言霊 -3-

8時になると仲居さんがやって来た。
布団を片付けようとする仲居さんを政宗が止める。
仲居さんが意味深な笑みを口許に浮かべるので何だか恥ずかしくなってしまった。
すぐに食事が運ばれて来て、仲居さんが給仕をする。
散々政宗を褒めそやされて、仲を冷やかされて恥ずかしくなって俯くと、政宗はくつくつと笑った。
やっと食事が終わり、仲居さんが下がっていってようやく私はほっと一息吐いた。

「どうした、遙?You look so tired.」
「旅館にあまり泊まった事がないから、戸惑っちゃって…。あんまりプライバシーがないね」
「そうか?こんなもんだろ?」

政宗は私の隣りに座り、抱き寄せた。

「Privacyか…。考えた事もなかったな。俺、生まれてこのかた独りになった事ねぇし。お前も俺の正室になったら、独りになる事はねぇな。そう考えると少し酷か」

政宗は思案するように口を噤んだが、やがて首を横に振り、私を抱き締めた。

「やっぱりダメだ。お前を絶対に独りにはしねぇ。変な虫が寄って来ないように見張りを付けて奥に囲う」
「政宗と二人っきりの時も見張りがいるの?」
「そうだな」
「恥ずかしいよ…」

いつもしているように政宗と抱き合って飽きる事なく愛を囁き合っているのを誰かに見られるなんて想像しただけで顔から火が出そうだ。
政宗は喉の奥でクッと笑った。

「お前、美紀の前だったら平気なのにな。お前との仲を城中の奴等に見せつけてやりたいぜ。お前は俺のものだって。さあ、遙。gameの続きだ」

政宗はごろりと横になって、私の膝に頭を乗せた。
そっと髪を撫でると気持ち良さそうに目を細める。

「政宗様」

そっと名を呼んでみて、切なくなる。
政宗がBASARAの世界に帰ったらいずれは姫を娶るだろう。
いつしか私を忘れ、姫の膝を枕に横になり、そしてその姫がこうして政宗の名を呼ぶ。
何故、私は政宗のそばにいられないんだろう。
悔しくて、哀しくて、思わず唇を噛み締める。

「どうした、遙」

政宗は怪訝そうに私を見上げた。

「こうして寄り添って分かち合った温もりを忘れないでね。違う誰かを愛しても」

そう言葉を紡いだ次の瞬間、政宗は身体を起こし、私を押し倒した。
ギュッと抱き締められ、頬に政宗の心音を感じる。

「陸奥(みちのく)の しのぶもじずり 誰ゆえにっ…!」

政宗が押し殺した声で歌を紡ぐ。
百人一首の歌だという事に気付く。

奥州の、乱れ模様のように、心がこんなに乱れ始めたのはお前のせいだ。

「お前しか欲しくねぇ。何でそれが分からねぇんだ!?俺の心をこんなに乱すのもお前だけだ。俺が他の誰かを愛するとでも思うのか?」
「契りきな かたみに袖を絞りつつ」
「っ…!」

互いに涙を流し、決して心変わりしないと誓って別れたのに…。
心変わりしてしまった恋人もいるのだと暗に告げると、政宗は息を呑んだ。
ふうっと息を吐くと、優しく私の髪を撫で、頬に瞼にキスを落とす。

「いにしへの 神の時より 会ひけらし 今の心も常忘らえず。きっとこの世界で出会う前から、きっと神の世の時代から繰り返し俺達は出会って来た。そして恋に落ちて来たんだ。心変わりするわけねぇだろ?絶対にお前はどうなんだ?」
「うち日さす 宮路を人は 満ち行けど わが思ふ君は ただ一人のみ。この世界にどんなに人が溢れていても、私が愛してるのは政宗だけだよ。でも、約束して欲しかったの。例え別れてしまっても、私を忘れないと」

ひたむきに政宗を見上げると、政宗は私をかき抱いた。

「忘れるわけねぇだろ。お前と離れたら恋しくて狂いそうになるだろうな。でも俺は信じてる。お前を連れ帰れると。例え連れ帰れなくても…」

『瀬を速み 岩にせかるる滝川の 割れても末にあはむとぞ思ふ』

「いや、何でもねぇ。なぁ、遙。そんなに不安か?」

こくりと頷くと、政宗は私の後頭部を撫でて、抱き寄せた。

「お前が安心するまでいくらでも愛してるって囁いてやるよ。俺を忘れられないように、何度でも抱いてやる。でも、忘れるな。俺はお前を絶対に離さねぇ」
「うん」
「お前を連れ帰る」
「うん」
「誰が反対してもお前を正室に迎える」
「っ…うん」

政宗が言葉を尽くして添い遂げると言ってくれても、心の底では絶対にそんな事は有り得ないと思っていた。
自分がBASARAの世界に行くなんて。

私の心情が顔に出ていたのか分からないけれど、政宗は溜め息を吐くと、そっと私の頭を撫でた。

「遙、言っただろ?gameの続きだ。いいか?これは『game』だ。まだお前は俺の正室じゃねぇ。でも、本当は今すぐにでも連れ帰って祝言を挙げたい。誰にもお前を渡さないように」

政宗は甘えるようにそっと頬擦りをした。

「なあ、名前呼んでくれよ」
「政宗様」
「One more time」

そう囁いて、触れるだけのキスを唇に落とす。

「政宗様」
「もっとだ」
「政宗様」

政宗の名を呼ぶ度、憧れと愛しさが募って行く。
胸がドキドキと高鳴って苦しい程だ。
もう一度名を呼ぼうと口を開きかけると、政宗に後頭部を引き寄せられ、深く唇が重ねられた。

いつものような優しく触れるだけのキスではなく、情欲を掻き立てるような、全てを奪い尽くすようなキス。
逃げ惑う舌を絡めとり、吸い上げられると今まで感じた事もない快感がぞくぞくと身体に広がっていく。

「んっ…」

反射的に身体を離そうとすると、抱きすくめられ、大きな手のひらで後頭部をしっかり固定される。
柔らかな舌が、探るように口内を愛撫する。

「んんッ!」

ピクンと私の身体が反応したのを政宗は見逃さなかった。
執拗に、私の弱い所を攻めてくる。
抗議しようと政宗の胸を押し返してみても、続け様に与えられる快楽に、浴衣の襟を握り締めてしまう。
政宗は私の後頭部を固定したまま、空いた手で私の浴衣の襟を乱した。
そして指先を肌に滑らせ、乳房を鷲掴みにする。
そんな強引な愛撫にすら感じてしまって、くぐもった喘ぎ声を上げると、政宗はようやく唇を開放した。
頬が濡れている。
こんな野性的なキスを交わすのは初めてだった。
政宗はじっと熱を孕んだ隻眼で私を見下ろした。

「政宗…様…?」

呼吸を整えながら政宗を見つめると、政宗は親指で私の頬を拭い、じっと私の姿を見つめた。

「お前のその表情、声、くせになりそうだぜ。ずっとお前のそばにいたい。政務なんて放ったらかしてな」

自分がどんな淫らな表情をしているのだろうと恥ずかしくなり、私は政宗の胸に顔を埋めた。

「なりません。民を思い、国を豊かにする事に力を注いだ政宗様だからこそ、私は憧れているのですよ」
「はぁ、やっぱり美紀の言う通りだぜ」

政宗は残念そうに深い溜め息を吐いた。

「美紀が?」
「ああ。お前は仕事には厳しいって。サボらせてくれねぇってさ。まるで小十郎みてぇだ」
「ふふっ、美紀ったら…」
「なぁ、遙」

政宗は急に真面目な顔つきになって私をじっと見つめた。

「俺は…お前の知ってる歴史上の伊達政宗ってどんな男だ?」

政宗様に関する出来事はあまりに多くて私も把握していない。
それでも、その一部からも政宗様がどれだけ優れていた人物だったか伝わってくる。

「お若い頃は随分無鉄砲な所もあったようですけど…優れた政治手腕を持たれた一流の文化人です。仙台は元は62万石の国でしたが、侍にも田畑を与えて積極的に治水、開墾を行って、240万石の豊かな国になりました。仙台が杜の都と呼ばれるのも政宗様のお陰です」
「仙台だけで240万石…。民が飢える事もねぇな」

政宗は嬉しそうに微笑んだ。

「ですから、政宗様も政務に専念なさいませ」
「はぁ、そう来るか。まあ、いいぜ。民のためなら政務を放る訳にはいかねぇからな。それに、お前に愛想を尽かされるのも御免だ」

政宗は私を抱き寄せ、額に頬に優しく口付ける。

「小十郎の小言は聞き飽きたのにな。お前のためなら頑張れる。政務の合間にこうしてお前を抱き締められたらそれで十分だ。俺がおとなしく政務をするなら、小十郎は諸手を挙げて婚儀に賛成するだろうぜ」

何も答えられずに政宗の胸に顔を埋めると、政宗はそっと私を抱き寄せ、私の頭に顔を埋めた。

「政務に疲れたら、こうしてお前を抱き締めてうたた寝をする。それが俺の夢だ」

それっきり言葉を切って政宗は黙り込んだ。
段々深い呼吸になって行って、政宗が眠りかけている事を悟る。
布団を敷こうと身体を起こそうとすると、政宗の腕が身体に絡み付いた。

「布団は敷かなくていい。このまま眠らせてくれ。今ならいい夢が見られそうな気がするんだ」

ああ、政宗も本当は私達に避けられない別れがある事を知ってるんだと悟る。
政宗はこうして夫婦の真似事をして、それを思い出にしたいんだ。

視界に広がるのは、蒼い浴衣と政宗の綺麗な鎖骨。
こうして浴衣を着て抱き合うと、まるでここは現代ではないような気がする。
政宗と戦国の世で結ばれたらこうして寄り添ってうたた寝をする日常があるかも知れない。
そんな風に過ごせたらどんなに幸せだろう。

政宗の想いがやっと分かった気がした。
叶わない夢だからこそ、もう少しだけ夢を見たい。
私も目を閉じて政宗の背中に腕を回した。
私も政宗と同じ気持ちだという想いを込めて…。
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