TRAIN-TRAIN -5-

熱海駅で電車を降りると、俺達は一旦駅の外に出た。

「どこか行きたい所でもあるのか?」
「ん?多分駅前にお土産が売ってるかなって」

まだ行きの道中なのに気が早くて思わず俺は笑ってしまった。

「まだ宿にも着いてねぇのに」
「うん、そうなんだけどね。鈍行の電車の旅ってのんびり出来ていいなって思って。まだお土産は買わないよ?アイスが食べたいなって思って」

普段あまり食事は摂らないくせに、暑いからとアイスを食べていた事を思い出して俺は小さく笑った。

「お前って矛盾してるよな。涼しい部屋が好きなくせに、炎天下が好きだし。かと思えば暑いと言ってよくアイス食ってるし」
「自然の暑さは好きなの。外で食べるアイスは大好き。閉鎖された部屋の籠った暑さは嫌い。クーラーなかったら、きっといくら好きでも政宗と抱き合って眠れないよ」
「それは困るな」

即答すると、遙はくすりと笑った。

「政宗の時代と違って人口が多いから、建物が密集していて風通し悪いし。きっと政宗のお城は広くて風通しいいだろうね。自然の風っていいよね」

夏とはこんなに暑かったものかと違和感を覚えていたが、言われてなるほどと気付く。
昼間はそれなりに暑かったが、日影に入れば風が心地よかったし、夜に城で月を眺めながら夕涼みをしたものだった。

「夏は好きだ。確かに暑いが、生き物を育む。それに、お前の言う通り、風通しのいい日影は気持ちいい。お前と城で夕涼み出来たら最高なのにな」
「政宗様の青葉城で?」
「ああ、そうだ。米沢城でもいいぜ?」

遙は楽しそうにくすくすと笑った。

「そんな歴史的名所で夕涼みなんて贅沢」
「そうか?お前が望むなら、鎌倉だって攻め落としてお前にくれてやる」

真面目に答えると、遙は肩を震わせて笑う。

「じゃあ、江ノ島に龍恋の鐘を作らなきゃ。政宗の時代にはまだないから。幸せのお裾分けしないと、ね?」
「そうだな。他には?どこが欲しい?」

遙は顎に手を当てて考え始めた。
少し遠い場所を夢見るような表情は、幸せそうに緩んでいた。

「鎌倉の長谷寺で政宗と一緒にゆっくりと紫陽花眺めたいな。二人で傘差してね、雨に濡れた紫陽花を眺めるの」

雨に濡れた艶やかな青い紫陽花の花が脳裏に浮かんで、遙と二人寄り添って眺められるなら長梅雨の鬱陶しさなんて忘れられそうだった。

「いいな、それ。他には?」

遙を俺の世界に連れ帰りたい。
ずっとそう思っていた。
でも、口に出してしまえば、別れを思って遙が泣いてしまうのを知っていたから。
例えifの世界でも口には出来なかった。

やっと遙と二人。
同じ世界を共有して、思いを馳せられる。

遙はうーんと少し唸って、おずおずと俺を見上げた。

「笑わない?」
「ああ、笑わないから言ってみろ」
「本当に?教養ない女だって思われそうで恥ずかしいんだけど…」
「大丈夫だ。お前が歴史に疎いのは知ってる」
「……酷い…。私、世界史選択だから日本史知らないのだけなのに…」

本気で悔しそうに俯く遙に思わず慌てる。

「Sorry!I was just kidding!」
「政宗なんて知らない。政宗の世界に行ったら、元親に船出してもらって、アジアの市場を確保して、200年早く産業革命起こすんだから」

『元親』の名前に思わず息を飲む。

「俺がお前を離すかよっ!長曾我部になんか、お前を渡さねぇっ!」

思わず声を荒げると、遙はフッと笑った。

「Sorry, I was just kidding」

俺が言ったのとそっくり同じセリフで返されて、咄嗟に言葉が出なかった。
何度か口を開き、深い溜め息が漏れる。

「お前、そういう冗談止めろよ。お前が言うと洒落にならねぇ」
「政宗が茶化すからいけないんでしょう?笑わないでって言ったのに。それに、政宗、私の事、信じてないんだ…」
「Sorry, 悪かった」

謝ると、少し険しかった遙の表情が和らいだ。
そして、蕩けるような笑みを浮かべて俺の髪をくしゃりと撫でる。

「政宗の世界に行けるのなら、政宗のそばを離れる訳ないじゃない。どこかで囚われの身にでもなっていない限り」
「お前が囚われの身になってたら、お前を捕えた野郎に、最も残酷な死を与えて、必ず助け出す」

遙が囚われの身になる。
そう考えるだけで、血の気が引いて行きそうだった。
囚われの女が辿る末路はよく知っているつもりだ。
遙をそんな辛い目には合わせたくねぇし、そんな目に合わせた野郎には地獄を見せなきゃ気が済まねぇ。

「政宗、大丈夫だよ。『IF』の話なんだから」

少し寂しそうに遙は笑い、俺の手をそっと握った。

「そんな事は絶対起こらない。だからそんなに哀しい想像に取り憑かれる必要もない。折角『IF』の世界だったら、もっと楽しい事考えよう?」

二人一緒にいられる時間は後僅か。
俺は未だに遙を連れ帰れる希望が捨てられないのに、遙の寂しそうな表情から、遙の諦めが見て取れた。

遙は目を伏せ、フッと笑うと、悪戯っぽい表情で俺を見上げた。

「京都でやりたい事があるの」
「京で?」

京と言えば都だ。
心当たりがあり過ぎて、逆に思い付かねぇ。

「祭りか?」
「残念。葵祭も祇園祭も行ったよ」
「じゃあ、寺か?」
「うん、そうだね」

寺と言っても、あそこは寺だらけだ。
一体どの寺なんだ?
皆目見当もつかねぇ。

「教養のない遙さんのしたい事だから、It's simple. Don't take it seriously.」
「お前、根に持ってるな。皆目見当もつかねぇ。I give up.」

両手を挙げて、降参の意を表すと、遙は意外そうに目を瞠った。

「本当に思い付かなかった?」
「ああ。そこまで焦らされると気になる。Tell me!」
「じゃあ、耳貸して」

遙は甘えるように俺の首に抱き付くと耳元で囁いた。

「一度でいいから、金閣寺でお茶をゆっくり飲んで昼寝してみたかったの」

思わず俺は噴き出した。
歌舞伎者の発想だ。

「笑わないって言ったのに〜」

遙が拳でポカポカと俺の胸を叩く。

「Sorry, but I can't help!お前最高!Coolだぜ!」
「だって立ち入り禁止なんだもの。禁止されたらやりたくなるでしょう?政宗が京を押さえたら、出来るかなって思ったの」
「HAHAHA!いや、出来るぜ。お前、考える事が可愛いな。あそこは落ち着かなさそうだが、確かに一度やってみてぇな。俺としては銀閣寺の庭の方が落ち着くけどな」
「うん、じゃあ銀閣寺も」
「Okay, じゃあ楽しみにしてろよ。お前のためにも京は絶対に落とす。他には?」

他にどんな可愛い発想が出て来るのかと思うと興味を惹かれる。

遙はふと真直ぐに俺を見つめた。

「政宗がいる所ならどこでも。政宗と一緒にいられればそれでいいの」

言い終わると同時に遙は俺に抱き付いた。
そして、唇に軽くkissを落とす。

「この話はここでおしまい。アイス買ってくるね」

遙は店の中に入って行った。
その後ろ姿を見て思う。

お前の望みは叶えてやる。
お前がしたい事、したくても出来ない事を、例えお前が俺の隣りにいなくても叶えてやる。

俺は必ず天下を取る。
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