濃く哀しみが映っていた。
私も遙は渡さないと言いつつ、政宗と一緒に暮らして行けるのならそれが遙にとって一番幸せな事だと分かっている。
「……政宗になら遙をあげてもいいかな…」
「Huh!?」
私が呟くと、政宗は驚いたように声を上げた。
「政宗だったら…。仮に…有り得ない事だけど、仮に遙が政宗の世界に行ってしまっても…。政宗になら任せられる。だから、必ず遙を幸せにして。泣かせたら許さない」
政宗は驚いたように目を瞠っていたが、ふわりと笑って頷いた。
「遙を連れ帰る事が許されるなら、俺はあいつを絶対に離さない。誰が反対しようと、必ず添い遂げる。誰にも邪魔はさせねぇ」
政宗がこちらの世界に来てしまったくらいだ。
政宗が帰る時に遙も一緒に連れて行かれるのでは。
そして二度と戻って来られないのでは。
そういう不安が私の中で渦巻いていた。
だから政宗の口から約束が聞きたかった。
政宗になら遙を任せられる…。
「誰に反対されても必ず遙を守って。側室なんかじゃなくて、ちゃんと正室として迎えないと、私、呪ってやるから」
「安心しろ。遙以外の女を娶るつもりはねぇよ。もし遙を連れ帰れるなら。……いや……」
例え、連れ帰れなくても……。
政宗は寂しそうに笑った。
「政宗……」
「今のは忘れてくれ。俺も領主だ。世継ぎをもうけるのは義務だからな」
面倒くせぇ。
冗談めかして政宗は笑ったけど。
痛ましいほど哀しげで乾いた笑いだった。
「pair watchか。いいな…」
政宗は沈鬱な空気を振り払うようにショーケースに目を向けた。
「買うの?」
「いや、どうせなら遙と買いに来る」
「…止めておいた方がいいと思うけどな…」
嬉しそうな政宗を止めるのは何だか気が引けて。
恐る恐る言うと政宗は眉間に皺を寄せて私を振り向いた。
「Why?」
「時を刻むから」
政宗が息を飲む。
「単に縁起ものだけど。時を刻むものを遙と買うのは良くないと思う。ペアなら尚更。私、政宗と遙が別れるのは辛いよ。時計が欲しいなら一緒に見てあげるから。私となら別れても大丈夫でしょう?」
少し言葉を失っていたが、やがて政宗は頷いた。
「お前とこうしているのも楽しいけどな。お前には世話になった」
まるで別れ際のような台詞に私は笑ってしまった。
「な〜に別れ際みたいな事言ってるの!遙の結婚式見届けるまできっちり世話するからね!ハネムーンの計画だってしなきゃ」
私は政宗の背中をポンと叩いた。
「honeymoon?」
「そう。新婚旅行。正式な結婚じゃなくても新婚旅行に行ったっていいじゃない。きっと遙、喜ぶよ?」
ハネムーンは女の子の憧れ。
本当はハワイとかイタリアに行きたいだろうけれど、政宗にはパスポートがないから国内しか無理だ。
沖縄とかがいいかな。
「そうだな。あまり南の方には行った事がねぇから楽しみだ。京とかいいかもな」
「夏の京都は殺人的に暑いから止めときなよ。天下取ったら行けるでしょ?東京の暑さで茹ってたら無理無理」
「そうか」
「こんな所で立ち話もアレだから出よう?」
「Okay」
私達はティファニーを後にした。
量販店の時計コーナーで政宗と時計を見る。
「自動巻きで、防水のダイバーウォッチがいいと思うな」
「自動巻き?」
「うん。私の時計は、電池で動いてるの。政宗の時代には電池ないから。自動巻きだと少し高いけど半永久的に止まらないよ。防水だと水深200メートルくらいまで潜ってもダメにならないし」
「Oh, gotcha. いいな」
自動巻きの時計のコーナーを見て回ると、政宗が立ち止まった。
視線の先にある時計はブルガリのダイバーウォッチ。
値段を見ると、私が買う時計より0が2つ多い。
「100万か……。妥当か?」
「妥当じゃないよ!!高すぎるって!!」
「でも、遙に50万円やるとして、700万円残るだろ?さっきの指輪で60万だし。あと1ヶ月もないのに使い切れねぇだろ?」
「うっ、まあ、それはそうだけど…」
他にも時計はあるのに何でブルガリに目が行くかな。
流石政宗様というか何というか。
黒地の時計は、スポーティなのにエレガントで、流石ブルガリだ。
政宗ってこういうのが好みなんだ……。
アルマーニとかも好きそう。
政宗はこともなげにその時計を買い上げると、早速手首につけて店を出た。
「何か今着ている服と時計のギャップが……」
「Shut up. 言うな。好きでこの服着てるわけじゃねぇ。明日、早速遙と服を買いに行く」
私の頭を政宗が小突く。
「バンドマンみたいな政宗も見納めなんだ。もったいな〜い。これはこれでカッコいいのに〜」
けらけらと笑うと政宗はニヤリと笑って私の肩を抱き寄せた。
顔が近いってば!!
「へぇ、お前、こういうのが好みなんだ。知らなかったぜ。お前でもたまには素直なんだな」
「ちょっ、止めてよ!」
「Ha!!照れてんのか?」
くすくすと笑う吐息が耳元を掠めてドキドキとした。
政宗はあっさりと私を解放するとまた頭を小突く。
「serviceはここまでだ」
「なっ!!この、自意識過剰男が!!」
「よく言うぜ。顔赤いくせに。知らなかったぜ、お前がこういうのに弱いって」
「ええい、まだ言うか!!この色魔が!!やっぱりあんたに遙は渡さない!!」
「It's too late!遙は俺のもんだ!」
ぎゃんぎゃんと言い合って、そして、私達は同時に吹き出した。
ぐしゃぐしゃと私の頭を乱暴に政宗が撫でる。
「私、女の子なのに酷いっ!小突くし髪ぐしゃぐしゃにするし」
「俺、お前の事、女だと思ってねぇし」
「酷っ!!」
「褒め言葉だぜ?」
政宗は厳しい表情になって遠くを見る。
「俺の周りにいた女は、誰もが俺を奥州筆頭として見ていた。あわよくば世継ぎを孕んで奥に居座ろうってな」
「政宗……」
「油断も隙もねぇよ。だから、女は俺にとって政治の道具だ。情なんて沸いた事ねぇよ。遙が初めての女だな。心から愛しいと思った」
厳しかった表情がふわりと柔らかくなる。
「俺にとって愛しい女は遙だけだ。お前は……どっちかって言うと成実と小十郎を足して二で割った感じだな。一緒にいて楽しいし、信頼もしている。俺がいなくなった後、お前になら遙を任せられる。女じゃねぇ。友としてお前を信頼している」
女じゃないなんて今まで暴言にしかならなかったけど。
政宗のその言葉は酷く嬉しかった。
周囲に敵を多く抱えていた政宗だからこそ。
奥州筆頭という地位にあり、その肩書きで言い寄られていた政宗だからこそ。
この言葉の意味は重たかった。
「遙を……頼む」
政宗は静かな声で私に告げた。
銀座の喧騒が急に遠くなったような気がした。
「そんな……哀しいこと言わないでよ」
「お前にしか頼めねぇ」
震える声で答えると、政宗は哀願するように私を見つめた。
「これが、俺たちの現実だろ?俺も遙もそれを分かっていて恋に落ちた。俺に悔いはねぇ。But……あいつ、きっと泣くから。そばにいてやってくれ。Please……」
遙の背中を押したのは私。
政宗をけしかけるような告白場所を選んだのも私。
でも、やっぱり二人には厳しすぎる現実だったんだ。
ひと夏だけの恋だと割り切ればいいって遙の背中を押したけど。
二人ともこんなに苦しんでる。
私は間違ってたの……?
政宗は私の心を見透かしたように微笑んだ。
「自分を責めるな、美紀。お前が遙をけしかけてくれて良かったと思ってる。こんなに満ち足りた気持ちになった事は今までねぇ。……別れた後、遙を泣かせてしまうのは分かってる。これは俺のegoだ。お前が遙を傷つけたんじゃねぇ。俺が悪いんだ。俺から頼める筋合いじゃねぇけど……遙を頼む」
「政宗が悪いんじゃない……私が……私が……ゴメン……」
政宗の切ないほどの思いが伝わってきて涙が滲む。
政宗は私の頭を抱き寄せ、肩に押し付けた。
「泣くな。遙にしてやるみてぇには慰められねぇ」
「うっ……ひっく……」
政宗の温もりをそばに感じて、涙が溢れ出した。
私を決して抱き締めようとはしないけど、くしゃりと頭を撫でてくれる。
遙を誰よりも大切にしている、政宗のこれが精一杯の慰め方なのだろう。
「化粧が落ちるぞ」
「っ……分かってる」
「お前、遙ほど素材良くねぇから困るだろ?」
「ほっといてよ!」
軽口を叩きながら私の気を紛らわせようとする。
でもその口調はすごく優しかった。
抱き締めて慰めてはくれないけれど。
政宗の少し乱暴な優しさが酷く心に沁みた。
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